彼岸過ぎまで。 2
お盆過ぎちゃいましたね。
「散らかっていますけれど、さぁどうぞ。あ、優。阪本さんの布団は貴女の部屋でよかったわね」
「うんありがとう……って、お母さん? わたし電話で、『会社の先輩』って言ったよね?」
「あら……そうだったかしら。でもいいじゃない。阪本さん」
「いやいやお母さま? それはどういう意味の『いい』なんでしょうか」
「まぁまぁ。はやく持ってあがんなさい。荷物。あ、阪本さんはどうぞこちらへ。暑かったでしょう? お茶……ビールの方がいいかしら? それとももっと強いもの?」
「はぁ……いえ、あの、僕も荷物を」
「あらそれは優が運びますから。さぁさぁお客様はゆっくりしてください」
「いえあの……」
こうして子牛は連れられていきましたとさ。
うん分かってた。というか半ば覚悟していた。
うちのママンは話が通じないのではなく、聞きたい事しか聞かない人なのだ。そして笑顔で繰り出す押しが強い。おそらく日頃の仕事のせいでしょう。
うん。患者さんの繰り言を毎日聞いているとね、スルースキルがあがるよね! 聞いているふりして、ささっと誘導するのも、お手の物だよね!
………偏見かもしれませんが。
「……」
自室の扉を開けた瞬間、ベッドのすぐ下にきっちり敷かれた布団が目に入ってきて、精神力をごっそり削られました。
おぉうママン、魔獣もびっくりな攻撃力だよ。
思わず荷物を落とすほどの衝撃だよ。
「…はぁ……布団は後で玲に運んでもら「どこへ?」おぉうびっくりした!」
独り言にいきなり返事が返ってきたら、びっくりしますよね!
比喩ではなく本当に何センチか飛び上がって驚いてしまい、後ろを振り返れば。
「お帰り」
6つ年下の弟が、部屋の戸口でよく日に焼けた身体を少し屈めるようにして立っていた。
もうすぐ23になろうと言うのに、また背が伸びたのだろうか。羨ましい。
「玲くん……君の姉は確か、大分前にも、音もなく背後から忍び寄るなと言ったはずだけど? あとただいま」
そう言って頭ひとつ分以上うえにある良く似た顔を睨みつけたが、
「…音は立てていたし、忍び寄ってはいない。ユウ姉が鈍くなったんじゃ?」
こてんと首を傾げられただけであった。
くっ……23の男が首をかしげる姿とか、っか、可愛くなんて、ないんだからね!
「---父さまは?」
脳内ひとり突っ込み(ツンデレVer.)なぞ虚しいだけなので、階下に向かいつつ話題を替えることにした。
「夕食の仕込みした後、追加の酒買いに行った。もうすぐ戻ってくるんじゃない?」
「追加?」
言うまでもない事かもしれないが、我が家は皆、酒飲みである。
父はほぼ毎日のように晩酌―――食事時に飲むし、母も翌日が休みならば1杯程度は付き合う。
大学に泊まり込みか発掘旅行のお供かであまり家に帰ってこない弟の玲も、ビール程度ならば、あればあるだけ飲む。
なので、酒は常備しているはずだ。
はて。
今回帰省するにあたり、先輩を連れてくるとは言っておいたけれど、酒豪であることも言ったっけ? と内心首をかしげてしまったが、弟の次の言葉で納得してしまった。
「マユ姉も、もうすぐ帰ってくるから」
「あぁ……」
越谷真弓。父の姉の子で、わたしとは3つ離れた従妹。
覚えてもいない昔から、盆暮正月親族で集まる度に、他の親族より年が近くまた性格も良く似たわたし達は良くつるんだものだ。
と言っても、小学校の高学年までは小児ぜんそくで走れなかったわたしが木陰で本を読んでいる木に登ったり、横の崖を駆けあがってまた降りたりという、
なかなかアグレッシブな遊び方を彼女はしていた。
親族の中で唯一自分より年下であった弟の玲を子分として引き連れてくれるうち、奴がどんどん逞しくあっという間に小柄な彼女の背を追い越していったのは、誤算だったかもしれないが。
父上のありがた~い特訓により喘息をねじ伏せた後はわたしも加わり、彼女の年の離れた兄(つまりはわたし達の従兄)よりもよほど姉妹のようにして遊び。
弟もそれは感じているのか、わたしを「ユウ姉」彼女を「マユ姉」と子供の頃から呼んでいる。
ちなみに彼女の本当の兄である孝明に対しては、わたしも弟もさん付けである。蛇足ながら。
長じてもその関係性は変わらず、伯母夫婦が定年退職を機に海外移住を決めた際、彼女は我が家から数駅離れた職場近くで一人暮らしを始めたことで、さらに緊密になった。
一人暮らしするくらいならうちに住めば良いという母様からの申し出は、出勤時間が不規則だからと断ったものの、週に一度はうちでご飯を食べている。わたしが放浪の旅に出ている間もそれは変わらなかった。
ちなみに我が従妹殿の職業は美容師。そう言う関連に疎いわたしは知らないが、雑誌に載るほど名が通っているらしいと弟から聞いた事がある。
性格は似通っているものの、その方面の関心は似なかったわたしは、異世界で暮らし始めるまで、散髪(こう言うと怒られるのだが)と服のコーディネートでお世話になっていた。
で。
そんな愉快な従妹・真弓。
150センチそこそこの身長と華奢な体型、ふわふわっとした茶色い癖毛が童顔を縁取るその可愛らしい外見からは中々想像がつかないほどの、酒好き酒飲みなのである。
我が一族一の酒豪の名をほしいままにするほどの。
「ユウ姉と久々にさし飲みだって、喜んでたみたいだよ。後、明日が休みだって言っていたから」
「家にある酒じゃ足りないと、買い出しに行ってくれたわけね……」
いや父さん。そこはあえて抑え気味にするところではないだろうか。
いつかの正月、マユに勧められるまま飲んで、トイレの住人になったのをお忘れですか?
母上は非常に巧妙にキッチンへ避難していたけれど……。
「よし。先輩を差しだそう」
君子危うきに近寄らず。人生では時に非情な決断を迫られる時もあるのです。
大丈夫。阪本先輩も強いから! きっと楽しく飲んでくれるはず!!
「『先輩』……あぁ、ユウ姉の彼氏さん。俺挨拶まだだから、父さんかマユ姉につぶされる前に、しとかなきゃ」
そうやって人身御供の算段をひとりつけていたらば、横からとんでもない発言を繰り出された。
ちょっなにその「ワクワク・ドキドキ☆」って表情。
「未来の義兄さんか~失礼のないようにしなきゃ」ってナチュラルにボケかまさなくていいから! 鏡見て身だしなみチェックもいいから!
「いやいやだからね玲くんも、どうしてそうなるかな?」
外見は父似なのに、内面、とくにナチュラルに人の話をスルーするところは母そっくりな弟が大惨事を引き起こす前に、矯正せねばならない。
「母さんにも言ったけど、阪本先輩は会社の先輩で、今回休みがたまたまかちあったから」
「その母さんが、『先輩なんて言ってたけど、わざわざお盆に連れてくるんだもの。あの子もテレ屋だから』って言ってたよ?」
「いやいやお盆なのは関係なく。単にうちの地方にまだ来た事がないって言うんでご招待申しあげただけで」
きょとんとした顔で言い返してきた弟に、そんな考え方もあったのかと、衝撃を受けた。
えっ。世間様ではお盆に連れてくる異性はそういう扱い?
我が家では祖母以外、誰もせっつかないから油断していたけれど、実は「そろそろあの子もお嫁に……」なんて心配されてた!?
くっ……異世界生活を満喫している場合じゃなかった。これは魔獣討伐よりもよほど難しいミッションになるかもしれない。気合を入れねば。
そうやって決意もあらたに、リビングの扉を開いたわたしでしたが。
「ちょっとユウ姉遅い~。ほらもう、修司兄が待ちくたびれてるじゃ~ん」
悲劇は既に起きていた。
既に出来上がっているらしい従妹と父に挟まれ、いままで一番情けない表情をした阪本先輩が、そこにはいたのであった。
続きどうしようかな……。