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界遊記  作者: かえで
蘇る古代帝国文明

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ラマ村への帰還2

 ファルガ帰還の一報と、ナイルとレナの婚姻の一報はラマ村を一気に駆け巡る。

 驚きなのは、村の人々はナイルとレナがレナの実家で半同棲生活を始めている事に感づいていなかったことだ。

 村外の情報については過剰なほどに収集しようとする村人たち。しかし、一度身内だと認めた相手については過剰に詮索せず、謎であることを是とする傾向が強いのは閉鎖的な村にはよくあることだ。特に、禁忌と呼ばれる事については口にする事すら憚られるという。隣の家の物音も、色々と邪推はするが真相はあえて確かめない事も、村文化の特徴といえるかもしれない。それでいて、何故か皆何となく知っているが、真実とは若干異なるという事も往々にして起きうるのだが。

 その村の性質が色濃く出たのだろうか。ナイルがレナの実家に出入りをしている事を知っている村人は数多くいたが、それが何を意味しているのか、という事については余り深く調べようとしなかったようだ。

 今回、レナの懐妊から、ナイルとレナの婚姻の話にまで一気に話が進んだ。

 レナの両親は、デイエンの豪商の家に嫁がせるつもりだったのだが、今回のレナの悲劇により、婚約そのものが白紙に戻るのだという。一度は商いを締めたが、どこかで再起を図ろうとしていたレナの父は、かの豪商の長男との婚約が失われ、資金援助の話も消失したことにより、どん底に叩き落された。

 当時、失意のレナの父と、『カニバル』により心が壊されたレナとで家庭内は暗く沈み、レナの母は本当に憔悴していたようだ。日を追うごとにレナの心はこちらの世界に戻ってきてはいたが、決定的な何かが足りないようだった。

 そんな中、レナの実家に一筋の光芒が射し込む。

 それが、レナの懐妊の話であった。何もなければ余り芳しくない婚前妊娠でさえも、今の状況では吉報となって村の中を駆け巡った。

 レナの懐妊に、彼女の両親は損得なく喜んだという。金の事には煩いレナの父も喜んでいたのは、愛娘の結婚という純粋な理由もあるだろうが、金の工面の事もあったかもしれない。

 一度は商いを締めたものの、未だ再起を諦められず、復活の機会を狙っていたレナの父からすれば、村長の孫との婚姻は、ラマ村に深く食い込むチャンスであったのは間違いないだろう。

 レナの母はといえば、真に純粋に喜び、祝言を上げさせたいと申し出た。

 きっかけは、飛び出していった少年ファルガの帰還。

 その宴と合わせて、村の人々にお披露目をしたい。一度は諦めかけたレナの婚姻や幸せな人生をもう一度目指すことが出来る。

 レナの母はそう考えていた。

 半年前広場で対峙した人間達は皆、『カニバル』の異常性に気付いていた。それを追跡していったファルガを止める事はできず、半年も音沙汰がなければ、返り討ちにあったと思っても不思議ではない。誰も口には出さないが、そのまま帰らぬ人になった可能性を考えていたのは一人や二人ではないだろう。だからこそ、村の入り口にいたファルガを発見した村人が、ファルガの帰還を村中の人間に呼びかけたのだ。

 レナの心身の状態が、そのままラマ村の沈んだ現状を示していた。だからこそ、人々は村に湧き立つ闇を払う為に、人々はもう一度立ち上がる為に、ファルガの帰還とレナとナイルの婚姻を喜んだ。

 昼過ぎから女性陣は料理に取り掛かり、男性陣は晩秋でありながら、『スポット』で繁茂する果実の木から幾つもの果実を収穫する。また、いつもならば収穫祭の時に絞め、残った物を燻して燻製を作るが、その年越し用の食料である燻製の鶏も少し時季外れだが何羽か振る舞われた。

 陽が沈むころには、料理も全て準備され、広場に並べられたいくつかの大テーブルに配膳された。男たちは既に各自で一杯始めていて、そこで女性陣からクレームが入るが、すでに出来上がっている者も出始めており、そこが後ほど離婚騒ぎに発展したのは、ほんの些細な事だったかもしれない。

 めでたい事は続けるべきだと、ナイルの父アマゾと祖父コウガは、ナイルとレナの祝言を進めようとした。だが、対するレナの父親は少し及び腰だった。ナイルとの婚姻は良縁であることはわかる。しかし、レナの許嫁はその時点ではまだ確かに存在していた。今回の件で破談になるのは間違いないとはいえ、破談になる前にナイルとの婚姻の儀を進める事には些か難色を示したのだ。

 だが、当人同士の気持ちが一番では、というレナの母の言葉で、事後承諾になる事にはなってしまうが、婚約破棄を正式に先方に伝える事で、レナの父はレナとナイルの祝言を心から喜んだのだった。


 村は完全に日が暮れた。中央の広場で燃え盛るトーチの周りで、子供たちは踊り、大人たちはそれを見て笑う。全てのテーブルから笑い声が絶えず、半年前の『カニバル』のもたらした様々な傷が、やっと少しずつ癒え始めたと皆感じていた。

 レナが心を壊され、ファルガがいなくなったラマ村は文字通り生きる屍の村と化した。

 笑い声は失われ、人々が集い飲み明かす祭りも参加者は殆どいなかった。

 それから、レナがナイルの看病の甲斐もあって徐々に瞳に光を取り戻した後も、戻らぬファルガに皆心を痛めていた。

 それが顕著であったのはナイルとズエブだった。あの状況ならば、二人とも『カニバル』に襲い掛かろうとしたファルガを止めることができただけに、彼らが一番後悔しているはずだった。

 だからこそ、宴の主賓的な扱いになっているファルガの両脇には、ズエブとナイルが陣取り、しきりに『カニバル=ジョー』を追って飛び出していった後の話を聞きたがった。

 ズエブは兎も角、発動した聖剣を見たのは、ナイルは生まれて初めてだった。その発動させた時の様子も、興味津々だった。

 かつては、ファルガとナイルは同じ師の元、体技を習っていたこともある。だが、年齢的にも、経歴的にも一日の長があるナイルには、ファルガは到底及ばなかった。それは、あの日ファルガが聖剣を手にするまでも同様だった。

 そのファルガが、聖剣を発動させ、ナイルも身動き一つできなかった『カニバル』を相手に圧倒した。その光景は、半年経過した今でもナイルの脳裏に鮮やかに残っていた。

 ナイルとズエブの質問に対して答える形で、ファルガの冒険譚が徐々に進行し、ラマを出た後の内容が語られ始めてくると、別の話題で盛り上がる女性陣や、すでに出来上がって広場に大の字になって眠りこけている一部の男性陣を除いて、ファルガの周りには人だかりができた。

 ファルガは語る。

 『カニバル』を討ちとらんとするまさにその直前、崖から転落し、崖下の民家に直撃した後、黒い戦士の一団と一戦交え、ラン=サイディール国首都デイエンに入った事。ラン=サイディール国の施策転換の混迷に超商工団体SMGの強襲、そこに加えて宰相ベニーバや実子リャニップの本性が露呈し、結果デイエンと薔薇城が壊滅的な打撃を受けてしまった事。

 ラマ村の村人の何人かは、崖から燃え盛るデイエンを見た者もいたようだが、余りにも遠すぎて、都市が赤く輝いているようにしか見えなかったと呟いた。

 流石に、自身が指名手配を受けているかもしれないとは言えなかった。言えば村人たちに不安を与えるだろうし、すぐに出て行かなければならないのも正直辛かった。

 その後のファルガの話は、村人にはもう夢物語かお伽噺か、という感じだった。だが、今のファルガの格好と険しい表情、何人も寄せ付けない感覚は、以前のファルガにはないものであり、ファルガの言葉を一笑に付し、夢物語だと片付ける事は出来なかった。そして、内容こそ血沸き肉躍る物であり、誰もがその話に夢中になった。

 周囲を炎に包まれた鐘楼堂にてガガロとの戦闘が終わり、やむを得ずそのままSMGの飛天龍に搭乗、ルイテウを経由し、ラン=サイディール国の属国であるドレーノ国での激闘と裁判。近衛隊長でありドレーノ国総督であったレベセス=アーグ救出後、カタラット国では古代帝国の遺跡調査と二本目の聖剣獲得の為の行動中、地下水脈に落ち、ジョウノ=ソウ国に流れ着いたところで『カニバル』の本体であるジョー=カケネエの処刑を知った。

 ラマ村を出てからの半年の間に経験した内容もそうだが、その移動距離にも村人は愕然とした。

 他にもいろいろな話を聞き出そうとした者もいたが、トーチの火も徐々に弱まり始め、流石に話し疲れたファルガに村人の殆どは同情的で、続きは後日聞かせて欲しい、と口々に告げると、三々五々帰路に就く。

 ファルガは、果実のジュースを一気に飲み干すと、村人たちに礼を言い、ゆっくりと立ち上がり帰路に就いた。

 そこでファルガにとって思いのほか嫌な現実が突き付けられる。半年間誰も住んでいなかった家に戻り、寝る前に家の掃除をしなければいけないのかと、ファルガはぞっとしたのだ。

 だが、育ての母ミラノが、ファルガがいつ戻ってきてもすぐに生活に戻れるように、と、わりに頻繁にファルガの家の中の清掃を行なっていた事を知り、ファルガは礼を言った。

 その後、押し黙る様に難しい表情を浮かべたファルガに、ミラノは小さく鋭く、そして短く言った。

「まだ、旅は終わってないのでしょう?」

 ミラノの鋭い指摘に、ファルガは目を白黒させた。ややあって、首肯する。

「そうよね。今の話では、まだやるべきことは残っている筈。

 貴方は、あの人の息子。ラマに留まる人じゃない。多分、貴方も実の父親と同じように世界を相手に行動するのね」

 ミラノは一度言葉を切った。そして、ファルガをもう一度呼び止めると、両手で少年の顔を挟む。

「行きたいのでしょう? 行かなければならないのでしょう? なら、精一杯やって来なさい。後悔しないように」

 ファルガは一度小さく頷き、その後もう一度大きく頷いた。

「でも、忘れないで。貴方の故郷はここだし、貴方はいつでも戻ってきていいのよ」

「はい。全てが終わったら、必ず戻って来ます」

 神妙な表情を浮かべるファルガの頭を鷲掴みにするズエブ。背に眠りこけたズーブを背負っているため、そこまで力強い物ではなかったが、ズエブのその行動がファルガには懐かしく思えて仕方なかった。

「いつ発つ?」

「仲間が……、まだカタラットで戦っているかもしれません。一刻も早く、カタラットに戻ります」

 ズエブはニヤリとする。

「戻り先はそこで正解だ。だが、お前の危惧する戦闘は、もう終了した。

 大陸砲は破損したが、あの男はとんでもない計画を立てているようだ。その計画には、嫌でもお前は巻き込まれるぞ。

 取りあえず、疲れだけは取っていけ。急いで戻っても、疲れが残っていてはあの男の足手纏いになるだけだ」

「……わかりました。今日は休んで、明日家の中の持って行けるものを確認して、明後日の早朝には発ちます」

「そうだな。俺もお前に渡したい物が幾つかある。明日の朝、うちに来い。久しぶりに相槌を打ってほしいしな」

 ファルガはニコリと微笑み、自分の家に戻った。

 ファルガの家は、ファルガが住んでいた時以上に清潔に保たれていた。ベッドの上の蒲団もまるで今日干したかのような柔らかさで、ファルガはミラノに感謝しながら、眠りについた。

ちょっと加筆するかもしれません。

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