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界遊記  作者: かえで
蘇る古代帝国文明

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122/253

遺跡道中でのいざこざ

 四隅にランタンが据え付けられた、三両編成の木製トロッコがぼんやりと明るく照らされた空洞内をゆっくりと下っていく。ランタンの明かりは水平に広がるが、その光がせり出した岩に当たり、空間の濃淡を美しく照らし出す。滴る水は石筍を作り出し、まるで人造物ではないかと錯覚させる。

 鉱山跡地の内部は、基本的には細い回廊が延々と続いているのだが、時折、城が建つのではないかと思われるほどの広大な空間を通り抜けることもある。かつて鉄鉱石を掘り出すために大量の人間が出入りしたほか、様々な機械も使ったからだろうか。掌サイズの蝙蝠や小さな昆虫、たまに這いずり回るネズミのような小動物以外の存在はないようだ。鉄鉱石の採掘場だと思われていたこの空間は、どうやら鍾乳洞に直結しており、それ故鉱山が廃止されたというのが本当の所だろう。その後もトロッコの線路を伸ばしたのは、鉄鉱石とは別の鉱石の採掘が可能だったからなのだろうが、それを知るのはテマのみで、それもカタラットの歴史をつづった古文書の記述にすぎず、真偽のほどは不明だ。

 最後尾のトロッコの金属製連結器部分にワイヤーが据え付けられており、入口部に設置してあったワイヤー巻取り用の機械から延びる一本のワイヤーで結ばれている。各車両にハンドル式のブレーキが設置してあるのは、滑落防止用だろうか。だが、余りメンテナンスされている様には見えない。緊急事態時にハンドルに取りついて必死にハンドルを回したとしても、ピクリとも動かないような気さえする。

 レールには洞窟内の分岐ごとにポイントが設けられており、ポイントの切り替えスイッチはトロッコに乗っている人間から手を伸ばしたくらいでは届かない。やはりこのトロッコは人間が乗る仕様ではないようだ。あくまで、掘り出した土砂の運搬用であり、人が乗るべき場所はブレーキハンドルのすぐそばに設置された足場のみであり、定員は一人だけの様だった。

 このトロッコも、遺跡から見つかった物を流用しており、実はカタラットの人間にもワイヤーを巻き取る動力はわかっていないとされる。だが、文献から操作方法は把握しており、つい先日まで鉄鉱石の採掘運搬用として使用していたらしかった。

 ファルガとレーテ、テマ老人は最後尾のトロッコに乗っていた。

 前二両は後発隊の戦士たちが乗っている。この戦士たちは、遺跡探索隊に参加するために集まったフリーの傭兵達だった。

 今回先発隊に入れなかった理由は、彼らが国家からの推薦状を持たなかったからであり、それにより古代帝国遺跡探索隊の入隊時講習を受けられず、入隊が拒否されていたからだ。

 だが、先発隊が壊滅したことにより、遺跡探索隊は人材不足に陥る。

 遺跡探索隊のスタッフとしては、要件的に不足していたにも拘らず、それでもチャンスがあればこの探索隊で一旗揚げてやろうやろうという人間も多く、隊に入れないことが分かっていても傭兵や自称学者がカタラットに集まってきているのはごく自然の事だろう。

 そして、緊急事態下でそんな彼らを臨時で急遽採用することにより、救出隊の体は保たれたわけだ。


 腰に溜めた剣に手をかけ、いつでも抜刀できる体制を作りながら、緊張した面持ちで周囲に視線を配るレーテ。

 そんな少女に、ファルガは声をかけた。

「そんなに緊張し通しだと疲れるよ。この周囲にはまだ何もいない。

 ≪索≫を使ってごらん。ほら、飛天龍に乗っているときに使った術だよ」

 そういうファルガにも少々の緊張は見られるが、それでもレーテのように、いつどこからどんな存在が襲ってくるのかわからない極限の緊張状態で怯えているよりは、ずっと気が楽なのだろう。レーテよりはずっと余裕があるように見える。

 訳の分からない怪物が人の生活圏から離れているとは言えない鉱山跡地に突然住み着くとは考えにくかった。そんなものが存在して、目撃情報がゼロの筈もないからだ。正体はわからずとも、何かしらの痕跡が見られる筈だからだ。

 どちらかといえば気になるのは、トロッコの前車両に乗っている傭兵達だ。

 今回の遺跡探索隊の募集で、ワーヘでは急激に人が増えた。勿論、人を募っているのだから増えなければならないのだが、通常の応募者だけの増加ではない。応募者に対してお土産や弁当などを売りつける商人も増えたし、明らかに遺跡探索隊入隊希望ではない、いわくありげな風体の者も増えた。

 遺跡探索隊の研修を受けていない人間は、身元が不明ということ。為政者の証明のない、素性のわからない人間である以上、警戒を解くわけにはいかない。文字通り、敵が隊の内部に入り込んでいるという考え方もできるからだ。

 全滅したとされる先発隊は、割と大所帯だったから、敵が隊に紛れ込んでいた可能性は十分にある。そして、遺体が殆ど上がっていない以上、敵はうまく逃げ延びている可能性も……。

 まだ見ぬ敵の目的が、出土した古代帝国の技術や道具の奪取であれば、出土した時点で奪うために牙を剥いて襲い掛かってくるはずだ。そこまでは大人しくしているだろう。だが、目的が違うならば、牙を剥くタイミングもまた全く別のものになるだろう。それが不気味といえば不気味だ。

 そして、ファルガたちに仮想敵にされてしまった件の傭兵達も、自分たち戦闘のプロ以外が少年と少女と老人、という救出隊の構成人員では、自分たちの扱いをいぶかしがるのも無理はない。

 レベセスやヒータックなど、壮年、青年の戦士に適性のありそうなタイプの人間はいたのだ。それを年端の行かぬ子供や老い先短い老人に救出隊を任せるなど、正気の沙汰とは思えない。

 元々は裏切る気はなかったにも拘らず、裏切りの種をこちら側が蒔いてしまっている可能性も十分にある。相互の信頼関係が構築できていない組織は、どちらかが離脱を決めるものだからだ。

 傭兵の中では最も最年少と思われる、十代半ばから二十代前半の男が、ろくに興味もなさそうに背後を振り返ると、ファルガ、レーテ、テマと順に視線を移し、鼻で笑った。

「『国家連携』などと大層な招集をかけていたが、運営側が出せた遺跡探索隊の救援隊が、ガキと小娘、それと爺だとは。この分じゃ探索隊の規模もたかが知れているな」

 わざわざ最後尾の車両のファルガたちに聞こえるように言ったつもりはなかったが、失礼なので聞こえないように言う、という配慮をしたようにも見えない、只の呟きは、聖剣の勇者たちに苛立ちを与えた。

 それでも、ファルガは相手にしない。

 幾つもの修羅場を潜ってきたファルガの経験がそうさせる。構うことによっていらぬトラブルを招くことも多々あるのだ。

 だが、レーテはそうはいかない。

 聖剣の勇者になり、第三段階まで到達した自信はあるが、如何せん場数が足りない。少女が体験した真の戦闘は、ワーヘ城の屋上で経験した黒い稲妻の戦士たちとの激しい戦闘だけだ。

 勿論、その戦闘だけでも普通の戦闘よりはずっとハードなものではあるのだが、この戦闘を潜り抜けてきたレーテにとって、その嘲りは我慢しがたいものだった。

「何よ! 貴方たちだって国家から紹介状を書いてもらえなかったんでしょう。だから探索隊の講習が受けられなかったんじゃない!」

 レーテの文句に反応する若い傭兵。内容はともあれ、たかが小娘に反論されたのが気に入らなかった。

「なんだ小娘、やる気か? なら、トロッコから降りろよ。ぶった切ってやる。いや、その前に女としての悦びを教えてやるぜ」

 若い傭兵の侮蔑の表現は、レーテには些か早かったようで、その内容をきちんとは理解していなかったが、それでも馬鹿にされたのはわかったのか、更にヒートアップしようとする。だが、それを制したのはテマ老人だった。

「戦士よ。若さゆえの滾りは致し方あるまい。だが、その滾りに任せての言葉はいかんぞ」

 テマの窘めを聞き、更にヒートアップしようとする若い傭兵。腰の剣に手をかけた。

「爺、俺に意見するんじゃねぇ」

 一触即発の空気。

 だが、それを止めたのは、傭兵のリーダーだった。

「やめろ、バスタ。仮にもその少女たちは雇い主だ」

 その言葉を聞き、一瞬戦闘の傭兵のリーダーの方をちらりと見る若い傭兵。その後、一度は蔑んだ少女と老人を見た。

 一瞬の間があり、溜息をつくと吐き捨てるように言った。

「……足だけは引っ張らないでくださいよ……」

 レーテとテマを雇い主と認定しての言葉だった。それでも、見下した態度は消えない。

 レーテは何か言い返そうとしたが、ファルガに制された。

「いいじゃないか。レーテの実力が分からない人間は放っておけばさ」

 だが、少年ファルガのこの言葉は、傭兵バスタの感情を著しく害したようだ。

「なんだ小僧、一丁前の口を利くじゃねえか。お前は依頼主でも何でもない。今この場で叩き切ってやろうか。お前ひとり殺したところで、何とでも言い訳が立つぜ?」

 バスタは迸る怒りを隠さずに、剣に手をかけながら、ファルガに威圧をかけ始めた。

 そこでもファルガは相手にしなかったのだが、それがむしろバスタの感情を逆撫でした様だ。前方トロッコから三両目のトロッコに足をかけ、抜刀するとその剣の切っ先をファルガの鼻っ面に突き付けた。

 一触即発。

 だが、バスタの斬撃を目の当たりにして、一分の動揺も見せぬファルガの表情は、傭兵バスタの逆鱗に触れたようだ。もはや傭兵のリーダーの制止も効かない。

「脳漿ぶちまけて死ねっ!」

 ファルガの鼻先にあった、少し弓なりに反ったファルシオン。それが大きく振りかぶられた。そして、その斬撃は横薙ぎに少年に向けて叩きつけられた。

 驚くべきは少年の動き。

 大きく回避するわけではなく、少し首を後ろにずらしただけでその剣の斬撃を見事によけたのだ。

「小僧……!」

 薙ぎを交わされたバスタは、後部のトロッコに向け踏み込むように体を流すと、先ほどのような小さな動きでは躱しきれない程に深く踏み込み剣を振るおうとする。だが、その斬撃は、少年から前に伸ばされた右掌によって、振るわれることはなかった。

「今はまだ味方同士です。今この場でわざわざ敵になる事もないでしょう。勝負なら、この遺跡から出たら受けますよ。無事にここから出られたなら……」

「なんだ小僧、威勢のいい口を利く割には勝負を避けるのかよ。情けないな」

 ファルガを馬鹿にされ思わず何かを言おうとするレーテ。だが、それを制したのはファルガでもテマでもなく、傭兵のリーダーだった。

「いい加減にしろ、バスタ。これから現場に入る。目の前の敵に集中するんだ」

 若い傭兵はもう一度侮蔑の視線をファルガに投げかけると、剣を収め、前に振り返った。

 先ほどまでの不穏な空気は若干残りつつも、それを無視するかの如く、トロッコは進み続ける。

 幾つもの分岐を吸い込まれるように進行していたが、トロッコは行き止まりに差し掛かり、停止する。誰もトロッコのブレーキは操作していない。恐らく上の機械でコントロールしているのだろう。

 各々がトロッコに括り付けられているランタンを手に、行き止まりの周辺を探索し始めた。

 ≪索≫を使い続けていたファルガだが、一度≪索≫を停止し、もう一度別種類の≪索≫を展開する。

 今までの術は、物体の上を這わせてそこに存在する物を探索するものだったが、今度は、術者の丹田を中心に球状に≪索≫を広げていく。単純に球状になるので、物質を透過して球状を維持しようとする『氣』の膜が物の内部に触れ、内容物や包含物などを確認するのに向いている。

 ファルガは、遺跡探索隊の研修初日に聞いた、『色の違う壁をピッケルで削ろうとしたところ、岩盤が崩れ落ち、遺跡へと続く道を見つけた』という内容を思い出していた。

 他の者たちも、しきりに壁に顔を近づけて確認したり、ランタンで暗がりを照らしていたりしていたが、余り効果が挙げられている様には見えなかった。

 そんな中、レーテとテマはファルガについて回るように見ている。

 ともすると、傭兵達からの不慮の攻撃を警戒しているように見えないこともない。

 実際は、ファルガの行う≪索≫の方法を見て覚える為に、レーテもテマもファルガについて回っているにすぎないのだが。ファルガは苦笑する。レーテだって、飛天龍上でレベセスから習っただろうに、と。

 やがて、ファルガは研修で話題に上った色の違う部分を発見する。≪索≫が岩壁の向こう側の空洞を検知したのだ。

 研修で聞いたイメージとはだいぶ違う、色の違うという岩壁部。もっと明らかに違うのかと思ったが、ランタンの明かりのせいか、ほんのちょっと赤みがかかっているだけのようにも見える。だが、肉眼で発見しづらかったのは、そのせいだけではあるまい。対面する岩壁の変色部が思ったより他の部位と差がなかったというよりは、変色部があまりに大規模だったため、他の部位との比較がしづらかったというのもある。

 集まってきた傭兵達は、手触りでこの壁が打ち破れるかを調べ始めた。

 暫く探していると、傭兵達の背丈よりかなり上の方に、穴があるのを発見する。大きさから人が一人通れるかどうかの穴だ。しかも、体をねじ込むようにしていかないと難しそうだ。

 テマがトロッコに積んであった梯子を持ってきた。その梯子をかけた瞬間、傭兵の一人が駆け足で梯子を上っていく。

 レーテはそんな傭兵達の振る舞いに常時文句を言っていたが、ファルガもテマもいちいち取り合っていられなかった。注意したところで変わらないし、彼らは彼らの仕事でここにきている。遺跡探索隊の面々とはまた目的が違うのだろう。

 恐らく、この傭兵達は純粋に国家の命令で遺跡探索隊に加入しようとしたわけではなく、どこかの国家の貴族に金で雇われ、遺跡からの出土品を、国家を通さずに直接持ち帰るような契約を結んでいたのかもしれない。周囲の探索の仕方からそう推測する。

 そう考えると、元々必要条件として出していた国家元首の紹介状という条件を満たしていないのにも拘らず、数多くの傭兵がこの地区をうろついている事にも合点がいく。元々紹介状がなければ、遺跡探索隊の候補としてはまったく相手にされない筈なのだから。それでもこの地域にいるということはそもそもが、遺跡探索隊とは別目的の侵入経路を探していたか、或いは遺跡探索隊の発見した様々な出土品を横領するつもりだったのか。

 いずれにせよ、まともな目的でこの地にいるとは思えない。そこまで心を許してはいけないという相手だということか。もっとも、彼らからすれば依頼主からの依頼を遂行しているだけなので、『まともな』という表現は誤解があるかもしれない。

 梯子をひょいひょいと登っていく傭兵。彼はリーダーやバスタと呼ばれた若い傭兵に比べてずっと小ぶりであるところを見ると、この傭兵集団の中では、斥候としての役割を担うことが多いのかもしれない。

 だが、梯子を伝って登っていった彼が、ランタンで穴の内部を確認した後、体をねじ込んだ瞬間、向こう側の何物かが彼を引っ張り込んだかのように、彼はそのまま穴に吸い込まれた。

「な、何が起きた? ニュウメが穴に吸い込まれたぞ!」

 バスタと呼ばれる若い傭兵は動揺を隠せない。

 先ほどニュウメと呼ばれた小振りの傭兵が登っていった梯子を、追いかけるように登っていくバスタ。体躯の違いから、小振りの傭兵ほどの速さはないが、それでも彼の移動速度は通常の成人男性に比べると異様に早い。

「穴の傍に到達したら気をつけろ!」

 リーダーが叫んだ次の瞬間、バスタが穴に到達するが、その瞬間に飛び出してきたのは、巨大な嘴だった。

 皆息を飲む。バスタがいくら歴戦の戦士であろうと、梯子の上で動きの封じられた状態で戦闘に突入できるとは思えなかった。

 バスタが見たのは、巨大な鳥のような爬虫類の顔だった。一つ一つは小さいがびっしりと歯の生え揃った嘴が大きく開かれ、今まさにバスタの上半身を啄んで、穴の中に引きずり込もうとした瞬間、嘴が二本空中に踊った。その巨大な鳥のような爬虫類は、悲鳴を上げ穴に顔を引っ込めた。

 嘴を斬り飛ばしたのは、先ほどまで傭兵バスタが嘲りの対象としていた、少年剣士ファルガ=ノンだった。

 傭兵バスタは驚愕する。

(このガキ、高さ七、八メートルはあるこの位置に、跳躍だけで到達したというのか。しかも、あの嘴が出てきてからのほんの一瞬の間に……)

 巨大な鳥類の嘴の急襲から、少年の圧倒的な跳躍まで、矢継ぎ早に驚天動地の光景を見せつけられたバスタは、完全に沈黙していた。

 戦闘訓練を積んだ戦士ならば、数メートルのジャンプは可能だ。だが、それはあくまで横に、であり、垂直に跳躍できるのは身軽な傭兵ニュウメであっても数メートルがいいところだ。

 それなのに、自分がバカにしていたその少年は、一瞬で倍以上の跳躍をし、自分の命を救ったというのか。しかも、必死になっての跳躍ではない。まだまだ余裕を残しているように感じられた。

「一度おりて来い! そこでそいつらと戦闘を長引かせても、事態は好転しない!」

 梯子の下で傭兵のリーダーが叫ぶ。

「し……、しかし!」

 リーダーが言うのも尤もな話だ。

 ここであの巨大な鳥型爬虫類と交戦しても、埒が明かない。もし仮にその鳥型爬虫類を倒せたとしても、敵がその一匹だけである保証は何もないのだ。そして、鳥型爬虫類に啄まれたニュウメは、恐らく二度と戻らない。この戦闘はすべきではない。皆そう判断した。

 だが、それでも。

 バスタはニュウメを思い、絶叫した。そして、梯子を滑り降りる。

 苦渋の撤退だった。

 そんな中、ファルガは既に地面に降り立ち、ランタンを手にすると次の行動をとり始めていた。

 あの穴は、位置的に高すぎる。そして、小さすぎる。その条件が、人対鳥類型爬虫類の戦闘をより難しくしている。

 あの空洞の向こう側には何かがいる。あの小振りな傭兵以外に、古代帝国遺跡探索隊の先発隊を全滅させた何かが。

 慎重に事を進めなければならない。

 もし、岩壁上部の穴以外に、向こう側の空洞に通じる穴がない場合は、この岩壁を破るしかない。だが、穴が大きすぎると、先ほどの巨大な鳥型爬虫類がこちら側に出てきてしまう恐れがある。そいつらが地上に出てしまっては、厄介なことになる。

 良くも悪くも、この岩壁が世界を隔てていることによって、世界が安定している。

 穴を穿つなら、人が通れる程度の広さに。

 だが、先発隊が全滅したのは事実だ。まさか、脚立がなければ背の届かないあの穴に先発隊が順々に頭を突っ込み、その都度啄まれて全滅した、などということはないだろう。

 やはり、他に穴があると考えるべきだ。この空間ではない別の場所で、進攻しようとして全滅した。

 先程傭兵が喰われそうになった穴とは違う、しかし似たような条件の穴が。あの鳥型爬虫類が通り抜けられない程度の、しかし、先発隊が全滅する程度には人間を脅かす事の可能な穴が。鳥型爬虫類が通り抜けられる穴のサイズならば、既にあの鳥型爬虫類がこの空間に何頭が出現しているはずだからだ。

 ファルガは、存在が予見されるその穴の説明をする。

「先発隊を全滅させた何かが出てきた穴を見つけるのは、岩壁の上の穴よりは難しいはずなんです。でなければ、先発隊が全滅する前に何か抵抗しようとした痕跡が残される筈。抵抗した痕跡が。それがない以上、先発隊の人間は、何が起こったかわからない状態で全滅している筈なんです」

 ファルガの報告を聞き、考え込む仕草をするテマ。

「……先発隊の遺体が一つもないのも気になる。

 先程の様に、穴に吸い込まれて捕食されるという状態が続いているなら、遺体が見当たらない理由も説明がつく。だが、先発隊がそれのみで全滅したとは思えない。つまり、この空洞内の別のわかりにくい場所に似たような穴があり、そこを侵入経路にして、遺跡に入るしかないということか」

 いくつか分岐があったが、トロッコの動きを見る限りでは、先発隊と同じルートで下ってきているのは見て取れる。ならば、先発隊が全滅するためには中空の穴とは違う場所で発生した、鳥型爬虫類による捕食事故が起きていなければならない。

 ファルガは、レーテと共に≪索≫を使い、岩壁に手をかけたまま氣を這わせた。岩壁の表面を『氣』で覆い、表面の確認を急いだ。

 だが、穴らしきものはなかった。

 途方に暮れる救援隊。

 だが、裏を返せばこの地に前線基地を設営しても、敵に襲われる心配はないという事だ。流石に見張りなし、という訳にはいかないが、それでもここで体を休めることにデメリットは見いだせなかった。

 時間がかかってしまった。恐らく、今から一度鉱山跡から地上に出ても、日は落ちてしまっていて、遺跡入り口からワーヘまで戻るのは単なる消耗にしかならない。ならば、ここで一夜明かし、体力の温存を図る方がよいだろう。幸い、トロッコ内に食糧や水等は積載してある。

 テマはトロッコに設置された伝声管を使い、遺跡入り口の外に待機している筈のレベセスとヒータックに、救援隊は一晩この場所で宿営する旨を告げる。一人の被害者が出たことも併せて……。

 傭兵たちは複雑な心境を胸に、遺跡探索隊の準備したものとは別の寝袋をその場に設置し始めた。

 できるだけ、ここで休養を取っておきたい。この先は、恐らくあの嘴の主のような巨大な鳥型爬虫類を始めとする、今まで見た事のないような怪物が存在するに違いない。

 この先、休息のとれる安全な場所などないかもしれない。そう考えると、ニュウメが命を落とした忌むべき空間であろうとも、安全が保証されている以上、この場所で休息をとるしかなかった。

 そして、進攻するにはこの岩壁を一部破るしかないが、破ることによりこの空洞の安全性が著しく低下する可能性がある。そういう意味では、誰しもがこの岩壁を打ち崩したくなかった。


 見張りは順番に立てることになった。

 今後、どうしていくのか。

 テマは一時撤収の案を挙げた。

 一度トロッコを引き上げてもらい、状況を報告した後、更に岩壁から遺跡の奥に入る為の道具や食材、その他さまざまな道具をトロッコに積んで運搬、改めてこの地に遺跡攻略の前線基地を設定する案だ。

 だが傭兵達は、古代帝国遺跡探索隊との契約をここで破棄してでも、ここでレーテたちを始めとする契約者と分かれてでも遺跡を進む事のみを考えていたようだった。いつどこで敵味方が入れ替わるかも知れぬこの状態で、のんびりと前線基地などを作って、万一にでも攻められてしまえば、それこそ本当にこのパーティは孤立する。

 それよりは、本来の依頼主のいう目的を遂行するために、少しでも前に進む事を考えるべきだ。

 傭兵達の考えはそれだった。

 方向性の違う二つの集団。

 テマは、傭兵達が自分たちの申し出を受け付けないと察し、代替案を出す。

 先に進むべきだということはわかった。だが、この空間の壁を壊し、更に進行することは非常に危険だ。この空間は安全地帯として取っておきたい。トロッコの線路の分岐にまで戻り、恐らく存在するだろうもう一つの通路を目指して進んでいくべきだ。

 と。

 傭兵達は全く興味を示さないか、むしろ怒りだすだろう、とテマは踏んでいた。だが、結果は予想外だった。

 傭兵のリーダーがテマの主張を飲んだのだ。

 当然、バスタを始めとする何人かの傭兵は、リーダーの決定に不満だった。

 反論する傭兵達に、リーダーは言った。

「我々の目標は更に奥に進行することだ。だが、現在の我々の契約者は、彼らだ。我々が目的を達するという大前提が崩れないならば、我々は彼らの要望は聞くべきだ」

 リーダーがそう告げると、傭兵達は諦めたかのように、一人一つ準備していた寝袋を敷き、うつらうつら始めた。

 ファルガたちは別に準備してあるテントに入り込み、就寝する。




「小僧、順番だ」

 どれくらい寝ただろうか。あまり寝た感覚もないが、不思議と眠くもない。突然体にスイッチを入れられたようだ。

 ファルガは、傍の二人を起こさぬように起きだすと、そのままテントを出た。

 立っていたのは、傭兵のリーダーだった。

「不寝番の交代だ」

「はい」

 ファルガは、焚火ではなく少し大きめのランタンに油を注ぐと、テントとランタンの間に腰かけた。

 リーダーは壁の方を向き、座り込んだ。ちょうど、ファルガと明かりとなるランタンに背を向ける形になる。

 暫くは沈黙が続いた。

 やがて、リーダーは振り返ることなくファルガに尋ねた。

「小僧、出身はどこだ」

 突然の質問に少し驚きを隠せなかったファルガだが、特に内緒にする意味もないので、自分の出身はラン=サイディールであると告げた。ラマ村という具体的な地名を出しても、恐らく知らないだろうと思ったからだ。それだけラマはラン=サイディール国の領土の中でも隔絶された場所に存在していた。

 フードを被ったリーダーからは表情は伺い知れないが、ラン=サイディールの名を聞き、反応があった。

「ラン=サイディールか。お前は、ソヴァという男を知っているか?」

 今度はファルガが驚く番だった。

 知っているも何も、ソヴァはファルガの剣の師匠だ。聖剣を使った技術ではなく、純粋に剣を『取り扱いを間違えると怪我をしてしまう危険な刃物』から『敵と戦い、敵を倒すことで護るべき物や人の為に使う武器』としてファルガに向き合うことを求めた人物。

「バスタの件は感謝している。名前を聞いておこう」

「ファルガ……、ファルガ=ノンです」

「俺はウズン=ロトト。ソヴァとは同じ剣の師を仰いだ仲だ」

「兄弟弟子……」

「そうともいう。だが、奴との考え方の差異は、そのまま生き方の差異となった。

 俺は戦場を渡り歩き、奴は一国の王に仕える道を選んだ」

 ファルガは、話を黙って聞くが、内心はなぜ自分にこんな話をするのだろうか、という思いが心を満たしていた。

 だが、ウズンと名乗ったこの傭兵は、ファルガから何かを聞きだそうというよりは、ファルガの剣の中に懐かしさを見出したようだった。フードの中の表情は窺えないが、どことなくファルガに対する何かが和らいだ気がした。

「お前の太刀筋は、ソヴァの物によく似ていた。愚直なほどに速さを求め、強さを求めた。相手を翻弄し煙に巻く斬撃を好まず、一撃でどんな防御も斬り裂く、剛の剣。

 袂を分かったが、奴の事だ、その剣を実現したのだろうと思っている。風の噂で、ラン=サイディール国の近衛副隊長になったと聞いた。奴は息災か?」

 ファルガは答えられなかった。

 デイエンの崩壊を目の当たりにし、あの場面で生き延びた者がいる、とはとても思えなかった。剣術の師の一人であるソヴァ=メナクォもその親友であったマーシアン=プレミエールも。崩れ落ちる鐘楼堂を、彼は見た気がした。

『ラン=サイディール禍』。

 あの惨劇で、実際ソヴァはガガロに殺されている。だが、それを知るのは誰もいない。恐らく、ガガロ自身もソヴァを認識してはいなかっただろう。彼は、ガガロの剣により、一兵士として命を落としたのだ。

 勿論、それをファルガは知る由もないが。

 翌朝、傭兵達もトロッコに乗り込む。

 一度地上に戻り、様々な物品をこの空洞に運び込んだ上で、この地を中継点の意味合いを持つ基地として運用しよう、というテマの提案した攻略計画を実施に移すために。

 傭兵のリーダーウズンからその話が出た時、血の気の多いバスタは、最初どうしても納得をしなかった。どうしてもニュウメの仇を取りたかったからだ。

 だが、ニュウメを屠った鳥型爬虫類が特定できる可能性は限りなく低く、梯子をかけて上った先の穴からその先の空洞に突入することはまず不可能に近い。

 地上への爬虫類進出を防ぎつつ、遺跡内に侵入するには、この空間に砦を築くしかない。外と中を隔てる扉を二枚準備した、鳥型爬虫類を外に出さぬ為の砦を。

 だが、その計画は失敗に終わる。

 彼らはトロッコを使って地上に戻ることができなかった。

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