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界遊記  作者: かえで
蘇る古代帝国文明

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帝国イン=ギュアバの啓蒙3 ~時差ぼけ~

 南部が赤道上に鎮座する、ドレーノ国のあるリオ大陸は、熱帯雨林と砂漠とが隣接する不思議な気候体系になっている。そして、その首都であるロニーコは砂漠とジャングルのちょうど中間点に存在する都市だ。

 砂漠が多いが、決して雨が少ない地域ではない。定刻に降るスコールは、十五分という短い時間で周囲を湿らせる。特に篠突く雨という表現が適切なのは、降り始めの五分間。あっという間に膝まで浸かる濁流を創り出す。しかし、その濁流も雨が止むころには姿を消し、そこには痩せた土地のみが残る。それこそが赤道より北、リオ大陸の北部を砂漠化させる要因だった。

 人々は、幾度となくその地を豊潤にすることを試みてきた。だが、その都度スコールが人々の営みを文字通り『水に流し』てきた。

 ラン=サイディール国の属国となり、為政者として宗主国から総督を幾度となく送り込まれたこの国では、貧富の差が増大した。上流階級のサイディーランと奴隷以下のドレーノンとの生活格差は、文字通り年を経れば経るほど拡大する。その様は、どれだけ生活格差を拡大させたかをサイディーラン同士が競っているとしか思えない程だった。

 そこに赴任した、レベセス=アーグ。

 彼は、財を蓄える為に赴任を望むラン=サイディールの高官とは異なり、親友との約束を果たすためにこの地に赴任した。

 そこで、彼はラン=サイディールから赴任した歴代総督の悪行の爪痕と、それ以上に肥大腐敗した元のラン=サイディール国民、貴族階級サイディーランの素行を目の当たりにする。

 歴代の総督のうちの何人かは、心を痛めドレーノ国の改革を試みた。だが、その都度サイディーランたちからの反発を買い、失脚した。その方法は様々で、精神的に病みこの地を去った者は勿論の事、捏造された犯罪の為に断罪されドレーノンへと地位を落とした者、果ては陰謀に飲み込まれこの世を去った者もいるという。

 だが、元聖勇者でありラン=サイディール国近衛隊長であったレベセスは、陽に陰にと繰り出される様々な謀略を全て跳ね返し、『昇竜二法』と呼ばれ後世に伝わるドレーノンの地位向上と食糧の安定供給の為の法を施行した。

 そして、彼は『ドレーノ擾乱』と呼ばれるサイディーランとドレーノンの感情と価値観とが入り乱れる闘争の中、自発的に失脚し、姿を消すことを選んだ。後の指導者たち『三巨頭』と『天突』に後を託して。


 元総督であるレベセスは、余り人目に触れたくはなかった。

 真相を知る者は少ない。

 殆どのドレーノ国民は、総督レベセスは以前こそドレーノンの為に尽力してくれた総督だったが、元サイディーラン第一位ギワヤ家の当主であり、現三巨頭の一人ハギーマ=ギワヤの両足を奪った存在だと認識している。名君の皮を被った暴行者。

 当然、ハギーマがそう触れ回ったわけではないのだが、レベセス体制の崩壊を生んだ直接の原因である公開裁判の場で、高次の住人ギガンテスの子に両足を奪われたハギーマの惨状を、一般のドレーノンたちが目の当たりにした時に、高次を認識できない彼らは、失脚しようとする総督レベセスが何かを仕掛けた結果だと認識せざるを得なかったのは仕方ない事だと言えるかもしれない。

 レベセスは、敢えてそれを否定することなく、静かに何処へと消えることで、三巨頭への受け渡しを完遂したのだった。

 そんなレベセスが、現在普通にロニーコ内を闊歩するのは難しい。

 ましてや、今はドレーノの民族衣装ガラビアを身に着けていない。猶更その存在を際立たせてしまうことになる。

 レベセスは、一度『洞』を使ってドレーノ国に移動したが、その場所をロニーコ内に設定することはできなかった。

 以前、元SMG頭領ヒータックは、飛天龍をジャングルの中に隠したが、その場所であれば、ある程度の広さを確保でき、食糧や水も容易に調達できる事を覚えていたレベセスは、その地に『洞』を発生させ、カタラットからの移動することを、イン=ギュアバに提案する。

 その移動は実行に移され、レベセスを始めとする四人は、遠くに首都ロニーコが臨めるジャングルの入口に立つことになった。


「変な夢を見たと思ったものですが、まさか、貴方が本当にここに戻られていたとは。

 お久しぶりです、レベセス様」

 褐色の肌に筋骨隆々の偉丈夫、カンジュイームは特徴のある小さく丸い眼鏡の奥で目を見開いていた。以前、まるで体の一部のように巻き付けていたターバンは失われ、体躯に比べて非常に小さい角刈りの形の良い頭が、カンジュイームのスタイルの良さを印象付ける。

 驚いた様を微塵も見せずに、何事もないように対応しているが、カンジュイームの心中は如何ほどの驚きに満たされているだろうか。

 日々の執政の後、各方面からの報告書を執務室で精査し、翌日の方針を決め、手分けをして担当している分野の長であるハギーマとニセモとの打ち合わせを終え、やっと寝床に横になる。

 ところが、奈落の底に落ちていくように眠りについたところで、かつての上司であるレベセスに、総督府の屋上部に来るように夢で命じられた。

 目を覚ましたカンジュイームは、夢であることを理解していた。しかし、それにしては異常にリアルな夢だった。未だに「屋上に来てほしい」というレベセスの言葉が耳について離れない。

 ありとあらゆる方法で、カンジュイームと接触しようとしたレベセスだったが、正攻法で総督府を訪れるにしても、人の目に触れすぎる事が問題だった。では、どこか人目のつかないところで接触をしようにも、ロニーコを去ってからのカンジュイームの行動については、流石のレベセスにも知る由もない。そして、もし仮に行動が把握できたとして、アポイントをとろうとしても、綿密な下準備が必要だった。

 だが、それを行なっている時間は彼にはない。

 そこで、彼は強硬手段に出た。

 なんと、レベセスは『皇帝兵器』イン=ギュアバの力を借り、就寝した直後のカンジュイームの夢にダイレクトにアクセスし、総督府の屋上で待つと告げたのだ。

 その夢をカンジュイームに見せること自体は、イン=ギュアバの力を持ってすれば簡単ではあったが、その夢を真にレベセスからのメッセージであると思わせることができるかどうかは一つの賭けだった。

 多忙なカンジュイームにしてみれば、今まで存在すら忘却の彼方にあった元上司の夢を見る事は、単に過剰労働によるストレスの裏返しと捉えられる可能性もあり、変な夢を見たと感じるに留まった可能性も十二分にあったからだ。

 実際、カンジュイームはその可能性も考えた。

 レベセスがこの地を去って約半年。

 他の為政者が行なっていた治世よりは数段マシになっていたドレーノ国ではあったが、その前の為政者の治世は書類系が不備だらけであり、その一つ一つをカンジュイームが読み解き、理解し、実施に移さねばならなかった。

 レベセス治世の時代は、総督レベセスがこうすべき、として実施に移そうとした様々な方策を、カンジュイームは過去の法整備の観点から指摘し、微調整し、実施に移しており、そのシステムがうまく機能していた。

 だが、現在ではカンジュイームがレベセスの立場でこのようにしたい、という方策が、法制度的に問題ないのか、或いは問題があるというならそれを実現するためにどうすればいいのか、といった彼の思考を助ける存在がまだ育っていない。

 現在のカンジュイームは、かつてのレベセスが行なっていたことと、かつてのカンジュイームが行なっていたこと双方を一人で行わねばならなかった。

 それ故、極度に疲労が蓄積しており、悪夢を見ることなど一度や二度ではなかった。それ故、今回のレベセスのメッセージについても、質の悪い夢だと思いかけたものだった。

 だが、やはり気になった。

 彼は寝室から出て、屋上へと向かい、そこで誰もいないことを確認してから、再度就寝するつもりだった。

 ところが。

 彼はいた。

 見た事のない三人の男を引き連れて。

 カンジュイームの為政者としての才能は、豪胆なところだ。

 夢で告げられた内容が現実に眼前で起きている事に素直に驚愕しながらも、思考することを止めないところだ。

 並の為政者ならば、予想外の事が発生するとそのまま思考停止に陥ることがままあるが、この男にはそれがない。不慮の事に対し、驚きはそのままに迅速に対処できる事は、この上ない強みだ。

 カンジュイームの纏うガラビアが、ドレーノ国の夜の独特の冷え込みを運ぶ風を孕む。

 ドレーノ国は砂漠の国。日中は直射日光により高温となるが、その気温も日差しを失った夜になると、肌寒さを感じる程に下がってしまう。

 遠くの砂漠で、岩が砕ける音がする。砂漠の岩場に溜まった露が、急激に凍り付き、岩石の間で膨張して、岩を砕いているのだ。

「元気そうには……、余りみえないな。他の二人は息災か?」

 カンジュイームに歩み寄ったレベセスは、がっちりとカンジュイームと握手を交わす。

「半分以上は貴方のせいですよ、レベセス様。

 ハギーマ殿と、ニセモ殿。二人とも経験も知識も不足していますが、驚くべき速さで吸収をしている。かつての貴方を見ているようです。

 そして、驚きなのが、ここに住み込みで働いていたゼリュイア。彼女の伸びが凄まじい。後数年もすれば、我々三人を軽く凌駕する存在となるでしょう。やはり、貴方の傍で様々なものを見ていた経験は何物にも代えがたい」

「『様』はやめてくれ。私はもう君の上司ではない。強いて言うなら同志だ。そう思っている」

 レベセスは口角を上げた。

 ゼリュイアという少女。元は只の総督の身の回りの世話をするだけの存在でしかなかった。所謂女中だ。だが、カンジュイームもレベセスと同様、少女のポテンシャルに驚かされることが多かった。そして、少女が成長した数年後、『天突』という役職が三巨頭の上位に作られ、その座に彼女がつく事になる。

 カンジュイームも不敵に笑う。

「……ですが、今日貴方がここに来たのは、私からそんな報告を受ける為ではないでしょう。後ろの方々は?

 『国家連携』の報告としてこの地を訪れるにしては、いささか隠密すぎる」

 一瞬、レベセスの表情が曇る。だが、そこには悲壮感があるものとはどうしても感じられなかった。

「『国家連携』は、ある意味失敗した。だが、その経緯で我々は、かの男と交流を持つ機会を得た」

「かの男?」

 カンジュイームは、先程までもちらちらと、レベセスの背後にいるテマ、ヒータック、そしてイン=ギュアバの姿を認めて視線を投げかけていたが、このタイミングでレベセスに同行者の存在を確認し、正体の提示を求めた。

 そしてその数瞬後、カンジュイームは息を飲むことになった。

 SMGの現頭領ヒータック=トオーリ。ジョウノ=ソウ国先代国王テマ=カケネエ。そして、古代帝国最終皇帝イン=ギュアバ。

 どの人間も、国家の元首クラスだ。そして、そんな人間をここに連れてくることのできるレベセス=アーグとは、一体何者なのだろう。少なくとも、ラン=サイディール国の元近衛隊長であったとか、ドレーノ国の元総督という地位だけでこれほどのコミュニティは興し得まい。

「……すぐに信じろ、という方が難しい内容ですね。しかし、信じざるを得ない状況を眼前にしている。この地を去った貴方が、こうしてここにいて、更に私に対しての干渉方法がまた化け物じみている。信じるのは難しいが、否定するのは更に難しい」

 冷え込むロニーコの夜風に当たってなお、カンジュイームの額に玉の様な汗が浮かぶ。

「人を化け物扱いしないでもらいたい。

 ……近いうちにまた来たい。三巨頭同席での会談の場を設けてもらいたいのだがどうだろうか。伝えておきたいことがある」

「ハギーマ殿とニセモ殿とは、毎晩必ず報告会を持つようにしています。明日の報告会では彼らに伝えられる筈です。明後日の正午では如何でしょうか。無論、こちらの時刻でお願いしたいところですが」

 カンジュイームは、メガネの中心を中指で押し上げた。その癖を目の当たりにしたレベセスの頬が緩む。

 色々思案している時の癖だ。そして、油断しているレベセスを論破する時の表情だ。

「では、また明後日にここを訪れる事にするよ」

 レベセスは、黒水晶『洞』の移動術では、移動に時差は生じないことをイン=ギュアバに確認する。ロニーコの正午は、やはりワーヘの深夜らしい。

 レベセスたちは、カンジュイームより、総督府の客室にて宿泊の提案を受けるが、レベセスは固辞した。今はまだレベセスたちは活動時間だからだ。

 時差を加味して、体の調子を移動先の時刻に合わせてから活動をしようとすると、時間を倍近く無駄に消費することになってしまう。しかも、ロニーコの真夜中はワーヘの正午前。この時間に宿に入ったとしても、とてもではないが眠れない。かといって、起き続けていたら体の調子が狂ってしまう。体が欲する睡眠時間と生活のペースとが矛盾を起こすことになってしまうに違いなかった。

 レベセスたちは、この世界で初めて『時差ぼけ』を体感した人間となった。勿論、この世界に『時差ぼけ』を表現する言葉はない。その言葉で表現できる現象を体感できる者が今までいない以上、そのような表現がないのは致し方ない事だろう。

 帝国イン=ギュアバですら、黒水晶『洞』の移動術を日常的には使用できなかった。

 その術は、帝国の技術をその身に集束させた皇帝イン=ギュアバだからこそ可能であり、その『皇帝兵器』ですら、乱発ができそうにないのは、表情の浮かばぬ筈の皇帝に疲労の色が見て取れることでも明らかだ。後ほど、皇帝イン=ギュアバより、黒水晶『洞』の移動術に関して注文が入る。

 一日の移動はできれば一回。上限は二回だが、インターバルを開けてほしい事。そして、『洞』の通過は迅速に行なってほしい事。云々。

 幾つかの注文の意図はレベセスにはわからなかったが、人数制限があるのは、移動物質の総量の問題というよりは、『洞』の回廊を開いておく時間制限があるという事なのだろう。


 カタラットへ帰る彼らが消えゆく時、眼前で過去の叡智を見せられたカンジュイームは、唖然としていた。我に返ったのが自分のくしゃみが原因だとは、当の本人も理解していないだろう。

 こうして、『国家連携』のホストたちは、初めて協力者に会うことが叶った。そして、その二日後、レベセスの連れた世界の要人たちと、ドレーノ国の要人が、世界の情報を共有した。

 このような各国訪問は、間断的に行われ、『巨悪』がこの星を襲い来る直前まで実施されることになった。

 全ての訪問がうまくいったわけではない。

 中には、『巨悪』に対し拒絶反応を示す国家元首もいたし、逆に『国家連携』こそ悪だとする為政者もいた。

 だが、レベセスもイン=ギュアバも、各国の元首の判断を特段否定することはなかった。ただ、これから起きることを伝え、協力してくれずとも自国を護る算段だけはしておいてほしいと告げ、その地を後にすることになった。

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