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界遊記  作者: かえで
カタラットでの出来事

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ワーヘ城での出来事6 大陸砲とゴウの最期

 ギラは焦っていた。

 今、聖剣を持つ二人の戦士が、確実に自分を追いつめている。

 一度は黒い稲妻の直撃さえ受けたにも拘らず、それを払拭して、今自分がやろうとしていることを阻止しようとしている。

 『大陸砲を占有せよ』。

 褐色の美少女、ギラ=ドリマは託宣を受けた。そして、その託宣を現実のものにするために、彼女は持てる能力をフルに使ってきた。

 他の託宣についても、着実にこなしてきた。

 だが、今回だけは、その目的を達することができないかもしれない。


 少女は生まれてこの方、才能に困ったことはなかった。

 自分がやりたいと思うことはすべてできたし、身に着けたい技能はすべて身に着けてきた。手に入れたい物はすべて手に入れてきた。土地も仕事も地位さえも。

 それは、ドレーノでドレーノンとして生まれながら、最終的に第一位サイディーランの地位を手に入れた事でも証明されている。

 ただ、少女には野心がなかった。他の人間から見れば垂涎の容姿、能力、地位ですら、自分を満足させるためのものではなく、自分が守りたい相手の為、自分を取り巻く人間や環境、その他さまざまな状況を良い方へ変革させる為に利用してきた。

 その才気煥発な少女ですら、所詮は人間。能力にも限界はあった。だが、自分の為ではなく、自分の関わるすべての人間を幸せにしようとし、その為に人間の能力以上の物を望んだ結果、少女は黒い稲妻の被選別者となった。

 どうしてもうまくいかない、という人間という種の能力的限界を、痛切に思い悩んだ結果、人間を超えた能力を身に着けることを選んだ。

 本人が意図したかは不明だが、能力が如何に高かろうが、聖剣の勇者『聖勇者』の資格のない人間が、何とかして人間の持つ能力をはるか超えた力を得ようとすると、黒い稲妻の選別を、自ら進んで受け入れるしかないのかもしれない。

 ただ、残念なことに、黒い稲妻の選別は洗脳の側面も強いようで、人民のための『働くサイディーラン』であったギラ=ドリマが、黒い稲妻の直撃後のドレーノでの生活の終盤では、赤子の血肉を欲し、邪道ともいえる戦術を選択するなど人格の変化すら感じさせる言動を見せている。人々を憂い、人々の幸せを望んだ少女が、人知を超えた高い能力と引き換えに人の心を失い、人々を脅かす存在に加担することになるというのは、皮肉の極みなのかもしれない。


「≪燃滅≫!」

 ギラは上空にいるレベセスに何発もの火球を飛ばし、大地にいるレーテには火炎放射で対抗する。術者の『真』を集める能力に依存しない、ある意味チート状態のギラ。威力も使用回数も使用レベルも使用規模でさえも、通常の術者では考えられない程の圧倒的な規模でのマナ術の実行に、誰もが戦慄した。

 だが、彼らには何故か彼女の放つマナ術が突然通用しなくなった。

 いつの間にか周囲の炎も消し止められ、鎮火後の黒い煙がそこここで立ち上っている。

 選別に敗れ、立ち上がる事の出来なかった『影飛び』の人間も、徐々に立ち上がってきていた。

 カタラット国ワーヘ城の屋上での戦闘は、ギラにとって明らかに形勢不利となっている。

 黒い稲妻に打たれた同志であるはずのゴウも、大陸砲と一体化してしまい、大陸砲を入手するというギラの目的を達するには、ゴウそのものをどうにかしなければならなくなってしまった。

 このゴウという男が、自分に比べて、黒い稲妻に打たれた後の感情が無くなっているのも、不気味と言えば不気味だ。この男も、黒い稲妻の選別には耐えられても、その先には彼の心の居場所はなかったということなのか。心を放棄して選別に耐えたのなら、それは木偶人形と変わらない。最悪、ゴウの腕を切り落とし、大陸砲のみ回収するという選択肢もとらざるをえないが、それをするには状況が芳しくない。今それを行うと、大陸砲のコントロールと、聖剣の剣士たちの相手を同時にしなければいけなくなり、最悪自分も倒され、大陸砲も奪われるという結果を招きかねない。

 マナ術を無尽蔵に使用できるというアドバンテージも、眼前の二人の聖剣を持つ戦士たちに対しては失われてしまった。かといって大陸砲から手を離すと、今度はこのミイラと化したゴウという男が暴走しかねない。

 ガガロに対して放たれた大陸砲の一撃は、完全にギラの想定外だった。そして、それはギラ的にも打たせてはいけない一撃だった。ギラが大陸砲から手を離したことにより、今まではマナ術として使用して大陸砲外部に『真』の力を逃がすことができていたが、あの瞬間手を離したことにより、大陸砲はエネルギーを完全に充填してしまい、大陸砲の赴くままに圧倒的な暴力的エネルギーを放たせてしまった。

 ゴウは、大陸砲に対する憧れを黒い稲妻によって爆発的に増大させられたが、それはあくまでカタラットに対する愛情故の大陸砲に対する執着であり、ギラの意図する目的の達成の為の大陸砲に対する執着とは、また違うもののようだった。

 火球を回避し、『変換』しながら移動するレベセスとレーテが、ギラに肉迫する。

 ギラは左手の鉄粉入りの鞭をふるうが、それはレベセスに誘導されレベセスの剣に巻き付き、動きを止めた。本来は剣の動きを止める為の技が、逆に鞭を封じられることになる。一対一の勝負ならばその拮抗は剣士にとって不利だが、もう一人対する存在がいる場合、鞭を使う側の人間は完全に無防備となる。

 ギラは大陸砲から右手を離し、レベセスから距離を取ろうとする。その瞬間、ゴウの持つ大陸砲が再度光り輝いた。

 ギラがコントロールしていた大陸砲内の『真』が再度収束をはじめたのだ。

 青く透明な大陸砲の結晶内に光の粒が集まり始め、一つの球が出来上がる。その球が幾つも出来上がると、更にそれが一つになり、大陸砲の結晶そのものを縁取るように輝く。

 大陸砲の再々発射は近い。

 しかし、この状況なら打たせるのも手か。この至近距離ならば、二人の聖剣の剣士は回避も不可能だろう。直撃すれば、聖剣の剣士たちを屠る事も可能だ。

 そんな打算に頭を巡らせていたギラ。

 だが、次の瞬間、大陸砲に取り込まれつつあったゴウの体に、レーテの剣ともレベセスの剣とも違う別の刃が突き立てられた。

 その刃は、ゴウを愛し、ゴウと共に歩み、そしてゴウの現在を憂いた者が、『ゴウでなくなりそうな男』をゴウであり続けさせるために打ち出した哀しみの一撃だった。

 放ったのは筋骨隆々とした小柄の男。

 腰に溜めた太い短剣が、干からびたゴウの腹部に打ち込まれた。




 『影飛び』の長、スサッケイ=ノヴィは黒い稲妻の洗礼を受けた直後、全身に激痛を覚えた。脳天から足の先まで電撃が貫いていったような感覚。

 痛覚が麻痺する中、身体が倒れ込む感覚はあった。周囲の『影飛び』の部下たちも、彼の背後で次々と倒れ込むのもわかった。

 外部の情報はそこで遮断される。

 激痛と共に彼の耳元で囁かれる声。男の声なのか、女の声なのか、老人の濁声なのか、赤子の鳴き声なのか。それすらもわからない。ただ、異常なほどに耳触りの良い声であるように感じた。

 ただ、内容だけは理解できた。

 言語ではなく、意志として理解したのかもしれない。

 その意思とは。

 『向かっている』。

 これだけでは何の事だかわからない。だが、そこでスサッケイは異常な焦燥感に駆られる。

 何かが来る。途轍もない何かが。

 その焦燥感は、怖れ。

 何かを受け入れなければならない。そして、その存在と協力して何者かと対しなければならない。

 自由の為の闘争。

 その存在は自由を渇望している。そして、その自由を手に入れようとするにはその何者かを倒さねばならない。

 圧倒的な力の差がある。その何者かと戦うために、力を蓄え、奉仕しなければならない。

 だが。

 その存在が一体何だかわからない。

「この感覚は一体何だ。何を受け入れ、何と戦い、勝たねばならんのか」

 その瞬間、スサッケイは我に返った。

 この貫くような激痛は、自分が直撃を受けた黒い稲妻のもの。そして、流れ込んでくる思想は、黒い稲妻からの代物。

 冷静に考えようとすると、その声ならざる声が大きくなる。まるで正常な思考を妨げようとするように。

「ええい、黙れ……。私は、ゴウ=ツクリーバと共にカタラットを護るのだ!」

 声ならざる声に屈せず、自身の本来の目的を声高に叫んだ瞬間、耳元の声は再度言葉にならぬ声を発し、飛び去っていく。ただ、その言葉は、罵詈、雑言、讒謗。ありとあらゆる悪意をスサッケイに向けて放ったものだった。

 身体の感覚が戻ってくる。

 まず感じたのは息苦しさ。そして、熱さ。最後に鼻腔に届く、焦げた臭い。

(そうか。私は一度倒れたのだな)

 無理に立ち上がろうとせず、ゆっくりと体の機能が失われていない事を確認しながら順番に体を動かす。

 両腕を地面につくと、上半身を浮かせ、膝をつき腰を浮かせた。そのまま右足を立て、ゆっくりと視線を上げる。体のどこかが不調を訴えている訳ではなさそうだ。

 眼前では、およそこの世のものとは思えない戦闘が繰り広げられている。

 業火の中、光の炎に包まれた二人の剣士は、素早い動きで相手の攻撃を回避しつつ攻撃の瞬間を伺う。その二人の剣士と相対する一つの人影は、二人の剣士の翻弄を目的とした鞭を速く激しく振るいつつ、踊る様に幾つもの火球を放つ。高速の剣士の相手をして、互角以上の戦闘を繰り広げていた。

 そして。

 大陸砲を両手に掲げるあの男は、相変わらず何を考えているかわからない空洞の瞳で虚空を見上げていた。

 立ち上がったスサッケイのもとに、情報が急激に入ってくる。

 先程自分は黒い稲妻を受けて倒れた。

 黒い稲妻の世迷言を振り払い、何とか立ち上がったが、先程まで自分の前に立ちはだかってくれていた仲間たちは消失している。

 一体何が起きたかはわからないが、彼等が敵前逃亡をする筈も無い。

 戦って散ったか。

 レーテがスサッケイの前に戻り、レベセスが地に降りる。

 もう一人の男は誰だ。禍々しい漆黒の剣を持っているが、レベセスやレーテと共闘している。ということは味方なのか。

 突然投げかけられたレベセスの意志確認に、スサッケイは絞り出すように答えた。

「……我が主ゴウを楽にさせてやってほしい」

 目で追うのもやっとの戦闘が再度始まり、レーテを庇った黒マントの男が光の奔流に巻き込まれ、消失した。

 自分の力の無さは痛感した。

 だが、それでもゴウに関しては、自分で決着をつけねばならない。

 彼等の戦いを見ていてそう感じた。実力の有無ではなく、道理として。

 黒い稲妻は、彼等にとっては敵。そして、あの褐色の少女も敵。だが、元はといえば、主ゴウが『強いカタラット』を求め、そして大陸砲に魅入られた。それがカタラットを乱したとするならば、そのカタラットを乱した元凶であるゴウ=ツクリーバは処断されなければならない。それをゴウも望むはず。

 ……ならば、この手で。

「主よ。今、呪いから解き放とう。必要であれば、私を連れて行け。それもまた一興」

 スサッケイは、先代から引き継ぎながら、メンテナンス以外に抜く事のなかった『鎧通し』を構えた。

 今までは、ほぼ拳で任務を遂行していた。

 だが、今回は……。

 今回こそは、この剣でゴウに引導を渡さねばならない。

 体調は万全ではない。

 だからこそ、熱波の吹き荒ぶ空間を、ゴウの為に歩み続けた。ゆっくりと、だが確実にゴウに思いを届ける為に。

 ゴウに近づくにつれ、周囲の熱風は収まり、そこら中に立ち上がっていた火柱が消えた。

 周囲の戦闘は気にならなかった。

 やがてゴウの所に到達する。

 勘違いに違いない。

 ゴウはもはやそんな感情はない筈。

 だが。

 それでも。

 スサッケイには感じられた。

 ゴウの身体に抵抗なく呑み込まれていく極太短剣を見て、ゴウは驚いたような表情を浮かべた。その後、ニヤリと微笑んだ。

(そうだよな。私は悪い事をしてしまった。だから討たれなければならない。スサッケイよ。お前に討たれるなら本望だ)。

 ゴウの空洞となったはずの眼窩に、何かがきらりと光った気がした。

 スサッケイにだけは見えていた。

 ゴウの双眸からはとめどなくあふれる涙。

 そんな気はなかった。だが、スサッケイの双眸からも溢れる涙。

 ゴウの身体に吸い込まれた刃を、横にずらす。ゴウの身体が分断され、同時に崩れ落ちていく。手応えは、乾燥した硬い木材を斬っているイメージ。出血はない。もはや血も尽きていたのか。

 その崩れ落ちていく体を、スサッケイは抱き留めた。そして、抱えるようにしゃがみ込むと、その場から一歩も動かなかった。

 スサッケイの腕の中で、ゴウは大陸砲のエネルギー充填を自分の意志で辞めたのだろうか。

 一体化したはずのゴウの腕から大陸砲がポロリと落ちた。

 そして、ワーヘ城の屋上に落ちた大陸砲は、まるで打撃を受けたクリスタルのように、澄んだ音を立てて砕け散った。

 大陸砲がその美しい結晶を砕いたその瞬間、大陸砲内に蓄積されていた膨大なエネルギーが、空一面を覆い尽くす数えきれないほどの膨大な数の光の帯となり、ありとあらゆる方向に飛び去って行った。

 流星群。花火。光の爆発。

 適切な比喩の見つからぬ光の芸術品は、一瞬の瞬きを以てその生涯を閉じることになった。

 それは奇しくも、ゴウを葬送するスサッケイの心を物語っているようだった。


「大陸砲がはじけた……」

 レベセスはそう呟き、レーテの隣にゆっくりと降り立つ。

 空に飛び散る眼前の光の帯を、息を飲んで見つめるしかなかったレーテ。

 美しい。だが、同時に悲しい。

 神話の時代からその存在だけは謳われ続けた超兵器。古代帝国の時代にはその性能が実現され、怖れられた。無数の人々の命と思いを幾つも飲み込んで、大陸砲はその力を溜め、幾度も放ったとされる。時には世を乱し、時には世を正した。

 その役割を与えられ続けた大陸砲。

 その圧倒的な力故に、古代からは兵器として使われ、SMGにはその存在を忌まれた。力の象徴としてゴウは欲し、SMGは世界のバランスの為に欲した。

 今、一本の大陸砲が華々しくその存在を散らす。

 だが、大陸砲が遺跡にあったこの一本だけとはとても思えない。また、場所を変えて、或いは時代を変えて出土する可能性は大いにある。

 出土した時代にまた、その時代の覇権を狙う組織が盛大に争奪戦を繰り返すだろう。十年前の伝説の聖剣たちのように。そして、大陸砲は聖剣と違い、使用者を選ばない。すなわち、誰しもが入手し保有者となることが出来る。だが、独占したとして、その存在を独占し続ける事は独占する事より難しい。

 戦争における脅威にならないために、各国がその存在を把握し、管理する。

 それこそが今の時代における次善の策だ、とレベセスは思う。最善の策は、大陸砲を存在させない。しかし、力に憧れ、力を欲する為政者たちには、相容れない策だろう。

「ゴウさんは、助かったの?」

 レーテは不安そうに父の顔を見つめる。

 光の乱舞に思いを馳せるレベセスの横顔は、光に照らされ美しいほどに冷たいものだった。

「……スサッケイは、ゴウを安寧の地に送るために近づいた。それができねば、スサッケイもゴウと同じ苦しみを背負うことになるだろう」

 レーテは無言で光の帯を見続けた。只の光のはずなのに、周囲に爆発的な風を巻き起こす。レーテは剣を持たぬ左手で、風に弄ばれる自分の髪を抑えた。

 その中で、レーテは見た。

 ミイラになっていたはずのゴウが、スサッケイの腕の中で元の姿に戻っていくのを。しかし、ゴウの体を人間の姿に戻した光の爆発は、大陸砲が集めた『真』。つまり非生物のエネルギー。万物の非生物を構成するエネルギーである『真』が、ゴウの体を再構成したということは、ゴウはすでに生物ではなくなっているということを意味する。再生された肉体は、生きてはいない。生前と同じ蛋白質でありながら生物ではない。しかしその蛋白質は生物に吸収されることで、生物の一部となり、活動エネルギー『氣』で構成されたものとなる筈だ。

 生物とは、いったい何なのだろうか。

 『氣』とは? 『真』とは?

 レーテは輝き続ける不思議な空間に目を奪われたまま、カタラットでの出来事に思いを巡らせた。

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