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界遊記  作者: かえで
蘇る古代帝国文明

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139/253

神々の降臨

 大洋上に浮かぶ、忘れられた島。

 そこに神殿がある。

 黒曜石の様に漆黒に輝く岩石をくりぬいて作られたのか、はたまた、その岩石を積み上げて接合部が分からぬほどに更に磨き上げ作られたのか。製法こそ不明だが、漆黒の神殿がそこにある以上、無人島であったのかは不明だ。だが、人の足で半日あれば一周できる程度の面積の島では、逆に人間が大勢生活することは不可能だろう。そう考えると、祭事の為の無人島と考えるのが妥当かもしれない。

 ジャングルの木々に埋もれた黒い神殿。しかし、その存在感は時間が経ってなお健在だった。

 漆黒の聖剣の持ち主は、主の復活を待ちわびていた。

 とはいえ、彼は主に出会ったことはない。その存在を感じられたことも数少ない。

 だが、それは超越した存在として確かに存在した。そして、彼はその存在を認識していた。

 その存在に、青竜戦士族のガガロは何を求めていたのか。神としての何か、なのか。それとも超越した存在としての何か、なのか。

 十数年前、死に場所を求めていたガガロ。

 ファルガたちが進入した場所とも、かの男が調査で進入したあまたの遺跡とも違う、ビルディングすら完全な瓦礫の山と化し、蜥蜴男たちが跋扈する荒廃した土地。

 そこで『あれ』と戦った。

 聖剣『死神の剣』と聖剣『刃殺し』の二刀流は、長い聖勇者の歴史の中でも前例はなかった。それほどに、ガガロの剣の腕は当時も卓越していた。戦闘能力だけで言えば、彼に比肩する存在は皆無だっただろう。

 それは今も変わらない。

 二刀流が可能になったのは、聖剣を使って力を引き出している段階を過ぎていたからだ。

 完全に己の力で『氣』をコントロールし、聖剣が無くとも第三段階同様の身体能力を引き出すことができるようになっていたガガロ。聖剣は、並の武器なら一撃で破損してしまうその強力な斬撃の反動に耐える。そして、ありとあらゆる機能を排し、敵に斬撃を与える武器としての機能のみに特化した。

 ガガロも到達していた。

 聖剣を介さずとも効率よく『氣』の力を引き出すことのできるレベルに。いや、到達時期で言うなら、ファルガよりもずっと早い時期だったはずだ。

 それでも。

 あの男には勝てなかった。

 いつか還るだろうあの男に勝つために、彼は更に切磋琢磨を続けた。

 その結果、既存の聖勇者の戦闘能力を大きく凌駕し、文字通り歴代聖勇者の最強ともいえる実力を身に着けた。加えて、ガイガロス人の得意とする『マナ術』についても造詣を深め、ガイガロス人に言い伝えられる悪魔の変身、ドラゴン化すらもコントロールできるに至った。ドラゴン化してなお人語を話し、理性を保ち続けることが可能なのはガイガロス人の有史以来、彼を含めて数名といないだろう。その力をコントロールできたからこそ、『大陸砲』の直撃にも耐える事が出来た。

 それでも。

 この主の復活を望む。

 主から、『巨悪』と戦う力と知識を得る為に。

 彼は約束した。あの男と。あの男が還るまで、この世界を残しておくと。

「待たせたな。いよいよそちらの世界で、力を具現化できる」

 跪き、首を垂れるガガロの耳元なのか、頭脳に直接なのか、男性の低い声が響き渡った。

 次の瞬間、神殿の漆黒の床に、点対称な金色で描かれた幾何学模様が浮かび上がる。そして、その中心点の空間に紫色の光の点が現れ、徐々に肥大していき珠になった。

 珠に白い亀裂が入り、無音の光の爆発が起きる。

 流石のガガロも、思わず目を強く瞑った。

 強力な気配が光の奔流の中、眼前に現れる。その気配は今まで彼が対峙した何より強いが、無機質だった。

 生命体の筈だが、躍動感は感じない。それでいて自然現象……雷雲の中の稲光や、厄災としての大嵐、巨大地震……のような、圧倒的なエネルギーは感じる。

『真』のエネルギーの塊?

 そう錯覚させる不思議な感覚がそこにあった。

 衣擦れの音がする。

 ガガロが双眸を開き視線を上げると、今まさにローブを纏った人影が見えた。

 背が高い。

 長身のガガロの更に二回り以上は高い。

 この体躯は人間ではない……。

 兜なのか王冠なのかわからないが、頭に身に着けた装具からは無数の棘が八方に広がり、両耳に相当する部分辺りから肩に向け、一対の角が伸びる。また、額部からも一対の角がねじれ、反り返りながら天に延びる。そして、その顔は仮面に覆われていた。仮面には鼻も口もなく、只切れ長の目と思われる穴が存在し、眼球の存在は確認できない。心なしか双眸が光を放っているようにも見えた。

「そなたがガガロか」

「はい」

 仮面をつけているせいか、籠った声だったが、だからこそその存在が喋ったのだとわかる。

「私の復活の折、よくぞ立ち会ってくれた。礼を言う」

 ガガロは再度首を垂れ、視線を落とした。

「恐ろしくはないのか? そなたの時代には、私は魔王として伝承されていたはず」

「確かに、私の時代のガイガロス人は、貴方を魔王と認識していました。そして、人間たちは同様の理由で畏れていました」

「採った施策の違いで、こうも評価が分かれるものかよ。

 奴も目的は同じだった。ただ、施策は奴の方が遠回りであり、時間を要し、尚且つ被害が出た。それを防ぐために、私は最短の解決法で臨んだ。明らかに手遅れの者は見殺し、解決を優先させた。

 その結果がその評価とは。助けられない者を助ける為に尽力し、結果他の犠牲を増やすならば、それは本末転倒ではないのか」

 仮面の奥で、フィアマーグは自嘲気味に笑った。

「……まあいい、過ぎた事だ。それより、奴も同じタイミングで復活する筈。奴がどこで復活しているかは追々わかるだろう。

 まだ、急激に力を伸ばした者は見つからんか」

 ガガロは首を横に振る。

「一人おりましたが、その物は巨悪に取り込まれました。現在は行方不明ですが、黒い稲妻により覚醒した人間でした」

「そうか。

『巨悪』の襲来までは、後二年半ほど。そこまでに候補を見つけ、力と技を伝えねばならん。

 奴はもう候補を見つけているようだ。あまり見つからぬようなら、奴と候補を共有する必要があるかもしれん」


 カタラット国の首都ワーヘの南東に位置する温泉街、ユイーダ。

 元聖勇者にしてラン=サイディール国の元兵部省長官、ドレーノ国の元総督であった男、レベセス=アーグはそこで湯治を行なっていた。

 前述の歴職を十数年間こなし続け、かつ親友の残した子を探し続けていた。紆余曲折あり、親友の子を見つけ、実子レーテと同様に力を授け、技と知恵を授けた。

 そんな彼が、少しの間だけ休息をとることはそれほどに許されない事ではないはずだった。

 だが、神と呼ばれる存在は、まだ彼に隠居は許さない。

 聖勇者としての仕事ではなく、聖勇者たちを導くための仕事。ある意味彼らの仕事よりも難しい仕事を、壮年のこの男に依頼した。

 神からのご託宣があったのは、湯から上がり、夕涼みを宿の一室のベランダで行なっているときだった。

「遠慮ないですね」

 苦笑しながら、長椅子から立ち上がるレベセス。

「フィアマーグも蘇ります。ほぼタイミングは同じ」

「私のなすべきことは?」

「貴方の『氣』を目印に戻るつもりです。人目のつかぬところに移動してください」

「かの魔王……、ではないのでしたっけ。件の神はどうやって戻るのですか?」

 レベセスは、SMGから支給された装束に身を包み、外出の準備を整える。

「フィアマーグは、あのガガロという者に、自分の復活場所を準備させていました。ガイガロスが崇める神殿。人の傍に住まぬ島に彼は降臨しました。彼は、ガイガロス人の神という立場上、そして人間たちにとっての魔王という立場上、人目につかぬところに戻りたかったのでしょう」

 人目のつかぬ処……。この地ではそうは思い浮かばないが、とりあえず、古代帝国の遺跡の入口ならば、今は誰もいない筈。

 レベセスは一度温泉宿の屋根に移動すると、≪天空翔≫を用い、移動する。

 古代帝国遺跡探索隊が遺跡内に進入を開始した、あの鉱山跡へ。人々が戻ってくることができなくなった、あの災難の地へ。

 ほんの一週間前までは、希望への道しるべであった筈の洞穴。その入り口には木の板が縦横無尽に釘で打ちつけられ、何人も立ち入れないように封印してある。カタラット国が観光立国になる直前、鉄鉱石を輸出品として扱っていた頃の鉄鉱山の跡地の前に、レベセスはいた。

「神は、私の『氣』を目印に戻ってくるという。

 いきなり温泉宿のど真ん中に神が降臨しても面白いかもしれないな」

 言葉とは裏腹に、大して面白くもなさそうにレベセスはぼやいた。

 しかし、不思議なものだ。この世を譲ったというガイガロス人は、自らの種族の神を称える神殿を残しているのにも拘らず、譲られたという人々は、己の称える神の依り代を一つも作らなかった。それどころか、神の名すら知らぬ者も多いらしい。

 古代帝国の時代、或いはその遥か以前から、あまたの名を冠した神はいた。それらが同一の存在なのかも不明だが、それらの崇拝対象の存在は、言い伝えが嘘偽りなければ、文字通り超越した存在だっただろう。ありとあらゆる宗教の経典に存在を記し、奇跡を起こす。

 しかし、だからこそ人々は『(ザムマーグ)』の存在を失念した。

 そして、忘れられた神は、精霊神大戦争後に姿を消した。

 魔王と共に、何処かへ。

「おっと、魔王ではなかったか」

 思考も見られているのを思い出したレベセスは、苦笑する。

 突然空が黒い雲に覆われた。その雲は雷光を纏い雷鳴を発する。

 眼前に何度かの落雷があり、その時に地表に留まった光の珠から黄金の光の線が縦横無尽に走る。それは点対称の幾何学模様を描き出し、それが大地に直径五メートル程度の魔法陣となる。その中心に純白の光の点が出現し、それがあっという間に膨張していき、光の珠となった。

 光の珠に、白いヒビが発生していく。やがてそれは大きくはじけ飛んだ。

 爆風に思わずレベセスは目を閉じ、片腕で顔を庇ってしまった。それ故、その降臨の瞬間を見ることはできなかったが、圧倒的な力と安寧感を爆発的に放つ何かの出現を明確に感じる事が出来た。この時、カタラットにいた殆どすべての人間が、不意に思い出された過去の幸福な瞬間を思い描いた時のような、心地よい軽い胸の締め付け感を覚えたという。

 光が収まったところには、ローブに身を包み、特徴的な頭用の装具を身に着けた、非常に長身の存在が立っていた。そして、その顔はマスクで覆われていた。

 奇しくもマスクの色こそ異なったが、それはガイガロス人の神と瓜二つだった。

「貴方が、神ザムマーグですか。思ったより人間の恰好をしていらっしゃる」

「歯に衣着せぬようになりましたね、聖勇者の父レベセス=アーグ」

 レベセスの皮肉に腹を立てたのかもわからない程に感情の起伏が見えないザムマーグ。だが、レベセスが思念による会話で持った印象の、女性であるという裏付けは、その容姿のどこからも取れなかった。そして、仮面越しにくぐもった声で話すザムマーグ。

「ファルガという少年と、レーテという少女は、今、遺跡の中なのですね?」

 無言で頷き、山の中腹にその視線を向けるレベセス。

「彼らが『皇帝』を連れて出てきたら、訓練を開始しましょう。まずは、四聖剣の力を解放し『超神剣』の装備に変えます。その後、神賢者用の装備を、神賢者候補と私で時間をかけて作ります。

 神勇者になるべき者は、高次での戦いに慣れなければなりません。その反面、同時に現次の神賢者と連動して現次の敵とも同時に戦わねばなりません。かなり特異な戦闘になるでしょう。その訓練は、神の長に依頼することになります」

「神の……長……」

 レベセスは思わず反芻する。

 確かにザムマーグは、人間たちから神と呼ばれる自分たちにとっての『神』も存在する、と言っていた。その存在と、神勇者は修行をするということなのか。

「レベセスさん。貴方は、私の神賢者の装備制作を手伝ってくれますか?」

 突然の神からの依頼だ。命令でもなければ託宣でもない。協力要請。

 世界を救おうとする人間が、神の依頼を断るのは流石に行動原理に矛盾が過ぎる。

 それでも、人の風呂や食事のタイミングをまるで気にしないこの神に、レベセスはほんの少しだけ意地悪をしたいという邪な心が微かに芽生えた。

「勿論です。神ザムマーグ。貴方が、私が疑問に思っていることを全てお答え頂けるなら」

 親友であり稀代の考古学者であるあの男ですら知りえなかったことを知る事が出来るかもしれない。一部でもあの男を超える事が出来るかもしれない。神の力を借りての、ほんの少しだけの贅沢。

 神を自分の字引にできるチャンスはそう滅多にあることではない。

 そんな打算的な考えもあったが、彼が今最も知りたいのは、あの日、この世から眠るように姿を消したあの男が、どこに行ったのか。

 親友の息子を探し出し、実の娘も聖勇者に育てる事が出来た。後は、自分を置いていったあの男の居場所だけだ。

 そんな要望を受けたザムマーグは、声こそ発することなく、そして口を開くこともなかったが、仮面の下で口角を上げた事だけはレベセスにもわかった。

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