神勇者候補
温泉地ユイーダでの休息の時間は、あっという間に過ぎてしまった。
宿を後にしたファルガとレーテ、レベセスとテマの四人は、そのままカタラットの首都ワーヘに戻る。
精悍な女神と可憐な女神との待ち合わせ場所は、ワーヘ城の屋上に設定していた。
そこが一番人目につかないという理由だが、人目に付きたくないのは神々だけではなかった。
正式にSMG頭領となったスサッケイも、カタラット国の王となったスサッケイも、人目のつくところで行動したくはない。皇帝兵器イン=ギュアバならば尚の事だろう。
そういう意味でもワーヘ城の屋上は理想的だった。ワーヘ城の屋上より高い箇所から周囲を見渡せる場所はない。物理的に、ではなく情報の機密性においてのみ最高の密室となる。
黒い水晶がゆっくりと姿を見せ始めたのは、正午より少し前だった。
とある一点より、何かにより押し出された空気が、同心円状に広がっていった。同時に、濃い紫の稲妻が何本も、小さな宝玉と地面との間に姿を見せた。そして次の瞬間、小さな宝玉が爆発的に巨大化していく。
黒い楕円体の水晶を見たのは二度目のファルガとレーテだったが、その出現には前回同様、今回も度肝を抜かれた。
紫色の稲妻が、地面に不思議な幾何学模様を描いた次の瞬間、フィアマーグとザムマーグが水晶の中から歩み出てきた。その直後、高さのある楕円体は音もなく粉々に砕け散る。
「準備はできているか?」
フィアマーグの言葉に、思わず身を固くするファルガとレーテ。何百年もの間、魔王といわれたガイガロス人の神との間の心の壁が、数回出会っただけで簡単に瓦解するわけがない。
それをわかっているフィアマーグは思わず失笑する。
「私も含めて、まだグアリザムの呪いが解け切ったわけではないようだな。だが、時間が惜しい。ついてくるがいい」
「フィアマーグ様、ザムマーグ様。ファルガ君とレーテをお願いします」
それには答えないフィアマーグ。だが、ザムマーグもフィアマーグも微笑んだ気がした。
「レーテ。こちらがある程度形になったら、私もそちらに行く。それまでに神賢者になる為の修行をきっちりしておけ」
父に呼ばれたレーテは振り返ると、強く頷いた。
フィアマーグが右手をかざすと、先程水晶が現れた位置に、同じように水晶が現れる。最初に現れた時のような紫の稲光が発生しないのはなぜだろうか。レーテは何となく疑問に思った。
フィアマーグに続き、ファルガが黒い水晶内へと歩みを進める。その後、レーテが続き、最後にザムマーグが水晶の中に入ったところで、水晶は再びひび割れ、音もなく砕け散った。その破片は周囲に飛散した筈だったが、どんなに足元に目を凝らしてみても、水晶の破片は見当たらなかった。
「行ってしまった……。
これからが我々の仕事だな」
レベセスは、スサッケイとヒータック、そしてイン=ギュアバの顔を見比べた。
彼らの表情は皆堅かったが、イン=ギュアバのみ、表情が読み取れなかった。ただ、彼も巨悪グアリザムの襲来が迫っていることはわかっている。それまでに、何とか現代の国家元首たちと会談をし、今後の方向性をすり合わせなければならないことも、重々把握しているはずだった。
「スサッケイ=ノヴィ。ヒータック=トオーリ。私がまず会談しなければならない者を教えてほしい。
大陸墜落後、国家間でどのような出来事があり、どのような勢力図なのかといったものはデータベースで把握している。だが、私にはこの星を挙げて巨悪に立ち向かうための構図が見えていない」
イン=ギュアバはゆっくりと言葉を紡いだ。
「まずは、『国家連携』に応じてくれた国家の長、でしょう」
レベセスは答えた。
水晶に一歩踏み込んだファルガとレーテ。
ところが、その一歩は水晶から歩み出た一歩だった。
不思議な感覚だが、入ったと同時に出た。そんな印象だ。
周囲を見回すが、そこは何もない薄暗く黒い空間だった。その黒い空間というのが、磨き抜かれた黒曜石のような床と壁、そして陽光を少しだけ透過する天井で構成されているのが分かる。
そこは、かつて『黒い神殿』と呼ばれ、ガイガロス人の神であるフィアマーグが祀られていた神殿だった。
あたり一面黒い空間の一角に、人影が見えた。
見覚えのある人影。
ラン=サイディールの首都デイエンの薔薇城の鐘楼堂で、当時宰相ベニーバ=サイディールの放った追手を振り切った時にファルガと剣を交え、カタラット国首都ワーヘの平城の屋上で、砲台と化したゴウ=ツクリーバと黒い稲妻の少女ギラと対峙した時にレーテと共闘することになった男。
ガガロ=ドン。
青竜戦士族ガイガロス人の数少ない生き残り。
北国の夏の海のような深く蒼い髪。少し青白く見える肌。そして、かつては恐怖の対象であった緋の目が、神々が連れてきた少年と少女を正面から見つめていた。
「男子三日会わざれば、刮目して見よ……。
かつてガイガロスの真の王が口にした言葉だが、今はそれが胃の腑に落ちる」
ガガロが、初めて口角を上げて笑った。ガイガロス人の特徴の一つである、他の歯に比べて巨大な犬歯を隠そうともせずに。
恐らく、ファルガやレーテを前にして、ガイガロス人を隠さずに感情を発したのは初めてかもしれない。それまでは、ガイガロスを受け入れている人間の子相手でも、どこかで隠匿しようとしていたのだろうか。
その証拠に、彼らの前ですら、フードを取ったことはなかった。
今は、フードは愚かマントも羽織らず、彼の象徴である漆黒の刀身に勝るとも劣らぬ、墨のような鎧に身を包む。肩から、そして膝下からは漆黒の帷子で覆われ、袖なしハーフパンツ状の鎧。ガイガロス人が持つ数少ない伝統の防具。ドラゴン化もその鎧であれば壊れず、アーマードドラゴン化も可能とさえいわれる、ガイガロスの民族戦闘装備。膝当てと肘当てのみが銀色に装飾された、シンプルな鎧だ。
ガガロとの初戦は、ツテーダ夫妻の山小屋での戦いだった。これは、直接ガガロとファルガが剣を交えたわけではないが、ガガロが連れていた豚人の暴走を、ファルガが食い止めた、という戦闘だ。その時、ファルガは聖剣『勇者の剣』で豚人の吐き出した火球を弾き返し、豚人に命中させている。
そして二戦目は、ラン=サイディール国王城、通称薔薇城の荘厳な鐘を打つべき鐘楼堂での戦闘だった。この戦闘では、感情の高まりにより、ファルガが急遽第二段階の使用が可能になったというイベントが起きている。油断していたとはいえ、既に聖勇者となっていたガガロの手の聖剣を弾き飛ばす、という事が如何に彼を驚愕させた出来事なのか。
それ以降、ファルガとガガロの直接の戦闘はない。
互いの動向をある程度気にしてはいたが、次の邂逅はこの黒い神殿となった。
「初めて剣を交えた時から、約半年。その短期間で、既にこのレベルに達するものか」
ガガロは表情を殺して話しているつもりだったが、そのどこかで嬉しさを隠しきれずにいるようだった。
現時点で最強の聖勇者が追い求めたファルガの父。その存在はガガロに大きな影響を与えていたが、ついに眼前の彼がそのレベルに到達した、という事なのか。
「……俺は……、俺たちは、生き抜くのに必死だった……。
誰も守ることはできなかった。次こそは、と思いながら今ここにいる」
ファルガは、ゆっくりと歩みを進め、ガガロの前に立つ。ガガロの感慨などまるで感じていないようだ。
もっとも、少年ファルガにしてみれば、ガガロという戦士の存在は、彼が追いかけていた男を追う旅の途中で出会った障害でしかないのだから、無理もない。
むしろ、ジョーという男をある意味受け入れたことにより、ガガロに対する心証も若干変わっているようにさえ見える。
身長も二メートル近くあるガガロの正面に、ずいと立つファルガの背は、ガガロの胸元辺りまでしかない。だが、不思議とファルガが貧弱であるという風には、誰の瞳にも映らなかった。
ガガロは、鐘楼堂での戦い以降、ファルガがどのような経験をしてきたかは知らない。
だが、眼前の少年が醸し出す雰囲気。それは、常に勝利し、敗北を知らぬ者が持つ自信に満ち溢れたものでもなければ、常に負け、奪われ犯され続けてきた者が持つ怯懦で卑屈に竦みあがったものでもなかった。
純粋に、必死に生き抜いてきた者のみが持つ、野獣のような鋭さがガガロを射抜く。それは殺気とも覇気とも違う、研ぎ澄まされた氣。生き延びる為に力を発揮するエネルギー。
剣士としての実力の有無や、生命力を司る氣の大小、術を司る真の操作といった戦闘の技術とは全く別の強い力。意志の力と言い換えてもよいかもしれない。
ガガロは口を開かなかったが、ファルガが、一人の戦士として成長を続けていることを察した。
自分が庇護すべき恩人の子供でもなければ、聖剣の力を引き出せるのみで心を育てることをしていない、選民意識に毒された愚かな道化でもない。
ガガロは、レベセスやファルガに出会うまでの数十年間、何回か聖剣を使える存在の者に邂逅している。未だに、ガガロは勿論のこと、レベセスですら、聖剣が使えるか否かの法則というのは、血縁関係が若干影響を及ぼす、という程度の認識しかない。
だが、そういった者達は、概して自分を選民と理解し、そのような振る舞いをしてきた。その結果、恨みを買い民衆から殺された人間もいる。
あの男の子供を愚者にしたくない。
だからこそ、力を手に入れた直後に、それ以上の力で叩き潰そうとした。更に上を目指そうという気持ちにさせる為に。
だが、それは不要だったのかもしれない。
大きな影響を与えつつ、少年ファルガに何もさせずに姿を消したジョーという男は、良くも悪くもずっと彼を叱咤し続けるだろう。当人ではなく、彼の中で作られたジョーという男が。
「ザムマーグは、これからレーテに合わせて神賢者の装備の制作に入る。レーテの適性が神賢者に沿うと私たちは判断したからだが、異論はないか?」
向き合いながら、言外のやり取りを続けていたファルガとガガロに、フィアマーグが問いかける。
異論、とは何か。神が決めたものに異論など挟めるのか?
ファルガとガガロは一瞬不思議そうな表情を浮かべる。
だが、フィアマーグの言葉の言外には、ガガロとファルガの二人が神勇者候補として選別されるという意味が含まれる。
「小僧……、いや、ファルガよ。
貴様に尋ねておく。神勇者になりたいのか?」
ガガロは、今まで成長を促してきた対象から、自分に比肩する存在になったファルガに、改めて敬意を払う。その口調の変化に少年はまだ気づかないが。
「……存在はわかっている。具体的に何をするのか、についてもおおよその見当はついているけれど、それが、俺が適任なのか、あんたが適任なのかはわからない。
今、言えることは、巨悪に対して最も有効な選択をすべきなんだろうな、という事くらいだ。
なりたい、なりたくないではなくて、どちらがなった方がより良いか、という所で判断すべきなんだろう、と思っている」
少しつっけんどんな物言いになっているのは、まだ、彼自身が陽床の丘ハタナハでのツテーダ夫妻の件を引き摺っているからだ。そして、その自覚はファルガにもあった。
だが、その一方で憎悪の対象であったはずのジョーに対する感情の昇華は、他の敵対する存在に対しての感情にも影響を与えている。
ガガロが関わったツテーダ夫妻の死。それを、豚人を抑えることをしなかったガガロのせいだとした。
だが、本当にガガロのせいだったのか。
確かに、ガガロならば豚人を止めることはできただろう。ならば、ツテーダ夫妻の家に火を放つ事も止めることはできたのではないか。その前のツテーダ夫妻とのやり取りで、彼等を殺害する豚人も止めることはできたのではないか。
それをしなかったのだから、ガガロは豚人と同罪。
レーテに追従する形で、その論法をファルガも採択していた。だから、どちらかといえば、ファルガよりはむしろレーテの方が、ガガロとの軋轢は大きかった筈だった。
だが、カタラットでの戦いで、ガガロはレーテを助け、大陸砲の光の奔流に巻き込まれた。結果生存こそしていたが、レーテからすればとてつもなくショッキングな出来事だった。
何故、ツテーダ夫妻を容易に殺害できる人間が、自分の命を賭して彼女を護ったのか。レーテ自身、自問自答を繰り返した。
理由は簡単だった。だが、簡単であるが故に受け入れ難かった。悩みに悩み、少女はその状況を作らないために自ら強くなることを選んだ。
そして、そのレーテが、ガガロに対する憎悪を逓減させた時、ファルガの感情も同様に変化してきていた。
「……なるほど。よくわかった」
父に似ているな、という言葉をガガロは飲み込んだ。その言葉自体、ファルガにとっては何の意味もない言葉だという事がわかっていたからだ。
少年は父親に会ったことがない。そしてこれからも会う事がないだろう。その時、彼の父親を比較対象として少年に語った所で、意味がない。
感慨に耽るのは自分だけでいい。
ガガロはそう思い至った。
「聖剣をこちらへ」
ザムマーグが、召喚用の黒い水晶から一抱えもある物体を取り出す。それは、屋敷にある外套や帽子を掛けるポールハンガーによく似ていた。
特に説明はなかったが、それが『聖台』だという事はわかった。
聖剣を扱う聖槌と聖台という名の存在から、神のような特別な存在が、聖槌を振るって聖台の上に乗せた剣を打ち直す、と勝手に思っていたのだが、どうやら違うらしい。
精悍な女神は、聖台を床に置き、ファルガとレーテ、そしてガガロから預かった四聖剣を、それぞれの剣用に準備された鞘のような部分に差し込んでいく。ちょうど、勇者の剣が向かって左側から聖台の中心を射抜くように。
死神の剣は、対称の位置の右側から聖台の中心を射抜くように、鞘の部分にその刃を収めた。
中心には、細身の光龍剣が上部から下部に向けて設置された。
そして、刃殺し。刃殺しはその名の通り、使用する人間が力を籠めると刃が微かに振動する。その振動に気づかずに剣を打ちこみ、刃を振動刃に受けられてしまうと、その剣を振動で破壊する、という中々厄介な性質を持っている。勿論、聖剣同士の打ち合いで聖剣を破壊する事はできないが、その振動で建物を斬ったり、場合によっては山や海を斬ったりもできるという言い伝えもある事から、用途から能力など、他の聖剣とはまた一線を画す剣のようだ。
その刃殺しを、聖台の中心に設置した。刃殺しの形状は剣というより、細身の盾のようなデザインをしている。騎士の持つ盾・ヒーターシールドを更にスリムにしたような形状をしており、剣の腹を見せて構えると、まるで上部に柄のついた盾といった感じだ。この、大剣といわれる、叩き潰すのがメインの剣が、刃砕きの名の由来なのかは定かではないが、言い伝えられた名前なのは間違いなさそうだ。
聖台に三本の剣を上から刺し、大剣を横から突起部に嵌め込むと、三本の剣と盾を模したエンブレムのようなデザインの、さながら調度品のような形状となる。
「剣は収めた。
後は、聖剣にかけられた封印を、聖槌を使って解除するだけだ」
そこで、神々ははたと詰まった。
時が止まったように動きを止め、言葉を止めるフィアマーグとザムマーグ。
最初は何か続きがあると思い、ファルガやレーテは勿論の事、ガガロですら沈黙して女神たちの説明を待った。
程なくして、精悍な女神と可憐な女神は、困ったように呟いた。
「すまないが、我々はここまでしかわからないのだ」
三人の人間たちは愕然とする。
まさか、聖剣を超神剣に戻す方法を、神が知らないとは。だが、ガガロとファルガは、何故か腹は立たなかった。神でも知らないことはあってしかるべきなのだ。それは、彼らがそれぞれ体験してきた経験が物語っている。
神とは、高次の存在であるのは間違いない。だが、その高次の存在は、自分たちができないことを容易にこなして見せ、また簡単に人間たちやこの世を滅ぼすほどの力があるだけで、全知全能などというものではない、という事なのだ。
「……フィアマーグ様とザムマーグ様を封印したとされる神皇が、超神剣を聖剣に変えたというなら、その更に高次の神の皇という存在に、聖剣の戻し方の教えを乞うしかないでしょうね」
ガガロは、一瞬天を仰ぎ、少し考えた後、口を開いた。
全ての事を知っていると思っていた神ですら、超神剣の謎については実は知らない、という事がファルガにとっては意外だった。だが、彼はそういう場面を何度も見てきたせいか、特に驚きはなかった。
確かに、ラマ村で大きくなったファルガから見て、ラマ村の大人達は完璧な存在に見えていた。だが、ジョーの襲来の時、大人たちは何もできなかった。ファルガの育ての父、ズエブ=ゴードンでさえ。そして、それから数多くの自分達よりも年上の存在を見てきたが、彼らは様々だった。唾棄すべき人間もいれば、目標にすべき人間もいた。
そう考えると、神が全知全能でないとすれば、知らないことがあっても不思議ではない。ましてや、フィアマーグもザムマーグも古代帝国崩壊時は、神勇者と神賢者であり、人間だったという事なのだ。
その人間が、高々三百年程度で世の中の理全てを知ることなどできようものか。
そんな理解を示したファルガとガガロだったが、どうにも納得いかないのがレーテだ。
「……どうしてですか?
何故神であるお二人がわからないんですか? 神賢者の装備を作る、とは仰っていましたけど、それと同じ要領でやるわけにはいかないんですか?」
だが、レーテのこの怒りが、聖剣を通じて近しい者が殺されているという所から端を発しているものだという事を、ここにいる者達は気づいていない。当然レーテそのものも気づいていない。
むしろ、少女の中で、今まで心のどこかで収まりがつかずに燻っていた怒りの炎が、今回の女神たちの言動で一気に噴き出したという感じだ。
豚人にカゴスとルサーを殺されたレーテ。だが、それは聖剣を手に入れようとしているガガロの手下が行なったこと。その聖剣という存在がなければ、カゴス=ツテーダと、ルサー=ツテーダの二人は惨殺されることはなかったのだ。
ツテーダ夫妻を殺した張本人の所属するグループリーダーであったガガロ。そのガガロに命は救われたものの、その怒りを無にすることはできなかった。
そして、そのガガロに聖剣集めをさせたフィアマーグ。
人の心を捉えて、世界制覇などの野望に駆り立てる聖剣という武器そのもの。その聖剣の本来の姿である超神剣の装備。超神剣の装備を聖剣に変化させてくれと望んだ、神勇者フィーと神賢者サミー。その望みを叶えた神皇。
暴走しつつあるレーテの感情は、この世にあるありとあらゆる存在に対しての怒りと化していく。
レーテは徐々に荒ぶっていく自分の感情がコントロールできずに、ヒステリックに泣きわめきながら、女神を責めた。
「わからないってどういうことなの!? 神様が分からないってどういうことなの!? カゴスさんとルサーさんは、なんだかわからないものの為に、意味もなく殺されてしまったっていうの!?」
とてつもなく他者を責め立てたいどす黒い感情に襲われ、喚き散らしたいが、その黒い感情を毒に変えて吐き出すボキャブラリーもなく、他者を責めることに対する罪悪感も捨てきれず、レーテは喚くこともできなくなり、ただただ昂った感情を抑えきれぬまま蹲って号泣した。
二人の女神も、齢百歳を超える異種の戦士も、只唖然として蹲る少女を見ている事しかできなかった。
「……フィアマーグ様、ザムマーグ様、今日はレーテを休ませてやってください」
レーテの心の暴走の直接の原因はわからないものの、ジョーに対する感情の変化を経験していたファルガは、レーテの苦しみが少しだけ分かった気がした。
ファルガは蹲るレーテを抱き起こすと肩を貸しながら、ゆっくりと黒い神殿の外へと連れていこうとする。
「ファルガ……、神殿の外に小屋とベッドを準備しました。そこでレーテを休ませてあげてください」
可憐な女神ザムマーグは、恐らくその神の力で、黒い神殿以外に何もなかった小さな南の島に急遽休憩用の小屋を誂えたようだ。
ファルガはザムマーグの言葉に頷き、ゆっくりとレーテを神殿の外に連れていくと、神殿の正面直ぐに出来上がっていた、木造の丸太小屋の中に準備されていたベッドにレーテを横たえた。
そして、少年は、少女が泣き疲れて眠るまで、手をしっかりと握りしめることをやめなかった。




