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界遊記  作者: かえで
蘇る古代帝国文明

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149/253

ヒータックの葛藤

 古代帝国遺跡探索隊の第一次隊が、古代帝国の遺跡内で遭難してから、十日以上経過していた。

 カタラットの残された者達が、全滅を意識せざるをえなかった頃、ワーヘに面したパルス山脈の山腹にある鉄鉱石の採石場跡から、亡霊と見まごうような人影が何人も歩いてきた。その様を最初に目撃したワーヘの住民は、悲鳴を上げながら、逃げ出そうとしたという。

 無理もないだろう。生還した探索隊の様子はそれほどに酷かった。

 皇帝イン=ギュアバと合流したファルガたちは、傭兵カニマの提供した食事を十分にとっていたし、道中で何度も食糧調達を行なうことができたので、およそ飢えとは無縁の進攻が可能だった。

 だが、それは単に幸運だったに過ぎない。

 実際の遭難は、目も当てられぬほどの惨状だったようだ。実際、第一次の探索隊の面々は、ウズン達の予想通り、かなりの困難に見舞われたようだ。

 第一次の探索隊の面々は、それなりに腕が立ち知識も豊富だと自負する者の集団だった。それ故、隊の中でも人より抜きん出たいという上昇志向の強い者も多く、何かにつけ独断専行しようとする輩が多かった。第一次の探索隊の一人一人の能力は高くとも、協力し合って事態を解決していこうという選択肢を持つ者はほぼ皆無であり、若干そのような思考をする者がいたとしても、嘲笑の対象になりかねないため、黙っていたようだ。

 つまり、一つの隊でありながら、チームワークなどあって無きが如し、だった。

 そんな状態で進行する隊だ。問題が起きても、それに対する処置で行き違いも多々あった事だろう。

 そんな中、一部の独断者たちが大きなミスを犯す。

 後に『太古の空洞』と呼ばれ、保護区として設定されることになる広大な空洞を仕切る壁をぶち抜いてしまい、そこから体をねじ込んできた何頭もの翼竜たちに、一行は襲撃される事になった。

 そして、翼竜の襲撃を何とかやり過ごしたとしても、空洞内の巨大な地底湖のほとりで生活する、獰猛な巨大爬虫類や巨大両生類に捕食された人間も多数いたとされる。

 そして、絶滅巨大生物の襲撃からかろうじて逃れ、生き永らえる事が出来たとしても、その後に待ち構えるのは、仲間同士の食糧の奪い合い。

 空腹に理性を奪われ、餓鬼集団と化したかつての仲間から命からがら逃れた者達も、どこまで続くかもわからない、深く広大な遺跡内を半永久的に彷徨うことを余儀なくされた。

 立て続けに襲い来る困難と恐怖、極度の飢餓状態の為、半錯乱状態に陥っている人間が大多数だったようだ。当初送り込まれたうちの約半数が、何らかの形で非業の死を遂げ、戻って来ることはなかった。

 当然、支給された装束もボロボロになり、風体はさながら落ち武者か敗戦国の捕虜か飢饉の農民か。出動時の遺跡探索隊の勇猛な出立ちを、その姿から想像する事はまず困難だ。

 肉体的にも精神的にもズタズタにされた者達が、山から列をなして歩いてくるのだ。ワーヘの民が、竦みあがるのも致し方ないだろう。


 遭難していた遺跡探索隊が、遺跡から戻ってきたとの一報を、神ザムマーグより受けたレベセス。彼は、一度黒い神殿の島から離れ、ワーヘに戻ってきていた。

 勿論、温泉湯治をしていると思っていたスサッケイやヒータックは、レベセスが対巨悪の為に遠い南国の島で、神々と相対していることなど知りはしない。そして、レベセスもそれをスサッケイとヒータックに伝えるつもりはなかった。

 人間は人間で、神という存在とは別に、大いなる厄災に抗う手段を模索しなければならない。そう考えているからこそ、だ。

 彼の知る神や聖勇者、神勇者の持つ力というのは、あくまで対巨悪のものであり、他の災害や別の侵略者に抗うための力ではない。ましてや、人間同士の争いに用いられるべき力ではない。

 その力に頼る人間がいてはいけないのだ。そして、その力を使って覇権を成立させてはいけないのだ。

 その考えについては、神ザムマーグも同様だったようだ。

 神は、どのような思想を持つ者であろうと、どのような性癖を持つ人間であろうと、どちらかに肩入れすることはできないし、神に準ずる存在も同様であるべきだ。

 だからこそ、彼女は『皇帝』の存在を示唆したのだ。


 遺跡探索隊の面々は、長い遭難期間のせいで疲労困憊していたが、ワーヘに辿り着いたことで安堵したのだろうか。皆涙ながらに再会を喜び合った。ただ、食糧を奪い合った者同士はそう簡単に蟠りはとれなかったのは言うまでもないが、それは長い時間をかけて、当人同士がその深くえぐられた心の溝を埋めていくしかない。場合によってはそのまま距離を取り続けるというのも致し方ないのかもしれない。

 限界まですり減った体力と精神力は、ワーヘの遺跡探索隊キャンプに準備された温かい食事で、徐々にその力を取り戻していく。また、張り詰めた神経で安寧な睡眠と疎遠だった者は、設置された宿泊施設で、融けるように眠り続けた。殆どの生存者は極限状態であったため、飲食と睡眠とを貪るように堪能した。

 探索隊の初期メンバーは三十人強だったが、一度目の遭難を経て、救助隊としてファルガたちが送り込まれた後も、遺跡探索隊本部は隊員の追加召集を行なっていた。そのため探索隊の最終的な人数は、百人を大幅に上回る規模となった。

 ファルガたちが突入後も、初期の探索隊と同じように招集しては研修を受けさせ、遺跡に送り込んでいたのは、スサッケイとヒータックの判断だった。

 やはり、探索隊の規模は大きい方がいい。これだけの広大な遺跡だ。探索隊の規模が大きければ大きいほど、収穫も多くなるだろう。それに、追加で探索隊を遺跡内に送り込む方針を継続したのは、道中で遭難している探索隊の保護も目的の一つとなっていたからだ。

 だが、結果二次、三次の探索隊の面々は、そこまで大きな損失を出すことはなかったが、遺跡の奥までたどり着くこともできずに、引き返すことになる。

 今後、現状では遺跡の探索は必要なくなった。

 なぜなら、レーテとテマが皇帝イン=ギュアバを復活させることに成功したからだ。

 これで、無駄に遺跡を探索するまでもなく、遺跡の中に残された兵器や技術の数々が、明らかになっていく。

 実際、何百人、何千人の規模の探索隊を組織して情報収集のために派遣するよりもずっと信憑性の高い情報が、皇帝によって効率的にもたらされることになるだろう。……恐らく。

 帝国の名を冠する兵器イン=ギュアバ。

 彼……あるいは彼女が、帝国の頭脳中枢にアクセスし、遺跡より出土した様々な道具や技術に関しても説明し、現在の人々に使用の仕方を伝える事が可能になってくるからだ。

 そして、ついに。

 遺跡が遺跡ではなくなった。

 皇帝イン=ギュアバが復活したことにより、仮死状態であった筈の浮遊大陸の全ての機能が稼働し始めたからだ。

 遺跡の中心部、技術の中枢、動力の中枢部が、所謂『火が入った状態』となり、元々与えられていた遺跡の自己修復機能が発動される。

 少年ファルガたちは、遺跡から脱出する過程で、何人もの遺跡遭難者を救出した。その際に、都市が甦っていく様を幾度となく目撃することになる。

 灰色一色であった都市が、徐々に色を取り戻していく。

 建造物の形状や材質にもよるが、破壊され散乱した窓ガラスや崩落した建造物、路面に穿たれた穴が、まるで傷つけられた人間の皮膚が徐々に回復していくように、或いは雨水が植物の葉の上で無数の珠になり、それが転がって一つになるように、一つの構造物として再生される。

 また、ビルディングからの転落死亡事故を防ぐために、ある程度の高さから落ちたものに対しては、落下速度が逓減していく『転落防止装置』も機能しているようだった。ファルガたちの目の前に、一抱えほどもある瓦礫が落ちてきたことは幾度となくあったが、それは衝突直前に大幅に減速し、人間に逃げる時間を与えた。

 他にも様々な刮目の現象を目撃したが、特に圧巻だったのは、都市の景観保持のために作られた水路の復活だった。

 灰色の溝でしかなかった部分の底から水が染み出していき、水路の底に魚の素のようなものが設置されたのか、はたまた産み落とされた卵が干ばつに耐える機能を与えられ、それがそのまま維持されていたのかは不明だが、流れを取り戻した水路に、小魚が銀色に輝くその体を躍らせるようになるのに、ほんの数分もかかりはしなかった。

 それを目撃したレーテは逆に、その万端に準備された復活の異常さに、違和感を通り過ぎ恐怖すら覚えたものだった。

 街路樹も緑の葉を取り戻す。どこに潜んでいたのか、美しい声で囀る小鳥たちが木々の間を飛び回るようになるのも、街路樹の復活とほぼ同時だった。

 少し山岳部に近い部分では、灰色であった森林が色を取り戻し、どこに隠れていたのかという程の野生の動物が草を食んでいた。

 浮遊大陸の中間層に存在する筈の都市にも、何故か青空が戻り、大空には猛禽がその翼で舞う。

 一見して大自然が織りなす景観のような浮遊大陸の構造物群だったが、これが全て人の手で管理されていただけでなく、創造されていたのかと思うと、ファルガもレーテもいわれのない恐怖感に襲われた。その存在がとてつもなく恐ろしく不気味なものとして捉えられるのだった。

 四季の移り変わりは勿論の事、自然の中を駆けまわる鳥や動物たちですら、先程までは存在していなかった。少なくとも、生命体としては。

 恐らく、生きとし生ける全ての生命体が『灰色にされ』、復活の時を待ち続けていたのだろう。生命体としての尊厳すら奪われて。

 遺跡が甦り始めて少ししただけで、これほどに違和が噴出する。

 後に帝国イン=ギュアバの『灰色の時代』と呼ばれることになる三百年の機能停止時期が、無国家時代を過ぎた後の人々に与える心理的なダメージは計り知れない。

 世界に存在する全ての事象が、大自然の恵みなどではなく、古代帝国人が何かの意図をもって作り出したものだとするなら、それに翻弄される自分たちとは、一体何なのだろうか。ひょっとしたら、無国家時代以降の『人間』とは、浮遊大陸墜落の直後の、まだ機能を停止させる直前、帝国イン=ギュアバの民の能力と知識と経験とを引き継いで『灰色の時代』をやり過ごす為にのみ作られた存在なのではないか。

 そう思ってはいけないと思っていても、証拠を穿ってみてしまいそうだ。

 それでも、そういった事象に対して何も気にせず、与えられた環境を謳歌する人間も一定数はいるので、意外と問題にはならないのかもしれない。

「今、目の当たりにしていることに対して、違和感を覚えることは大事なことなのだと思う。私もなかなか言葉でうまく言い表せないが」

 と呻いたテマ。

 彼も、ファルガやレーテと同様に、技術の革新と生命の神秘との過剰な併存が途轍もなく不気味な物であると感じていた。

 その一方で、浮遊大陸が墜落し、大多数の人類は死滅したが、それでもなお生き残り、過去の技術と経験を失われないように、昔話として伝えながら人間としての文明活動を営んできたとも考えられる。

 正解はわからない。

 恐らく、皇帝イン=ギュアバのアクセス可能なデータベースとやらを辿れば、現存する人類が、古代帝国人の子孫なのか、はたまた技術を護るための人造人間なのかはっきりするだろう。しかしながら、それを知ったところで、現状の何が変わるのか。

 眼前で発生する出来事が、一見して全てを蘇らせ、人の住みやすい環境を再構築する古代帝国の機能が発揮されているのだということを重々承知した上で、それでも違和感を覚え、呆然とするファルガとレーテに対して、稀代の考古学者テマ=カケネエは、そのような言葉を掛けるしかなかった。

 なんとなくおかしい。

 そう表現するしかないのだ。

 例えば。

 『鉄の蛇』にのって移動を繰り返す蜥蜴男たち。

 恐らく、彼らは古代帝国が一度機能を停止した後も、その組まれたプログラムによって同じような行動をとり続けてきたのだろう。そして、その行動こそが種の本能として受け継がれてきたのだろう。

 帝国の初期、哺乳類人である人間の労働力とする為に、絶滅した筈の爬虫類人を遺伝技術により蘇らせ、使役した古代帝国人。彼らが、古代帝国が滅んだ後も、使役を続ける爬虫類人に対して、何か感じる事はあるのだろうか。

 種をいじるだけいじり、自らが不在となった後も、プログラムされた内容を自分たちの意志や本能と錯覚して動き続ける存在を、彼らはどういう思いで作り出したのだろうか。

 古代帝国は、もはや遺跡ではなく、れっきとした国家として存在できるようになった。

 帝国イン=ギュアバ。

 人々に与える知識や技術、他様々な影響の大きさは筆舌に尽くしがたい。

 殆どの人々は、イン=ギュアバの技術の復活を称えた。その技術の復活の恐ろしさを検証する事もせず。

 この後、真の『魔』との交戦において、極一部の警戒心を持つ者の意見を無視し、皇帝イン=ギュアバは、精力的に技術の流布を始めることになる。まるでそれが人々の幸せとでも言わんばかりに。だが、それはまた少し先の話となる。

 実際に少数精鋭に対しての技術の流布が進めば、幸せになる人も若干数以上は出るだろう。だが、殆どの人間は、いきなり高い技術を与えられても物おじし、混乱するだけだ。

 当然、SMGはその動きに対し、強く警戒する。だが、イン=ギュアバの復活がなされ始めた以上、帝国の技術を継承するSMGは、現在の世界情勢において優位性を示すには、率先的に帝国に関わり、失われた技術を最もうまく管理し、技術を手に入れ暴走しようとする一部の人間を抑えるなど、世界警察のように立ちまわっていくしかない。

 二年後に起きると言われる、『巨悪』の来襲。

 それに備えて動き出したはずの国家連携は、誰も予期しない形態での活動が再開された。人々の暮らしは勿論の事、基盤となる価値観すら大幅に変えてしまうほどの勢いで。


「皇帝陛下でいらっしゃいますね」

 レベセスは、皇帝イン=ギュアバと面会するのに、テマ老人とヒータック、そしてカタラット国新国王スサッケイを同席させた。

 それは、帝国イン=ギュアバの代表は、カタラット国という一国と対話をさせるのではなく、世界中に協力を求めた上で発足している『国家連携』の現代表として話し合いをする体にしなければならなかったからだ。

 古代帝国の通商省的な役割を担ってきたSMG。古代帝国の遺跡を調査するにあたって、全面的に協力を申し出たカタラット国。無国家時代の後に成立した強国のうちの一つ、ジョウノ=ソウ国。

 最終的には国家連携に賛同したすべての国家元首と、この皇帝イン=ギュアバと会談をして貰わなければ公平性は維持できないが、現段階では『国家連携』のホストと呼べる国家の人間と話をすり合わせる必要がある。

 『皇帝兵器』と呼ばれ、魔王を退ける程の強さを持つこの存在が、現在の国家群に対してどのようなスタンスで臨むのか、およそ見当もつかない。

 復活した浮遊大陸をすぐに天空に引き上げ、圧倒的な破壊兵器『大陸砲』を携えて、上空から現在の国家群を睥睨しようというのか。はたまた、並み居る国家と歩調を合わせ、古代から継続する由緒正しい国家という立ち位置で世界平和を構築し、共存しようとするのか。それとも、全く別のスタンスで来るのか。

 今回の件には最初から関わっているレベセスだったが、現在の彼がイン=ギュアバと対等に話をする背景がない。今は聖勇者でもなければ、ラン=サイディールの近衛隊長でもなく、ドレーノ国の総督でもない。SMGの特派員という地位は、公のものではないし、そもそも三百年前に存在していたとは思えない。

 しばらく沈黙をしていたイン=ギュアバだったが、ゆっくりと口を開く。

 その中性的な声色は、同席者の耳に心地よく届く。ともすれば、音の麻薬とでも言わんばかりに異常なほどの安堵感を与える。

「皆さん、楽にしていただいて結構です」

 イン=ギュアバは、それぞれの名を呼び、彼らが出会ってから尽力してきた内容を称え、それぞれが経験してきた、悲劇といっていい様々な事件に悔みを述べた。

 それだけで、その場にいる人間の心を鷲掴みにする。

 人は、他者が知らぬ筈の努力や苦労をねぎらわれると、それだけでその人間を受け入れたくなるものだ。そして、イン=ギュアバはそれをその場にいる全ての人間に対してやってのけた。恐るべき人心掌握術だ。

 名乗っていない筈の名前を呼び、知らない筈の事件の裏まで知る。イン=ギュアバが何か特別な存在であることを印象付けるのには十分すぎるパフォーマンスだった。

 レベセスは正直度肝を抜かれていたが、それほどの存在であるなら、対等という状況を創り出すための様々な小細工は、むしろ逆効果になる。

 そう判断し、レベセスは正面から自分の考えをぶつけた。

「皇帝陛下。

 恐らく、貴方は世界中に点在する何某かの帝国の技術を使って、つぶさに我々の情報を入れ、理解されている事と思います。私がそれを踏まえて何を考えているか、についてもご存じだと思います」

 皇帝兵器は顔色一つ変えず、しかし意思表示としてはっきりと頷く。

「はっきり申し上げますと、『巨悪』からこの世界を護る為にご協力いただきたいのです。古代帝国の様々な技と叡智を用いて」

 現時点では味方になるのか敵になるのかわからない、皇帝イン=ギュアバ。

 だが、もういろいろ手探りや駆け引きをしている時間はない。直接確認するしかなかった。

 あまりの直球に、思わずイン=ギュアバは笑った。顔かたちが変わったわけでもなければ、声に出して笑ったわけではないが、周囲にいる者は何故かそう思った。

「貴方は変わった人ですね、レベセス=アーグ。

 今までの私の経験と知識では、帝国の力と技の強さを知った者は、まずその力を占有しようと思うものでした。そして、その力を使って覇道を目指す。

 帝国の技術のどの分野に興味を持つかは人それぞれでした。武装を望む者もいました。科学技術を欲し、貴方達の言う道具術の粋を望む者もいました。

 誰もがこの星の支配者を目指し、その邪魔となる存在を全て消すための欲望のみで動いていました。

 醜い争いを続け、勝ち残ればその欲望を更に忠実に追い続け、それが敵わなければ、排除に向かう。皆、皇帝になる為に尽力をし、皇帝に成れなかった者は、皇帝に表立っては従いつつ、どこかのタイミングで皇帝の座を奪いに行く。

 そういった人間が多かったのです。

 ですが、私はそういう人間に対しても絶望はしていませんでした。人間というものはそういう生物だと思っています。かといって、人間が他の野生の生物に比べて卑しい、という評価もしていません。

 野生の猛獣でも、餌を無条件に与えてくれる人間がいれば、そこに媚びへつらうものです。人の中には、牙の抜けた猛獣、と揶揄の表現として用いる人もいますが、生きていくために生まれ持って親や先祖から与えられた機能を苦労して使わなくても、闘争なく安全に生きていく事が可能ならば、それはそれで幸せであると言えるのかもしれません。

 生物ならば……。子孫を生み育てていく種ならば、恒久的な安全を求めるのは当然のことだからです。

 しかし、貴方はそのどちらの反応も示さない。

 私は貴方に対して非常に興味が沸きました。

 貴方の娘であるレーテ=アーグ。貴方の親友の息子であるファルガ=ノン。彼らも同様、帝国イン=ギュアバの技術に対し、一辺の欲も向けてきていない。

 不思議な仲間をお持ちだ」

 表情を変えず、ひとしきり話したイン=ギュアバ。

 だが、そこで初めてはっきりと顔色が変わる場面に出くわした。

 それは。

 レベセスのみが持つ、『神』の情報に触れたからだ。

 無論、レベセスは、南の黒い島で待つ存在について全く示していない。だが、それをこの皇帝兵器は見事に感じ上げた。

 表情は変わらない。全く無感情、無機質な整った顔立ち。だが、心中は穏やかではなかったようだ。

「……レベセス=アーグ。私に、貴方の二人の神に会わせて欲しいのです」

 イン=ギュアバの発言に、初めてレベセスが顔色を変えた。

 レベセスは、テマやヒータック、スサッケイにも、復活した『神』と『魔王』の存在を、敢えて伝えていなかった。恐らく、伝えたところで彼らの動向は変わらないとは思うが、やはり今は、古代帝国の遺跡内の様々な技術や兵器を探求し、対巨悪の為に尽力をしてほしかったからだ。

 ここでもし人々が、フィアマーグとザムマーグの存在に気づき、彼らが『神』と『魔王』の能力の方が有効だと判断し、古代帝国の技術の探求をやめてしまえば、結局莫大な技術力が野に放たれるだけの結果に終わってしまう。

 結果、巨悪を排除する事が出来ても、今度は古代帝国の技術の奪い合いが始まり、かつての精霊神大戦争後のように、憤怒と憎悪による負の螺旋が生じ、結局世界が滅亡に進みかねない。

 ある者は考えすぎだという。だが、可能性の一つに組み入れないわけにはいかない。しかも、かなり高い可能性として。

 イン=ギュアバの言葉に反応をしたのは、ヒータックだった。

「レベセス=アーグ。あんた、何か隠しているのか?」

 あまり怒りを顕にはしていないが、ヒータックは軽くレベセスに詰め寄ろうとした。

 レベセスは苦々しい面持ちでずっと目を閉じていたが、やがて、ゆっくりと口を開く。

「我々の神と、ガイガロスの神が、復活した」

「な……、何……」

 ヒータックは絶句する。

 精霊神大戦争で古代帝国は滅んだ。

 魔族ガイガロス人と魔王フィアマーグ。そして、四聖剣の勇者、聖勇者と道具術に特化した古代帝国軍と神ザムマーグ。

 その苛烈な戦いで浮遊大陸は墜落し、人口の殆どが死滅した。

 SMGではそう教わったし、世の中の人間は、現在でも殆どそういう認識だ。だからこそ、人々は魔王を恐れ、緋の目のガイガロス人を恐れた。

 その大戦の元凶である『神』と『魔王』が復活したならば、精霊神大戦争が再び起こってもおかしくないではないか。お互いに異次元の力を持つ存在。その存在同士が相手を倒すために全力で戦い始めたならば、もはや何が起きてもおかしくないだろう。

 だが、ヒータックも周囲を取り巻く違和にすぐ気づいた。

 世界が二度目の崩壊を迎えるかもしれない。その事実を耳にした割には、恐怖する人間が一人もいないのだ。

 ファルガとレーテはまだ子供だ。『精霊神大戦争』をまだ夢物語だと考えていても不思議ではない。

 だが、それを耳にした筈のテマやレベセスは勿論の事、カタラット国の王スサッケイさえ、ヒータックと同じような反応を示すことをしない。

 それが、違和感の正体だった。

「ヒータック=トオーリには、私から説明をします。

 遺跡から無事帰ってきた方々も、疲労困憊です。今日は、皆さん休みましょう」

 一触即発の状態ではあったが、イン=ギュアバの配慮と、ヒータックの大人の対応で、その時は収まる事となった。


 ヒータックは、表面上こそ収まったが、心中は穏やかではなかった。

 無理もない。

 長い間、『神』と『魔王』の戦いこそが『精霊神大戦争』だと聞いてきた。

 大戦の結果、古代帝国は滅び、『魔族ガイガロス人』と『人』とが争い、『魔族』が地上を去り、長い間の無国家時代を経て今の世界が出来上がった。

 SMGはその間、空から人々の貿易を見守り、古代帝国の残された技術を使い、通商の秩序を守った。海賊から商船を護った。嵐で沈没しそうな船の乗務員を救ったこともある。

 少し前までは、圧倒的な力を持つ組織SMGの頭領の孫というだけでちやほやされ続けることに不満を持ち、自分の力を誇示したかっただけの青年が、やっとSMGの活動に誇りを持ち始めた所だった。

 だが、真実は異なっていた。

 誰かが騙そうとしていたわけではなく、自分が信じていた世界観、価値観が全て壊れた瞬間だった。時代が合わなくなったと言えば確かにそうだろう。だが、その言葉で両断していいほどの簡単な内容ではない。

 ヒータックは、ワーヘ城の屋上……かつてレベセスとレーテが、黒い稲妻を受けて大陸砲に取り込まれたゴウと謎の少女ギラと戦い、象徴を無くしたくない一心でワーヘの民が修繕した場所……に立ち尽くしていた。

 誰に言われたわけでもなく、その場所にいた。

 なんとなく、シュト大瀑布の見える一番高い場所にいたかった。低いところにいると周囲が囲まれてしまい、自分の目を曇らせてしまうのではないか。

 そう思えたからだ。

 SMGの『フリー』特派員となり、カタラットで活動をしていたヒータック。

 その活動は困難を極め、神経的にも体力的にも磨り減るものではあったが、充実感があった。SMGに戻る前のような、世界を放浪し好き勝手やっていた時代は、楽しくはあったが、どこか物足りなかった。

 足りない何かを充足させてくれていたのが、今の毎日だった。

 それに尽力する目的は、SMGの為であり、世界の為であり、友と呼ぶには余りに幼い、ファルガとレーテが望むから、だった。

 それが全て覆った。

 彼がやってきたことは嘘ではない。青年の思いは、誰にも裏切られていない。

 だが。

 件の『神』と『魔王』が復活したならば、これ以上彼がやるべきことは何もないではないか。むしろ、彼らさえ復活するのならば、自分が何もやる必要はなかったのではないか。

 悔しいのとも腹立たしいのとも違う。ただ、何の通告もなく、一気に蚊帳の外に押し出されてしまった。

「……お前ら、何しに来た」

 ヒータックは、月明りに白く泡立つシュト大瀑布から視線を外すことなく呻いた。

 彼の言葉が終わると同時に、新しい装束に着替えたファルガとレーテがふわりと屋上に降り立つ。

「食事の時も無言だったし、突然いなくなったからさ」

「……心配だった、とでもいうのか? お前らに心配される様では……」

 と、そこまで言いかけて、ヒータックは口を噤んだ。

 ファルガもレーテも、聖剣の勇者なのだ。そして、ヒータックが今まで経験した激闘よりも遥かに多くの死線を潜ってきた。年少者ながら、戦士としての経歴は、恐らくヒータックを遥かに上回るだろう。そして、何より聖剣の勇者『聖勇者』という事は、もう『神』や『魔王』に近しい存在になった、という事だ。

 何もないのは、自分だけ。

 SMGの頭領の孫、という自分の意志でも実力でもなくたまたまついてきた地位。それしかない。

 今、彼の中にはっきり芽生えたのは、『嫉妬』。

 ファルガやレーテといった特定の人間に対してではなく、今ヒータックが対峙している出来事に対しての、彼自身の場違い感。

 何の努力をすれば、ファルガやレーテは勿論、レベセスやテマ、そして、あの皇帝兵器とかいう輩に追いつき、並べるのか。

 くだらない見栄なのかもしれない。実際ヒータック自身もそう思う。だが、そう思ったところで、どうしても心の中のもやもやは拭い去る事が出来ず、気持ちが晴れることはなかった。

「……いや、すまない。俺が今やれることをやるべきだということは、わかっているつもりだ。ただ、正直戸惑っている。

 何しろ、俺がSMGから下野して、世界を旅している間にそこここで耳にした話と、先程聞いた話とを比較すると、まさに真逆といってもいい内容だったからだ。

 それが仮に真実だったとして、俺の今までの行動原理は、その今まで聞いた話から成り立っている部分が多分にある。

 それを覆せと言われても、すんなりできるものではないぜ」

 突っ張ろうとして、突っ張る意味もない相手である少年ファルガと少女レーテを目の前にして、正直な気持ちを吐露できてしまう自分に、若干戸惑いながらもヒータックは言葉を紡いだ。

 レーテは、混乱するヒータックに何と言葉をかけてよいかわからず、沈黙した。

 だが、ファルガはそんなヒータックに対して、自分の経験を語った。

「俺は……、古代帝国の遺跡で、色々見てきた。それに、真の『魔王』という存在と戦った。戦ったと言っても、一方的にやられただけだったけど。

 正直、いきなりそんなことを言われても、って感じだったよ。今まで魔族だと思っていたガイガロス人は魔族ではなく、本当の『魔』というのが実はいるらしい……。

 そいつらも、色々あるらしくて……」

 ファルガは、自分で体験したことを身振り手振りで説明しようとするが、ファルガ自身も情報が断片的であり、筋道を立ててヒータックに説明する事が出来ない。それが酷くもどかしく感じられた。

 だが、ヒータックの感じている違和も、ファルガの当初感じた驚きの種類と同じものだという事は、彼にも痛いほどによくわかった。だからこそ、伝えたかったのだった。

「続きは私が話しましょう」

 そこに姿を現したのは、皇帝イン=ギュアバだった。

 皇帝は、ヒータックの後を追ったファルガとレーテの後を追い、ヒータックと話す場を持ちたかったようだ。

「ファルガ=ノン。レーテ=アーグ。貴方達にも知っておいてもらいたいのです。そして、ヒータック=トオーリ。貴方にしかできない事があります。貴方にはそれを特に知っておいてもらいたいのです」

「な……なんだと?」

 不気味なマネキンのように無表情のイン=ギュアバ。

 そこに本能的な恐怖を覚えるヒータックだったが、聞いておかねばならない。彼の中で警鐘が鳴り続ける。これを聞いておかないと、本当に置いていかれる。嫉妬している場合ではないのだ。

「私は、明日一度この地を離れます。その上で、我々のやるべきことを明確化させたい。よろしいか? ここにいるファルガ=ノンとレーテ=アーグ、そしてレベセス=アーグはこれから別行動になります。

 我々は備えなければなりません。やがて来る大規模な戦闘に。そして、慣れなければなりません。帝国が使用していたあらゆる兵器の取り扱い方法に。

 その指揮を執るのは、スサッケイ=ノヴィと貴方です。ヒータック=トオーリ」

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