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界遊記  作者: かえで
蘇る古代帝国文明

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133/253

カディアン族のカト

「私の名はカト。カディアン族の族長の娘だ」

 少女は警戒を解かぬまま、言葉を発した。

 一方的な虐殺の場から、気を失った状態で助け出された少女。体力的にもそうだが、顔に巨大な傷をつけられ、頚椎捻挫や殴る蹴るなどの打撲もあり、無理な姿勢を強制的に作らされそれを維持させられたことによる筋肉の損傷もあり、立って歩くことも困難だった。医者はこの場にはいなかったので明確な診断はおりていないが、恐らく何本かの肋骨にはひびが入っていただろう。

 夢であればどれほどよかったか。そう錯覚してもおかしくない程の状況と苦痛であり、そして、現在その痛みがないことも、それを助長する。もし、目覚めたこの地に誰もいなければ、文字通り悪夢で済んでしまっていたかもしれない。

 だが、周囲に彼らがいた。それが否応なしに先程までの恐怖と絶望が実際に起こったものであることを受け入れざるを得ない。そして、自分の仲間が大量に殺された、という事実も。

 カニマが素早く誂えた服で体を隠し、バスタに食事を与えられて、やっと発した言葉だった。

 暫くは目の前に置かれた皿に手も伸ばさなかったが、レーテとカニマに促され、ゆっくりと皿を手にした。

 カトの眼差しからは、怒りと脅えが見て取れる。

 無理もない。

 気を失う直前まで、目の前にいる傭兵達の様な風体の男たちに体も心も辱められそうになったのだ。抗うことはおろか、自ら選んでの死すら許されず、弄ばれて飽きたら殺されるだけ。後はそこに無残に屍を晒すだけだっただろう。

 少女は人としての尊厳を失う恐怖と絶望とに苛まれていたのだ。

 だが、眼前の三人の傭兵と一人の老人、そして二人の子供を目の当たりにして、先ほどの絶望的な状況に、引き続き身を置いているわけではないということに薄々と気づき始めてはいるようだった。それでも、直ぐにすぐ緊張をほぐし、警戒を解くということは難しいだろうが。

 少し離れたところで、少女カトを心配そうに見つめるファルガ。だが、少女はその視線に気づき、恐ろしい視線をファルガに返すだけだった。そして、そんなファルガの様子に、何故か心が酷くざわつくレーテだった。


 最初は喉を通らなかった食事も、ファルガの≪回癒≫により体力が回復しているため、空腹に襲われるのも時間の問題だった。それでも、バスタにより目の前に置かれた、干し肉と野菜の炒め物と握り飯を前に、少女は一瞬躊躇していた。

 だが、少し離れたところで美味しそうに握り飯を口に頬張るバスタと、野菜炒めに舌鼓を打つカニマ、そして、その向こう側で少女を気にしつつ食事をとるファルガとレーテを目の当たりにして、いよいよ食欲を刺激されたカトは、恐る恐る一口目を口に運ぶと、そのまま皿に乗せられた食事を一気に平らげてしまった。

 食事後、腹が満たされると、少女は先ほどまでの悲劇を思い出し、居ても立っても居られないようだった。

 彼女は既に武器を失っていたが、彼女を辱めようとした彼の者達に引導を渡してやりたいと強く思っていた。そして、体力が戻り、腹が満たされれば、後は行動を起こすだけ。

 少女はすっと立ち上がると、再び戦地へと旅立とうとする。

「ちょ……、ちょっと待ちなさいよ! さっきまで気を失っていた人が戦えるわけがないでしょう?」

 いつもより少々攻撃的な物言いになった自分自身に驚きながらも、レーテは言葉を続ける。

「さっきの場所に行くんでしょう? 大体、行ってどうするつもりなの? 相手だってそこにいるかわからないし、行っても勝てるかわからないんだし」

 レーテの言葉には答えず、じろりと睨むカト。そんなことは百も承知だと言わんばかり。だ。だが、居ても立っても居られないのだ。

 自分を弄ぼうとし、共にいた仲間を皆殺しにしたあの男達が、まだあの場所にいるならば、奴らに復讐の刃を突き立てることもまだ叶うだろう。

 生きて戻るつもりはない。ただ、奴らに一泡吹かせたい。奴らの下卑た笑みを引きつらせたい。一瞬でも構わないので、自分が奴らに感じた恐怖以上の物を与え、一人でも多く地獄に引き摺りこみさえすればよい。

 そんな滾る復讐心にファルガとレーテは気圧されていた。

 だが。

 傭兵達はわかっていた。

 いくら身体能力が高かろうとも。いくらカディアン族族長の娘といえども。

 たった一人で兵士たちに挑んで敵う筈もない。せめて一矢報いよう思っても、その一矢すら放つこともままならず、次こそは間違いなく惨殺の憂き目にあうだろう。

 だが、ファルガが止めようとも、レーテが諫めようとも頑なに自己犠牲の復讐に身を置こうとするカトを止めたのは、最年長のテマの言葉だった。

「カディアン族。

 古代帝国の遺跡を護る伝説の民。まさか実在しているとは思わなかったよ。古代帝国史を調べる際の生き証人がまさか目の前に現れるとはね。けれど……」

 テマは一度言葉を切った。そして、ファルガとレーテにも一度視線を配る。まるで、少年と少女にも語り掛けているのだということを伝えるかのように。

「……伝説の民の娘カト。

 私は、本当はあの戦闘で貴女を助けるつもりはなかった。

 貴女達は、部族の誇りを持って侵入者と対峙したのだろう。

 そして敗れた。ただそれだけの話。

 己にどのような事情があろうが、相手がどのような卑劣な手段を用いてこようが、武装による闘争を解決方法に選んだ以上、それに敗北をすれば結果はそれ相応になる。

 惨いとは思うが、私は彼らの振る舞いを止める気はなかったし、止めることもできなかっただろう。

 ただ、貴女にとって幸運だったのは、このファルガという幼き少年がそれに我慢できずに、貴女をあの場所から助け出し、傷を癒した。本来人では持ちえぬ力を発揮し、到底助からぬ状態であるにも拘らず、貴女は失ったはずの命を拾った」

 テマはここで再度言葉を切った。

 稀代の老考古学者は、人に深く伝える方法をよく知っていた。

 真に伝えたいことを話しだす前に間を取る。そうすることにより、直前までの内容が心に染み込み、心が準備をする。また、心ここにあらずの状態で聞いていた人間を、現実に引き戻す。

「私は、貴女が再び復讐にその人生を費やすことは止めない。

 それを選択するなら、それも貴女の人生だ。

 復讐を選んだところで、先程の二の舞になるだろうし、その後は誰も助けない。

 何故なら、先ほど貴女を助けた少年や少女は、ラン=サイディール軍の兵士たちにも護るべき人がいる事を知ってしまっているからだ。そして、彼らの帰りを待つ家族がいる事を知ってしまっているからだ。

 貴女に加勢し、彼らの命を奪う行為は、彼らの家族の恨みを買い、彼らの家族を悲しませることになる。闘争の結果の負の連鎖は続いていく。それを知ってしまったからだ。

 もはや一方的な事情だけを汲み取って行動は起こせない。事情を知らぬ者ならそれもあるだろう。だが、事情を知ってしまった者には、それはできないだろうし、しないだろう」

 ここで、更にテマは言葉を止めた。そして、ゆっくり立ち上がると少女の手にコップを持たせ、水を注いだ。落ち着かせるために水を飲ませるためだ。

 カトは、そのコップを拒絶しなかった。先程、一息で飲み干されたコップの中身の水が、再びその嵩を増していく。

 ゆっくりと上がっていく水面は、少女に何を思わせたか。

 怒りのボルテージか。それとも膨れ上がる殺意か。

 少女が感じていたのは、悲しみだった。そして、その悲しみを誰かに伝えなければならない。この悲しみが繰り返されてはならない。

 コップの摺り切り部で注がれる水は止まる。だが、少女の手が震えたため、水がコップの外側を伝って落ちる。それは、少女が復讐の鬼として生きる為に捨てようとした涙だった。

「貴女がすべきは、部族の誇りの為に散っていった仲間の生き様、そして死に様を仲間の家族に伝える事。

 私はそう思う。

 もし、仲間の家族に伝えるのが辛いなら、村に帰らないのも一つの選択だ。

 尤も、無謀な復讐を選ぼうと、仲間からの逃走を選ぼうと、辛いものであるのは間違いないのだが。

 そもそも、この闘争という選択をした時点で、勝とうが負けようが万人が満足する結果は得られない。それはラン=サイディール国軍にも言えること。

 侵略の武力行使とはそういうものだ」

 テマの言葉が終わると同時に、少女は膝から崩れ落ちる。そして泣いた。

 慟哭。これが魂の悲鳴なのか。

 カトの慟哭は、ファルガやレーテの心を強く打った。だが、同時にカトの闇が徐々に払われていく事も、ファルガたちの目には映っていた。


 暫く体を伏せて嗚咽していた少女が、やがて泣き止み、その瞳を真っ直ぐに起こし考古学者のテマを見つめる。

 テマも無言で少女の瞳を見据えていた。

「貴方たちを村に招待したい。ぜひ父である族長に会ってもらいたいのだ。

 貴方達も目的があってこの地にいるはず。その目的が何かはわからないが、その旅の役に立つ情報を与えることができるだろう」

 テマはややあって頷いた。

「伝説のカディアン族の族長ともしお会いできるなら、ぜひともお話がしたい。これは私だけの知的好奇心かもしれないが、このパーティでもきっと役立つはずだ。そして、ファルガ君とレーテさんには、重要な話になる」

 テマはウズンに、このパーティの進路をカディアン族の村にすることでよいか尋ねた。

 ウズンは、特段関心もなさそうに承知する。

 彼らからすれば、まだカタラットで組織された遺跡探索隊の救援部隊のボディガードという契約は残っている。彼らが行こうとするところを傭兵達が拒絶する謂れはない。


 彼らが遺跡に進入してから、もう数十時間という時間が経過したが、一向に夜にならない。周りにあるありとあらゆるもの全てが、この世の物とは思えないこの地ではあったが、それでも休息はとらねばならない。彼らは今を夜であるとし、見張りを立てつつ休息をとることにした。

 通常、不寝番は火を絶やさぬことも重要な役割の一つだ。

 それは、暗闇に乗じて忍び寄る敵を見つける他、猛獣を避ける意味もあり、何かの時に武器として用いることも可能だからだ。

 もっとも、現在この古代帝国の街並み、ビルディングの狭間での宿営に関しては、闇もなければ猛獣もいない。強いて言うなら、宿営の場所を間違えたならば、ラン=サイディール軍が受けたようなカディアン族からの奇襲を受けたかもしれなかったが。だが、それはない、とカトは言い切った。ラン=サイディール国軍を急襲したのは、かつて彼らの村で保護した、行き倒れのラン=サイディール軍の斥候が村で略奪行為を行い、そのまま遁走したからだということだった。

 当番のテマは、火にくべる固形燃料と、石化していたと思われた枯れ枝を集め、火を維持していた。

 一面灰色の街並み。ビルディングも、ビルディングの狭間に生えている街路樹も、街路樹の麓を覆う植え込みも、果ては空の色も。すべての物が灰色。

 この灰色が何を意味しているのか全く想像もつかない。

 ただ、かつて旅をしていた時に目の当たりにした、火山活動による『石化ガス』に襲われ、住民もろとも灰色に覆い尽くされて滅んだ村の様子とは、明らかに違った。

 あの時、滅んだ村の物はすべて、形状こそ本来の形を残していたが、全ては石となっていた。家も人も家畜も、全てが高温の火砕流に飲み込まれ、体の表面は高熱の火山灰を吹き付けられたため、石膏の様なものに覆われるが、その石膏も高温であるため、石膏内の筋肉や臓器は瞬時に蒸発し、また焼け残っても腐敗し骨のみが中に残されていたという。それは樹木にしても同じで、なぎ倒された樹木に火山灰が付着し、付着した中の物は燃やし尽くしてしまう反面、外見についてはその姿を残すために、一見して全てを石化させる石化ガスの仕業のように見える。薪として集めた筈の小枝も、火もつかずに割ってみると中が空洞、という不思議な状態になっていた。

 だが、この都市の街路樹の傍に散乱する枝や、落ち葉などはその形状を残し、かつ元々の落ち葉の様に燃えた。『石化ガス』に飲まれた物とは明らかに違った。

 そもそも、人造物のビルディングと、自然物の植物が何故同じような状態になっているのだろうか。まるで、時を止めたような状態。だが、火をつければ燃える以上、時が止まっているわけではなさそうだ。何かしらの技術を用いて、状態を固定しているように見える。その結果が、灰色一色の光景……。

 ひょっとすると、古代帝国の技術の根幹に関わるものかもしれない。

 テマは漠然とそう思った。古代帝国の技術は、無属性の『真』の抽出に成功したところから飛躍的に進歩したとされる。その『真』に属性を与えることで、そのエネルギー量は飛躍的に跳ね上がる。だが、その一方で無属性の『真』は純粋なエネルギーとして用いることも可能だった。

 恐らく、カタラットで起きた『大陸砲惨』では、大陸砲をきちっと取り扱えていたとは思えない。レベセスの話では、大陸砲はそのまま『真』エネルギーを射出したとされる。だが、実際の大陸砲は、その『真』のエネルギーを変換して放ったからこその、脅威であり恩恵であった。

 古代帝国では、三日三晩燃え続ける地上の山火事を、大陸砲で消火したという記録がある。もし大陸砲が、レベセスが目の当たりにしたように、『真』を純粋に打ち出すだけの機能しか持たないとすれば、山火事を消火するどころか、山そのものを消し飛ばしてしまうだろう。だが、うまく鎮火させることができたとするなら、それは『真』を衝突させて炎を消し飛ばすのではなく、別の方法を用いて鎮火したはずだ。それが何なのかはわからないが、少なくとも、大陸砲そのものに別の使用方法があった、と考えるべきだろう。

 『真』を無属性抽出する技術の確立。そして、その無属性の『真』に自在に属性を付与する技術の確立。この技術は両輪の関係にある。只付与するだけではなく、的確に、適切に。だとするなら、古代帝国内には大陸砲の微調整を行なえる管制システムのようなものが存在するはず。

 落ち葉を手にしたテマは、それを握り潰した。クシャっという乾燥した繊維が砕ける音と感触とがテマの掌で感じられる。

「色だけなのだ。それ以外は普通の状態……。もし、この落ち葉が山中に普通に落ちていたなら、そういう種だと受け止めてしまうだろう。だが、この街並みの中のこの色だからこそ、違和があるのだ……」

 そこで、背後に気配を感じ、ゆっくりと振り返る。

 そこには、傭兵カニマが立っていた。体を休めているだけなので、装備は身に着けたまま。だが、そのカニマの様子は、テマにとって妙に不用心に見えた。

「どうしました、カニマ殿」

 カニマはその問いには答えず、テマの横に腰を下ろした。

 いつまでも答えないカニマに対し、一瞬テマは不審に思う。

 どちらかというと、この傭兵集団でも理性的な立ち位置のカニマ。

 トロッコの暴走時も、テマの指示に最初に従ったのはウズンと彼女だった。従順とは言わない。だが、テマも間違った指示や提案をしたつもりはない。それに対して従うということは、彼女が理性的な物の見方をしていると認識していた。

 その彼女が、今は酷く幼く見えた。

 カニマは左目を隠す眼帯をずらした。

 元々彼女の左の眼球は存在しない。後天的に失ったものではなく、元々持たずに生まれてきたのだ。従って、眼窩部分にある瞼の膨らみはなく、窪んでいる。開こうと思ったことは彼女自身ないが、恐らく開くこともできないだろう。

「テマ殿。先般カディアン族の娘、カトに用いた術……、あれを何と呼べばよいのかわかりませんが、あの術で私の目も治すことができるのでしょうか?」

 目……。

 この女性傭兵は、左目を先天的にもっていない。それを再認識するテマ。

≪快癒≫は、治ろうとする体のエネルギーを助長させる術。そして≪修復≫は、細胞レベルでの接合はできるが、元々機構的にないものを作り出すことはできない。もし、彼女が眼球を生まれ持っていて、それが後天的に失われたのであれば、難易度は増すだろうが、蘇生させることはできるかもしれない。

 だが、元々体が眼球を持たぬものとして出来上がっているのであれば、それは難しいだろう。治す、という観点で言えば、眼球を持たぬ状態が治っている状態、だからだ。

 テマは、残念ながら、と前置きした上で、そう説明する。

 カニマは、そうですか、と嘆息し、しかしどこかでわかっていたのか、それ以上は何も言わなかった。

「……元々、目の機能というのは、人体の中でもかなり高機能な臓器の一つであり、わかっていないことも多い。もし、古代帝国の技術が人体の研究も進めていて、目やほかの臓器についての理解を深めていたとして、その記録が残っていればあるいは……」

 カニマを慰めるつもりはなかったが、テマはもともと自分が何故古代帝国の研究を始めたのかを思い出し、何となく口にしていた。

 幼少期の頃、共に生活をしていた愛犬の死。

 生前はどこに行くにも一緒で、野を駆け、山を登り、川で泳ぎ、海を見て共に吼えた。

 だが、その期間も長くは続かない。寿命を迎えて死する愛犬。だが、彼はその死がなかなか受け入れられず、その愛犬が朽ちていく様をずっと見てきた。

 埋めてしまうことが可哀そうであったからそのまま傍に置いておこうと思った。だが、その容姿を保っておくことができず、腐敗臭も出始め、他の人間から疎ましがられ始めた。

 泣く泣く、少年テマは愛犬を荼毘に付し、王宮の中庭に墓を作った。

 生とは何か。死とは何か。生物とは何か。

 愛犬の死をきっかけに様々なものに思いを馳せるようになり、死者すら生き返らせたと言われる古代帝国の技術に興味を惹かれた。そして、古代帝国そのものに興味を惹かれ、王になる直前まで、遺跡に潜っては様々な研究を行った。様々な出土品を得、それを研究した。

 愛犬を生き返らせよう、と思っていたわけではない。それは与えられた天命に背くことになる。彼もそれを望んではいないだろう。

 テマが知りたかったのは、生であり死であり、動物という……生物という神の気まぐれで作られたとしか思えぬ生成物の存在する理由。生き、死ぬ存在。そのメカニズムが分かれば、ひょっとすると愛犬の寿命を永らえさせることができたかもしれない。

 それを明確に目指していたつもりはない。だが、古代帝国への探求心の発端は、元々はそこの気がする。

 そして、カニマの目を治すという行為は、その生物としての根源を探る行為の先に答えがあるのかもしれない。

「古代帝国の技術である道具術に、≪修復術≫があります。もし、その術を見つけることができれば、貴女の左目を創り出すことができるかもしれません。

 眼球を作ったところで、目で見た映像がきちんと認識できなければ、それは義眼と同じ。義眼ではなく、物を見ることのできる目を作り出し、それを貴女の左目に移植しなければならないでしょう。

 その技術の存在を、私は信じています」

 カニマは少し寂しそうに微笑んだ。

 可能性がゼロでないとわかっただけでも進歩です。

 そういうと、カニマはテマの隣から立ち上がり、傭兵達の横に移動した。

 ややあって、カニマのものと思われる寝息が聞こえ始めた。

 テマは大きく溜息をつく。

 嘘を言ったつもりはない。実現は可能だろう。道具術の≪修復術≫があれば、眼球の作成と、眼窩に収めた眼球と視神経他、眼球が『見る』為の臓器として機能しだす為の施術は可能になる筈だ。そして、古代帝国の神の見識と称される様々な研究結果の中には、恐らく人体の探求も含まれており、カニマの真に『可視る』目を創り出すことも可能だろう。

 だが。

 実際はそう簡単な物でもない。視神経に眼球を繋げたとして、生まれてこの方、左目で『見る』為の鍛錬を、脳を始めとするありとあらゆる臓器が行なっていない。本来人間の成長の過程と同じだけの期間を右目は鍛錬してきた。その右目の『見る』能力に追いつくための左目の鍛錬は、想像を絶するものになるだろう。それこそ、人体改造に近い処置を施さねばならないかもしれない。

(カニマの様な先天欠損の場合、古代帝国であれば生まれてすぐに処置ができた筈。それであれば問題なく今の時点で目は見えていたはずだ)

 カニマの身体的特徴については、取り巻く環境にも多分に左右されるが、不幸か不幸ではないかは、本人の感じ方。

 彼女はマイノリティには違いないが、それに対して異常になされたマイノリティに対する周囲の差別や虐待が、彼女に対して不幸感を与えてしまっている。だが、それに抗い今まで生き続けていたからこそ、彼女は今の力を手に入れた。

 マイノリティがマイノリティであるという事実は変わらない。だが、それに対して本人がどう向き合うか。周囲が本人とどう向き合っていくか。それこそがカニマの人生にとって重要になってくるのだろう。

 カニマの今までの不幸と本人の努力を考えると、やりきれない。だが今は、彼女はウズンというよき理解者を手に入れた。

 テマは久しぶりに、酒をしこたま飲みたいと感じていた。

 彼の孫のジョーは、カニマにとってのウズンの様な人間を得られただろうか。得られていたなら、息子カネはジョーを処断しなかっただろうか。カネはジョーと共にジョウノ=ソウ国を更に繁栄させていただろうか。

 仮定の上に仮定が重なる。だが、過去は変えられない。テマにはどうすることもできない。

「……何が良くて何が悪いやら。私にはわからんことばかりだ。そして、後悔しきりだな。もっとも、全ての物を理想の状態にできない事を、全て後悔しているわけにもいかんのだが」

 テマは、レベセスから貰ったカフィという粉末をコップに入れ、焚火の傍で沸かしていた湯を注ぐ。少し焦げたような匂いが立ち上り、黒い液体から湯気が立ち上る。この飲料は不思議と気持ちを落ち着かせる効果があるようだ。

 酒の代わりに、テマはそれを啜った。

 翌日、陽の昇らぬ朝を迎えた一行は、昨日の惨劇の場を訪れ、殺されたカディアン族の遺体を埋めた。カトは彼らの持っていた首飾りを全員分回収する。それで故人の特定ができるのだという。

 カディアン族とは文化の違う彼らだったが、思い思いの弔いを済ませ、一行はカディアン族の村へと進路を取った。

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