クリスマスは、お祝。お祝いにはぱーてぇ。これは法律です! 後篇
「Jingle Bells, Jingle Bells, Jingle All~The Way~♪」
「おぉ、えらい本格的やん」
クリスマスソングの定番を歌いつつ、ツリーの飾り付けをしておりましたらば。
到着したお客様第一号、阪本先輩がなぜか半笑いの表情でこちらを見上げていました。
「あ、先輩、いらっしゃい。やるからには本気のクリスマスです。ちょっとひとっ走り森で引っこ抜いてきまして。樅の木のそっくりさんが生えているなんて、驚きですよね?」
「あ~、うん。植生が似とるんやから、樅の木によく似た木ィが異世界にあるんは、驚かへんけど。それに宙に浮きながら飾り付けしている優君には、驚いたかな~」
「そうですか? 張りきって大きいの持ってきたんですけど、脚立だすのが面倒だったんで。いや~魔導って本当に便利ですよね~」
「まぁそうやね……」
「阪本様、エッグノックとホットチョコレート、ホットワインでございます。お好きなものをどうぞ」
何故か疲れたようなため息をついた先輩に、素敵執事様がナイスタイミングでウェルカムドリンクを持ってきてくれた。
うんうん、先輩。疲れた時には、誰かが淹れてくれた温かい飲み物ですよ。
きっと最近、仕事が忙しかったんですよね。冬で冬眠している魔獣は多いですけど、色々と雑務がありますもんね。
「メイン料理が焼きあがるのにはもう少しかかりますが、カナッペとかも用意してありますから、どうぞ?」
ツリーのてっぺんに星を飾りながら、お疲れの先輩を労うべく、レースペーパーや銀食器で飾ったテーブルを指す。
「ふむ。ツリーはこんなもんかな?」
いったん降りて、全体を見渡してみる。
氷の魔術をちょちょいと駆使してつくった雪の結晶飾りは、これでヨシッと。
アヌリンが昨日のうちに作っといてくれたジンジャーマン・クッキーとキャンディ・ケーンはもう飾ったし……あ、モールをもう少し巻いた方が華やかかな?
「ではもうひと頑張り。英語の歌は飽きたし、次はフランス語いくかな~……え~っと、Les anges dans nos campagnes~♪」
な~んて浮き浮きと労働歌代りのクリスマス・ソングを歌っていたら、お客様第二号が到着したようだ。
「あぁ……なんと美しい調べだろう。貴女の世界で言うところの、天使が舞い降りたのかと思ったよ」
「あ、エドさんいらっしゃいませ。お忙しい中ありがとうございます」
はい、お客様第二号はルーカスさんの妹さん、エドウィナリアさんでございます。
本日も騎士の制服がよくお似合いで、美々しいですね!
「何を言っているんだいユタカ。貴女に呼ばれたならばこのエド、何時いかなる時、何処にいようとも駆けつけるよ。たとえ私がその時、異界の果てにいようともね」
お嬢さん方、目を合わせてはイケませんよ!
真白いズボンに包まれた長い足を折って膝まずき、微笑みながら後ろに隠し持っていた百合に似た清楚な花束を捧げる、イケメン(女)になんて!
「可憐な貴女には、この花が良く似合うと思ったのだが……やはりどんな花も、貴女の前では霞んでしまうようだ。確か、先ほど歌っていた歌の国では、今日をこう言って祝うと兄上から聴いたことがあるよ。JOYEUX NOEL、ユタカ」
目が~目が~っっ!
雪よりもまだ真白に輝くエドさんの微笑みに、目だけでなく顔全体を覆ってそう言いながら転げ回りたいところですが。
「はは……JOYEUX NOEL。よくさっきの歌がフランス語って解りましたね」
花束を受けとり、根性で微笑み返します。
もちろん目はさり気に反らせていますが。
「兄上が異世界から色々持って帰ってくる物の中に、歌を記録したものもあってね。一緒に聴いているうちに、ある程度は聴きとれるようになったのだよ。もちろん、ユタカの発音が素晴らしいおかげでもあるけれどね」
うわっ余計なこと言ったら、微笑みのパワーが増したしっ!
わたしを殺す気ですかエドさんっ。助けてセバスチャ~ン!
イケメンスマイルに固まり、料理の準備に忙しくしているだろうセバスチャンにヘルプコールを送っていると。
「あ~それは僕も思った。こっちの言葉は魔導補正があるにしても、なんで英語やフラ語までそないに発音いいねん、優君。実はキリスト教徒でミサに通ってたとか?」
さっきからソファに埋まって、黙々とオードブルを味わっていた阪本先輩が、不思議そうに聴いてきた。
阪本先輩、ヤスミーナ特製のテリーヌが美味しいのは解りますけど、全部食べないでくださいよ?
「お褒め頂き光栄ですが、うちは浄土真宗で、わたしは八百万の神々を尊崇しています」
親愛なる父上様の、「他人の神さんの誕生日なんか知るか。でも祭りなら楽しめむべし」をモットーに、我が越谷家にではお正月もクリスマスも同等に楽しみます。
ふっ。
弟や従妹と、ケーキや、母上特製のチューリップの唐揚げをめぐって、毎年熾烈な争いを繰り広げたものですよ。
もちろん勝ったのはわたしですがね!
「一神教はわたしの性格には合わないんで、歌として聴くならともかく、観光中にミサに出くわすとお邪魔しないように避けていましたよ。
発音については、フランスに留学していた時、合唱部に入っていたんで。そこで発声と一緒に叩きこまれました。ちょうどそういう時期だったんで、クリスマスソング使って」
「へ~、ほなら英語も?」
「英語は、英国を放浪していた時のバイト先で。生バンド演奏が売りの、パブでしたからね」
「ほんま、何でもしてるんやねぇ、優君は」
「『経験は買ってでもしろ』が家訓でして」
なんて会話をしつつも、先輩の手の届かないところにテリーヌの皿を押しやる。
お腹すいていたんだろうけど、この鱈のテリーヌはわたしの大好物なんですよ!
30分くらいで出来るけど、メインのローストチキンの焼き具合に目を光らせているミーナや、デザートにかかりっきりになっているアヌーに追加なんて頼めないでしょ!
そっちのカナッペも美味しんですから、食べてください!
「ユタカ……『クリスマス』には、贈り物を交換するのだよね?」
セバスチャンから受け取ったエッグノックを飲み干したエドさんが、ふと思いついたように口を開いた。
「そうですね。皆さんへの贈り物を実は、ツリーの下に用意しているので。食事後のお楽しみです」
「え、そうなん? ホンマの本気モードやん」
「ふふん。そうでしょう」
でっかい鉢に植えたツリーの根元は、水がわりに雪で覆っていたんだけれど、それはプレゼントを隠すもくろみもあったんですね~。
あ、もちろん魔術で防水はばっちりですよ。
あぁホントに、魔導って(以下略)。
「あぁユタカ……貴女とこうして楽しい夕べを過ごせていることが、すでに最高の贈り物なのに」
驚く先輩に自慢げに胸をはっていたら、イケメン(女)に手を取られました。
「えっと、それは、ありがとうございます」
どうしたエドさん。エッグノックで酔いましたか?
「あぁなれど、私は自分が思うよりも欲深かったようだ。この上さらに強請ろうとしているのだから」
え、なんでだろう。なんかイケメン(女)に、屈みこまれています。
あれ、エドさんてお酒ダメな人だったっけ。
ルーカスさん家でご飯一緒した時、ウーゾ飲んでなかったっけ?
大体、エッグノックには確かにブランデーとラムを入れてもらったけど、あわせて大匙3くらいだよ?
ちょっ阪本先輩っ! 空気になってカナッペ食べてないで、助けてくださいよっ。
「ユタカ……どうかお願いだ」
「ひゃいっ」
のしかかる様に屈みこんでくるエドさん。
後ずさりするうちにいつの間にかソファに追い詰められていて、あれ、これって一部で流行りらしい壁ドンならぬ、ソファドンですか?
熱に浮かされたようなアクアマリンの瞳が綺麗ですね!
ちょっと返事する声が裏返っても、仕方ないですよね!
「どうか先ほどの天使の歌を、もう一度聴かせてくれないだろうか。……私の、私のためだけに」
うわぁぁぁあああ---っ!!
ちゅーされた。
キラキラエフェクトが魔術ではなくナチュラルにかかっているイケメン(女)に、握られた指先チューされた。
しかもちょっとはむって噛まれた---っ!!
「………エドウィナリア。そこまでです」
オイオイそんなキャラじゃないだろう?
そんな突っ込みが聞こえてきそうなほど、顔に熱を集めつつ内心で大絶叫しておりましたらば、救世主が来りて笛を吹く!
もとい、地獄の使者のような低い声が聴こえてきましたよ?
エドさんの広い肩の横に首をのばせば。
いつもの魔導師のローブは玄関で脱いできたのか、That's貴族様と呼びかけたくなる様なキラキラしい衣装に身を包んだ、超絶美人が立っておりました。
背中から瘴気を立ち上らせながら。
あ、髪も逆立ててますね。
「おや、おや、おや。これは兄上、遅いお着きで。あんまり遅いので、もう来られないかと思っておりましたよ」
わたしをガン見したまま、エドさんが答えます。
皮肉っぽく片頬だけあげた笑顔もイケてますね!
そろそろ手を放してくれませんかね!?
「この時期は休暇と称して研究に入る魔導師が多いので、雑務が溜まっているのですよ。無能者どもを蹴散らし必死の思いで来てみれば……。大体、忙しいのは騎士団だって同じでしょうに。優しいユタカが貴女を呼んでいるのは仕方がないとして、なんでこんなに早くついてるんです」
「ふっ兄上、それこそ愚問ですね。愛するひとの呼び声には、千里の波頭であろうと一瞬で駆け応える。それがクラヴェト家の人間でしょう」
なんすかその重い愛は。
っていうか、仕事はきちんと終えましょうよ、エドさん。
「え~っと、お忙しい中突然お呼びしてしまいまして。いやお祭りは大勢で楽しんだ方が良いななんて思ってただけで、無理する必要は」
わたくし、NOと言える日本人ですが、それなりに空気も読む日本人です。
危機管理って大事ですよね!
ほら、クリスマスは愛の季節らしいですから、ケンカは駄目、絶対!
ぶっちゃけ巻き込まないでくださいよ!!
「やはり……エドウィナリア、貴女とは一度、じっくりと話し合わねばならない、ようですねぇ」
わたしの魂の叫びもむなしく。
ルーカスさんが、複雑にして繊細に刺繍の施された上着を脱ぎ捨て、メイドさんが丹精込めて結んだのだろうクラヴァットを乱雑にむしり取りながらそう言えば。
「おや奇遇ですね、兄上。私もいまそう思っていたところです」
サンゴ色の唇をにやりと歪ませ、ワイルドに髪をかき上げつつ、エドさんが答えます。
「ユタカ、ちょっと兄と話し合いをしてきますので、傍を離れます。歌の約束を忘れないでくださいね?」
うわわぁああっ! またチューされたっ。
今度は派手なリップ音つきで、指だけじゃなく頬にまで!
後、いつの間にか歌を贈るのは確定してたんですね!?
「エドウィナリアッ!!」
たぶん、一応。
ぱーてーの飾り付けをしていた室内に被害を及ぼさないようにと、気を使ってくれては、いたのだろう。
居間のフレンチドアから外に出ていたルーカスさんだったが、それをばっちり見ていたらしく。
いや、エドさんがにーちゃんを煽る為に、わざと見せつけたのだろうけど。
怒声とともに、メデューサにレベルアップ(ダウン?)されました。
髪色は変わってないけど、身体の周りに闘気のようなものも見えますから、メデューサって言うより、スーパー○イヤ人ですかね?
「兄上も案外お若い……」
本当に嬉しそうに。
煌めく白刃のように壮絶な笑みを浮かべて立ちあがり、エドさんが腰に下げた剣のつかに手をかけてます。
え、それ模造剣でなくて、本物ですよね?
あれ、兄妹喧嘩で真剣ですか。そうですか。
「……花火、やな」
止めるのを諦めて(いや巻き込まれるのは嫌ですし)、きちんとエドさんが閉めてくれた窓の向こうでぶつかり合う魔術と剣の輝きをぼぉ~と眺めておりましたらば。
すっかり空気と溶け込んでいたはずの阪本先輩が、ぽつりと呟きましたよ?
「は? 花火、ですか?」
もしやあなた様は、この魔術と剣のぶつかる光を例えて、そうおっしゃいますか?
「え、だってほら、見ようによっては綺麗やし、ぴかぴか光っとるし、似てるやん?」
「あ~まぁ、見ようによっては、そうかもしれませんねぇ……」
「せやろ?」
「はぁ、まぁ」
「んで、花火は夏の風物詩やと思っとったけど、ニューイヤーカウントダウンやら言うて、あげる国もあるやん?」
「あぁ、まぁ」
「ならクリスマスの今日あげるンも、ええんちゃう? ほらここ異世界やし」
阪本先輩はそう言うと、一人で納得したようにうんうん頷きながら、またテリーヌに手を伸ばした。
先輩っうまいこと言ったつもりでしょうが、あれは花火なんて可愛いものじゃありませんからねっ!
それとテリーヌはもうこれ以上あげませんからっっ!!
「この小説は~」のあおりが怖いので、完結マーク付けておきます。
また思いついたら投稿します。