Military
「どんな人なんだろうな。セア=ラルクって……」
「幾ら評判が悪いからって責任官を呼び捨てにするのはどうかと思うよ……」
同寮からの注意を軽く受け流し、無駄な時間を過ごす。どこかで何かしらの事案が起きない限り、交番勤務の警官とほぼ変わらない一日を過ごすのだ。まあ俺がまだ入隊して数年だということも、一理あるのだろうが……。
「……あ」
「どうした?」
同僚がエントランスホールの奥を指さした。何故か恐る恐るですぐに手を引っ込めたが。
「あれ、左腕の腕章。……責任官だよね」
「……」
吃驚しすぎて、声が出なかった。何たる奇跡か。責任官とは、そうそう簡単にお目にかかれる方たちではないのに。
軍服の左腕にある赤い腕章は、即ち責任官の象徴である。まだ初級軍人の俺たちにとっては各上の存在で、一度はその腕章のついた軍服にそでを通してみたいものだ。
しかし、軍長の登場に気付いているのは俺たちだけらしい。しだいに近づくその顔をまともに見ることはできないが、どうにか腕章にかかれているはずの文字を探す。
「何て書いてる? えっと……『Military』……」
「は? 『Military』?」
なんということでしょう。いやいや某番組のパクリではないぞ。
腕章には、その人がどの部隊の責任官なのかを英語で示した文字がある。『Military』、即ち『軍事』だ。
軍長。この人が。
威圧に負けてあげられなかった顔を上げる。それほど近距離でみているわけではないが、なんとなく特徴を捉えることはできた。
角度が悪く顔は見えないが、少し長めの黒髪は紫がかって見える。背はそこそこ高く、180センチ前後といったところか。細身の体格で、なるほど戦えないといわれるわけだ。
折角お目にかかれたのに顔が分からないというのは、なんだかすっきりしない。届くはずもない念を送るが、まあそんなもので本当に振り返ってくれるのだったら俺はとんだ超能力者だ。馬鹿な考えだったな。無意識にフッ、と苦笑いがこぼれ、再び目線を軍長の方に向ける。
「不審者みたいだよこわいよ」
「うるせぇ黙ってろ」
まあはたから見たら確かに不審者だろう。俺だって万一軍長がこちらを向いたなら、何食わぬ顔で隣の同僚と話をしていたふりをする準備はできている。
「わお」
偶然にも、軍長は後方からの呼び声に反応し、振り返った。
ぐっじょぶ。名前も知らない同業者。
意外と、というか男にしては端正すぎる顔立ちをしている。容姿端麗、というやつか。かなり女顔で、かっこいいというよりは美人といわれる類だ。
見た目は、俗にいう女子にモテる系男子。しかし……。
「確かに、戦えなそう……だなぁ」
「失礼だよ」
外見で人を判断するなとは言うが、耳にしていた噂に妙に納得してしまった自分がいた。