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界遊記  作者: かえで
もう一つの始まり

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少女の旅立ち2

レーテも、ファルガと同じ静かな怒りを常に心に持つようになります。しかし、ファルガとジョーの関係と違い、レーテと黒マント、という漠然とした対照は、今後レーテにどのような影を落とすのか。

 男たちが飛び去った後、一度は燃え盛る小屋の火災を消そうと試みたファルガとレーテ。

 しかし、どのように消火するのか。そして、今更消火してどうなるというのか。

 もう、ツテーダ夫妻はこの世にはいない。

 遺体は小屋の中に眠るだろうが、これだけの強い火で焼かれてしまえば、既に炭化して、どの灰が夫妻なのか、およそ見当はつかないだろう。それを今更もう一度火を消して遺体を埋葬して、とする意味があるのかどうか。そして、小屋の火を消し止めた所で、その後小屋はどうするのか。修理して誰かが住むわけにもいかない。ましてや、誰が修理するのか。そして、家の中の物もこの火力ではすべて燃えてしまっているだろう。レーテの持ってきた着替えは勿論のこと、カゴスやルサーの思い出の品。それが既に灰になってしまったというのだから、それを必死になって火を消して手元に残したとして、それでどうなるというのか。

 もし仮に、消火すると結論付けたとして、正直、小さな滝の水を持ち運んで鎮火をするにしても、子供二人の力では無理だろう。そもそも消火に必要な大量の水を運ぶ道具すらない。

 ファルガにもレーテにも、具体的にどうして良いのかわからなかった。何かをするにしても、全て手遅れ。

 小屋は、完全に業火に包まれた。その様子を少し離れた所、為すすべもなく立ち尽くした状態で見ていた二人。

 デイエンからこの炎が見えているかどうかは怪しい。

 デイエンに消防隊が組織された話は、だいぶ前に小等学校で習った。もし、デイエンに延焼しそうな規模の火災なら、隊も出動するだろう。だが、この位置ではデイエンの管理下の土地ではあるが、町ではない。デイエン在住の人間から依頼でもない限りはここまで鎮火作業には来ないだろう。

 単なる山火事、としか思わないだろう。そして、延焼可能性がないのならば、無視をするに違いない。山火事もその後の山の植物にとっては必要な現象だ、とでも理由をつけて。

 そして、鎮火作業と言っても、この場所では建物を破壊して延焼を防ぐか、滝から水を汲んで火力を弱めるかの二択。ファルガたちがとろうとする行動の規模が大きくなるだけで、結局やる事は変わらないだろう。

 諸々の事を考えると、彼らの事はそっとしておき、荼毘に付すのが一番良いだろう。

 そういえば、カゴスには弟子が何人かいた筈。その人たちに報告だけはしておかねばならない。だが、先程起きた内容は全て伝えても仕方ないだろう。空に浮かぶ黒マント三人に夫妻は殺された、などと言っても信じて貰えるはずもない。中空に浮遊する人影らしき化け物、といっただけで、恐らく寝ぼけていたと思われて終わりだ。

 ならば、夫妻の死の事実だけ、伝えよう、と。

 ファルガとレーテは、言葉少なに相談して、そう決めた。

 彼らの墓を建てるだけの力をつけたらまた戻ってこよう。そこに彼らの遺体が残っているかはわからないが。

 炎が徐々に小屋の形を溶かしていく。所々で火炎が渦を巻き、無数に舞う火の粉が中空で黒い灰に変わり、空へと舞っていく。

 ファルガは、レーテがこの場所を離れる心の準備が終わるのを待っていた。

 本当は、一刻も早く離れた方がいい。

 非業の死を遂げた人間を、荼毘に付している間に離れるのは、流石に難しいに違いない。だが、火が収まるまで待っていては、日没を迎えるだろう。

 小屋という宿泊施設がない以上、子供二人がこの場所で野宿するのは色々と危険がありすぎた。夜盗や熊はいないだろうが、野生動物はいる筈だ。大人ならいざ知らず、戦闘経験も夜営経験もない子供二人がこの場で野宿する事は危険を伴う。

 そして、何よりあの黒マントたちが日を改めて戻ってきた時、ファルガたちに対抗する手段がない。奴らが本気になりこの剣を奪いに来れば、ファルガやレーテなどひとたまりもないだろう。

 まずは人のいる所に行くこと。奴らは、流石に自分自身の奇異な力を民衆に晒すリスクは犯さないだろう。人に非ざる者があの黒マントの正体で、『聖剣』を集めているのをそれほど表沙汰にせずに事を進めたいとするならば、今ここで存在を明らかにするのは得策ではない。

 ファルガは、今後の行動について漠然と考えていた。

 まずは、レーテをデイエンの自宅に送り届けよう。その上で、ジョーを追おう。ファルガがジョーを仕留めそこなったあの道は、デイエンに続いている。その後デイエンから様々な方角への道が伸びるが、普通に考えて、ジョーはまずは食料確保を考える筈。そうなると、デイエンで子狩りを行なう可能性が高い。それは阻止しなければならないし、レナの敵もそこで討てばいい。

 デイエンでジョーを倒したら、ラマに帰ろう。ただ、人殺しとなったファルガをラマ村の人間が受け入れてくれるかどうかはわからない。父親代わりのズエブも、母親代わりのミラノも、妹のようなズーフも、人殺しとなった彼を認めてくれるのかどうか。そうなると、ラマにも自分の居場所はないかも知れない。でも、そうなったらそうなったで、そのあと考えればいい。今は少なくとも、ジョーを倒すこと。小さい子供の命も助かるし、レナの敵も討ちたい。

 いや、ひょっとしたら、ジョーを倒した暁には、首都デイエンにおいて、殺人罪で逮捕され処刑されるかもしれない。

 ……でも、それでもいい。レナをあんなにしたジョーを許せないし、あんなになってしまったレナを見たいとも思わない。そして、それを阻止できなかった自分自身が、そこまでして生きて行っても、つらいだけだ。敵を討って満足して逝ければそれはそれでよし。

 何時からこんなに自暴自棄になってしまったのだろうか。

 父がいないから? 母がいないから? いや、両親はいる。血は繋がっていないが、実の両親よりも愛を注いでくれた人がいる。では、それが理由ではない。

 ファルガはそこで考えるのをやめた。


「ファルガは、今の私の気持ちと同じだったのね」

 レーテは、炎の墓標を見つめながら、独り言のように呟いた。

 だが、彼女の口から出た言葉は、ファルガの予想の範疇を越えていた。ファルガのイメージしていたレーテの反応はといえば、眼前で起きた出来事の余りの衝撃に、彼女自身、今後どうしていいかわからず、混乱を来すだろうから、取り敢えずデイエンの家まで送り届ける事を申し出るつもりだったからだ。

 だが、それは見事に裏切られた。

「同じ……気持ち?」

 思わず問いかけるファルガ。

 だが、その言葉に振り返るレーテに垣間見えたのは、静かなる怒り。無表情の中に、非常に不安定な脆さを秘めた、冷たい怒り。憤怒ではない。激怒でもない。美しさの中に見える儚さと危うさ。一歩間違えると奈落の底まで落ちてしまいそうな、細いつり橋の上に一人立つ少女のイメージ。

「……まさか、夫妻の敵を討とうと思っている訳じゃないよな?」

 ファルガの問いかけに、レーテの表情は変わらない。だが、その表情こそがファルガの危惧を肯定していた。

 無理に決まっている。こんな年端もいかない少女が、武器も戦闘経験もなしで、あんな恐ろしい力を持っている奴ら相手にどうやって敵を討とうというのか。

 そこまで考えた所で、実は自分も大差がない事に気付くファルガ。思わず失笑する。自分を棚に上げて、よくもまあ同年代の少女相手に、そんなことは無理だと高説をぶてたものだと。

「……何がおかしいの?」

 冷たい怒りが灼熱の怒りに変わろうとするレーテ。だが、ファルガは正直に言った。

「レーテが敵討ちなんて無理だ、って思ったんだよ、最初。あんな恐ろしい力を持った奴ら相手にして戦って敵を討つなんてさ。

 ……けれど、実は俺も同じことを考えて、村を飛び出して来たんだなって思って。レーテのお蔭で冷静になれたよ」

 そういうと、ファルガはデイエンの方に視線を移した。

「敵を討つには強くならなきゃいけない。そして、今回の件もそうだけど、守る為には強くなきゃいけない。肉体的にも、精神的にも。本気で剣を習わなきゃいけないな」

 レーテが敵を討ちたいという気持ちを持つ事は、否定されるものではない。だが、今その力はレーテにはない。それだけは告げておかなければ。

 それを自分に置き換えて、独り言のようにファルガは言葉を紡いだ。

 レーテの思い出の小屋、そしてファルガの命の恩人である二人の老夫婦の思い出の地は、完全に燃え尽きた。それを見届けた二人は、様々な思いに目を向け、デイエンへの道を歩き始めた。

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