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界遊記  作者: かえで
カタラットでの出来事

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ワーヘ城での出来事3 第三段階

 目的は簡潔。

 仮王ゴウ=ツクリーバを、大陸砲から引き離すこと。

 ただ、その作戦の実行が非常に困難。

 普通の人間の身体能力ではまず不可能。では、今回主戦力となる氣のコントロールのできる人間たちではどうだろう。

 四聖剣の一つ『光龍剣』の所有者となったレーテ=アーグ。今までのトレーニングで、聖剣の第二段階までは発動できることが分かっている。

 聖剣の第二段階と言えば、同じ聖勇者の少年ファルガ=ノンが、ラン=サイディール国首都デイエンに建造された王城、通称『薔薇城』の最上部にある鐘楼堂にて、ガイガロス人ガガロ=ドンと二度目の戦闘時に瞬間的に発動させた段階。そして、ドレーノ国でギガンテスの子供と、黒い稲妻の直撃を受けたツーシッヂと相対した時に発動させた段階。

 その超人的な能力を発動した状態で、レベセスの言うマナ術に対する氣の盾の構築は恐らく可能だろう。

 そして、その父にして、先代の『光龍剣』所有者レベセス=アーグ。彼は第三段階に到達した聖勇者のご多分に漏れず、聖剣なしでも短時間ならば第三段階の発動が可能だ。

 その二人が、大陸砲に魅入られた仮王と対峙するならば、ゴウを大陸砲から引き剥がすことも可能かもしれない。願わくは、もう一人の聖剣の勇者、ファルガがいれば更にその成功率は上がったのだろうが。




「ゴウという人をあの大陸砲の結晶から離したら、その後はどうすればいいの?」

 平城であるにも拘らず、とてつもなく高くまるで圧し掛かってくるようにも見える巨大な影、カタラット国の象徴であるワーヘ城の麓で、レーテは気候とは明らかに違う理由で震えながら尋ねた。視線を城から離した隙に、その城が悪意を持って圧し掛かってくるのではないかという恐怖がぬぐいきれない。そのイメージが離れないのは、昨日の仮王ゴウ=ツクリーバの仕業なのはレーテも解っている。そして、それを否定しようとしたが、やはり本能的な恐怖は拭いようもない。

「理想は大陸砲の回収だ。だが、現実問題として、あの仮王がすんなりと大陸砲を手放すとも思えない。そうなったら、大陸砲の破壊に行動指針を変更するしかない」

 破壊……。

 破壊に適切な方法などない。やはり、聖剣で叩き割るしかないのか。

 どう転んでもあまり救いのなさそうな処置の選択肢に、レーテは辟易する。

 聖剣の所有者となった瞬間、聖剣さえ自分が扱えるようになれば、少なくとも自分の周囲の人間はハッピーになれるのではないか、と考えたこともある。それは彼女自身の驕りからくる考えではなく、聖剣を所有することに対するプレッシャーから逃避するように、聖剣所有のメリットを考えた結果だ。

 だが、今はその結論が彼女の心に重く圧し掛かっていた。

 『聖剣の所有者は、自分の周りをハッピーにしなければならない』。

 一見するとプラスのイメージしかないはずの言霊の『呪い』だった。

 呪いとは、それにより思考や記憶、発言などが束縛されるもの。そういう意味では、プラスのイメージの言葉ですら、レーテを束縛している以上、それは『呪い』なのかもしれない。

「スサッケイ殿はどうされるおつもりか?」

 スサッケイは、十数人の『影飛び』と共にワーヘ城の集合地点に来ていた。

 彼は、レベセスに依る氣功術の恩恵により、生命の危機は完全に脱した。生命活動の回復により、ある程度体力が戻った後、その足で『影飛び』のアジトに戻り、自身が覚悟しているゴウの今後について、彼等に対し物静かに語ったという。

 『影飛び』はスサッケイの育った村の忍び達。そんな彼らはスサッケイに忠誠は誓っていても、スサッケイの主であるゴウに忠誠を誓っている訳ではない。ただ、ゴウの私兵として雇われたため、雇用関係の維持のために結果的にゴウの指示に従っている。元々は、ゴウに忠誠を誓うスサッケイに対してゴウから指示が出たため、スサッケイに忠誠を誓う『影飛び』の面々が尽力する、という構図だ。

 ゴウの為ではなく、ゴウの為に瀕死の重傷を負ったスサッケイの為に、『影飛び』たちはワーヘ城の麓にいた。

 その人影の最も後ろに、頭領スサッケイ=ノヴィ。

 傷こそ全快したものの、そこで失われた体力が戻るにはまだ時間が足りなかった。とはいえ、彼がやはりそのまま『影飛び』の村で待つ事が出来るはずもなかった。前日、レベセス=アーグに伝えた通り、彼は自分の衝動を抑えられなかった。

「お待たせした。レベセス殿もレーテ殿も、私の後についてきて欲しい。今は、私がこの城の……長なのだから」

 一瞬の間の後、自身の事を『長』と表現したスサッケイ。

 王ではなく、長と表現した。

 それはこの国の頂点に立つ覚悟の表れではなく、むしろ、自分はこの国を王が戻るまで無事に保ち続ける為の長であることを宣言した声明だった。それは奇しくも、カタラット一族の帰りを待ち続けた仮王ゴウ=ツクリーバの意志でもあった。無論、それはスサッケイがゴウに返すということだ。

 スサッケイが、カタラット国の王位をカタラットの血を引く者に返したいかというと、それは彼の望みではない。彼の主の望んだことだからこそ、そこに尽力しているに過ぎない。それは、ゴウも同じだったのだろう。

 主に尽くす図は、焼き直しの焼き直しとしてレベセスの目に映る。

 自分の敬する者の為に作業する。それは大事な事だが、彼等はもう少し自分たちの為に尽力してもよいのに。主の為に生き、主の為に死ぬ。それも一つの生き方だ。だが、ラン=サイディールという人ではなく国という『主』の為に死ぬことを選択できなかったレベセスにとって、スサッケイや『影飛び』の想いを理解も納得もできたが、何か少し物悲しかった。

 スサッケイは先頭に立ち、ワーヘ城へと続く大扉に近づく。

 扉でワーヘ城を護る衛兵たちは、城に近づいてくる集団が、スサッケイとレベセスの一行であることに気づくと、敬礼後そのままスサッケイ一行を通した。

 城の人間達には、ゴウの現状は伝えられていない。ただ、ちょっとした病に臥せっているだけで、すぐに快癒する。そのように伝えられていた。それを信じている者達にとっては、昨日の城の屋上部での轟音は、なかったこととされているのだろうか。

 謁見の間から奥の通路に進み、そのまま屋上に出た一行。

 当初、レベセスは浮遊術≪天空翔≫でワーヘ城の最上階まで進むつもりでいた。流石に、ワーヘ城の正面から城に入れるとは思っていなかったからだ。だが、スサッケイの登場により、体力の消耗を抑え、ゴウとの直接対決に臨むことが出来るのは良い方の想定外だった。

 技は熟れ、知識も身に付き叡智も増す。だが、土俵際の踏ん張りは、純粋に若さに軍配が上がる。そして、若さが生み出す無尽蔵の体力。今は心に対して体がついていかない。常人と比較すれば、悪鬼羅刹の如き体力であったとしても、それは全盛期のレベセスからすれば衰退の一言で言い表せる。




 空は、水平線に近づくにつれ、濃紺を徐々に薄くしていく。そのグラデーションは、何人が見ても美しいと心を打たれるだろう。暖色の存在しない空。だが、それも日の出が近づくにつれて、光も雲も空も温かみを増していく。

 そんな水平線の光に包まれる様に、人影がぽつんと立ち尽くす。

 その人影は、昨日は何かに寄りかかる様に立っていた。そして、その姿勢は今も全く変わらない。あの時からぴくりとも動いていなかったという事なのだろうか。

 本来であれば、世界最強クラスの戦士たちに後衛を任せるなどありえない。だが、今回は。今回だけは。スサッケイと『影飛び』は、レーテとレベセスの後ろに立つ。スサッケイ以下影飛びの面々をこの戦闘に巻き込むことをしたくないというレベセスの気持ちだ。

 どれほどの覚悟を持っていたとしても、スサッケイにゴウを攻撃させることは憚られた。

 集団の先頭に立つレーテとレベセスは、深呼吸すると、戦闘体勢に移行する。

 レベセス=アーグは半身を敵に対して縦にする事で、相手の攻撃が当たる面積を減らす。腰の剣はただの鋼の剣だ。対人間の戦闘には役に立つだろうが、そうではない存在にはどの程度効果があるのか。それでもないよりはまし。お守りだ。

 少女レーテは、光龍剣をゆっくり抜き放つと、腰に矯めるように構えた。

 聖剣を用いた戦闘は生まれて初めてだったが、その敵は強大だ。誰かが助けてくれるわけでもない。レベセスは今回の戦闘でのパートナーではあるが、彼がレーテを護りながら戦う事は難しいだろう。自分自身の力で、この初陣を生きて帰る気にならなければ、その結果は惨憺たるものになる。

 この戦闘に気が引けるのは、対する『ゴウであった者』は、近づかなければ戦闘を仕掛けてくることはない事。あくまで、この戦闘は自分たちが引き金を引かないと発生しない。少女は、生まれて初めて命を賭した戦いをするにあたり、自分から相手に戦闘を仕掛けないといけないという負い目も若干感じていた。

 できる事なら、ゴウをそのままにしておけば未来永劫この戦闘は開始されないだろう。ならば、そのままやり過ごすことはできないのだろうか。そうすれば、自分自身剣を振るい、場合によっては相手の命を絶つ事もせずに済むかもしれない。

 だが、それはスサッケイも、レベセスも、ゴウさえも許さないだろう。この現状を、ゴウが望んでいたとはとても思えないからだ。例え本人の口からそれを聞いた事がなくとも。

『聖剣を持つことで周囲の人間をハッピーにしなければならない』。

 聖剣の存在意義が、少なくとも、所有者に超人的な力を授ける事だけではないのはわかる。授けた先には必ずその理由がある。

 その力を使って、何某かに抗い、或いは共闘しなければならない。何かを切り拓くのか、それとも何かを護り抜くのか、それすらもわからないが。

 レーテは、何も知らぬ頃に呟いた自身のその言葉を噛みしめながら、戦闘で初めて使う聖剣『光龍剣』の柄をしっかりと握りしめ、脇に構えなおした。

 少女の目に焼き付いているのは、人ならざる者の放った光の矢が、スサッケイの四肢を貫く様。あれが自分に向けられて放たれたなら、放つのを確認してから動いていては間に合わない。常に横に動き続けて射線から体を外し、放たれた攻撃を躱しながら接近するしかない。それはレベセスと確認した。

≪光矢≫は、術が発動してから射出されるまでの間に若干時間がある。これは如何に術者が練度を高めようとも、光を収束させ対象を焼き穿つ物理強度を与える光の矢を生成する為にかかる工程なので、その時間が変わるものではない。だが、射出されてから標的に着弾するまでの時間はほぼゼロに等しい。速度と貫通に特化した術で、矢が高密度で収束され熱を帯びた光で作られたものなので、直進しかせず、通常の矢のように重さで放物線を描くこともないので、障害物に当たり、焼き穿つだけの熱量を障害物に奪われて失えば、ただの眩い光となるだけで、そこに殺傷能力はなくなる。

 先の戦闘で、レベセスはマナ術の反射術≪鏡≫を用いた。だが、結果は惨憺たるもの。

 実質の所、反射術≪鏡≫は光の矢の一撃を受けて霧散してしまった。これでは何の役にも立たない。≪光矢≫の術一回につき、通常のマナ術数回分の『真』が収束されていたという事なのだろうか。反射は確かに行なわれたはずなのだが、結果≪鏡≫は壊れてしまった。

 二段構えの作戦として、≪鏡≫の裏、そして掌の間に『氣』の層を作っておいた。結果、≪鏡≫で跳ね返せなかった半分以上の『真』エネルギーを『氣』で受け止め、包み込むようにして『真』を『氣』に遷移させながら横に投げ捨てた為、レベセスは掌に僅かの火傷を負うだけで済んだのだった。

 聖剣を持たぬレベセスは、『真』の力を使ったマナ術に関しては未経験者と同じかそれ以下だった。その体たらくに些かショックを受けたレベセスではあったが、それに固執するわけにもいかない。自分の出来る範囲で策を練らねばならなかった。

 当然、レーテもマナ術に関しては全くの素人だ。その素人にマナ術使用の前提で戦闘を仕掛けさせるわけにはいかなかった。

 レーテとレベセスの対応策はと言えば、オーラ=メイルを前面に集中させ、かつレーテは聖剣を前面に突き出し盾として用いる。また、レベセスは剣に氣を奔らせ、矢を極力弾くしかなかった。それは、マナの光の矢を氣で受け止め投げ捨てる事が出来た、先の戦闘に由来する。もっとも、それをメインにするわけにはいかない。基本は回避だ。

≪鏡≫のマナ術が使えない以上、≪光矢≫の対抗策はないに等しい。

 もしレベセスがマナ術を得意としていたなら、≪凍≫で温度を限りなく下げた物を用いて貫通能力を無くすことができたのだろうが、それも彼のマナ術の練度からすると不可能に近い。彼の知る限り≪凍≫の術を施された『被術具』も存在しない。

 今レベセスにある手駒は、聖剣を持ちパワーアップしたレーテと自身の第三段階の身体能力、それと如何ばかりかの知恵。その三つで、人ではなくなったゴウと相対しなければならない。

「行くぞ……!」

 鋭く短く小さいレベセスの鬨を聞き、レーテも鋭く短く息を吐く。

 不思議な光景だった。

 いつ何時激しい戦闘が始まってもおかしくないこの状態で、レーテとレベセスはゆっくりとゴウに対して歩みを進めていく。

 只の歩きであるにも拘らず、ゴウであった者とレベセス、レーテの二人の間には激しい圧が存在した。

 今回の戦闘は、間合いからの直接的な攻撃ではなく、横の激しい動きが勝敗を決する。撃たれる前に高速で切り込んだとしても、≪光矢≫の発射より速く斬りかかる事は不可能だ。となれば、射出される前に予想して先行回避をしておく必要がある。そして、一撃でゴウを大陸砲から離すには、大陸砲に斬撃を当て破壊するか、ゴウの腕を斬り飛ばすしかない。だが、それは両方避けたい。

 狙うのは、ゴウの持つ大陸砲固定部のハンドル。

 数十センチはある標的だが、数十メートル離れた位置から高速で接近しつつ、≪光矢≫を回避しながら、その部位を斬り抜くのは困難を極める。その為、高速での戦闘に突入する前にできるだけ大陸砲までの距離を詰めておきたかった。その距離が例え何メートルであったとしても。

 そして、更に今回の戦闘を難しくしているのが、マナ術特有の『真』の集中が全くない状態での≪光矢≫の発射が可能であるということだった。術発動時、術者の周囲に『真』が集まり、マナ圧と呼ばれるものが高まる。その為マナ術その物の発射のタイミングはわかる筈なのだが、今回大陸砲が『真』を既に尋常ではない量集めているため、『真』収束の為のマナ圧の高まりがない。実質無動作で≪光矢≫を無尽蔵に撃ち続けることができるということだ。

 ゴウの持つ大陸砲の微妙な変化を見落とすと即全滅。

 それを見破る為の歩行進撃だった。


 一歩。

 また一歩。

 レーテはレベセスと共に、大陸砲を構えるゴウであった存在に近づく。

 敵に近づくという本能的な恐怖は拭えないが、それを理性で抑え込む。近くにいても遠くにいても、打たれれば弾速が速い為、回避は不可能。打たれる前に出来るだけ動く事。

 現在、大陸砲を構えているとはいえ、ゴウは全く違う方向を向いている。

 だが、確実に二人の人間の接近には気づいているはずだ。

 そして、ある一定の距離を割った所で、突如マナ術である≪光矢≫を使って攻撃してくるだろう。その判断基準は、突然自分たちの方を向く大陸砲。その時点で、如何に早く横に動けるか。

 大陸砲が動いた次の瞬間、きらりと光った砲身からは、光を収束させて作られた光の矢が放たれる。

 本来の術者であれば、一本一本放たれるべきその術も、大陸砲で『真』を無尽蔵に準備できているこの状況では、複数本同時に放たれるだろう。それもこの状況の打開を難しいものにしていた。

 大陸砲がこちらを向いた瞬間、レーテとレベセスは左右に散る。当然大陸砲はどちらかの対象に砲身を向けて砲撃しなければならない。その一瞬の隙を狙い、狙われなかった方の人間が、大陸砲を急襲、大陸砲とゴウを分断する。

 狙われた方は負傷覚悟で、全力で逃げ切るしかない。

 一瞬無茶で自虐的な作戦にも思えるが、ゴウを救うにはこれが最も有効な作戦だった。

 ……大陸砲が動いた! 標的はレベセスだ!

 レベセスは自身に標準が合わされたと感じた瞬間、今できる限りの全力で『氣』を開放する。青白い光の爆発に包まれたレベセスはそのまま一気に横に跳躍した。

 驚いた表情こそ見せぬゴウではあったが、突然加速したレベセスに砲身を向けるタイミングを逸した。レベセスが歩いていたところより数メートルレベセスが移動した方向に矢を飛ばす事はできたが、それはレベセスには当たらない。

 レベセスは一撃を回避し、爆風を背後に感じながら、屋根の端に手を突き体制を整えると、両足で跳躍する。

 空に逃げると、体の自由が利かなくなる。それは間違いない。浮遊術≪天空翔≫を用いた所で、光速で飛来する矢は避けられない。だからこそ上昇し、距離を取る事で≪光矢≫との間合いを取り、着弾時のダメージを減らすための手を講じたのだった。

 レベセスは腕を交差し、両腕に全身の『氣』を集中させる。それにより、直撃した光の矢がレベセスを貫く前に、『真』を『氣』に遷移させることでレベセスが体に受けるダメージを最小限に食い止める作戦だった。

 ゴウは大陸砲の砲身を、跳躍したレベセスに合わせて移動させている。

 ダメージを受けるかもしれないが、作戦の成功を確信したレベセス。

 レベセスと逆に跳躍したレーテは、聖剣の第二段階を発動し反転すると、レベセスを追って上を仰ぐ砲身とその手を繋ぐハンドル部分を狙い、斬撃を繰り出す為に大きく振りかぶった。

 剣での戦闘は初めて。

 ましてや、斬りかかるという行為も初めて。

 人や動物、それが魔物であったとしても生物に対して攻撃を仕掛けることそのものが生まれて初めて。

 そんな、齢十一歳の少女が、最初に斬りかかる相手が人でも動物でもなく、物であったのは不幸中の幸いだった。そして、それが彼女にとってどれほど幸運であったか。

 今後聖勇者として急遽世界の趨勢を左右する戦闘に身を委ねる事になるレーテが、最初に生を奪う事をせずに剣を振るうことが出来たのは、彼女に感じなくてもいい負い目を与えないという意味では最高の状況だった。

 ドレーノの民衆の騒乱時に、ファルガはロニーコで何人もの人間を斬った。その行為に至る際、何人もの人間から謂れのない怨念に似た感情を受け、人を斬るという事に覚悟を持たずに戦場に乗り込んだファルガは正気を失った。レーテがその状況に陥らなかったのは、幸運以外の何者でもなかった。

 聖剣の第二段階の氣の高まりに呼応し、レーテの動体視力も高まっていた。ぐんぐん近づいてくるハンドル部。後は光龍剣をそのハンドルに叩き込み、ゴウと大陸砲を分断するだけだった。

 次の瞬間、レーテは焼け落ちていた。

 全身に回る炎を転がりながら消そうと試みる。だが、激しい炎はレーテを焼く。

「レーテ!」

 一瞬愛娘に気を取られたレベセスは、左肩に激痛を覚えた。

 ガードの緩かった両腕の隙間を縫い、左肩を光の矢が貫通したのだ。

 レベセスも屋根に墜落する。何とか頭から落ちる事だけは防いだものの、着地はおぼつかなく、着地そのものでもレベセスはダメージを受けているようだった。

 だが、燃え盛るレーテの炎を消すべく、レベセスはよろよろとレーテに近づいていく。

 狙われるレベセス。砲身は明らかにレベセスを捉えていた。

 ……一体何が起きたのだろうか。

 確かに作戦は成功していた。

 レベセスに向いた砲身は、レベセスを追従する。それを理解するレベセスは、更にゴウの気を引くべく、大きく跳躍し、自ら標的となった。

 だが、別の炎の一撃がレーテを襲った。

 レベセスからすると、これは完全に想定外だった。ゴウが二つの術を同時に使ったとでもいうのか。

 レベセスは焦る。

 だが、そうではなかった。

 砲身の傍に認めるもう一つの人影。

 それは、レベセスの知る人物だった。

 褐色に焼け、大きく美しい黒瞳を持つ美しい少女。ギラ=ドリマ。

 何故齢十八歳にしてドレーノ国第一位サイディーラン、ハギーマ=ギワヤを屈服させた才気煥発な少女。ある時突然黒い稲妻に打たれ、ロニーコから姿を消した少女が、そこにいた。

 右手で大陸砲を掴み、左手をレーテに向け、大陸砲から集めた『真』を奪い、火炎の術でレーテを焼いたのだ。

「弱いものだな、聖剣の勇者とやらも」

 ギラはまるで子犬に向ける愛玩の笑みを燃え盛るレーテに向けた。そして、その後に、レーテに歩み寄ろうとするレベセスに目を向けた。

 レーテに向けられた掌底は、今度はレベセスを捉える。

 マナ術≪燃滅≫を放つために、掌にマナを集める。

 レベセスはギラに狙われている事に気づいてはいたが、燃え盛る愛娘を見捨てて己を防御する事など出来はしなかった。

「レベセス、貴様も死ね!」

 殺害予告と同時に掌に集まったマナが火球に遷移する。

 だが、次の瞬間、燃え盛る少女の身体から、青白い光が迸り、同時に炎が掻き消える。

「熱い! 火傷したらどうするのよ!」

 当たり前といえば当たり前のセリフを叫び、レーテは立ち上がった。

 炎は掻き消え、代わりに少女の身体を包むのは青白い『氣』の炎だった。

 レベセスは愕然とする。まさか、聖剣を使い始めて只の二日で第三段階に到達するとは。

 レベセスの認めた才能の塊だった男ですら、第三段階に到達するのには数カ月の時を擁し、その息子であるファルガですら未だ第三段階には到達していない。

 だが、自分の娘であるレーテが、聖剣の発動熟練度を短期間でここまで高めるとは、言葉では言い表しようのない程の驚きだ。

 第三段階に覚醒したレーテの身体能力は、ほぼ通常時の五十倍。もはやギラの≪燃滅≫の火炎弾の速さは問題にならなかった。

 ギラの掌底から放たれた火炎弾を、いとも簡単に躱すレーテ。

 氣の炎『オーラ=メイル』に包まれた少女は、自分の髪先が焦げて縮れた事に憤慨していた。

「貴女だって、女性ならわかるでしょう! 髪が焼かれたら嫌なことくらい」

 なんと緊張感を削ぐ台詞だろうか。

 命のやり取りをしている筈が髪の談議に変わっている。女性にとって、髪は命にも代えがたい物、とはいうものの、実際にそこが論点になる事はあまりない。そこがレーテらしいと言えばレーテらしいのだが。

 ゴウであった者は、ギラが砲身を掴んでいるにも拘らず、それを振りほどく様に砲身をレーテに向けた。

 だが、そこからのレーテの動きは速かった。

 直角の動きを織り交ぜて、大陸砲の射線上から一旦体を外すと、一瞬にしてゴウとの間合いを詰める。そのまま大陸砲とゴウの持つハンドル部分の間にある、大陸砲を支える支柱の部分を光龍剣で斬り飛ばした。

 勝った!

 レーテは勿論、それを見守るレベセス、そして、周囲でこの戦闘を見守るスサッケイと『影飛び』のメンバーは勝利を信じて疑わなかった。

 後は、大陸砲から切り離されたゴウが正気を取り戻すのか、はたまたミイラと化したゴウはそのまま崩壊してしまうのか。

 だが、事態は更に動く。

 空には雲一つない黎明の時。柔らかい初夏の風が微かに頬を撫ぜる。

 絶望から希望へと空気が変わる一瞬の出来事。

 カタラット国王城、平城ワーヘ城の屋上部に立つ全ての人間に対し、何の前触れもなく黒い稲妻が落ちた。音もなく屋根を叩く無数の黒い稲妻は、その場にいる者全てに幾度も直撃し、一人たりとも逃がすことなく、薙ぎ倒した。

 稲妻の豪雨が終わる時、そこに立っている者はいなかった。




 最初に立ち上がったのは、百戦錬磨の『影飛び』たちでも、聖剣の勇者となったレーテでも、ましてやレベセスでもなかった。

 両断された大陸砲の砲台から落ちかけた、大陸砲の結晶を左腕で掴み、直立するのは、最も体調を心配された存在。人ならざる者となったゴウ=ツクリーバだった。

 立ち上がったが、それ以外の挙動を見せない。

 その次に立ち上がったのは、褐色の美少女、ギラ=ドリマだった。少女は周囲を睥睨すると、『ゴウであった者』以外は誰も立っていないことに満足そうに微笑んだが、その後、不審そうな表情を浮かべた。

「ここにいる人間どもの中には、選ばれし者は一人もいないのか」

 不満そうに呟く。ギラにとって、黒い稲妻はダメージにはならなかったらしい。

「選別に耐えられる者はいなかったということなのか」

 更に二、三度周囲を見渡して、立ち上がろうとする人影が複数あることに気づくギラ。

 ゆっくりと立ち上がったのは、彼女に敵対する男、レベセス=アーグだった。

「レベセスが選別されるとはな。だが、聖剣の所有者が選別対象になるとは面白い」

 稲妻に撃たれたレベセスが、肌の色を若干黒くしたのは、焦げたからではなかった。黒い稲妻に撃たれ、覚醒した者は若干肌が黒ずむ傾向にあるようだ。続いてレーテ、『影飛び』たちと続く。だが、『影飛び』達の中には、倒れたままピクリとも動かず、まったく立ち上がらない者もいた。

 だが、最初に黒ずんだレベセスの体に、そして次に黒ずんだレーテの体に変化が起こった。なんと、黒ずんだ皮膚の表面に亀裂が入ったのだ。

 気合一閃!

 レベセスの体から、ひび割れた黒い皮膚は剥がれ落ち、彼の足元で蒸発して消えた。

「これが、黒い稲妻か。なるほど、頭の中におかしな思想を植え込む術のようだな。

 その思想が受け入れられない人間の場合は撃たれて終い、というわけか」

 自分の体の変調と、不愉快な感覚に抗いきれず、ふがいなく呻き続けるレーテに喝を飛ばすレベセス。

「どうしたレーテ! これ位の洗脳術程度、簡単に払って見せろ!」

 レベセスの言葉に、レーテが反応する。

 自分の父がやって見せた通り、氣のコントロールを始めるレーテ。

 そして。

 聖剣の発動と同時に黒い稲妻の呪いを弾き飛ばしたのだった。

 だが、黒い稲妻の直撃を受け、かつその呪いを払えない者は多数存在した。

 ゆっくりと立ち上がった影飛びの面々で、黒ずんだ肌から回復しない者は多数いた。

 つまり、黒い稲妻の洗脳術から解けていないということだ。

 状況は一転した。

 レーテとレベセスの周りを囲む者は全て二人の敵となった。それ以外の者はまだ立ち上がってこない。

 レーテとレベセスは、背中合わせになり、黒くなった『被選別者』からの攻撃に備える。だが、立ち上がった『被選別者』は、一向に動こうとはしない。文字通り、ピクリとも動かない。立ち上がった者たちは、文字通り黒ずんだだけだった。立ち上がって『選別』されたこの者達は、ギラの支配下にはないということなのか。そして、当のギラからも、レベセスとレーテに対しての攻撃指示は出ない。

 現状の臨戦態勢を解いていいのか疑問を持ち始めたころ、『ゴウであった者』は再度、レベセスたちに向け、大陸砲をかざした。その時、レーテは見た。ゴウの足元に、彼が人間であった頃の足とは違う、鉤爪がワーヘ城の屋根をしっかりと掴んだところを。

 もはや、ゴウは人間の域を脱していた。

 次の瞬間、ゴウの振りかざした大陸砲から、レベセスたちに向けて光の帯が放たれた。

 大陸砲の発射。

 それは、『真』のエネルギーをマナ術によって変換することをせずに、そのままのエネルギー形態で開放する行為。もっとも破壊力があり、かつエネルギーの総量のコントロールの最も難しい状態。それを、ゴウは人間だったころにはなかった足の裏の鉤爪を足場に固定して、自らの体を砲台にして放ったのだ。

 眩い光を周囲にまき散らす。

 だが、以前の『大陸砲惨』時の輝きに比べると、光が格段に弱い。そして、マナ術によって変換された≪光矢≫と異なり、発射と同時の着弾とはならないのが幸いした。

 レベセスとレーテは再度左右に散り、大陸砲の直撃を避ける事は出来たが、彼らを囲むように立ち尽くしていた黒い人影は光の奔流に飲み込まれ、霧散した。

 横っ飛びで大陸砲の一撃を回避したレーテだったが、その次の瞬間には、新たな敵の攻撃が続く。聖剣の勇者の移動速度に追いつくだけのスピードを持つ人間などいるはずがない。だが、人間の姿をした魔人がそこにいた。

 美しい少女、ギラ=ドリマ。その妖しく輝く瞳は、レーテを奇妙な気持ちにさせた。少女の突き出す短剣をそのまま体に取り込んでみたい、という不思議な衝動。

 刺されろ。そして死ね。

 危うい勧誘。それを受け入れそうになるレーテ。

 銀色の短剣がきらりと光り、レーテの腹部へと吸い込まれようとするまさにその瞬間、短剣は黒い刃の剣に弾き飛ばされた。

 ギラは、戦闘への第三者の介入に深追いをやめ、距離を取った。

 一瞬バランスを崩しかけたが正気を取り戻し、受け身を取ることで、ワーヘ城の屋根部に叩きつけられる事だけは回避するレーテ。

「オーラ=メイルを前面に集中しろ。幻惑の術の影響を遮断するには相手を見ないことだ。相手の氣の流れを感じて戦え。どれほどの存在でも、必ず生物である以上は氣を持つ。それを感じて戦うのだ」

 立ち上がろうとして、自分を助けたのが父レベセスではないことに気づき、謎の人影から飛び退くレーテ。

 黒マントの男。そして、その男の持つ一振りの剣は、周囲の光をすべて吸収するかのように黒い。漆黒の闇とは、こういうものを指すのだろうか。

「ガガロ……、何故ここに……?」

 左肩を抑えながら立ち上がるレベセス。だが、今の彼にはギラの攻撃からレーテを護る事も、ガガロの攻撃からレーテを護る事も出来ない。レベセスは、聖剣を持たぬ自分が戦力外であるという事実を突き付けられ、ショックを隠せなかった。

 レベセスは無駄とはわかっていても自分の左肩に氣功術の≪治癒≫を施すが、思った以上に自身の氣の力が下がっているせいか、癒すことが出来ないのが現状だ。

 最悪、レーテを呼び寄せて、レーテに治癒をしてもらうしかない。自分自身の氣の波動は、自分には影響を及ぼせない。やはり、他者であるレーテの氣の波動を受けとることで治癒力を高めるしかない。

 しかし、先ほど眼前で起こった事はレベセスにある疑問を持たせた。

 ガガロは光龍剣を求めていたはず。今、光龍剣はレーテの所有になっている。それを己の物にしようとするなら、レーテを殺すしかない。だが、ガガロの行動は、ギラの攻撃を阻止し、レーテを守ったように見える。

 ということは、黒い稲妻はガガロの勢力……つまり、フィアマーグの影響ではないということなのか。

 フィアマーグは巨悪を問題視しているはずだ。その影響を受けているガガロがギラの攻撃を阻止するということは、黒い稲妻の『選別』行為は、巨悪の所作であると理解してよいだろう。

 レベセスは、巨悪の存在に対して半信半疑ではあったが、黒い稲妻を目の当たりにしたことで、今までの状況と、耳にしただけの情報をある程度整理することができた。

「俺は、余り氣功術は得手としていない。それでも少しはマシになるはずだ」

 青白い炎の形状をした氣の鎧、オーラ=メイルを纏ったガガロは、レベセスに向けて光の球を放った。それは、レベセスには酷く温かく柔らかい物に感じられる。レベセスはそれを受け取ると、左肩の傷に当てた。光の球はゆっくりと傷に染み込んでいき、肉芽とかさぶたとなり、傷は緩解した。

 レベセスは立ち上がり、剣を握り直した。第三段階の氣炎が上る。

「助かったぞ、ガガロ。私ももう少し戦えそうだ」

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