お菓子か悪戯か。それは問題です。
季節ネタ投入。
結局のところそれは、鬼か悪魔の所業なのだ。
そもそも日本は資本主義が定着した国なのである。否。たとえ物々交換しかない国であろうとも、対価を支払うことなく、さらには「くれなきゅ悪戯するぞ☆」などと、脅迫まがいの文言をもって糧を得ようとすれば、早晩手が後ろに回る事になろう。
他の多くの行事と同じように商業主義に踊らされているからとはいえ、いい大人がウキウキと参加するなど……嘆かわしい。
しかもまた、子供を主役として立てているのが、あざとい。
黒や紫、時には星の刺繍をほどこした三角帽子とマントをまとい、うねうねと曲がりくねった木の杖を持った魔女や魔法使い。黒いマントに白いドレスシャツ、プラスチックの牙をはやしたドラキュリアに、被りもののフランケンシュタイン博士が創りしバケモノ。そこら辺はまだいい。
しかし万聖節の宵、季節と季節の逢魔ヶ時にスー○ーマンだのス○イダーマンだのアイア○マンだのが行き交うのは、どうにも承服しがたい。
大体なぜ、どんな経緯でそんなとんちきな所業に行き着いたのか。
そもそもハロウィンとは、現在のフランスとベルギーの一部であるガリアを逃れた古代ケルト(ガリア)人が始めた宗教行事のはず。
秋の稔りを言祝ぐとともに、彼らの1年の終りの日、夏の終わりと冬の始まりの境目の夜、死者の霊が家族を訪ねてくる日、ようは日本のお盆の様なものである。日本では祖霊を迎える火を焚くのに対し、彼の国では時期を同じくしてでてくる有害な精霊や魔女から身を守るために仮面を被り、魔除けの焚き火を焚いていた。
それがなぜ、パンプキンパイだのキャンディーだのを食べ、似合いもしない仮装をして頼まれもしないのに市中を練り歩き、果ては善男善女の幸福な家庭を襲撃するという、恐ろしい行為に至ったかと言えば、あの大国のせいである。
19世紀、じゃがいも飢饉により合衆国にアイルランドやスコットランドから大量の移民が到着し、彼らがしめやかに祝うそれを見ていたお祭り好きの人々が自己流にアレンジしてやり始め、米国人が軍事・経済両面で世界に「進出」していくに伴い、彼らがアレンジしたハロウィンの風習が広まるはめになったのだ。
カボチャのランタンを持つ、もしくはくり抜いたカボチャを頭にかぶった「ジャック・オ・ランタン」は、本来カブ男であった。それがアメリカにわたった時、かの地で生産が多かった、ようは安く大量に手に入ったカボチャに変えられカボチャ男に変わったのである。
ハッ! ということは。これはやはり、国家の、米国の陰謀で―――
「「優さま~お待たせいたしました。かぼちゃのコテージパイとクッキー出来ましたよ~♡」」
「ハイ、は~い♪」
あ、皆様こんにちは。ご無沙汰しております。
越谷優もうすぐ30歳。ただいま異世界にて異国の宗教行事を満喫中でございます。
麗しい我が家の天使達が、カートにごちそうを満載してきてくれましたからね。無駄口叩いていないで重要な使命を果たさねばなりません。
えぇ。ごちそうを天使達と、そして何より神々の御使い、いやあの素晴らしさは既に神そのもの? な執事様と堪能するという使命を。
え? さっきまで散々愚かな行事だなんて、ディスってたじゃないかって?
ハッハッ、何の事だかわかりませんね。Happy Halloween! お祭りは楽しんだものがちなのですよ!!
「優くんのその変わり身の早さは、一種の才能やと思うわ」
「え? なんですか、仕事帰りにちゃっかりウチに寄った阪本先輩。アヌリン特製の美味しいクッキーとヤスミーナが腕によりをかけたコテージパイ、いらないって言いました? あぁそう言えば先輩の好きなカレーもあったのに」
「……ナンデモアリマセン」
あらあら先輩ったら。ちょっと苛めただけじゃないですか。そんな涙目にならなくても、ちゃんとご馳走しますよ。美味しいものは大勢で分かち合わないと。ほらほら、いじけている間に、お茶が冷めちゃいますよ。
「心配はいらない、ユタカ。サカモトがいらないならその分まで私が頂くから」
「あれ、エドさん?いらっしゃいませ」
いい年してソファの上で膝を抱えて黄昏はじめた先輩を宥めていましたらば。男装の麗人、エドウィナリアさん登場ですよ。
本日はお休みなのですかね。いつもの純白の近衛騎士スタイルではなく、仕立ての良いブルーグレイのシャツに、光の加減では黒にも見える濃紺の上着というラフな出で立ち。クラヴァットのない襟元はさり気なく寛げられ、糊のきいたシャツからのぞく鎖骨が……くぅっ色っぽい!
いつもは上にかきあげている前髪が奔放にはねているところを見ると、ここまでは馬に跨ってきたんですかね。と言う事は、道々にエドさんの色気にあてられたお嬢様やお姐様達が倒れていることでしょう。あらあら。ご愁傷様です。でも本望ですよね?
「この――ハロウィンと言ったかな? 行事は中々に興味深いね。特にあの凶暴なポティロンを使ってこんな多彩な料理ができるとは思わなかった。君の天使達は実に有能だね」
「そんなにお褒め頂き恐縮です。もっと言ってください」
いやいやわたくしごときにも笑顔の大盤振る舞い、ありがとうございます。さすが「陽光の君」なんて巷で呼ばれておられるだけあります。眩しすぎて目が潰れそうです。
ちなみに、ヤスミーナやアヌリンが天使のごとく可愛い上に優秀なのは厳然とした事実ですので、謙遜はしません。もちろん。
ちなみにちなみに、エドさんがいま言った「凶暴なポティロン」とは、ハロウィンにはつきものの、あのカボチャです。ただし異世界産の。
我々が良く知るあのオレンジ色や緑色のコロンとしたカバチャと同じような形をしているもの、大きさは2.5~3倍くらい。そしてなによりその蔓がですね。巻きついてくるのですよ。ええ。意思を持っているように。まぁ避けても追ってきますから意思をもっているのでしょうねぇ。捕食しようと言う。
ハハッさすが異世界。テンプレ乙。
伸びてくる蔓は若干鬱陶しいですが、ぶった切るか燃やせば良いですし、実の部分は我らの世界と同じく、細い茎で蔓とつながっているだけですから。風の刃でシュパンと切っちゃえば無問題。
実が大きいから大味なのかな? と危惧していたのですが、とんでもない。煮て良し焼いてよし。肉だけでなく他の野菜との相性も抜群。和菓子洋菓子関わらず、そのこっくりとした口触りと甘みは癖になる予感が。
めでたくウチの天使達お気に入りの食材になりましたので、森で見かける度に狩っています。あぁ、ええ。収穫は畑ではなく、森です。しかも大型の魔獣がでる深部のあたりに良くいますね。光合成で育つんではなく、魔獣を養分として育っているからでしょう。たぶん。美味しけりゃいいんですよ。
「グラヴェト様、粗茶でございますが」
「あぁありがとうヤスミーナ。今日も匂う様な美しさだね。ヘッドセットの下に可愛らしく収まっている様も可愛らしいけれど、その黒檀の様な髪を一度この手で受けてみたいものだよ」
「過分なお言葉、ありがとうございます」
「過分だなんて! 詩人ならぬ身が口惜しいね。君の美しさをほんの少ししか称えられないのだから」
「グラヴェト様、まずはクッキーで宜しいですか?」
「そうだねアヌリン。まずは君のこの愛らしい手が生み出してくれた、芸術品から頂こう。君のつくるお菓子は甘くて芳しくて……まるで君自身のようだ。私はいつも食べつくしてしまわないよう苦心しているのだよ?」
「あら! ありがとうございます。嬉しいですわ」
あれ? あれれれれ? いつの間にやら我が家にハーレムが形成されていますよ? ハッ、もしや! お休みらしいのにワザワザ我が家に来たのは、二人に会うため……?
息をするように女性(時に男性)を口説くエドウィナリアさんにかかれば、ウチの天使達など一たまりもないのは確か。主の知らぬ間に、なんという事でしょう。
あぁでも……。黄金のしずくと称えられる金髪に悪戯そうにきらめくアクアマリンの瞳、前方向美しく男前なエドさん。ヘーゼルの瞳にふわふわの栗色の髪、ちょっとロリ顔のアヌリン。整い過ぎて一見きつく見える小さな顔に輝くスミレ色の瞳とそれを縁取る豊かな黒髪のヤスミーナ……。
イイ! 良すぎる! 百合でも見た目ハーレムでも見惚れてしまうほど合いすぎる! わたしには彼女達を引き裂くことなんてできないよ……っ!!
なんて勝手な脳内妄想で、ひとり悶えていましたらば。エドさんがハッと何かに気づいたように振り返り、いつもの一人がけソファに座っていたわたしの前に駆け寄り、やおら跪かれましたよ?
「この私としたことが。主役を独りにしているなんてなんたる失態。あぁユタカ。愚かな私をどうか許してくれないだろうか。そしてその叡智の深淵をのぞかせる黒曜石の瞳を、わたしだけに向けてくれ……」
あ、うん。ハーレムじゃなかった。これただのエドさんの、通常営業だわ。
って言うかエドウィナリアさ~ん。さっきから阪本先輩がソファの隅っこで、必死に空気になろうとしているの、気づいていますか~? あまりの貴女のドン・ファンぶりに空気通りこして石になりかけていますよ~? 褒めてくださるのは嬉しいんですけれど、もう少し控えてくれませんか~?
なんて事を多少オブラードに包んでお伝えするも、愛の狩人エドさんが変わるはずもなく。
説得は早々に諦めることにして、促されるまま席を移動し、エドさんの隣で大人しくクッキーに舌鼓を打つ事にしました。
あ~クッキーうまうま~。たっぷりのバターがかぼちゃ(ポティロン)の甘みをさらに引き出し、いくらでも食べられそうです。が。コテージパイもさっきからいい匂いで誘惑してくるんだよね。
かぼちゃとトマトと言う一見合わなさそうな材料を使うらしいけれど、ヤスミーナが外すわけはない。おぉ、しかも! さすがヤスミーナ。芸が細かい。パイ皮の上にジャック・オ・ランタンが描いてある。これを割るのは無……でも食べちゃいます!
「ふふっ」
ジャック・オ・ランタンにフォークをぶっさして大きく切り分け、口いっぱいにひろがる至福の味わいを堪能していたらば、横から笑い声が聞こえました。
「あ、失礼。ちょっとはしたなかったですかね」
ま、止める気はないけどね! 美味しいものは感謝しつつ全力で味わうべし。これも越谷家の家訓です。
そう思いつつも一応女子ですから。口を手で隠して、笑いの主である隣の麗人を伺えば。
「可笑しくて笑ったんじゃないんだ。口いっぱいに頬張って嬉しそうに食べている姿があんまり可愛いものだから」
とろけるような微笑み頂きましたー! 目が目が~~っ。
「……楽しんでいただけたのなら、幸いです。見た目以上に美味しいですから、エドさんも食べてくださいね」
いきなりサングラスをかけるわけにはいきませんので、さり気に。あくまでさり気な~く目をそらして、パイのお皿をエドさんの方へ押しやります。
すかさずわたしの意をくんだヤスミーナが、すっと近寄り、食べやすいように切り分けてくれました。
すまないねぇ。本当ならまったり4人で、ハロウィンぱーてー(と言う名の食事会)の予定だったのに。思わぬ来客があったもんだから、お客様対応モードで立って控えることになっちゃった。
阪本先輩だけなら問題なかったけど、お貴族様のエドさんがいたらば、何よりもまず、完璧執事さそこにシビレル憧れるぅっのセバスチャンが対応するから、必然的にアヌリンとヤスミーナもメイド対応になっちゃうし。
パイを美々しくカットしてお皿に取り分けてくれているヤスミーナと、壁沿いに控えているアヌリンに目だけで謝れば、天使の笑顔を返してくれました。
天使がいる……っ!死霊が跋扈する宵に、我が家には天使がいるよっっ。
「あぁヤスミーナありがとう。とても美味しそうだ。しかし私はまず、これから頂きたいな」
「……ほぇ?」
地上に舞い降りた天使たちに悶えるのに忙しくて、反応が遅れてしまいました。まだまだ修行が足りませんね。これが魔獣狩りの場なら重傷を負っている―――あ、常時結界はっているから問題ないか。
「あぁ、やはり。ユタカに手ずから食べさせてもらうと、格別の味わいだね」
結界が弾くのは、殺意や悪意を持つものだけなわけで。
つまりは、手に握ったままだったフォークに麗しのご尊顔を近付けて「あ~んパクッ」なんてやる方に対しては、何の効力もないわけです。はい。
「え~っと、エドさん? エドさんの分はこちらにありますよ?」
「もちろんそれも頂こう。だからユタカ、貴女のたおやかな手で食べさせてくれないか?」
「え? あ、いや、え?」
ちょっいつの間に腰に手が? 間合いをつめられていた?
「食べさせてくれるね?」
有無を言わさぬ美麗な笑顔が、迫ってくる。
ちょっ阪本先輩――は役に立つわけないから、セバスチャンっ! いつも頼れる素敵な執事、セバスチャン助けてっ!!
いぶし銀の執事様に助けを求めようと部屋を見回したら。
「……エドウィナリア。貴女はまた、なにをしているんですか」
自前でメデューサに仮装(変化とも言う)した、我らがクライアントのルーカスさんを出迎えてくれていたようです。
え~っと。HAPPY HALLOWEEN! やっぱり今夜は、異形が跳梁跋扈する宵だったようです。皆さまも、気をつけてくださいね?
最後に出てきたあの人はともかく、先輩がほとんど喋っていない……。そしてなぜか、エドさんの無双回に。