Episode.03 君の名前
『ところで君さ』
「なんだ?アルマジロ」
装飾品の宝石を砕きながら応答する。
『それは別の動物だってば。じゃなくて!
君はなんでそんなしゃべり方なんだい?なんかすごく懐かしいしゃべり方をしているなと思ったんだけど』
「たしかに以前しゃべり方が古風でわかりにくいと言われたことがある」
『やっぱり』
「この口調はわたしの【ばいぶる】である書物に由来する。侍女が読んでほしいと渡してくれた異国の書物で、教訓めいたものや生き方について小話を交えながら綴ってあるものだ。それから潔く美しく散るということなどについて書かれていたな」
『いやいや、散っちゃダメでしょ』
「なにを言う、人間いずれ散っていくのだ。醜いさまを曝して逝くよりは美しく逝く方がよいにきまっておるであろう」
『どっちも死ぬのには変わりないじゃない。そっか、本の影響なんだ。てっきり小さい頃おじいさんやおばあさんとかと住んでいたのかと思ったよ』
ぴたり、と手をとめる。こらえるよりも早く。頬をしずくがつたっていく。
『あ、あれ? もしかして聞いちゃいけないことだった?!
ごごごごごごっごめんなさい!』
あたふたとして頭を下げる竜。
涙をぬぐいながら、ふるふると首をふる。
「いや、わたしこそ取り乱してすまなかった」
『ホントごめん。もう二度と聞かないから……っ』
「いい」
『え?』
「別に良いと言っておるのだ」
竜に気をつかわせぬよう、きっぱりと言う。
『え、でも、君泣いて……』
「いいから聞いてほしい。
わたしはな、記憶が欠落しているのだ」
『記憶が欠落……?』
「そうだ。そなたのための歌を覚える以前の記憶がない。
わたしはどこで生まれ、どんな生活をし、誰と語り合っていたのか。それらをまったく覚えていない」
自分の手を見つめながら言う。
手を見つめても何も得るものはないとわかっている。
しかし、見つめてしまうのだ。その手の隣にいたような気がして。誰か、大切な者が。
何度頭を抱えて悩んだり。何度手を穴が開くほど見つめたりしても。思い出せない。
もっとも、そのような者は存在しなかったのかもしれないが。
無。空白。虚ろ。そんな自分がむしょうに悲しくなる。
『大丈夫だよ。ぼくが……』
「?」
『ずっと君の隣にいるよ。ぼくが以前君と仲が良かった人のかわりになるかは分からないけど』
「え」
意外な言葉が返ってきた。この心優しい竜は涙を流して、この話は二度としないから、と打ちきってしまうと思っていたから。
『あれ、えっと……なんかヘンなこと言ったかな?』
「いや、別に。意外なきりかえしをしてきたゆえ、つい」
『意外ってなにさ。ぼくはぼくなりに君を心配しているんだよ?たしかに君はかなり長い時間一緒にいるのに名前おぼえてくれないし、あいかわらず斜め上から目線だけどさ』
むっとしたように頬をふくらませていっきに言葉を吐き出した。その言葉にはいつになく毒がふくまれている気がして気に食わない。それゆえ応戦しようと口を開く。
「む、失敬な。そなたこそわたしを名で呼んだことはないであろう?いつも二人称ではないか」
『え~……。だって君、名前長いじゃない』
「エフィルカティーナがか?流れるように出でくるではないか。わたしの高貴な風格がにじみでているであろう?」
『いーや全く出てこないね。というか、それを覚えられるならアクナリーデだって覚えられるんじゃ』
「アクナリーデ……」
意識して聞いたことがなかったが、そんな名だったのか。
『おぉっはじめて呼んでくれた!』
嬉しそうに空色の目を輝かせ、尾をぱたぱたと振る。
「女子のような名だな」
と、率直な感想を述べる。
『失礼な!ぼくはれっきとした男のコだよ』
「なん、だと……っ?!」
『いやいや、ぼくって一人称で気づくでしょ』
「世間には本来の性別とは異なる一人称を用いて己を語る少数派の者がいるらしい。
てっきりその類、俗に言うボクっこだとばかり」
『爺言葉の君も似たようなものじゃん』
「そうなのか?」
『そうだよ』
まさか女子ではなく男(というか、雄?)だったのか。
「これは失礼した。非礼をお詫びする、すまなかった」
正座をして頭を深く下げる。
『うっわ、気持ち悪い。君が素直に謝るなんて』
「何を言う。わたしはもともと素直であろう」
『え、どのへんが?』
「…………。見るな、感じろ!」
『意味わかんないよ!』
【用語集】
◇アルマジロ……襲われると体を丸めて身を守るという珍妙な動物のこと。
◆装飾品の宝石を砕きながら……ごてごてした悪趣味なガラクタ。
ダイヤモンドやらサファイアなる石がついているが
わたしには過ぎたものだ。
というか、邪魔くさいからいらん。
は?もったいない?
いったいなんのことだ??
◇ばいぶる……座右の銘ならぬ座右の書。わたしの原点はすべてココに。




