神の前と兵器の前と
「私は、間に合わなかったのです。それ故、幾多の悲劇を招いてしまった……」
皇帝兵器は呟いた。
「間に合わなかった……? 間に合わなかった、というのはどういう意味だ?」
表情の変わらぬ皇帝に、真意を諮りかねるヒータックは改めて、問いをぶつけた。
聞きたいことは色々あった。
皇帝兵器とは。
古代帝国とは。
浮遊大陸とは。
『巨悪』とは。
だが、何よりも、自ら兵器を名乗る皇帝の『間に合わなかった』という言葉。
ファルガたちの話では、今まで語られてきた所謂魔王ではなく、真の魔王『神闘者』を退けたという。真の魔王とは何か、という疑問もあったが、それはいずれ見えてくるだろう。そう考えて後回しにする。
それよりも。
それほどの力を持つ存在『皇帝兵器』が、間に合わなかったと悔む事案とは一体どのようなものなのか。
「それは、我々からも併せて説明させてもらおう」
ファルガたちの背後に突然現れた、人の背丈ほどの大きさの黒い楕円体状の水晶。さながら黒い闇が実体化したようにも見える。
声はその中からする。
強力な気配が立ち込め、音とは異なる強い波動が周囲を駆け抜け、黒い水晶が砕け散った次の瞬間に、二人の人影が姿を現す。
二人の人影は、姿かたちこそ瓜二つではあったが、初見のファルガやレーテ、ヒータックですら、この存在が神であり元魔王であることを容易に察する事が出来た。それほどに圧倒的な力だった。
先日初めて向き合った『神闘者』とはまた別の、畏怖を伴う威圧。否応なしに『神』と『魔王』を納得させられる力だった。神に近い者が持つ威圧と、神そのものが持つ威圧ではやはり次元が違う。
非対称かつ複雑に天に向かって伸びる何本もの角と、額部から伸びる角を蓄えた兜を被り、鉄仮面で素顔を隠す二人の表情は、全く伺い知ることはできない。肩当てから伸びるローブは、神である者達の姿を完全に隠し、体つきなどは全く想像もつかない。
だが。
驚くべきことが起こった。
先程まで、何が起ころうと無表情であった筈の皇帝兵器イン=ギュアバの感情のない双眸から、二筋の涙が零れ落ちたのだ。
「フィー……、サミー……。
僕が間に合わなかったせいで……。ごめん……」
詰まる言葉を無理矢理絞り出す、皇帝兵器イン=ギュアバ。
いや、この瞬間『皇帝兵器』は、イン=ギュアバになる前の一人の少年だった。
『巨悪』がまだ、この星の神であった頃。
帝国イン=ギュアバが圧倒的な技術力により、栄華を極めていた頃。
まだ、人の大いなる体験と記憶が失われる遥か以前。
帝国の首都カンウルデに、一人の少年と一人の少女が生まれた。
当時のイン=ギュアバには、もはや貧富の差はなく、また、各家庭に道具術が浸透し、生きとし生ける者が皆、幸せであると心より感じられる社会があった。
爬虫類人であるガイガロス人も、イン=ギュアバと同じく地上に美しい楽園を築いており、哺乳類人であるイン=ギュアバ人とはまだ争い事もなく、それぞれの文化文明を尊重し、互いに生活を侵食することなく生活していた。
だが国家とは、栄華を極めると人口が増大する。人口イコール国力という考え方は、太古のものだとされていたが、その考え方があらかた間違いではないことを、イン=ギュアバとガイガロスは図らずも証明することになった。
出生率が上がった訳ではないのだが、子供たちの死亡率が下がったことで、爬虫類人と哺乳類人の両種ともで平均寿命が飛躍的に延びたのだ。特に、ガイガロス人は三百年ほどだった平均寿命が、一気に倍近くになった。中には一千年を生きる者さえ現れたという。
しかし、社会の安定が人口の増加とイコールかと言われると、疑問を呈さざるを得ない。
実際、両種の人々の長寿化は、過度な人口増加を生み、それにより深刻な生活地不足を引き起こしつつあったからだ。
そしてついに、イン=ギュアバ人の増加した人口により、イン=ギュアバ人の居住地がガイガロス人と被るようになってしまった。
寿命の短い種より、長い種の方が人口増大に影響しそうではあるが、寿命の短い種の方が、繁殖活動が短時間に集中して行われるため、結果的に総数が増加する傾向にある。
片や、長寿の種はそれぞれの個体の寿命が長いため、個体当たりの総出産数は上がるが、種全体としてはそこまで増えないとされている。
イン=ギュアバ人の皇帝は、互いの生活を侵さないようにする為、二種族で話し合いの場を持つことを提案した。ガイガロス人の王もそれに応じ、互いに寄り添って状況を把握、解決する為の方法を吟味した。
二種族の元首は、双方の技術の粋である『術』を上手く使い、お互いの生活を侵さぬようにしなければならないと取り決める。やはり、これから大小のトラブルが発生するとすれば、別の種同士が生活圏を重ねてしまう事だろうと予測されたからだ。観光や外交で訪れる分にはよい。だが、生活圏が被ると、生活習慣が類似していてもトラブルは起きかねない。別種であれば尚更だ。
神賢の神通力の六大術のうち、ガイガロス人が得意とする氣功術とマナ術、そしてイン=ギュアバ人が得意としている道具術と話術を用いて、平和裏に生活圏の分離を図ろうとした。
それが、浮遊大陸誕生のきっかけとなる。
この時、ガイガロス人のマナ術者集団……所謂魔法使い集団と、イン=ギュアバ人の道具術集団……所謂科学者集団が知識を合わせ、幾度となく話し合いや実験が行われた結果、大陸を上下に分断・浮遊させ、大陸上部側を海上に移動させ、日照条件を同じにしつつ居住地面積を倍にする計画が実行に移された。
計画は成功した。
物質を浮遊させるマナ術をガイガロス人が考案し、イン=ギュアバ人が、その術を道具術で再現する。再現できる道具を多数生産することで、巨大な大陸すら恒常的に安定して浮かせることが可能になった。
道具術の優れている点は、術者の能力に依存しない、画一的な規模の現象の発生が可能になり、しかも、その現象発生の機構を大量生産することが可能になる、というところだ。
マナ術で理論を構築し、それを実現させるために道具術で機構を開発、最終的にその機構を大量生産させることにより、安定した現象発生が可能となり、結果、世界最大級の巨大な岩石となる浮遊大陸を、常時一定の高度を保つ様に浮遊させることに成功した。
だがこの時には既に、両種族の知らぬ所で、両種族を巻き込むことになる別の火種が発生していた。
それが、まだこの時には呼称すら与えられていない『妖』と『魔』の対立だった。この時の『妖』と『魔』の関係の認識は、『どうやっても分かり合えぬ存在が同種の中にも存在することがある』というひどく抽象的だったが、それでいて、理由の分からない闘争や殺戮が発生した時には、妙に的確に現象を捉えていた。
圧倒的な科学力を誇る帝国でも、所謂魔法という物に長けているガイガロスでさえも、そのような分析しかできなかったのだから、定量的な説明などできるはずもない。
イン=ギュアバ人とガイガロス人は本来、別進化を辿った種族であり、互いが初邂逅した際は、当然闘争もあったとされるが、偉大な先人達の努力の結果、最小限の犠牲と衝突のみで平和裏に共存が進んだと言われる。
異種族とはいえ、同じ生命体。同じ環境でその生を繋いできた以上、様々な価値観は同一でないにせよ類似しており、譲歩幅さえ合えば、共有も可能。
そう思われていた。
ところが。
『妖』と『魔』の関係は、種族間の問題とは次元が違うことが次第に明らかになっていく。
価値観の相違や、文化の相違では処理ができない、本能的かつ本質的な対立だった。
そして、より事態を深刻化したのは、イン=ギュアバ人にも、ガイガロス人にも少数ながら『魔』が存在したことだった。
既存同一種であるはずの種に関する新しい分類。そして定量的な分類法則のない、ともすれば直感が一番正確な分類になる、という不可思議な存在同士。
感情論という、理性的・科学的な見地から最も遠い筈の議論が、言いえて妙になるという不思議な状態が起き始めた。
そして。
イン=ギュアバ人の『妖』対イン=ギュアバ人の『魔』。ガイガロス人の『妖』対ガイガロス人の『魔』。そして、袈裟懸けの対立図となるイン=ギュアバ人の『妖』対ガイガロス人の『魔』。そして、イン=ギュアバ人の『魔』対ガイガロス人の『妖』という乱対立が発生した。
それぞれの種は、友好的な異種族と攻撃的な異種族の区別をつける事が殆ど出来ず……実際に生体としては差などないのだから、困難だと言えば困難だ……人々の心には、その対立構図は種族間のものとして認識されるようになっていった。
イン=ギュアバの『妖』対ガイガロスの『魔』。そして、ガイガロスの『妖』対イン=ギュアバの『魔』。
見分けのつきやすい明らかなこの対決が、彼らにとって一番楽だった。
この対立構図が、様々な欲に晒されることにより、徐々にイン=ギュアバ対ガイガロス、の図へと変異していく。
イン=ギュアバの『妖』とガイガロスの『魔』の闘争をうまく抑えようとした神賢者。ガイガロスの『妖』とイン=ギュアバの『魔』の対立を抑えようとした神勇者。この対立において、数において勝る『妖』を抑えようとした神賢者と神勇者だったが、結果、ガイガロスを見守った神勇者が、いつの間にか魔族ガイガロス人の魔王となり、数の多かったイン=ギュアバの『妖』を見守った神賢者が、神と呼ばれるようになったのは、皮肉だと言えるも、正当な流れだったと言わざるを得ない。何しろ、今でこそ概念的にわかる『妖』と『魔』が、当時は表現もなければ理解もなかった。一部のそりの合わない哺乳類人と爬虫類人が存在する、という抽象的な表現でしか表しようがなかったのだ。
この時に植え付けられた潜在的な恐怖と対立構図とが、『巨悪の呪い』と呼ばれる超規模超効能の洗脳の基軸になる。決して『巨悪』となったグアリザムの圧倒的な術力だけが、この長きに渡る種族間の誤解を決定的な物にしたわけではなかった。
逆に、同種族での『妖』と『魔』については、互いに本能的な嫌悪感を避けるように、徐々に距離を取っていったという。『忌み村』というものがあるが、それは同種でありながら、極限まで接触を絶った種族の集合体だと言っていいだろう。
わかりにくいからこそ、攻撃がしづらい。そして、イン=ギュアバの中には『魔』であることを隠す者も出てくるようになり、その不快感や悍ましさに耐えながらも『妖』として隠れて生活する者も出始めた。……マイノリティへの弾圧を避ける為に。
偶然の産物ではあるが、その背景があることにより、同種族内の『妖』と『魔』がお互いを滅さず、距離を取ることで、ある意味共存が成立することになった。最低限の接触のみで、後は干渉しない、という方法が取れたからだ。
もし、存在比率がもう少し均等になっていたら、また別の闘争形態となっていたかもしれない。
更に。
後の世で魔神と呼ばれる『魔』の神皇と、妖神と呼ばれる『妖』の神皇の対立が、この星で表面化したのは、不幸以外の何物でもなかった。どちらかといえば災難の部類に入るかもしれない。
この世界には無数の星があり、その星々が形成する無数の惑星系があり、惑星や恒星が無数に集まる集合体、渦巻き銀河や棒銀河など無数の星雲・銀河系が存在するとされる。
だが、そんな無数に生命体の存在しそうな星の海の中、『妖』と『魔』の生命体が、どのような形態をとっているとしても同じ星内に共存出来ているという事例は、ほぼ例のないケースとなっていた。
『妖』と『魔』の関係性は、他の関係性からみると異常そのもので、何事にもまして排他的な活動を取るようになる。そこに合理性は存在せず、互いの存在を発見しさえすれば、どちらかがどちらかを必ず滅ぼすまで行動するだろうし、その存在の力関係が拮抗していれば、双方が絶滅することになる。
それほどにまず排除ありきの激しい活動となる。従って、『妖』の勝利した星では『妖』の生態系のみが成立しているし、『魔』が勝利した星では『魔』の生態系のみが成立する。
ところが。
この星は、稀有のケースサンプルで、『妖』と『魔』が同じ空間内、時間内に存在していて、どちらか、あるいは双方が滅びるまでの闘争とはならない環境が出来上がっていた。
それぞれの存在バランスが、嫌悪感を与えても、干渉されない位の距離さえとれれば、互いを無理に滅ぼすことをしなくても、生活には支障をきたさないというものだったからこその成立だった。
そして。
混乱は始まった。
この星の神であったグアリザムが、大多数の『妖』を護る為、という大義の元、当時の神勇者と神賢者であったフィアマーグとザムマーグに、魔神を討つ様に指示したのだ。
それにより、この星にあった微妙なバランスで成立していた妖と魔の同時存在が、完全に否定されることになった。そして、その討伐命令は神皇から発せられたものでは無かった。
魔神に宣戦布告したことにより、魔の増援が別の星々から続々とこの星に送り込まれる。その送り込まれる方法は様々だったが、その一つが、魔神の居城となっていた彗星の城……後に『巨悪』グアリザムの居城となる……を使っての『魔』の大量輸送だった。
巨悪グアリザムはこの時、神としての禁忌を犯していた。
それは、イン=ギュアバの異常な技術の発展だった。科学技術とも呼ばれる道具術の発展は、グアリザムが神になってから数百年の間で、ウイルスが人間に変異する以上の進化を遂げたと比喩される。
グアリザムのその所業は、フィアマーグとザムマーグが封印されている間に知ったことであり、当時の彼女たちにはどうすることもできなかった。もしそれを知っていたならば、この星を妖魔大戦『精霊神大戦争』の爆心地とはしなかっただろう。たとえ、グアリザムと敵対したとしても。その技術の提供こそが、グアリザムの目的だったからだ。
彼女の家族も友人も死に、敵も死んだこの戦いの最中、少女は神の戦士になるが、この時に少女は『少女たち』になる。
少女が、心の中に二つの人格を持っていたのは、生まれつきだった。
隣家に生まれた少年は、稀代の天才と呼ばれる程全てにおいて卓越した才能を持っていたが、その少年に勝るとも劣らない才能の持ち主であったとされる。
少年は両親から期待され、また、ありとあらゆる教育機関からも注目され、齢十四歳で次皇帝の地位が確約されていた。それを誇った両親が、少年の名をイン=ギュアバに改名してしまう程だった。それでも周囲はそれを賞賛した。
少女は、少年とは違い、皇帝を切望されたわけではなかった。しかし、その類稀なる美貌と才能とで、次皇帝の伴侶にすべきだとすら言われていた。
少女はそんな圧力を疎んで、様々なものに熱中しては結果を出していった。
まさに互角。
世間はそう見ていた。
そして、賞賛すると同時に悲しんだ。
稀代の名皇帝に成るべき逸材が、何故同じ時代に被るのか。
どちらが皇帝に成っても、帝国は更に栄えるのは間違いない。
しかし、もう一方の才能は、どうしても無駄遣いになってしまう。例え、どちらかが皇帝に成った時の宰相に成ったとしても、それはもったいないと言われる程の人事だったはずだ。
そんな中、天才のみが共感できるのか、少年と少女はわかりあっていく。
少年は、少女が二重人格であることを看破した。だが、それは生まれつきのものである事もすぐに見抜き、二人の少女として接した。
少女には、『フィー』と『サミー』という二つの人格があった。
どちらの人格も心優しく美しい少女だったが、フィーの方が、ほんの少しだけあっさりした性格だったようだ。サミーの方がより少女っぽかったが、どちらも完璧に近い性格だったため、周囲の人間は勿論の事、両親ですら二つの人格が一人の少女の体に入っていることを気づかなかった。
二卵性単生児。
後にそのように名付けられる二人の形態は、一つの精子が二つの卵子を受精させ、ある程度成長したところで、一つの胎児として成長を始める。無論、古今例がない事象であり、いわばこれも『奇跡』と呼んでいいほどの発生率だ。だが、それゆえ、少女は天才であり続ける事が出来たのかもしれない。
イン=ギュアバ人とガイガロス人の争いが熾烈になっていく中(『妖』と『魔』の区別がつかない人間には、イン=ギュアバ人対ガイガロス人の抗争という構図にしか見えず、また、殆どの人間がその理解だった)、イン=ギュアバ人は、圧倒的な戦闘力を誇るガイガロス人に対抗する為の頭脳と兵器を欲していた。
その実現こそが、対ガイガロス人との抗争に勝利すると人々は信じていたからだ。
そして、帝国最後から二番目の皇帝が、兵器となる人材を募った。彼は、戦術的にも戦略的にも優れた一人の超人が誕生しさえすれば、ガイガロスとの抗争に勝利できると信じて疑わなかった。個々の身体能力では、イン=ギュアバ人はガイガロス人に遥かに劣る。集団戦法を用いても、道具を用いなければ、ガイガロス人に太刀打ちはできない。
だが、一人の『英雄』がいる事で、人々は戦う気力を得る事が出来る。
そこで。
普通の人間を遥かに上回り、ガイガロス人や他の侵略者に対抗できるだけの膂力と瞬発力。マナ術と氣功術を得手とするガイガロス人に対抗する為、体の各部位に瞬間的にありとあらゆる道具術の機能を付与する可変機構。感情を極力排し、状況把握等の演算処理高速化と帝国イン=ギュアバの全データベースの常時使用。常に全盛期の肉体を維持し、執政活動から戦闘活動まで、ありとあらゆる常時活動の実現。
そのような生体兵器を作る事を皇帝は提案する。それだけの機能があれば、ありとあらゆる局面に対応できるため、全ての権力を集中させる必要がある。
そのような兵器が開発できた暁には、皇帝は全ての権限を次代皇帝に譲渡する。
『皇帝兵器』計画の発足だ。
そこに立候補したのは、元天才少年、次皇帝イン=ギュアバだった。
彼は気づいていた。
イン=ギュアバ人に、人が持つには過ぎた技術を与えた犯人も、平和を愛していたはずのイン=ギュアバ人とガイガロス人を抗争の渦に巻き込んだ犯人も。
少年は、最終的には、ガイガロス人ではなく、その犯人との戦いを想定していた。
もう一人の天才少女。
彼女は、自らその犯人の元に行き、ありとあらゆる術を学んだ。剣術から氣功術、マナ術等六つの神通力について。そして、妖と魔の対立の先にいる魔神と神皇の存在について。
少女もわかっていた。その犯人こそが、今のガイガロスとイン=ギュアバの対立を煽っていることに。そして、煽っている理由もわかっていた。
様々な技術の進歩は、やはり戦争によってもたらされる。人々の欲望が光り輝くときに、人々の文化は大いなる進展を見せる。特に戦闘に関する技術は、やはり戦争で進展するしかない。
それは、少女の信念に反していた。
だが、それしか方法がなかった。
イン=ギュアバ人とガイガロス人の抗争を終わらせるためには、妖と魔の抗争を終わらせるしかない。そして、人間が神の力に比肩する力を手に入れる為には神勇者と神賢者になるしかなかった。
少女は、厳しい修行の末、二つの人格がそれぞれ体を持つことに成功する。
美しく精悍な少女、フィー。そして、美しく可憐な少女サミー。
フィーは神勇者に。そして、サミーは神賢者に。
フィーは蒼き鎧を身に纏い、サミーは白銀の法衣を身に纏う。
神勇者と神賢者は、魔神を抑えるのが使命だったが、そこに本来は直接関わってこない筈の神グアリザムがこの戦闘に加勢したことにより、世界のバランスが崩れるのと同時に、魔神を屠ってしまった。全ての銀河の集合体の一単位、『界元』に魔の神皇、魔神が不在となる事態となってしまったのだ。
そして、妖であるはずのグアリザムが、『魔神』の席へとついてしまう。魔の感性と価値観を持った妖の神、グアリザム。
フィーとサミーは、魔神との戦闘で傷ついたグアリザムと戦い、魔神の居城であった彗星城に追い込んだところで、グアリザムは彗星をこの星から離れるよう発進させた。
瀕死の撤退だった。
神から魔神になったグアリザムは、その過程で大幅なパワーアップをしていたが、グアリザムに師事していた間、彼女たちは対グアリザム戦を常に意識していた。
彼女たちは、魔の神皇、魔神の座につきたいというグアリザムの目的を知っていたからだ。
最終的には、超神剣を作ったという神々の神、神皇を倒すことまで想定していたようだが、その先に何を求めていたのかは不明だ。だが、彼女たちからすれば、この国を……この星を犠牲にしてまで果たしたい目的など、認めるわけにはいかない。如何なる理由があろうとも、愛する者達を奪われる正当な理由になどなりはしない。
神勇者と神賢者に限界まで消耗させられた新魔神は、彗星の中で三百年の眠りにつく事になる。
だが、彼女たちの力でもそこまでが限界だった。傷ついたグアリザムが残した『呪い』により、少女たちは見せかけの憎悪により同士討ちをはじめ、イン=ギュアバ人とガイガロス人の対立構図が確定してしまった。
浮遊大陸は、その各所の戦闘により能力を維持できなくなり、墜落。ガイガロス人は大陸墜落時の津波を受け、更に数を減らした。
フィーはガイガロス人の王に会い、高次への移動を提案する。ガイガロス人は、グアリザムの呪いによって、より堅固なものにされてしまったイン=ギュアバ人との因縁を一度リセットする為に、高次へ移動するというフィーの提案を飲んだ。
王たちは、一部のガイガロス人を残し、大陸墜落後の生存者となるイン=ギュアバ人に、この地上を譲ってこの地を去ることになった。
フィーはガイガロス人の護り主として、イン=ギュアバ人の末裔には魔王として言い伝えらえることになり、そんなガイガロス人に攻撃を仕掛けようとするイン=ギュアバ人を抑えたサミーは、イン=ギュアバ人の神として、それぞれ位置づけられることになる。
しかし、ここまでだった。
フィーとサミーは神勇者、神賢者としての行動限界を迎え、呪いの主グアリザムの言っていた神皇に、自分たちの封印を願ったのだった。
その封印は、魔神を退けた力と共に、時間によって自分の命も失われるものだったが、彼女たちは躊躇しなかった。世界が甦るのならば、彼女たちの命もそれに同化できる。そう考えたのだろう。
その願いは神皇に入れられ、その後三百年の間、地上は『無国家時代』を、帝国は没落し『灰色の時代』を迎えることになる。
「私は、間に合わなかったのです。
『魔』に対抗し、新魔神となった『巨悪』グアリザムに対抗する為に、兵器となる改造を自ら進んで受けました。彼女たちが神勇者、神賢者となるための試練に耐えたように。
しかし、その改造は非常に高難度であり、成功してもそれぞれの機能が体に馴染むのに時間が掛かりました。
もし、私の皇帝兵器としての復活が間に合っていれば、フィーとサミーが互いの命を削るような、無益な争いをすることなく、事態は収束できていたはずでした。
私は、あの戦いの間からずっと、墜落した帝国イン=ギュアバの中枢で、眠りについていました。全ての事態が手遅れになるほどに長い間……」
皇帝は、その涙を拭うこともできずに、ただただ立ち尽くしていた。
「大丈夫だ。三百年は、決して短い時間ではなかったが、無駄ではなかった。
間に合わなかったわけではない。
時代は進んだ。今度こそ『巨悪』を倒す準備ができた筈だ」
マントを纏った巨人、フィアマーグとザムマーグ。
二つの鉄仮面は、少女たちの素顔を隠し、その心中をも覆い隠す。
だが、その言葉からは、言いようのない優しさが滲み出ていた。
ちょっとわかりにくいかもしれません……。加筆修正は随時していきます……。




