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界遊記  作者: かえで
蘇る古代帝国文明

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皇帝兵器 2

「あんたが『皇帝』かい? とても人間の姿には見えないが」

 魔王は訝しんだ。

 先程までの戦闘で、自身が圧倒していたとはいえ人間離れしていた少年剣士は、それなりによく戦った。

 それでも、『神闘者』である自分からすれば、『聖勇者』など虫けら以下だ。聖勇者が何人束になろうが相手にならない。

 その魔王自ら瀕死のダメージを与えた少年が全快した。

 相手にならないのは変わらないが、その少年を押しのけて、戦おうという眼前の存在の正体がわからないのだ。少なくとも、『自称』あの少年よりは戦える、という事なのだろうか。

 圧倒的な戦闘能力があるようには見えない。身体的にも大きくも小さくもなく、『妖』の成年男子としては平均。筋骨隆々としているわけでもなく、マナ術に長けている様子もない。

 だが。

 上空に設置した≪氷刃降雨≫を全て消し去った紅蓮の炎。

 間違っていなければ、眼前の男とも女ともつかぬ存在が放ったはず。あれほどの勢いの火炎術を放てる者はそうはいない。そして、気になるのは、あの規模の術を行使しながら、溜めが全くなかったということ。

 業火の存在と、三人の人影に気づいたのとはほぼ同時。

 だが、あれほどの術を放ちながら、『真』を収束させた形跡も、『氣』を高めた形跡もなかった。只あの火炎を放っただけ……。

 魔王は初めて相対することに躊躇した。相手の正体がわからない。それは不気味さを際立たせる。

 じっくりと容姿を観察する。

 頭髪だけでなく、体毛の類が一切存在しない。そして、中肉中背、どちらかというとしなやかな印象を受ける、膨れ上がった筋肉を持たぬ両手両足。衣服を着用していないにも拘らず、性別が判然としない。

 マネキン。

 一番適切な表現が、それだ。

 衣服を売る店にある、男性用の服も女性用の服も着こなす人形。人間であること自体は認識させるが、性別が不明。頭髪などをウィッグで再現して性別を推させることもあるが、基本的には中性。

 魔王の眼前の存在が、口を開いた。

 声は、体が大きい女性か、体の小さな男性のようなハイトーン。声も男や女を感じさせる代物ではなかった。

「私はイン=ギュアバ。

 皇帝かといわれれば皇帝だ。だが、その答えは、貴方が求めている物とは若干異なるだろう」

 魔王の眉間がピクリと動く。

 眼前のマネキンは、特段自分を挑発しているわけではない。そのはずなのはわかっている。だが、妙に腹立たしい。

「いいだろう。あんたの正体はあんたの体に聞くことにする」

 そういうと、魔王の槍の穂先をイン=ギュアバの方に向けた。と同時に、一度は掻き消えた、赤黒い炎の形状のオーラ=メイルが体を包む。

 刹那、とてつもなく速い一歩でイン=ギュアバの懐に入り込み、首を払った。

 ……はずだった。

 皇帝と名乗るマネキン人形は、一歩後退し、魔王の槍の横薙ぎの一撃を避けて見せたのだ。

 怒りに燃える魔王は、無数の鋭い突きを後退し続ける皇帝に放ち続ける。

 速い。

 第一段階のテマの四肢を一瞬で十数回貫いた突きが、掠りもしない。横に避ける事をせず、絶妙な後退距離のせいで、穂先が僅かながらに皇帝の身体に届かないという状態。

 完全に間合いを読んでいるのか。

 そんな印象を受ける。もっとも、ここにいる誰しもがあの突きの間合いを測るなどという芸当が出来るはずもない。何発の突きが繰りだされたか、すら朧気なのだ。

 魔王は些か焦っていた。

 まだ、本気を出している訳ではない。

 本気を出せば、この黒い空間毎消し飛ばすことも可能だ。だが、それをする事は勅命に反する。出来るだけ現存する設備……『妖』達が『古代帝国』イン=ギュアバと呼ぶ遺跡……を破壊せずに残せと言われている以上、マナ術の威力をこれ以上上げることは難しい。

 やはり、槍技で眼前の敵を屈服させるしかない。

 だが、槍でとどめを刺す為の牽制の術ならば致し方あるまい。というより、ファルガという名の『もどき』を嬲るのに、散々その名目である程度の規模の術は使っている。どちらかといえば、今までの戦闘に対する言い訳に近いか。

 出来るのは、更に槍技の速度を上げるのみ。

 一度後方に跳躍し、イン=ギュアバとの間合いを取る魔王。

「マネキン野郎、大した技術だ。俺の槍を紙一重で躱し続けるとは。

 だが、次はそうはいかんぞ」

 赤黒いオーラが吹きあがり、同時に魔王の身体の周辺に火球が無数に並ぶ。その数は、ファルガが対峙した時とは比べ物にならない。

 槍の穂先が朱く輝く。

「『煉獄穿通』。

 浄化の閃熱が槍の太さの風穴を開ける。周囲を溶かすことなく、接触した場所のみを完全に消滅させる。

 先程の様な紙一重の回避では、槍の一撃は躱せても、そこから繰り出される灼熱の衝撃波は避けられんぞ! そして、この俺の全力の突きはそもそも回避が不可能。

 ……いくぞ!」

 魔王の突きの構えを包む赤黒い氣の炎が、強く大きく燃え盛る。それが大きく弾けた瞬間、魔王の持つ槍は、皇帝兵器イン=ギュアバの身体を貫いていた。

 ファルガの口から思わず呻き声が漏れる。

 テマの治療に専念するレーテも、思わずその手を止め、振り返った。

「どうだ。見事に風穴が開いたろ?」

 魔王は満足げに、間近に迫る皇帝の顔を見上げた。

 貫いた直後に爆音が響いた場所は、レーテたちがこの空間に戻ってきた際に使った祭壇があった場所。高速の閃熱を帯びた衝撃波が、レーテたちの背後にある祭壇を破壊したのだ。

 だが、皇帝は表情を変えない。まるで、皇帝兵器には感情を表す顔面の筋肉が与えられなかったかのように。

 次の瞬間、皇帝兵器は、両手で槍を掴んだ。

「な、何? 胸を貫かれて平気なのか?」

 貫いたはずの相手。その相手が何の障害もなく動いた。

 この者は危険だ。

 魔王がそう感じた次の瞬間、皇帝兵器イン=ギュアバの槍を掴んだ左手はそのままに、右手が鋭い槍状に変化、魔王の身体を鋭く突いた。

 予備動作ゼロの動きだったが、魔王はギリギリの所で仰け反る様に回避した。同時に槍を手放し、後方に跳躍、皇帝と距離を取る。

「素晴らしい突きでした。

 速く、そして正確。

 それ故、エネルギー値から、発生する熱衝撃波の速度と直径を計算し、私の身体に通り道を作り、刃と衝撃波とを通過させました。私の身体にダメージがないように。

 下手に回避しても、よけ切れなければ身体にダメージを受ける可能性がありました。であれば、むしろ通過させてしまうほうがよろしい。そう判断しました。

 そして、その威力と速度は、私の期待値通りの素晴らしい物でした。あの祭壇を刺突にて破壊するとは。お見事です」

 ファルガは思わず魔王と皇帝を結んだ直線の延長上にある、先程レーテたち三人が出てきた祭壇を見た。

 そこには見事に小さな穴が開き、その穴は祭壇そのものを貫通していたようだ。壊さずに貫通する。凄まじい熱量と威力の突きであることが、ファルガにもわかった。

 祭壇は、穿たれた小さな穴から、自身の形状を維持できなくなったようだ。やがてゆっくりと内側に倒れ込むように崩れ落ちた。

 魔王は、一瞬微かに顔を歪ませると、上空に両手を使って大きく円を描く。

 その円は彼のオーラ=メイルと同じく赤黒い縁の円だった。魔王はその中に躊躇なく飛び込んだ。

 魔王が作り出した赤黒い円は、跳躍した魔王を飲み込んだ。

「これ以上この地を破壊するわけにはいかぬ。槍はいずれ返して貰う。俺の槍『灼刃』は、俺の一番のお気に入りだ。それまで大事に持っておけ!」

 そう言い残して、魔王は撤退した。

 魔王が空中に作った円は、徐々に色を薄くし、消えていった。


 魔王が撤退し、周囲に邪悪な気配が消える。

 黒い空間に残されたファルガとレーテ、テマはしばらく息を殺していたが、その時間は約一分ほどだろうか。

 目を見合わせ、大丈夫そうだ、と示し合わせた瞬間、緊張が一気に解け、三人とも座り込んでしまった。

 そんな中、イン=ギュアバは魔王が消えた位置をいつまでも見つめていた。

(この施設は、考えられる高次からの攻撃に全て耐えられるように、侵入を許さぬように設計されたはず。ところが、あの男は外壁を破ることなくこの空間から消失した。この帝国の科学力では、まだ到達できていない高次があるのか。それとも、また別の移動術があるのか……?)

 表情は一つも変わっていないが、中空を見上げる皇帝兵器イン=ギュアバに、恐る恐る近づく考古学者テマ。

 皇帝を名乗る存在に極度の緊張を強いられるが、同時に考古学者特有の血沸き肉躍る知的好奇心が交わり、もはや賢者の威厳なく、夏の夜にカブトムシを見つけた男児宜しく目をキラキラさせている。

「テマ=カケネエ。貴方はまだ傷が完全ではありません。そこに腰かけてください。治療します」

 テマは自分の傷の痛みに気づき、思わず頭を掻くとイン=ギュアバに背を向け、腰かけた。

 自分たちの偉大なる相談相手であり知恵袋であるはずのテマが、好きなことに没頭しすぎて注意をされた子供宜しく小さくなっている様子を初めて見たファルガとレーテには、妙にテマが可愛らしく見えたものだった。

「テマ=カケネエの体の怪我を回復させるのには少し時間を要します。その間に、貴方達の質問に、答えられるだけ答えようと思います。

 地上には、レーテ=アーグのお父上と、ガガロ=ドンというガイガロスの戦士、そして貴方達が神と呼び、魔王と呼ぶ方たちもお待ちです。

 地上に戻った際は、ファルガ=ノンとレーテ=アーグのお二人には、そのまま『超神剣の装備』の開放と製作の仕事が待っています。『巨悪』グアリザムの来襲まで、あと二年を切ろうとしています。一刻も早く地上に戻り、作業に取り掛かりたいと思います」

「皇帝陛下……、お話し中ではありますが、途中に寄っていただきたい場所があるのですが……」

 古代帝国イン=ギュアバの皇帝に施術を受けるだけでも恐縮しているテマだったが、つい先だってまで行動を共にしていた三人の存在を忘れることはできなかった。

「わかっています。三人の傭兵達、そして、イン=ギュアバ内部で迷っている者達も共に地上に戻ってもらうようにしましょう。

 まずは、イン=ギュアバの機能を復活させねばなりません。私が生体維持装置から出た瞬間に、帝国の全ての機能は蘇る準備をはじめます。とはいえ、三百年という期間が過ぎているので、全てが修復機能通りに修繕されるとは限りません。私はその確認もしなければなりません。

 今すぐに大陸を浮遊させることはしませんが、来たる激闘に備えて、大陸は浮遊巨大兵器として使用することになるでしょう。後二年の間に、この設備を長い間守ってくれたカディアン族や、浮遊大陸上に作られた別の国家についても、移住を講じねばなりません。

 移住先の確保や、移住の方法。その他様々な懸案も生まれてくるでしょう。

 データベースには情報はありますが、シミュレーションは私の頭脳や各設備に点在する演算装置で行ないます。その演算装置を全てフルに活用したとしても、直ぐに答えが出るものではありません。やはり時間が必要です。

 レーテ=アーグ。貴方のお父上が考案された『国家連携』が、まさしく機能すべき時です。我々は、一刻も早く地上に戻らなければいけません」

 テマは、イン=ギュアバの言葉に脱帽した。

 この自称皇帝兵器は、ここ数百年の間に起こった地上での出来事を全て把握しているようだ。

 イン=ギュアバとはこの地上の大いなる記憶であり技術なのだ。


 テマの治療終了後、ファルガたちは、イン=ギュアバの指示の下、何カ所かの点在するポイントにて生存者と合流しつつ、地上に戻ることに成功した。

とりあえず……アップです。

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