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界遊記  作者: かえで
蘇る古代帝国文明

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妖と魔 4

 対峙して思うのは、謂れのない嫌悪感。

 見ていて思うのは、理由のない憎悪。

 聞いていて思うのは、根拠のない悪意。

 なぜこれほどに、目の前にいる男を排除したいという感情に駆られるのか。対峙したくないとか、立ち去りたいとか、争いを避ける方向での距離をとる方向性ではなく、排除したい。自ら息の根を止めたいとさえ思える。より多く殴りつけ、より多く斬りつけ、ずたずたに引き裂きたいと。

 ファルガ自身が、ここまでの感情を持ったことはなかった。カニバル=ジョーの時でさえ、自らの手で敵討ちをしたい、とは考えたが、具体的な排除の方法についてまで思考が及んだことはなかった。

 なぜこれほどに攻撃的にさせるのか。

 少年にはわからない。だが、それは相手も同様だった。

 赤黒い氣の炎を纏うこの男は、見た目は完全に人間だった。

 ガイガロスのように、青白い皮膚をしているわけでもなければ、人々を恐怖に陥れた緋の目を持っているわけでもない。伝記伝承に乗るような、人外の容姿をしているわけでもなければ、怪しげな術を使うわけでもない。

 それでも。

 ファルガは、目の前の青年と共に歩む姿を想像することは全くできなかった。

「あんた……、一体何者なんだ?」

「何って……。只の人間さ」

「嘘つくな! あんたが人間のわけがない。だって……」

 そこまで言葉を紡いだところで、ファルガが眼前の青年を否定し、揶揄し、蔑視すべき理由が何もない事に気づく。

 そして、その理由に気づいた瞬間に、急激に息苦しくなった。呼吸がうまくできないのだ。息が詰まって、咳き込むように息を吐き出す。

 背筋が凍る。恐怖。むせかえるような圧迫感と、それに伴う吐き気。

 一瞬、相手の術にはまったかとも思うが、そのような術を使っている形跡もない。

 太く短く息を吐き出し、気迫を整える。

「お前……、初めてなのか?」

「は……、初めて?」

「『反人』を知らんのか。

 まあ無理もないか。

 この俺もその分類を知ったのは最近だからな。それまでは、単純にいけ好かない奴、ぶちのめしたい奴という認識しかなかった。

 どうやっても折り合えない存在。存在そのものが怒りの原動力となる、いわば宿敵。

 言ってみれば、お前と俺の関係だ」

 ファルガは息を飲んだ。

 赤黒いオーラ=メイル……氣の鎧……を纏うこの男と会うのは初めてだ。この男には何の先入観もないはず。しかし、憎悪と嫌悪を感じた。そして、その感情に支配される自分に恐怖した。

 閃光のように瞬く一撃。

 それを視覚ではなく気配で感じたファルガは、体を右に捻じり躱し、その反動を利用し、反撃の一閃を横薙ぎで放つ。

 赤黒い炎の男は、その薙ぎをしゃがんで躱すと、そのまま左足を軸足にし、ファルガの足を右足の蹴りで払おうとした。

 ファルガはその蹴りを後ろに飛び退くことでかわし、剣を腰に溜めて突撃を仕掛ける。だが、赤黒い男の炎が大きくはじけ、少し体をずらして突撃を躱した男から放たれた肘打ちがファルガの頬を捉えた。

 後ろに飛んでダメージを軽減したつもりであったが、躱しきれなかったのか、着地した後、一瞬眩暈を覚えるファルガ。

 闇の中での戦闘は初めてだ。それでも、氣の流れを追う鍛錬は積んでおり、それなりには戦えるようにはなっているはずなのだが、お世辞にも赤いオーラ=メイルを纏うこの青年と互角に渡り合っているとは言い難い。

「強い……。速いし重い。多分、ガガロより強い……」

 ファルガの呻きを、その男は聞き取ったようだ。

 半ば嘲けるが如くに笑い、そして吐き捨てた。

「当たり前だ。

 『妖近衛』の見習い如きが『神闘者』に勝てるものか。むしろ、見習いがそのレベルに達しているだけでも評価に値するが」

「『妖近衛』……? 『神闘者』……?」

 赤黒いオーラ=メイルの男は、耐えきれずに笑った。

 いや、正確には笑った気がした。漆黒の闇の中、流れ出した溶岩のような色の炎のせいで、その表情は伺えない。だが、確かに浮かべたのは嘲笑。

「お前は何も知らんのだな。お前の神には何も教わっていないのか。

 お前らの呼び方で言えば、『神闘者』とは『魔王』のことだ。そして、『妖近衛』は『神勇者』『神賢者』の事だ。

 お互いを基準に考えたいから、相手の神の接頭語に『魔』とつけたり、『妖』とつけたりするのだろう。下らん自尊心だとは思うがね。

 お前と俺では、存在の階層が異なるのだよ、既に。俺とまともに戦いたいなら、『妖近衛』を連れて来い。お前ら見習いでは勝負にならん。

 ……というわけだ。勉強になったな。もっとも、それを仲間に伝えることはできん。これでお前たちは排除されるのだから。

 素晴らしい戦いを期待はする。だが、お前にはその場での消滅をきちんと提供する。お前の消滅を悲しんだ者達が、『妖近衛』を連れて敵討ちとやらに来てくれれば、俺は蹂躙を全力で楽しむことができるというわけだ。

 お前だってそうだろうが。力が伴わないなりに、俺を如何にして殺すかに思いを馳せただろうが。それが本質なのだよ。『妖』と『魔』の関係、即ち『反人』の関係というのは」

 闇の中で、黒い光を放つ炎が大きくはじけた。

 次の瞬間、ファルガは腹部に強烈な痛みを覚えた。


 殿をファルガに委ねたレーテとテマは祭壇に到達する。

 祭壇に駆けあがった二人は、周囲を調べた。

 背後からは、断続的に金属同士の衝突音が聞こえる。

 鐘が打ち鳴らされたときのような澄んだ音ではない。重量のある岩石同士の衝突。まるで地響きのような低音が、ドスンドスンと連続して聞こえる。同時に、煽るような突風が彼らの背後から吹き抜けていく。体のぶつかり合い、武器のぶつかり合いが衝撃波となっているのだ。

 超人同士の戦いだ。

 もはや剣士と槍使いの戦いが作り出す音ではない。むしろ例えるなら、獰猛な巨獣同士の放つ途轍もなく重い一撃同士がぶつかり合う鈍い音。

 一瞬忘我の表情で背後の戦いを見つめるレーテだったが、テマに促され、先に進む。

 この祭壇にも、先程のピラミッドの頂点に存在したようなノブのない扉が、正方形に描かれている。ピラミッドの頂点とは違うのは、この祭壇の足場にある扉部分の窪み部が薄く黄金色に光を発しているところだ。

 この台は、祭壇ではなく、入り口なのか……?

 テマの言葉に反応したのか、扉を縁取っていた黄金の輝きが扉全体に伝播した次の瞬間、レーテとテマの姿はその場より掻き消えることになった。

 先程と同じ感覚。ピラミッドの頂点から、恐らくピラミッド内部の漆黒の空間に移動したときと同じ、僅かな気怠さが体に残る。

 先程まで激しく痺れるように感じていた、超人同士の戦闘の影響は微塵も感じない。まるで別の空間に飛ばされてしまったような錯覚さえ受ける。

 この空間も、漆黒が基調の広い空間だったが、今度は照明が無くとも周囲の様子がしっかりと目視できるほどに明るい。

 床は磨き抜かれたタイルだが、つなぎ目のない巨大な黒曜石のような平面。足元にはなんと、剣を持つ少女と短剣を持つ壮年の男の姿が映し出されている。

 天井も同じくらい磨き込まれているのだろうが、半球を被せたような天井には、彼女たちの姿は映らない。ただの幾何学模様が描き出されるだけだ。

 そして。

 上部の半球、そして足元の円の中心に構造体が存在する。

 邪悪な気配は感じない。先程のような悍ましさも感じない

 レーテとテマは武器を収めると、ゆっくりとその構造体に近づいていった。

 輝くドーム型の天井も、まるでレコード盤のような印象を与える床も、そして黄金の線で描かれる不思議な幾何学模様も、不思議と全て構造体に集まるように描かれているような気がする。

 構造体に近づいて、改めてその形状を見たレーテは、思わず息を飲む。隣で同様にそれを見つめるテマも、露骨に嫌そうな表情を浮かべた。

 棺桶。

 テマの頭によぎったのは、棺桶の中に眠る皇帝のミイラ。

 包帯で巻かれていれば、まだいい。だが、干からびている人間の遺骸を見るのには、やはり覚悟がいる。

 元国王でありながら、稀代の考古学者でもあるテマ=カケネエは、その研究活動において、幾つもの遺跡の調査を行い、無数のミイラと対面した。人間の骸骨に残された頭皮に毛がこびりつくような凄惨な印象を受けるものから、眠るように瞳を閉じる美しい少女のミイラまで。

 遺跡の探索や調査活動は、過去の叡智に触れる事が出来、事象のピースと言い伝えのピースがぴったりはまる時、それは何事にも代えがたい快楽となり、血沸き肉躍る。それでも、人の墓所を暴く事そのものだけを切り離して考えると、やはり心が痛んだ。

 生前どのような人間だったかについては、調査してみないとわからない。

 だが。

 どのような人生であったにせよ、安らかに眠っているその眠りを妨げることは、大層気が引けた。

 そして、その蓋を開けるその瞬間こそが、彼らの眠りを妨げるまさにその瞬間。

 称えるべきものにせよ、唾棄すべきものにせよ、全うした人生を評価するには、やはり眠りを妨げ、暴くしかないのだが、それに対して申し訳ないという気持ちがどうしても先に立つ。

 だが、彼らの人生が、どのようなものであったかをきちっと後世に伝えるのも、彼らの名誉のため。そう割り切って蓋を開けるしかない。そうやって蓋を開けた瞬間、その遺骸を最初に目の当たりにした時には、やはり何か心に刺さるものがある。

 大事な仕事であり、考古学者の醍醐味でもあるが、壮年となり経験を積んだテマでさえ、その作業を只嬉々として行えるようにはならなかった。

「レーテさん。これから我々は墓を暴くことになります。

 それは気持ちのいいものではないのはわかりますね。中に、何者かの遺体が入っていることは間違いないです。この棺桶の中の人間が、そのような姿であっても、決して取り乱さないでください。良いですね?」

 突然そんな話を投げかけられたレーテは、暫く硬直していたが、やがて何度も頷いた。

 だが、テマの予想では、レーテが度肝を抜かれたり、トラウマになったりするような状態で遺体が埋葬されていることはないはずだった。

 そう断じる根拠は、遺跡に入ってからずっと続く灰色の街並み。

 建造物だけならまだわからなくもない。しかし、遺跡から出てくる出土品のほぼ全てが色を失った状態で保管されているこの現状。特に、三百年以上前の肉が、食感や匂いは勿論の事、食した者達の誰一人として食あたりになっていないという事実。

 それは即ち、変化を止める技術を古代帝国が持っているという事。それは、時を止める技術と言い換えてもよいかもしれない。

 それを考えると、この棺桶の中にいると思われる皇帝という存在も、生前の状況で眠っているに違いないのだ。生物的に生を持ち続けているかどうかは不明だが、この地上で直近まで活動していた状態で、保存をされているのは間違いなさそうだ。

 ゆっくりと棺桶の蓋に手をかけ、押し開こうとする。だが、扉はびくともしなかった。

「このフロアの設備は生きている。そう考えると、この棺桶は機能を果たしていると考えるべきだな。壊すのは最適解ではないとすれば、この蓋を開けるのは別の場所のスイッチを探すしかないという事か」

 レベセスの独り言に応じた何者かの声。その声は、若い男性のようにも、年老いた老婆の声のようにも聞こえた。

「そのままお待ちください」

 ピラミッドの頂点から中に進入する時に聞こえた声が、もう一度聞こえる。

 そして、次の瞬間、棺桶の蓋の隙間から、白い蒸気のようなものが噴き出し始めた。

 思わず飛び退くレーテと、二歩、三歩と後ずさるテマ。

 白い煙が放出された後、棺桶の蓋が横にずれ始めた。徐々に中の様子が見えてくる。

 少女と老人は、思わず息を飲んだ。

 棺桶の中には、酷く中性的な人物が横たわっていた。

 着衣もなければ、体毛の類は一切なく、乳房や男性器や女性器等、性別を特定する特徴もない。筋骨隆々としているわけではないが、飽食の産物のような体形でもない。文字通り、普通の体形。強いて言うなら、しなやかな印象は受ける。

 閉じられた双眸に通った鼻筋。薄い唇。顔立ちは整っているのだが、全く特徴がない。いってみれば全裸の筈なのだが、違和を感じない。中性的な外見、というのが一番妥当な表現かもしれない。

 白い蒸気が霧散した後、棺桶の中に横たわる青年の体色が、先程のビルディングやホテルなどの建造物、そしてその中にあった保存食材と同様に、灰色であることに気づく。

「……これでもし、この皇帝と思われる人物が生きていたとしたら、古代帝国はすさまじい技術を開発したものだな……」

 そう呻いたテマの眼前で、人物の体色が灰色から、美しい少女の柔肌のような、薄くピンクがかった白い肌に変わっていく。

 これにはレーテは絶句するしかなかった。恐らく歴史上最も美しい彫刻が、徐々に人の体を取り戻していくのだ。それは形容し難い光景であり、ただただ背筋が凍った。

 体の隅々まで肌色が行き渡ったところで、その彫刻であった者は、ゆっくりと双眸を開く。その瞳の輝きは、アイスブルーだった。その瞳が余りに美しかったために、テマはその瞳が作り物かと思ったくらいだ。

 人の姿をした者はゆっくりと半身を起こす。そして、左右をゆっくりと見まわした。その者の視線が、少し離れたところで身構えるレーテとテマの所で止まった。

 彼でも彼女でもない、『それ』はゆっくりと棺桶の中から立ち上がり、縁を跨いで外に足を出した。

 足の形状は人間そのもの。手に関しても五指であり、人の姿であるのは間違いなかった。

「よくぞ、ここまで来てくれました。レーテ=アーグ。そして、テマ=カケネエ」

 この声には聞き覚えがある。

 ピラミッドに侵入する直前、頂点の部分で、ドアを開く事が出来ないため、立ち往生していた時に、ファルガとレーテに対して呼びかけたあの声だった。

「皇帝陛下……ですな」

 テマの問いに、棺桶から蘇ったばかりの皇帝と思しき人物が答える。

「その問いには、何と答えてよいか。

 ですが、皇帝であった時期は確かにありました」

 警戒を解かぬレーテの表情にも、いささかの変化があった。その皇帝という存在に妙に魅かれるのだ。人たらしの覇気を持つテマとは、また違う類の魅力だった。それはまさに、別の空間で『反人』と名乗る存在と戦うファルガの感覚とは真逆であるといえた。

「……では、今はどのようなお立場で?」

「人は、私の事を『皇帝兵器』と呼称しました」

「……こ……皇帝……何?」

 聞き慣れぬ表現に、思わずどもりながら復唱しようとして失敗するレーテ。

 少女の前に現れた性別を持たぬ人物は、自身を兵器だという。しかし、同時に最高権力者である皇帝だともいう。これは一体何を意味するのか。

 それ以降、レーテは茫然としながら、テマがその人物より聞き出す情報を受け入れるしかなかった。

「私は、間に合わなかったのです」

「間に合わなかった? 間に合わなかった、とは?」

 テマの問いに、『それ』は答えた。

「私は、帝国イン=ギュアバ生まれの青年でした。

 それがおよそ三百年前。貴方達が『精霊神大戦争』と呼ぶ大規模な戦乱が勃発した時には、私は皇帝の座に即位して暫く経った頃でした。

 この時の皇帝の地位は、血統ではなく、純粋に能力で判定されていました。優秀な能力が遺伝するものであると考えるならば、血統も間接的には関係しているといえるかもしれません。

 選抜には様々な項目があり、その中で優秀な成績を収めた者が即位しました。一位の者を皇帝に。二位以下の者をそれぞれの大臣に就任させ、能力の高い者が、感情や欲望に左右されずに、イン=ギュアバにとって最善の選択を行なえるように、意思決定を行なえるように、活動を行いました。

 私が人間であった頃も、同様に振舞っていたつもりです。そして、それは機能していました」

 テマの眉間に皴が寄る。

 確かに、今この皇帝と名乗った存在は、言葉尻では理想の為政を行なっていたように感じられる。

 だが、それはかなり危険な考え方ではある。

 少数の非凡とやらが、効率を優先した先には、必ず大多数の凡人の犠牲が発生する。凡人にとっては、ある程度の為政者の紆余曲折があることで、凡人がある意味均等に幸と不幸を享受できることになる。

 凡人が努力を行うことで不幸から幸へと辿り着く事が出来る、いわゆる環境の遊び部がある社会と、努力が報われぬ、環境の遊び部のない社会では、短期的繁栄と長期的繁栄という視点においては、二つがイコールにならないことは、テマは今までの古代帝国や他の文明の研究結果から理解していたからだ。

「私は、今思うに百年に一人の天才でした。勉学のみならず、身体能力も高く、武芸にも秀でていました。

 私は、先代の皇帝より、今上皇帝の指名を受け、即位しました。

 そして、そこで『精霊神大戦争』が勃発し、私は原因はともかくとして、この争いを鎮静化させなければなりませんでした。しかし、結果的に私は、私の人生を捨て、『皇帝兵器』となる判断をしました。

 私を含めた全ての帝国の頭脳が集結し、私の体は改造されました。私の体が、兵器として最も適していたからでした。

 『イン=ギュアバ』。

 私の名前です。私は、人としての全てを帝国に捧げ、兵器としての機能を持つ皇帝として、復活する予定でした」

 レーテは勿論の事、テマですら、二の句が継げなかった。

 確か、古代帝国の正式名称が、『イン=ギュアバ』。テマはそう記憶している。実際、文献でも何度も見た。

 その名を冠する皇帝とは、どれだけの逸材なのか。

「厳密には、『イン=ギュアバ』という名は即位をした時に襲名するもの。ですが、私は本名もイン=ギュアバと名付けられていたそうです。名付けられていたというより、両親に途中で改名されたようです」

 テマは思う。

 ジョウノ=ソウ国の『字』と『諱』のようなものなのか。

 イン=ギュアバという皇帝が長寿なのではなく、単純に王の称号のようなものであり、皇帝が代替わりしても、さも一人の人間が執政を執り行っているように見える。皇帝になった者がイン=ギュアバを名乗るのではなく、その時々で最高の能力を持つ為政者がイン=ギュアバとなり、結果的に皇帝となるという表現が正しいか。これにより皇帝の連続性を実現していたという事か。それ故、歴史書には、さもイン=ギュアバが長寿であったように書かれているのも合点がいく。

「その……皇帝が何故自ら『兵器』などと?」

「指輪の技術は貴方方もご存じのはず。

 テマ=カケネエ。貴方が身に着けている指輪は、元々帝国イン=ギュアバの近衛兵たちが身体能力向上の為に国より支給されたものです。まだそれが機能していたのは驚きですが」

 テマは自分の右手中指に嵌められた、通称『青の指輪』を見た。

 この指輪は、聖剣の技術を模して造られたとされ、第一段階だけではあるが、発動する事が出来る。ただ、聖剣の第一段階に比べ、エネルギーの消費は激しく、またどれほど指輪の操作に卓越したとしても、それが第二段階や第三段階に発展することはない。

 ほぼ装飾の施されていない、水色の指輪は、力を発動させる時、指輪全体が青白く光る。それはさながら第一段階のオーラ=メイルの呼び水になっているようでもある。実際、指輪から発せられた青白い輝きが、身に着けた者の体を徐々に覆っていく。

 テマは指輪と皇帝を見比べながら、暫く思案していたが、はっと目を見開く。

 推測の域は出ない。しかし、この問いを眼前の存在にしてしまえば、すぐに結論は出るだろう。

 彼の確信に近い推測は、恐ろしい行為だった。

 そして、テマにはその行為が、一人の狂った考古学者が愛すべき孫娘に施した悲しき儀式、として認識されていた。彼の教え子にして恩人が、命を賭して、その孫娘の暴走を食い止めている。それをその息子は、まだ知らない……。

「指輪を……体内に……」

 皇帝兵器と呼ばれる存在は、表情を変えることはなかった、どうやら十数年前にあった、その愛ゆえの悲しき蛮行を知っているようだった。

 皇帝は口を開く。

「正確には指輪ではありませんが、当時のイン=ギュアバの科学者たちは、指輪の機構を体内のあらゆるところに設置し、身体能力を高めることに尽力しました。そして、私の頭脳は、浮遊大陸内外のありとあらゆる所に設置された大規模データベースと直結されており、この地上や地下、この星のありとあらゆる事象を把握しています。

 勿論、十数年前のラン=サイディール国旧都テキイセでの少女の体内に指輪を埋め込んだ結果発生した幾つもの悲劇も、把握しています。恐らく、かの考古学者は、私の体に施された技術の記録を参考に、神にもすがる思いで少女の不幸を払拭しようとしたのでしょう。

 ……悲しい事です」

 レーテには全く意味が分からなかったが、何か十数年前……彼女が生まれる少し前に、酷く悲しい出来事があったのだろう、と察する。

 テマもその話は、レベセスから事細かに聞いていた。彼も多分に関わっていたその事態に心を痛め、十数年後に邂逅することになる少年ファルガへの助力を心に決めた事件でもあった。

 テマは、話を進めた。この話は彼自身もよく知り、行動し、関わってきた事案だ。だが、今皇帝兵器と名乗る不思議な生命体と、その記憶を共有しようとは思わなかった。

「……それで、間に合わなかった、とは?」

「私の体に施された改造は、ほぼ全身に及びました。改造自体は成功しました。

 しかし、その後にその機構が体に馴染む時間が必要でした。私の体は、サイボーグになったわけではありません。別の生命体に生まれ変わった、といっていいと思います。そして、その体を馴染ませる時間が必要だった。所謂、『蛹』の期間が必要だったのです。

 時の科学者は、私の体を、浮遊大陸の中で最も強固な場所に移動させました。それがこの空間になります。当時の……、現在も含めてですが、技術の粋がこの空間に集められています。

 ここで、私は来たる大戦に備えていました。大戦、とは、貴方達が『巨悪』と呼ぶ存在との戦いです」

 テマの中で、バラバラだったピースが一つに繋がった。

 『巨悪』の襲来に備えたのは、神たちや神勇者、神賢者といった特別な存在だけではなく、人間もまた『巨悪』と戦うための準備をしていたのだ。

「ですが、三百年前の大戦で、我々の味方であるはずの存在が、新しい巨悪になりました。しかも、その力は以前の巨悪よりもずっと強いものでした。

 私たちは……、世界は裏切られたのです。

 私が目覚める前に、対戦は終結しました。何とか巨悪を追い出そうとした蒼き戦士と白金の術者は同士討ちをはじめ、消滅しました。このあたりのデータは何故かこの世界のデータベースにも正確な物がなく、伝聞調でしかお話できないのが心苦しいのですが……」

 ここまで聞いたところで、テマは改めて尋ねた。

「今、我々は巨悪に対するために、古代帝国……、皇帝陛下からすれば、帝国イン=ギュアバの技術を蘇らせたいと思っています。ぜひ、陛下にもご協力いただきたい」

 皇帝兵器イン=ギュアバは笑った気がした。ただ、笑い方を知らないだけなのかもしれない。表情自体は変わらなかった。

「もう、この帝国を蘇らせることに私は何の未練もありません。

 現在の世界も、元々は帝国の国民だった人たちの末裔が作り出した世の中。

 先の大戦で崩壊し、大勢の人たちが亡くなりましたが、今生きている人たちも、帝国の大事な国民たちでした。

 帝国の技術を用いて、この世界を繁栄させることができるなら、ぜひ使ってください。法制度から科学から、ありとあらゆるジャンルに於いて帝国の技術は最高峰です。

 ただ、強い力は人を救うこともできますが、人を滅ぼすこともできます。私は、帝国の技術を間違った方向に使う事だけは回避したいと思っています」

「承知しております」

 イン=ギュアバはテマと握手を交わした。

「地上に出ればよいのですね」

 テマは頷く。

「ですが、その前に貴方達をここに来させるために戦っている少年の元に行きましょう。彼が戦っているのは、新しい巨悪の配下の者。彼一人では荷が重いでしょう」

 そういうと、イン=ギュアバはレーテとテマの手を握った。

 イン=ギュアバの周囲の空間が陽炎のように歪み、三人は魔王と聖勇者の戦う空間に移動した。

思いのほか展開が早くなってきています。

一気に書いてしまって歯抜けになるのも嫌なので、何度か修正を入れるかもしれませんがご了承ください。

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