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界遊記  作者: かえで
もう一つの始まり
14/252

出会い

ファルガとレーテの出会い。本編主人公二人の出会いですが、こんな淡白でいいのかな。

加筆修正の可能性大いにありですが、とにかく今は進めます。

 少女は、徐々に目を覚ましていく。非常にゆっくりとした目覚めだ。

 酷く穏やかな初夏の木漏れ日に照らされ、徐々に体が温まっていき、長い間の微睡を経て、覚醒していく。まず感じるのは暖かさ。そして、綿毛が頬に触れるような柔らかい風の感触。遠くの小鳥の囀る声が、最初は楽器の美しい音色として。徐々に小鳥の歌声として耳元に残って形になっていく。瞼を閉じたその視界に黄金の光が満たされる。それらがゆっくりと結合し、レーテの心と繋がった。

 レーテはゆっくりと双眸を開いた。

 何となくほっとする。ツテーダ夫妻の山小屋についたのは、夢ではなかった。あと三日。帰らなければいけない日までまだ三日もある。それ以降はいつこの地を訪れることが出来るかわからない。今のうちにできるだけこの地での生活を満喫するのだ。

 そんな事を考えていたレーテは、記憶がかすかに残るあの事件を思い出していた。

 人が空から落ちてきて、大地に大きな穴を作った。だが、その人間は全くの無傷。憎たらしいほどあどけない表情で眠る少年。だが、たまに歯を食いしばり、眉間にしわを寄せ、何とも聞きとる事の出来ない唸り声を上げた。

「……不思議な夢だったな……」

 レーテはカーテンの隙間から射す光に顔を照らされるのを嫌って、何となく顔を捻りながら上半身を起こし、窓の外を見た。

 レーテの部屋にある窓は、玄関からみて左手に位置する。

 その位置から、大地の抉れがはっきり見えた。

 思わず息を呑む。

 昨日の出来事は、夢ではなかった。大地を激しく叩く音と振動。あの深い抉れは、あれが夢でなければ、少年が叩きつけられた筈なのだ。

 ……しかし、なぜ自分はここにいる? 二階に上がって寝床に入った記憶はない。強いて言うなら、カゴスに背負われたまま意識のない少年を見たのが最後だ。でも、これも夢だったのかもしれない。

 カンッ! カンッ!

 乾いた音がする。

 部屋からは見えないが、どうやら玄関の方だ。

 レーテは飛び起きると、服を着替えて階下へと駆け下りた。

 台所で朝の支度をしているルサーがニッコリと微笑んで挨拶をする。そのまま駆け抜けそうになるレーテだったが、一瞬の違和感を覚える。

 昨日のはやはり夢?

 ルサーが普通なのだ。

 少年が墜落してくる。普通に考えれば有り得ない。そして、万が一それが有り得たとしても、無傷という事は更に有り得ない。だが、その少年は青白い輝きによって守られているのか、周囲の大地を抉り取ってなお無傷だった。

 そんな状態を目の当たりにして、一日経ったとはいえ平常心に戻れるだろうか。

 やはり何もなかった。あったのはレーテの中でだけ。

 だが、その直後に、先程の乾いた音が扉の向こう側で鳴る。人の気配は一人ではない。はっきりとは聞こえないが、談笑している雰囲気すらある。

 ゆっくりと歩きながら扉の方に歩みを進めるレーテは、ほんの数歩だったが、扉に駆け寄ると、開け放った。

 一瞬朝日で目が眩んだが、その向こうには人影がいるのがわかった。

「おお、お嬢様も起きて来なすったか」

 気難しい表情のカゴスが、表情こそ変えないものの、心なしか喜んでいるのが見て取れた。少なくとも、レーテが家から出てきた事に対しての喜びとは違うのはすぐにわかった。

 そして、カゴスの隣にいるのは、レーテと同じくらいの年齢の少年だった。

 肩までの髪を後ろで縛った、独特の癖毛がまず目につく。前髪の奥に見える大きな二重の瞳は、少し憂いを感じさせるが、冷たい光は感じない。背はレーテより少し高いもののカゴスの顎程度で、ちょうどレーテの同級生程度の年齢に見えるが、その割にデイエンの同級生の男子に比べて体が引き締まっているように見えた。麻の服は昨日のままだ。

 少年は、何事もなかったかのようにレーテに微笑みかけ、挨拶をする。

『何事もなかったかのように……』。

 昨晩の夕食時に轟音と共に落ちてきた、光に包まれた少年。その少年が、カゴスと共に薪割をしている。しかも、気難しく人付き合いの苦手なカゴスがまんざらでもない表情で、少年の薪割用の手斧の扱いを見守っている。

 まるで、知り合って長い間経つ者同士の関係に見える二人を、すんなりと受け入れそうになる自分自身に戸惑いを隠せなかった。

「ちょっと貴方、寝ていなくて大丈夫なの? 怪我は? 痛い所はないの? なんで空から落ちてきて無傷なの? そもそも、あの光は何?」

 扉から出てきた少女に突然、矢継ぎ早に質問された少年は、思わず目を白黒させた。

 まだ言葉を続けようとする少女を、カゴスが制する。

「お嬢様、そんなに彼を質問攻めにしても、答えられませんぞ。もう少しで食事の支度もできる筈です。その時にでもなさったらどうです? まずは顔を洗って」

 カゴスは、昨晩レーテが水を汲みに行った湧き水の滝で顔を洗うように促すと、再度少年の方を向き、もう少し薪を割って欲しい旨を告げ、自らは畑の方へと歩みを向ける。早朝の野菜の収穫をし、その野菜でサラダをルサーに作らせるためだ。

 レーテは、自分が一晩寝て起きている間に、なんだかひどく置いてきぼりにされた気がして、少しむくれながら湧き水の滝の方に歩き出すのだった。


 少年の名はファルガ=ノン。どこかで聞いた事のある名。だが、それがどこで聞いたのか、誰から聞いたのかはまるで思いだせなかった。

 面識があるわけではない。だが、全く初対面の気もしなかった。

「ところで、貴方はこちらの家に来たのは初めてよね?」

 ルサーの焼いたパンを口に入れた少年ファルガは、突然のレーテの問いに思わず目を白黒させた。レーテの言わんとすることの意味がよくわからないといった風に。

「初めてなのよね? その割に、この場所にすごく馴染んでいるわよね……」

 カゴスとルサーは、目を白黒させるファルガとレーテを見比べた。

「昨日初めてここに来たにしては、いきなり薪割を手伝うとか、カゴスさんと完全に打ち解けている風だったし。いえ、悪いという事じゃないのだけど……」

 そう言われて、カゴスもルサーも思わず顔を見合わせる。

 確かに、墜落してきた少年ファルガ、彼の顔に見覚えはない。だが、初めて会った気がしないのもまた事実だ。しばらくして、カゴスは大笑いした。ルサーもにっこりと微笑む。

「そうじゃな。確かに、彼は昨日の晩、初めてこの地を訪れた。しかも、普通ではありえない状態で。なんでだろうなぁ」

 カゴスの口から、そんな陽気で能天気な言葉が出るとは、レーテは夢にも思わなかった。

 昔から気難しいことで有名な職人カゴス=ツテーダ。そして、そんな偏屈な男の全てを飲み込み、生涯連れ添う覚悟の糟糠の妻、ルサー=ツテーダ。妻の目から見て、社会的に地位の高い人間であろうと、大金持ちであろうと、彼が認めなかった人間に作品を作る事は一度もなかったはずだ。

 ルサーはカゴスの『目』を信頼していた。そして、案の定彼が不可だと言った人間は、後日何かしらで失脚していた。政治的に悪事を働いたのか、経済的に悪事を働いたのかは不明だが、その世界から消え去った彼らの名は未だに聞こえてくることは無い。

 それは恐らく子供でも腹黒い者ならば、カゴスは同じように扱っただろう。相手が子供なので、全く援助の手を差し出さないわけではないのだろうが、少しの食料と水をやったら、即座にこの地から去るように告げていたはずだ。

 カゴス=ツテーダとはそのような男だった。

 その彼が、なぜかファルガという人間の存在を受け入れていた。全くの初対面で。

 それがレーテには不思議で仕方なかった。恐らくルサーも不思議だったはずだが、彼女はカゴスの判断を信じた。

「……その時の記憶はないけど、ハタナハの上から落ちてきたらしいね、俺は。今こうして無傷でいられるのは助けてもらったからだと思っている。だからって訳ではないのだけれど、出来る範囲で手伝いをしたかっただけなんだ」

 ファルガは、ルサーの作ったコーンポタージュの入ったカップに口をつけたが、熱かったのか思わず首を引っ込め、しきりにポタージュを冷まそうとしながら答えた。

 レーテの中の疑問は、ファルガのその所作で全て融解していった。明確な答えを貰ったわけではない。ましてや理解したわけではない。だが、そのファルガの様子が、理解のない状態での納得をレーテに与えたのだった。

 変に恩を抱え込むわけではなく、かといって恩を仇にして返すわけでもない。それを語るにはまだレーテは若すぎたが、人間としての本来あるべき姿をファルガに見た気がした。そして、この感覚こそが、カゴスがファルガを受け入れた理由なのだと納得した。

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