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界遊記  作者: かえで
カタラットでの出来事

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ワーヘ城での出来事5 術剣

 日の出直前。

 青白かった空は、燃え盛る炎のように赤く染め上げられ、徐々に白く輝きを増していく。空の明るさに反して気温は著しく下がる。日の出直前の気温が一番下がるのは、常初夏の国であっても同じだ。

 その気温の低下が、肌寒さと捉えられるのか、寒気と捉えられるのか、はたまた涼しさと感じられるのか。

 聖剣を構える二人の剣士は、各々の攻撃対象を定め、攻撃開始のタイミングを待っていた。

 誰かが引くわけでもない引き金。いつ上がるともわからない戦闘開始の声。

 対象は、生きているのか死んでいるのか、未だ人間でい続けているつもりなのかも不明な男と、美しい褐色の少女。その美しい少女も、今は人間なのかはわからない。

 少女は口角を上げ、微笑みを浮かべてこそいるが、その笑みは限りなく邪悪。武器は持っていないが、水晶のような細長い棒状のものを、ミイラのように干からびた男と褐色の美少女は共有していた。

 剣を構える少女と壮年の男の身体の周囲を薄い光の膜が包む。膜から光の湯気が立ち上り始め、体の周りを渦巻く様に取りつくと、青白く強い命の炎となって燃え盛った。そして、少女の持つ白刃の細身の剣と壮年の男の漆黒の剣が、『オーラ=メイル』に増して一際強く『氣』の炎で輝く。

 臨戦態勢に入ろうとするレベセスは何かに気づき、一瞬背後を見た後、レーテに目配せをした。レーテもそれを確認し小さく頷く。

 水平線からゆっくりと朝日が覗くその瞬間を合図に、二人は攻撃を開始した。

 二手に分かれ、滑るように切り込んでいく聖勇者達。

 褐色の美しい少女・ギラ=ドリマは、右手で握った大陸砲から『真』の力を吸い出し、左掌に集中させると、巨大な≪燃滅≫の火球を上空に作り出した。その火球を幾つもの弾に分割させ、接近する二人の剣士に向けて放つ。一撃のダメージよりも、複数の小ダメージの術を無数に飛ばすことで、敵の体力を削り取ろうというのだろうか。それでも、その火球の一つ一つの威力は、ただの人間が直撃しようものならば、骨すら残さない位には燃やし尽くすことが可能なほどの威力なのだが。

 レーテは火球を剣で斬ろうとするが、レベセスは回避に徹するように指示を飛ばす。

 剣を振り下ろして火球を撃墜しようとしたレーテは、剣での対応を中止し、回避に切り替えた。

 レーテのいた所に幾つもの火柱が上がる。そして、火柱から飛び散る火の粉がワーヘ城の屋根部に引火し、元々木造であったワーヘ城は一気に火の手に包まれた。

 もし、火球を斬っていたならば、燃えていたのはレーテだった。

 火球を細かく分けたのは、ギラの罠だった。

≪燃滅≫の術は、火球を作り出す術ではない。『真』をコントロールして対象を焼き尽くす術。その炎の形状は火球であれ、火柱であれ、火炎放射であれ、術としては同一の物だ。術者の強いイメージコントロールによる操作により、どのような攻撃形状でも取れる。

 火球がワーヘ城の屋上部に接触し、火柱となる。火柱のばら撒く火の粉が木造の城に引火するのはあっという間だった。


 城が……燃える……。

 城の内部にいた人間たちは、城内で起こっている異常に気付き、ワーヘ城から外に駆け出る。そして、自分たちが先ほどまでいた建物を振り仰ぐのだが、その眼前に広がる火の海に絶句した。

 平屋でありながら、巨大な木造建造物であるワーヘ城。そのワーヘ城の屋上部が燃え盛っている。一階部はまだかろうじて火の手は及んでいないが、延焼も時間の問題だろう。

 ワーヘ城は、カタラット国の象徴として、カタリティと共に存在した。そのカタリティが消失し、実質ワーヘ城のみが国民の象徴として残った。

 だが、そのカタラットの象徴が、徐々に失われていく、という事実を受け入れることはどうにも抗いがたいようだった。

 城勤めの侍女たちは泣きながら抱き合い、それぞれの命の無事を喜びながらも、崩れていく心の拠り所であったワーヘ城を、声なく見守っていた。

 その頃には、ワーヘ城の傍に居を構える民衆も、城で起きている異常に気付いていた。ただ、現状の把握はできておらず、表に出て、城の様子を不安げに伺うしかなかった。

 そもそも、ビリンノが崩御し、仮王ゴウ=ツクリーバの即位後数日しか経っておらず、国民に分かるような具体的な政策の立案、告知もまだ行なっていない現状、城内が異常な状況になっていることも国民は知らないだろう。ましてや、ゴウが城内で行方不明になっていることなどは当然知られていなかったはずだ。

 国民たちが知っているのは、ビリンノが崩御し『仮王』として宰相であったゴウが治世の代理に名乗りを上げ、数日経過したということだけ。王の立場の人間がこれから様々なものを立案、調整し、施行することで、国家が運営されていく。それがいい方に進むのか、悪い方に進むのか。国民たちにとって、ゴウが善王なのか悪王なのかの結論が出るのはまだ先の事のはずだった。

 ゴウの政権が動き出してまだ数日。そんな状態で他国の人間が王城に出入りしているのを見て国民が不安に思わないはずもない。だからこそ、レベセスとスサッケイは早朝人目につかない時間帯に城に舞い戻り、ゴウと大陸砲との決戦に臨んだのだ。

 明け方に響く轟音から始まり、まるで稲妻が落ちたかの様な閃光が幾度も迸り、挙句の果てには火柱が上がり延焼の結果崩れ始める、もう一つの国民の心の拠り所ワーヘ城。

 人々は、あまりの出来事に遠巻きに城を眺めるしかなかった。


「思ったより怪物ぞろいだな、この場所は」

 燃え盛るワーヘ城の屋上の端で、大陸砲の直撃を避けることのできたスサッケイは、己の体力の無さをあざ笑うかのように暴れ狂う眼前の超人たちを見ながら、呆れたように呟いた。

 先の負傷からは完全に立ち直ったとはいえ、体力の低下は著しい。氣功術の≪治癒≫は、体の持つ自然治癒の能力を活性化させ、高速で治癒させるだけであり、治療行為とは違う。自然治癒にかかる時間に比例して増加する症状固定の可能性を下げ、全快させる為の処置だ。体力の回復までは行なってくれない。

 それでも、死は免れた。

 来訪者たちに貰った命。

 眼前で広がる超人たちの戦いを目の当たりにして、それに足を竦ませ怯えているだけでは、ゴウに申し訳が立たない。少なくとも、あそこで大陸砲の結晶と同化している姿を世に晒しているのは、彼の本意ではないだろう。

 そして、彼が望むことを、彼の部下としては実現させてやらなければならないだろう。

「主よ。今、呪いから解き放とう。必要であれば、私を連れて行け。それもまた一興」

 ニヤリと笑うと、スサッケイは懐から一本の短剣を出した。その短剣は、普通のナイフに比べ、ひどく太い代物だった。恐らく、大剣の一撃や戦斧の一撃をも受け止める事ができ、その刃を横から攻撃することで破壊する事もできるだろう。

 鎧を貫き、敵を倒す機能のみに特化したこの短剣は、日本刀での『鎧通し』に相当する。接近戦、とりわけ格闘戦闘時その太く強靭な刃を、限界まで鍛え上げられた圧倒的な筋力で直線的に繰り出し、敵を粉砕する。敵の持つ武器や、敵の纏う鎧、攻撃を弾く為に構えた盾ごと。己のダメージさえ顧みなければ、一撃必殺の技術だ。

 スサッケイは、ゆっくりと歩みを始めた。

 一面を覆う火の海の、比較的被害の少ないところを縫うように、しかし最も直線的なルートで、大陸砲と同化したゴウのもとを目指す。

 爆風が駆け抜け、破砕した破片がスサッケイの横をすり抜けていく。

 直撃しそうな破片は、短剣で粉砕しながら彼は進む。上空で奇想天外な戦闘を繰り広げる超人たちの戦いを横目に見ながら、大陸砲を構えて立ち尽くす男を目指して。


 ギラの放つ≪燃滅≫。

 火球の形状を取り、上空を飛び回るレベセスを撃墜するため放たれる。ゴウに接近するレーテを牽制するため、放射状の火炎を放ち続けることにより、炎の壁を描き出す。この美しい褐色の少女は、聖勇者二人を相手にして、善戦以上の戦闘を繰り広げていた。

 炎の影響で、ワーヘ城は燃えつき崩れ落ちようとしていた。

 レーテは焦る。

 父であるレベセスは、飛翔術である≪天空翔≫を使い、上空を自由に舞うことで、攻撃に幅を持たせると同時に、回避についても彼女よりは比較的余裕をもって行なっていた。実際はそうでもないのかもしれないが、少なくともレーテにはそう見えた。

 だが、少女レーテは、聖剣の発動ができるようになったのもつい最近。第三段階に到達したことに至っては、まさに先程、だ。

『氣』のコントロールで身体能力は高められても、それがそのまま大空を舞える技術を手に入れたり、氣功術やマナ術を自在に使えるようになったりという都合のいいことなど、起きはしない。

 やったことのない事に関しては、見様見真似でできるほどの高い身体能力は得たかもしれない。だがやり方がわからない事に対して、あてずっぽうにやってみて実現できるとはとても思えなかった。

 実際、レーテは飛翔ができないため、高さのある攻撃を放とうとすると、跳躍しかない。だが、跳躍はできるだけしない方がいいとレベセスには教わっている。跳躍をすることで、相手の虚をつく事はできるかもしれないが、飛んでしまえば姿勢も跳躍軌道も変えられない。そうなれば、狙い撃ちされるのは間違いない。ましてや、相手は飛び道具を放ってくる。跳躍すればそれこそ相手の思うつぼだ。その為レーテは、跳躍は垂直ではなく、地面に対して水平移動の時のみ用いていた。そうすることで、攻撃を受けた際にすぐに踏みとどまり、進行方向を変えることができるからだ。

 だが、それでギラの攻撃は回避できても、当初の目的であるゴウには近づけない。ましてや大陸砲の破壊など不可能だ。

(あの炎の壁のせいで目標に近づけない……! あの壁を越えればいいのだろうけど飛び越えようとすれば、撃墜してくれと言っているようなもの。あの炎の壁を無効化する方法はないのかしら。誰か水の術とか、冷気の術とかを使ってくれないかしら。そうすればやり方がわかるのに)

 レーテは動きを止めることなく、壁を超える為の機会を待ちつつ、上空のレベセスの戦闘を見ながらヒントを探した。だが、レベセスは一向に冷気や水の術を使う様子はない。元々、『真』の力を集めることはあまり得意ではないと言っていた。ということは、マナ術が得手ではないということも想像に難くない。レベセスが火球対策のためにそれらの術を使うことはまずないだろう。使ってもそれほど効果が得られないのかもしれない。

 その為の、あれだけの回避運動なのだ。

(考えるのよ……)

 レーテは自身に向けて放たれる火球を回避しながら、観察し、思い出していた。

 あの火球を破壊したのは、ガガロだけ。しかも、ガガロは剣で火球を攻撃したことはなかった。確か、光の球の術を使っていたはず……。その光の球は、曲線的に飛び、火球に直撃した。あれは、ガガロが狙って放ったというよりは、光の球が火球を追いかけていき、ぶつかって爆散した。爆散したのは火球。

 そう考えると、ガガロの使ったあの術を用いれば、少なくとも自分がダメージを受けることなく火球を爆散させることができる。しかし何故あの時、爆散した火球が火柱となって周囲を燃やし尽くさなかったのか。

 ギラの放つ≪燃滅≫弾は、対象に着弾した瞬間、はじけ飛び火柱を巻き起こした。実際、レーテが火球の破壊を途中でやめ回避に切り替えた後、背後の地面に火球が当たった瞬間に爆散しつつ、火柱が立ち上がったのを少女は何度も目撃している。つまり、火球がぶつかって燃えるのではなく、ぶつかった火球が周囲に何かを施すからこそ、引火して火柱が立ち上がるのだ。

 レーテは小等学校で習った炎について思い出していた。

 炎というのは、燃焼反応の結果発生する。多くは物質のように思われがちだが、炎は現象だ。発熱と発光を伴う現象だ。ということは、ギラの放つ火球が火『球』の形状を保っているのは、中に燃料があるからだ。その燃料を、油などの代わりに『真』が担っているとしたら、火球の中には性質がまだ変化していない『真』があり、それを徐々に火球の燃焼エネルギーに変換していくことで火球の状態が維持されているという解釈でよいだろう。

 只の火の術であれば、単純に標的となったものを燃やすだけなので、その『真』エネルギーの推移、変化には気づきにくいが、ギラが使った≪燃滅≫は、炎そのものをコントロールして対象を燃やし尽くす効果がある。それが、レーテに『真』の流れを観察させることになった。

 レーテは気づいた。

 ガガロの術は、ガガロが狙って≪燃滅≫弾に当てたのではなく、≪雷電光弾≫が、≪燃滅≫弾内に準備された、プラズマ状態の『真』に吸い寄せられて、勝手に追跡し命中した。そして≪燃滅≫弾の火球の中にストックされた、周囲を燃焼させるための燃料としての『真』を光の球が無理矢理奪いとった結果、≪燃滅≫弾が火球としての形状を維持できなくなり、爆発して霧消した、ということなのだということに。

 ということは、威力や大きさはさておき、≪雷電光弾≫さえ作り出せれば、≪燃滅≫そのものを消滅させることはできるということだ。

 では、どうやって≪雷電光弾≫を作り出すのか。レーテは氣功術の使用もおぼつかない。その人間が『氣』をコントロールして大気中の『真』を集めて変換できることなどできはしない。

 そこで、レーテはある事を思い出す。

 『氣』は、放っておけば『真』の性質への遷移を始めるが、『真』は『氣』に触れることにより、『氣』の性質を持つ。

 この特性で、生物は死へと向かい、生物は食物を得ることにより活動エネルギーを得る。

 ならば、その逆はできないものだろうか。

 レーテは、自らの『氣』をごく一部切り離し、『真』への遷移を待ち、その遷移が完了したところで、その『真』を使って≪雷電光弾≫を作り出す作戦を思いついた。

 この一見すると全く滑稽な方法だが、他にレーテは方法を思いつかなかった。

 だが、切り離す、という方法が少女にはわからない。『氣』を集中して球を作る事もできなければ、『真』を集中して球を作る事もできない。

 この作戦は不可能。

 そう考えてしまう。

 だが、そこでまた妙案が浮かぶ。

 聖剣の刃に奔らせている『氣』の炎。この炎の最突端は、限りなく『真』に近いのではないだろうか。炎の形状を取るということは、炎の先端に行けば行くほど『真』の性質を色濃く持つ氣に変化していく、ということなのだろう。ということは、聖剣の『氣』の炎の最突端を使ってマナ術まがいのことはできないだろうか。

 レーテは聖剣ではなく、聖剣の『氣』の炎の周囲に意識を集中し、剣先でのマナ術発動を試みた。そして、ギラの放った火球を、一番イメージしやすかった水の滴る剣をイメージしながら斬ってみた。

 その瞬間、火球は小さな水蒸気爆発と共に掻き消え、その場所には湯気を上げた水……熱湯の水たまりが出来上がった。

「あちっ! でも、できた!」

 ≪燃滅≫の炎は高温だ。それ故、レーテが光龍剣の先にマナ術の水分を発生させた時、その水は周囲の高熱により一気に沸騰し水蒸気をまき散らした。

≪燃滅≫弾の中心部にある、まだ性質を与えられていない『真』の集合体に対し、水の方向付けの行なわれたエネルギーを帯びた刃が接触すれば、≪燃滅≫弾の燃焼継続の燃料として準備されていた『真』が剣先の『真』に影響を受け、≪燃滅≫の術そのものを稼働不能にする事になる。

 火球の中心に水が発生したなら、当然火球を消火消滅させる結果となるだろう。ただ、≪燃滅≫の燃焼の力が強すぎるがゆえに、火球が消滅する直前に水蒸気爆発を起こした後、火球の着弾地点に熱湯の水溜りができたわけだ。

 衝撃を覚えたのは、ギラとレベセスだ。

 マナ術でも難易度の高い≪燃滅≫の術をあんな方法で消滅させた人間など聞いたことがない。

「あれは、術剣……!」

 我が子ながら恐ろしい才能。レベセスは熱い水蒸気から逃げ惑うレーテを見ながら思わず口角を上げた。

 レベセスが術剣と評したレーテのマナ術だが、実際のところはただの偶然の連続だ。ただ、そのレーテの強い意志が偶然の連続を引き寄せたということもできるだろう。

 だが、それは術剣ではない。レベセスはそう結論した。

 レーテは自身を狙って放たれた火球を確実に斬り裂きながら、そのたびに発生する熱い水蒸気に文句を言い続けているのだった。

「……あれを術剣と呼ぶには余りに稚拙。だが、現在の戦局と、レーテの技量を考えたなら、あれは適切解かもしれんな」

 そうレベセスは呟くと、彼めがけて飛んできた火球を剣で斬った。今まですべて回避していた≪燃滅≫弾を躊躇なく。

 斬られた火球はバシュッという破裂音を響きさせると消滅し、屋上に向かって何かが落ちていく。それは、レーテの時のように≪燃滅≫弾の持つ『真』部分に聖剣が干渉し、水に変換することで、火球の持つ炎そのものを消火する効果を狙った水だった。

「……ただ、私にとっての最適解はこれだ」

 レベセスが聖剣で火球を斬り裂いて、火球内の『真』を変換させた物とは、発生した直後に火球の熱で加熱されて熱湯となった水ではなく、同じ水を低温により固形にさせた物だった。その固形物、即ち氷が炎の熱によって溶かされ、屋上に降り注ぐ水は冷水となり、鎮火だけではなく、熱波により高熱となった戦場の冷却に貢献することになる。所謂打ち水状態をレベセスは作り出した。

 レーテが必死になってたどり着いた結論を咄嗟に実行に移し、しかもレーテよりも高い精度、効果で成功させるレベセスの技量は、さすが元聖勇者といったところか。

 レベセスは高速で飛行し、ギラの放つ火球を悉く斬り裂き、屋上のあちらこちらに立ち上る火柱にも剣を突き立て、『真』の残っている状態のもの全てを冷水へと変換する。それにより、延焼していたワーヘ城から火の手が徐々に消えていき、同時に冷却されることで、周囲は常初夏の気候へと戻っていく。

 レーテは父の技術の高さを目の当たりにし、些かの嫉妬を覚えた。だが、レーテのアイデアを戦術にまで昇華させた父の技術を、今度はレーテが真似る事になる。

 ワーヘ城の屋上を滑るように移動していたレーテは、再度彼女とゴウを隔てる炎の壁へと刃を突き立てる。

 次にレーテの振るう件の刃に触れた炎は、レベセスの様に冷水に変換することはなかったものの、先程の熱湯にもならない。心地よい温泉の少し熱いお湯程度の温度になる。流石に、『真』に触れたばかりであるレーテに、そこまでの精度のコントロールを要求するのは酷だろう。だが、それでも先程の熱湯とは明らかに違う水分が周囲に撒き散らされた。

 煤に汚れ、己の作り出した水蒸気に体を濡らされ、更にレベセスの作った冷水により寒さと汚損感とを覚えていたレーテは、嘆くように呻く。

「体がどろどろだわ……。早くお風呂に入りたい」

 ギラにより髪を焼かれ、またその炎によりワーヘ城が燃え上がり、その煤で体中汚れ、そこに自分が起こした湿気によって、文字通りレーテの身体中にこびりつく汚れ。そんな現状に怒りを覚える少女。だが、この状況を打破しない限りは、体を綺麗にするどころか、ゆっくり休息をとる事すらできない。

 レーテは炎の壁を消滅させると、そのまま砲台の男ゴウ=ツクリーバへと肉薄する。少女の目的は、大陸砲の破壊。もはや、一体化した大陸砲をゴウの手から奪い去るのは不可能だった。

 地を這うような切っ先がそのまま打ち上げられ、薄い水色の結晶に叩きつけられようとしたまさにその時、レーテの斬撃を抑え込んだ者がいた。

 褐色の美しい少女、ギラ=ドリマだ。

 彼女は、腰に所持していた鉄粉入りの鞭を四つ折りにすると、レーテの切り上げの斬撃を、体重を乗せて抑え込んでいた。

 ギラの表情からは嘲笑のような笑みが消えていた。文字通り、必死の形相でレーテの切り上げを受け止める。ギラにとって、少女の斬撃は予想以上の威力だったようだ。ともすれば苦悶の表情とも受け取れるような、歯を食いしばった表情だった。

「……邪魔しないで! 早くしないとゴウさんが元に戻れなくなる!」

 レーテの真面目な怒りの言葉に、初めてギラはレーテに対して笑みを蓄える。

「そう簡単にはやらせんよ。我々にも奴は必要なのだ」

 ギラはそのままレーテの剣を叩き落とすべく、鞭に体重を掛けた。

 だがレーテは、そんなギラに押し潰されないように、聖剣と力を合わせて振り上げ、圧し掛かろうとするギラを弾き飛ばした。

 空中で静止するギラ。その美しい顔は、驚愕に歪んでいた。

 先程まで優勢に事態を進めていたギラ。大陸砲を入手し、マナ術を自在に使いこなしていた。だが、眼前に構える聖勇者親子に明らかな劣勢を強いられている。

 何か手を打たねば、大陸砲は失われる。

 ギラの褐色の美しい顔が般若のような恐ろしい形相に変わった。

次話、いよいよ決着予定です。まとまるかな。

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