Mobilization
「はー、満足満足」
今日はツイてる日だった、なんて満足げに思いながら、勤務時間をまっとうした俺は自室に帰っていた。俺の実家は政府からかなり離れた場所にある。故に、寮暮らし、というわけだ。責任官補佐官程になれば、個室が与えられるのだが。
「はぁ……」
飯を食って風呂に入るとすぐにベッドに身を投げ出した。
責任官に憧れはするが、実際にそれになることができるのは一世代に数人だ。よく言う、砂漠から一つの砂を探し当てるほどの確率。それに、次期責任官有力候補は、補佐官ときた。
きっと、どうせ、俺には無理なんだろうなぁ……。
一日ろくに仕事という仕事をしてもないくせに、睡魔だけは襲ってくる。実際ものすごく眠かったし、俺は潔く睡魔に負けて意識を手放した。
翌朝。俺は出勤から一時間も経たないうちに任務に駆り出された。
「通り魔が何だって!?」
「だから刃物持った男が……」
「それは分かってんだよ他の情報を言えよ馬鹿の一つ覚えかよ!」
場所や発生時刻、犯人の特徴など何も教えようとしない同僚に半ば怒りをおぼえつつ、車をブッ飛ばして現場に向かっていた。
事件名は、同僚の言う通り『通り魔事件』だ。重傷者や死者は出ていないが、犯人は逃走中だ。またいつ暴れだすかわからない。とりあえず現場に向かい、早急に犯人と逮捕しなくては。実は、今回の出動が俺の政府軍人としての初めての本格的事案だ。不謹慎だが、テンションは上がる。
「手柄を立ててやる……」
「え? なんか言った?」
「なんもいってねー」
士気の高揚を悟られぬよう、あえて不愛想に返した。
シガレットに火をつけ、まだ日の昇り切らない早朝の空に向かって煙を吐き出す。
ほのかに香る甘い香り。今日はバニラか、なんて思いながら、パトカーの走り去った先を見つめる。
「ちょ――っと、遅いかなー……」
「……つけますか」
「念の為、よろしく」
「承知」
斜め後ろに立っていた小柄な体格の人物は、そういうと姿を消した。
政府の緊急出動なんだから、もう少しスピードを出しても捕まりはしないのだけど。流石に、初出動が遅すぎたか。先延ばししすぎるのもよくないな、次回から気を付けよう。
のそのそと立ち上がり、屋根の上を歩いていく。早朝だからか、人通りは少ない。というか、ほぼ無人だ。この時間帯に出てきてくれてよかった。あまり人通りが多い所で『あれ』と遭遇するべきではない。
「昨日も深夜出動だったってのに……」
全く、うちの政府長は自分の仕事は容赦なく回す癖に、人の仕事は是が非でも変わろうとしない。いくらその相手が血を吐いて倒れそうだったとしても、だ。
「性質が悪いよねぇ……」
まあ、彼らが危なくなったら補佐官に任せるか自ら手を出せば早めに帰ることはできるだろう。
まだ昇り切ったばかりの太陽を見上げながら、今日の昼は何にしようかなんて考えた。