表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
氷原に咲く華  作者: 水瀬黎
6/11

Episode.05 想いの種は今、芽吹く

「ん……」

明るい光が顔にあたり、目が覚める。

いつにもなく光が強いような気がする。

ごしごしと目をこすってあたりをみまわす。

――一瞬、目を疑った。


 まるでガラスの匠が手にかけた細工物のように美しい、降り積もる雪の純白が咲き乱れている。

 

『おはよう、君』

むくり、と頭をあげてあいさつをする。

『あれ、おかしいな。まだ、夢をみているみたい。

 昨日はなーんにもなかったはずの枝に、花がついてるんだもの』

きょとんとしている竜の頬を思いっきりつねる。

『いたっいたたたたたっ! もう、あにするんだお』

「よくみるのだ。これは」


――――――現実だ。


『う、そ……』

透明なしずくが頬をつたっている。

『咲いた……!咲いたんだね?!』

「そうだ」

『嬉しいよ。こんなに長い間ココに閉じこもっていたのに、

 殺風景なこの場所に花が咲くなんて夢にも思わなかった』

「驚くのはここからだぞ」

装飾品についていた緑色の宝石を水晶片で叩き割る。

すると石の中から風が巻き起こり、花を揺らしその芳香を空間の隅までいきわたらせる。

『いいにおいだね、フィル』

「うむ」

そうだ、これを。

花をつみとり、竜に渡す。

『え?』

「そなたにやる。……そなたの蒼には、白がよく似合う」

竜が花を笑顔で受け取った刹那。

「――――っ」

鈍い、ずっしりと重い痛みに襲われて。

世界が閉ざされた。

            ・◇・


凍てつくような冷気の中、わたしは立っていた。

目の前にはガラス細工のような、雪のように白い氷のバラ。

「そなたの空色(あお)には、白が似合う」

花を手折り、相手の髪に挿す。微笑む自分の前には光の加減によっては銀色にも、金色にもみえる淡い色合いの髪に、いつもみている色とはまた違った、でも同じくらい澄んだ空色の瞳の少年――いや、少女が笑った。

「白なんてガラじゃねえよ。白ならあんただろ?」

「そうか?たしかに肌が白いとはよく言われるが……。

では、そなたは花だな。そなたがいる日々は毎日さまざまなことがあり、まるで色とりどりの花畑を歩いているようだ」

「詩人だな、あんたは」

「そうであろう、そうであろう。好きなだけほめるがよい」

「いや褒めてねーし。呆れてるんだっつの。よくもまあそんな恥ずかしいセリフさらっと言えるな。……花なんてなおさらガラじゃねえよ」

なぜ、喜ばないのだろうか。

冬に花が咲いたらいいのにと言ったのは彼女だというのに。気に食わなかったのだろうか。


「……オレが花ならあんたは雪だな」

「なに?」

話の脈絡から大きくはずれた言葉を投げかけられ、驚く。

「この花の元気の源だ」

「?」

「んでおまえは茎な」

「なぜぼくだけそんな雑魚いのなんですか」

後ろで離れてみていたチョコレート色の髪を短く刈り込んだ少年が不満げにサファイアのような目を細め

眉間にしわをよせる。

「あんたは支え役だろ?」

「ぼくはあなたの面倒を見続けるなんて嫌です」

「あんたに面倒みられなきゃなんないなんてこっちから願い下げだっつの」

べーっと舌を出す少女。

「…………つまり、そなたは何を言いたいのだ?」

さっきの言葉の意味が微塵(みじん)も理解できず、問う。

「何って……。オレはあんたらと一緒にいれれば、もう何もいらねえ。だから、その……花とかうんぬん言ったのは、あんたらが学会やら料理の修行やらでいなくてだな、そんでオレは、その……」

少女は真っ赤になって黙ってしまった。

「さみしかったんですか」

にやりと少年が笑いながら肩をぽん、とたたく。

「さささささささささみしくなんてねーよッ!」

「無理難題ふっかけてフィルさんのやる気に火をつければ一緒にいれると思ったんでしょう?おつむが弱いあなたにしてはよく考えましたね。一度興味をもったらフィルさんは徹底的に追究しますし、ぼくも必然的に駆り出されますし」

図星だったらしく、耳の裏まで赤くなっている。

「む、そうだったのか。うさぎはさみしいと死んでしまうと言うしな」

「…………」

返す言葉もなくうつむく。

「安心せい、わたしはどこにもゆかぬぞ」

「ま、あなたの面倒をみれるのはぼくくらいしかいませんからね。

……つきあってあげますよ」

「本当か?」

「本当だ。わたしたちはずっと一緒だ」

少年と目配せして少女を抱きしめると、少女が笑った。そこにだけ春が訪れたような、明るい笑顔だった。


           ・◇・


 そうだ。この手を握っていたのは。

青く、高く、澄んだ。夜明けの寸前の煌めきを閉じ込めた宝石のような空の色の瞳の、彼女だ。

 でも、彼女は今どこに………………?


 その問いに答えるかのように新しい記憶が浮かんできた。


           ・◇・


彼女が何人もの屈強な男たちにとりおさえられている。

散々抵抗したらしく、頬は腫れ、肩や額に血がにじんでいた。

「彼女を放せ!」

その願いは届くことなく消える。

男たちのうちの一人が銃に弾丸を装填し、彼女へ向ける。

「やめろ、それだけは……!」

バンっという発砲音。そしてびしゃりという、血が、肉が飛び散るような音がして。彼女が動かなくなった。


           ・◇・


「あなたは、誰?」

「え、誰って」

うろたえる少女。

「嘘だろ、お嬢」

涙をぽろぽろと流し、肩を揺さぶられる。

「?」

なぜ、泣いているのだろう。泣かないでほしい。

理由なんてわからない。けど、この人には笑っていてほしい。

「やっぱドッキリとかじゃねえ、マジの記憶喪失ってか……」

がっくしと膝をつく。

「あの」

「いや、こっちの話だ」

ごしごしと涙をぬぐう。

「オレはノルンっつーんだ」

そういって右手をさしだす少女。

「エフィルカティーナ。よろしく」

彼女の手を握り返した。


        ・◇・


「なんだこりゃ? アム……?」

「アムネシア。記憶が無くなってしまうことをさす言葉だ」

「げ、なんだよそれ」

意味わかんね、とそっぽを向く。

「ノルン、そなたはもし、記憶を失ってしまったらどうする?」

「そんなこと急に言われてもな」

ぽりぽりと頭をかく。

「では、そなたはどうじゃ」

「ぼくですか」

三人分の紅茶を淹れる手をとめる少年。

「ぼくはぼくでなくなってもあなたたちと過ごしているとおもいますよ。

電波なフィルさんとがさつなノルンさんのおもりをできるのは

ぼくしかいないと思いますし」

「がさつで悪かったな」

「でもミツバのことは別です。弟であるぼくが兄であるミツバのことを忘れるなんて、空が崩れて落ちてきたりノルンさんがおしとやかに女性らしい格好、つまりドレスを着て優雅にティータイムを楽しんでいたりするくらいありえません」

「おい、あんた。いっぺん殴らせろや」

指をばきばきと鳴らせ、少年に迫る。

「やめい、ノルン」

ふたりの間に入る。

「そなたはどうするのだという問いにまだ答えておらん。

ゆえに、殴るのは後にせい」

「完全に止めてくれるわけじゃないんですね」

「よいではないか、喧嘩をして土手を転げまわり友情を深めるのは、まさに青春ではないか」

「なんですかその年よりくさいセリフ」

「あー、お嬢の思惑どおりになんのヤだからパス」

「む。少々気に食わぬがそなたが答えるなら許してもよいぞ」

「そうだな……オレが記憶喪失になるっつーのはピンとこねえけど、もしあんたらがオレのこと忘れたっつーなら。何度も。何度も。また最初からダチになるよ」


           ・◇・


思い出した。


わたしは水竜の巫女の見習いとして連れ去られて。

消息をつかんだ彼女がわたしのもとへ来るんだけど、わたしはなぜか彼女を忘れていて。

彼女は侍女の一人として、わたしと過ごすようになって。

でも彼女がわたしを連れ出そうとしていたのがばれて。

そして彼女は。

彼女は、動かなくなってしまったんだ。

その事実を認めたくないわたしは。

記憶(カノジョ)を消したんだ――。


【用語集】


◇緑色の宝石……風の力が封じ込められた不思議な石。

        装飾品についてたものの一つ。

        古代の神竜と人間の戦争の名残。

◆空色の瞳の少女……記憶を失う前に仲が良かったと思われる少女。

          女子(おなご)にもかかわらず男言葉を用いる変わった輩。

◇チョコレート色の髪を短く刈り込んだ少年……素直じゃない奴め。

            天邪鬼とはそなたのような者のことを言うのじゃ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ