神との対話その2
神賢者。
神勇者と共に先の大戦を戦い、『巨悪』を退けた存在。
とはいえ、神勇者ほどにその存在は明示されていなかった。
恐らく、神賢者の存在を知る者は皆無の筈だ。
古代帝国の遺跡から持ち帰ったとされる書物を読んだはずの、少年ファルガの口からも神賢者の名は出てこなかった。出てきたのは『白金の法衣の術者』だけだ。
恐らくこの『白金の法衣の術者』という存在が神賢者なのだろうとは推測できるが、それにしてもその書物にもちらりとしか存在が現れていない。
それらが同一の存在だと仮定して、神賢者の生い立ちに関する伝承もなければ、その能力の伝承もない。当然法衣に関しての言い伝えもなく、この件に関しては若干の行き詰まりを感じざるを得ない。
もし、あの夢が本当にザムマーグからの通信であったと仮定して、神勇者はガイガロス人と共に高次を、神賢者が人間と共に現次を攻めたとするならば、神賢者の存在はより人間に近い存在であるはずだ。
神賢者の身に着けていた白金の法衣が、神賢者の装備として存在するならば、当然手にしていた錫杖も存在するのだろう。
神勇というのは、人知では考えられない勇気の事を指す。つまり、人間では知りえない……知覚し得ない高次の存在と戦う勇者、ということなのだろう。
では、神賢とは何なのか。
神賢は六つの神通力に秀でる存在と言われるが、その神通力が、実はそれぞれ氣功術、マナ術、召喚術、鬼道術、道具術、話術の六つを指すのではないか、とレベセスは文献より推測する。なぜなら、先述の術は、いわゆる六神通と呼ばれる能力を網羅しているからだ。先人の言うところの六つの神通力と現在術式として伝わる六つの術式は、多少の分類の差異あれど、神の領域の能力として語るのに遜色ない代物だといっていい。
氣功術とは、生命エネルギーである『氣』を用い、身体能力を向上させる術だ。従って、術の系統数そのものは非常に少ない。但し、その応用の幅は広い。また、名を持たぬ術者固有の術も多数存在し、術者同士が術の情報交換を行なったりもされたようだ。
マナ術は、無属性エネルギーの存在エネルギー『真』を氣の力で集めた上で、強い精神力により属性を付与し、現象を起こす術。温度の調整から体積の膨張収束、果ては自然界のありとあらゆる現象を術者の意志により再現することができる、という便利な術だ。その理屈であれば、星の生成や銀河の崩壊も起こすことができることになる。ただし、そこまでのマナを扱える術者は、人間の歴史上は存在しないとされる。
鬼道術とは、いわゆる黒魔法と呼ばれるもので、人間の禁忌の術とも呼ばれる。攻撃対象を憎めば憎むほどに威力が増すと言われ、同じ炎術でも、マナ術の場合は燃焼のエネルギーをマナより作り出し、火球や火炎を飛ばして攻撃するのに対し、鬼道術は属性付与を攻撃対象そのものに行なって発火させるという、より直接的かつ悲惨な攻撃となる。その効果は絶大だが、より体力を用いて行う術の発動条件の中には、対象を狂おしいほどに憎むという項目があり、普通の人間ではそこまで対象を憎み切ることは不可能なため、実質的な使用者はいないとされた。また、術者の憎悪の感情を術の効果向上に向ける為、術者も精神的にただでは済まないといわれる。記録によると鬼道術を使った術者は、対象の無残な死を確認した後、自分も同様の術に飲み込まれ、やはり同様に無残な屍を晒したという。
召喚術は、文字通り何者かを呼び出して使役する術だとされているが、有史以前はともかくとして、古代帝国後の三百年で使用された記録はない。使い魔の様な存在を呼び出し使役するのか、それとも厄災クラスの伝説の魔獣を呼び出すのか不明だが、それを神は可能にするということなのだろうか。そして、神の力を使いこなすと言われる神賢者なら、それも可能ということなのだろうか。そもそも、何をどうやって呼び出すのか、といった基本的な事すら全く不明な術だ。ただ、古文書に伝承として記述が多少ある程度であり、その存在は古代帝国よりも遥かに古いと言われるが、同時に存在も疑わしいものだという見解もある。所謂神の使いと呼ばれた術者たちは、厄災クラスの魔獣を呼び出し、使役することで世界を支配したともいわれている。
道具術は、すでに人間に十分に行き渡っている。様々なマナ術の現象を道具に行わせる、という代物。マッチやランタンなどはそのよい例であり、どちらかというと人間は道具術に最も長けた存在であると言える。ガイガロス人がマナ術で実現する現象を人間は道具を使って実現する。道具を使うノウハウさえあれば、本人の能力如何に拘らず、道具に行わせるだけでその力は無限大。今でこそ失われた技術にもなっているが、大陸砲は最もわかりやすい物だろう。だからこそ、人間は正体不明のマナ術より、古代帝国の遺跡からの技術の出土を望むのだ。そして、武器や防具を使った戦闘術も広義では道具術に含まれる。
六つの神通力のうち、話術がそれに含まれるのは意外かもしれないが、実は話術というのは非常に重要であり、人間にも容易に使える技術だ。言霊術とも呼ばれるこの術は、言葉で人を助け、言葉で人を開放的にさせ、人を対立させることも可能だ。強い術者であればあるほど、その言葉の持つ力は強い。どれほど間違った内容でも、発言者の強い意志を言葉に込めて、それに疑いを持たねば、人は感化されていく。実は呪いなどもこの類であり、呪われていると感じさせることで対象をどんどん弱らせていく、という意味では人間でも容易に使える能力なのかもしれない。大昔から伝わる、一人の少年が厄災の怪物と心を通わせ、一人の少女が滅亡の魔神と共に旅をする物語は、同時に話術の体験談でもある。
六神通のうち、マナ術に精通したのがガイガロス。そして、話術と道具術を発展させたのが人間たちという解釈でよいだろう。しかし、ガイガロスは他の世界に旅立ち、道具術の最高峰と言われる古代帝国の技術も失われて久しい。今、人々に残されているのは話術だけだということだ。
レベセスがカタラットに入り、様々な資料を調べている間に、術についての様々な記述を見つけた。カタラットも、ジョウノ=ソウ国のようには国家を挙げて取り組んでいるわけではないものの、古代帝国の研究はかなり進んでいる。
そして今回出てきた神勇者と神賢者という存在。
これらの存在が、夢の中でとはいえ、少年ファルガの成長した姿と、少女レーテの成長した姿で彼の前に姿を現したのは、レベセスにとって衝撃だった。
神と思しき存在が、夢の中でレベセスにコンタクトを取って以降、何度か夢を通じてレベセスにアクセスをしようとした痕跡があった。特に、レベセスの入眠時に神と思しき存在のアプローチが顕著になる。だが、人間の入眠時は良くも悪くも脳が情報を整理することに対して鈍感になるため、神と思しき存在とのコネクションは初日ほどうまくいくことはなかった。
そして、神と思しき存在と夢の中でコンタクトを取って数日。
神は大分大胆になってきた。
寝床に入って、入眠した直後のレベセスに向かって呼びかける神。
うとうととしていたレベセスは、女性の声で叩き起こされる。
思わずベッドから跳ね起きるレベセス。だが、頭の中に響く声は、夢の中で聞いた声と同じだった。
「……随分積極的な神様だな。この前まではこちらが散々呼びかけたのに返答しなかった癖に……」
思わず一人文句を言うレベセス。
だが、それは当然相手の神を名乗る存在にも届いてしまう。
「それはすみませんでした。ですが、レベセス=アーグ、貴方の声はいつも届いていましたよ。ただ、私の力がそれに答えるだけの力を取り戻していなかった……。
貴方がた人間にとっては、睡眠時間は大切な回復の時間。その時間を削らぬように、と配慮をしたつもりでしたが」
神に謝られ、流石に恐縮するレベセス。
聖剣の勇者として様々な経験をしても、ドレーノ総督として国政に関与しても、流石に神と名乗る超越した存在に突然話しかけられて、平静でいることは難しかった。
深呼吸をしてから、まだ見ぬ神に向かって話しかけるレベセス。自室なので他の人間に聞かれる心配はないものの、もし何かのタイミングで誰もいない部屋で独り言を言っている男性がいたら、それは非常に不気味なものとして映ってしまうだろう。
「神ザムマーグよ。私は貴女と思念でお話をすることはできますか? それとも声としてお伝えすべきですか?」
レベセスは、ゆっくりとベッドから起き上がると、窓の傍に立ち、外の景色を見ようとする。少しでも気持ちを落ち着けられれば良いと思ったからだ。しかし、眼前にはシュト大瀑布が轟音と共に広がっているものの、その水流はもはや巨大な壁となり、彼の視界を奪う。窓からの景色の上部に、微かに星空が見えるくらいだ。
「思念同士で会話することは可能ですよ。ですが、今の貴方との情報共有は、言葉で行う方がよいでしょう。私は貴方にのみ聞こえる声で伝えます。それでよろしいかしら」
「わかりました。ただ、今は深夜です。眠っている者も多いはず。私は小さい声で言葉を発することにします」
「承知しました」
神ザムマーグは、思いのほか友好的な神のようだ。情報共有をしようとするレベセスの周囲の状況に合わせてくれるというのだから、彼にとってこれほど都合の良い事はない。
ザムマーグは、問いかけにいつでも応じられるのかどうか、とのレベセスの質問には、否と答えた。ただ、言葉は聞こえているので、何らかの方法で回答はするという。
レベセスの疑問は、無数に存在した。
前回の夢での神との遭遇は、レベセスにとっての謎をより多くしただけだった。
『聖槌』と『聖台』。
言い伝えにもないこの二つの存在をどのようにして入手するのか。
これがないと、聖剣に施された封印を解くことができないというなら、いずれガガロの持つ二振りの聖剣も揃えておき、ファルガとレーテの持つ聖剣二本と合わせて一気に封印を解くのが得策だと言える。
もう一つの大きな問題。
神賢者とは、どのようにコンタクトを取ればよいのか。
聖勇者に対する神勇者のように、『聖賢者』とでもいう名前の、神賢者の前身の様な人間が存在するのか。それとも、人間ではない何か別の存在として神賢者は存在するのか。はたまた、突然人がその神の英知を用いて、神勇者との共闘に及ぶのか。
「神よ。あなたが今どこにいてどういう状態なのかを尋ねる事は愚問でしょう。答えてもらえないとは思わないが、恐らく答えてもらっても我々の理解を越えているはず。
それは、フィアマーグとガガロの関係を見ていればわかります。
なので、私は単刀直入にお聞きする。
『聖槌』と『聖台』はどこにどのような形であるのか。
それと、神賢者とはどのような存在なのか。そして、その神賢者と共闘するにはどのような条件があるのか。
それを教えて頂きたい」
なんとなく、レベセスの問いを耳にしたザムマーグという神がふっと笑った気がした。
決して嘲るような笑みではなく、力を持つ後輩を愛でる先輩のような、優しい笑み。
「わかりました。お答えします。
まずは、『聖槌』と『聖台』は、私が所有しています。といっても、手元に置いているということではなく、支配下に置いているということです。今すぐ渡すことは可能ですが、今はまだ渡さない方がよいでしょう。
神賢者と神勇者は、時間が解決します。まずは、私がある程度力を回復させ、貴方のいる次元に行くことができればよいのですが」
「なるほど……。
では、あなたはどうすれば復活する?」
ザムマーグのもったいぶった表現にいささかの苛立ちを覚えながらも、平静を保ち言葉を紡ぐレベセス。
だが、神は知ってか知らぬか、飄々と答えたものだった。
「それも、時間が解決します。
ただ、少しでも早く回復し、フィアマーグよりは復活を急ぎたいものです」
レベセスは一瞬言葉に詰まる。
フィアマーグとザムマーグは共闘していたのではないのか。やはり伝説の通り、神と魔王は争っていたのか?
やはり、この神という存在は何かを煙に巻こうとしている。
「では、質問を変えます。現在我々人間ができることは?」
「遺跡に眠る皇帝を蘇らせてください」
驚愕するレベセスの問いかけに、ザムマーグが答えることはなかった。
年内最後の更新になります。
ただ、訂正はするかもしれません。




