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界遊記  作者: かえで
もう一つの始まり

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丘の上の小さな家への来訪者1

新章突入です。新キャラクターレーテを描いていきます。

 ラン=サイディール国の首都デイエン。その遥か西に鎮座する丘から見た首都は、様々な彩りを持つ高級な菓子の容器に見えた。

 円柱状の容器の中心にあるのは、美しく細工の施された、最も美味な菓子。だが、その高貴さ故に誰も手が出ない。

 その菓子の周りに、各種様々な彩の菓子を分けるための仕切りが規則的に配置される。その仕切りは二種類あり、中心の菓子を中心とした同心円状に、何重にも準備されている。もう一つは、中心の菓子から放射状に伸びる仕切り。仕切りと仕切りの間に施された、細い線で描かれた模様も、はっきりと見ることができる。容器の周囲に置かれた薄黄緑色の緩衝材も、大層手の込んだ物として、色の濃淡を楽しませようとしているようにさえ見えた。

 レーテはこの丘から見るデイエンの景色が好きだった。

 今日はお菓子箱に見える。前回見に来たときは宝石箱に見えた。その前は眼下に見える満天の星空に見えた。

 街並みだけではない。天候や時間帯。諸々の要因、そして彼女のその時の気分によって、人々の営みの証の煌びやかさは、様々なインスピレーションを彼女に与えた。そして、そのインスピレーションを与えた言葉を紡ぎ出し、彼女を待つ崖の下の小さな小屋の住人、ツテーダ夫妻に伝えるのを楽しみにしていた。

 ツテーダ夫妻は、デイエンから陽床の丘ハタナハへ上がってくる道から少し外れた丘の上の一軒家に住んでいる。彼らはかつて、レーテの家に住み込みで働いていた奉公人夫妻だった。だが、既定の年齢に達した為、彼らは職を辞し、元々住んでいた家へと戻っていた。

 だが、幼かったレーテにとっては、その雇用関係は全く関係なく、物心ついた時から自分と姉とを世話してくれる優しい老夫婦だった。父と余り生活を共にしたことのないレーテからすれば、自分の面倒を見てくれる祖父母といってもよかった。そう思っていたからこそ、姉のカナールが夫妻に対し高圧的な態度でいる理由がわからなかった。

「カゴスさんにもルサーさんにもこんなに良くしてもらっていて、姉さんは何が不満なの?」

 余りにも老夫婦をつっけんどんに扱うカナールに対し、レーテは尋ねたことがある。何か姉・カナールが酷く気に入らない事を老夫婦がしていたのだろうか、と想像もするが、その時も、カナールの答えはといえば、

「あんたには関係ない!」

 の一点張りで、まるで会話にならなかった。

 幼さゆえ、姉の感じる所に気付かないのかもしれないとも思ったが、今考えると、両親がほぼ不在の状況……父はラン=サイディール軍の大将として兵役について、現在は植民地の総督として赴任しており、母やレーテを産んでしばらくした後、病死している……であり、夜遊びに狂う姉の事を夫妻は咎めていたのかもしれない。苦言を呈したであろう老夫婦を、姉が煙たがったのは想像に難くない。レーテが、カナールの夜遊びを、両親がいない状況を寂しがったが故のものだと察していたなら、レーテも対応は違ったのだろうが、またそれを察するには彼女もまた幼過ぎた。

 夫妻がリタイアして少ししてから、少女レーテは小等学校の児童となり、ある程度の外出も父から許されるようになった。だが、彼女は同世代の少女との遊びにあまりのめり込むことなく、カナールが行なった夜遊びには傾倒することはなかった。どちらかというと、自分を世話してくれたツテーダ夫妻の元を訪れるようになり、小等学校の夏冬の長期休暇時には休みの半分をそこで過ごすようになった。彼女にとって、丘での生活は都会での生活に比べ、より楽しかったからだ。


 着替えや生活用品を詰め込んだ大きななめし皮のトランクの重さに足を取られながら、少女はゆっくりと丘を登っていく。

 少し陽が傾き始めたとはいえ、日没まではまだ間がある。少女の透き通るような白い肌には珠の汗が浮かぶが、爽やかな山からの風がその汗を飛ばしてくれる。ただ、顔のほてりが全て取れるわけではなく、上気した表情は若さも相まって、美しいと評しても誰も異論は挟まないだろう。二束の三つ編みは、彼女のデイエンでのトレードマークではあったのだが、本人は余りその髪型を好んでいなかった。小等学校の校則とはいえ、レーテにとっては息苦しいことこの上なかった。

 小等学校の最高学年となる来年の進級は、楽しみではあるものの、その一方で学校の様々な行事で忙しくなり、自分の自由の時間がなくなることは、彼女にとって悩みの種だった。その悩みは、十一歳という年齢にしては成長が遅く、女性的な成長が皆無である事と同様か、それ以上の悩みであり、実質ツテーダ夫妻の家を訪れることが今年で最後になるだろうという展望は、少女に今回の訪問を全力で楽しもうという決意をさせた。

 デイエンからの馬車は、丘の麓までしか来ていない。そこからハタナハへと向かう一本道は細くうねっているため、馬車は入れないからだ。人が歩くためだけの道なので、デイエンのように街道に煉瓦が敷かれることもなく、砂利道が延々と伸びていく。

 眼前には聳え立つ陽床の丘ハナタハを望むことが出来る。だが、そのハタナハが彼女に見せるその姿は、目的地までの距離がまだあることを暗に示す。

 どれくらい長い時間を歩いてきたのだろうか。延々と足元を見ながら歩くのも少し飽きてきた。レーテは大きく息を吐き出すと、道の横にある腰の高さほどの平らな岩にカバンを置き、山からの風を孕む白いワンピースの裾と、頭に被った長いつばの麦わら帽子を押さえながら、自身の来た道を振り返った。

 緑色の大海原の正体は、腰ほどまである牧草が見渡す限り生い茂り、海から昇ってくる風で不規則な踊りを踊っている姿だ。自分の立つ周囲は波打つのが草の葉だと分かるが、ある程度離れてしまうと、緑の濃淡は波打つ海面にしか見えない。そして、その先には緑の大海原に浮かぶ『大商船』デイエンの城壁があり、更にその向こうは本当の大海原だ。

 青い大海原の更に奥にとてつもなく巨大な入道雲が立ち上がっている。真っ白で柔らかそうな雲だが、地上に近づくにつれて徐々に灰色から黒くなっていき、海面に接する辺りでは真っ黒になっている。そして、界面に接しているように見える真っ黒な部分が、たまに激しく閃光を発する。幼少の頃、父に雷だと教わった物だ。あの後、何度もデイエンで夕立にあったが、どんなに激しい雷雨に襲われようとも、あの瞬間に父と見た遠雷よりも美しいと思った稲妻はなかった。

 空に浮かぶ美しい輝きに目を奪われていたレーテだったが、ふと我に返り、自分の目的地を目指す。ここからの景色も楽しいが、ハタナハの小屋からの景色はもっと雄大だ。今の時間なら、この風景をもっと壮大に見られるに違いない。

 目を凝らすと、ゴマ粒程度ではあるが、ハタナハの崖の下に黒い物が見えた。

 ツテーダ夫妻が生活する山小屋だ。

 デイエンに本拠を構えていた時も、別荘として小屋を用いていた夫妻は、レーテの家の務めを終えた後、給金を使い小屋に移り住んだ。小屋の横に家畜小屋を建て、僅かながらの家畜を買い、そこで完全な自給自足を行なっていた。もはや老夫婦は家畜から肉を摂取する必要もなくなり、家畜から分けて貰える乳とわずかながらの卵、小屋の傍の草原を少し耕して作られた畑から採れる農作物で十分に生活できた。それ故、家畜はどんどん子を産み育て、数もどんどん増え始めている。たまに様々な道具を購入したい時には、その家畜の何頭かと引換に得た金で、目的の道具を買い足したものだ

 この時期は、家畜たちも直射日光を避け、小屋の中にいるものなのだが、何頭かは牧草を食んでいる。そんな家畜たちがレーテの目に入るようになり、この長い道のりも終焉が近いことを察した少女の歩みも、カバンを持ち直したことも相まってか、心なしか速くなっている。

 ゴールは見えた。彼女を迎える動物たちの姿も、彼女に不思議な力を与えた。

 小屋の全体像がわかるようになるにつれて、そこで待つ人影が二つ、手を振っていることに気づく。

 レーテも立ち止まり、大きく手を振ると、最後の一踏ん張りで旅路を急いだ。

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