Episode.02 存在していない≠不可能
最後の音が水晶に乱反射し、響きわたる。
『今の曲、なんていうの?』
「晴れの日の歌というらしい」
『晴れの日のうた、ねぇ……』
空色の瞳がわずかに曇る。
「ん?晴れが分からないのか、アマリリス。晴れというのは空に雲がまったく無いあるいは八割ほど雲に覆われている状態をさしていてだな」
『そう!それなんだよ!!』
竜がわたしの言葉をさえぎるように言う。
いったい何なのだろう。
また、三歳児でも答えられるような単純な質問でもしてくるのだろうか。
『ぼく、外の世界を見たのはずっと昔でさ。
もう空がどういう色をしていたか覚えていないんだ』
「……………」
不意打ちだった。なんというか……重い。空気が。
『きみは、ぼくよりずっと短い時間しか生きていないんだろうけど外の世界を見てきたんでしょう?
うらやましいな。きみの前のコが教えてくれたんだ。この洞窟も水晶と水が反射して輝く素敵な場所だけど、外の世界もそれはそれは美しいのよって。青い空の下、綺麗な花が咲き誇って風に揺られている。その風景がなによりも素敵なんだって』
まだ見ぬ世界について語る竜は楽しそうなことこの上ない。
しかしどうあがいてもこの空間から出ることはできないだろう。
それを、いつの日か習った竜と巫女のシステムの長い長い歴史が裏付けている。
「花か……」
『ここでも咲かせることはできるのかな?
水ならいっぱいあるもん』
「花とは土に生え、その地の力で育つものだ。水晶はその透明度と輝きゆえ神聖視されてきたが、生命をはぐくむ力はないだろう。もし水晶のうちに眠る力を糧として咲く花があるのならば、ここはとっくに花畑と化しているはずだ」
『そっか……やっぱり無理だよね、ごめんなさい。
無理を言って、ごめん……』
哀しげな表情を浮かべ、うつむく。ぽたり、と雫が床に落ちてはじける。空の色がにじんだのを見ていると、胸が締めつけられているような気がする。そんな顔、みたくはない。
「……………………」
水晶に自生する花など見たことも聞いたこともない。では存在などしていないのだろうか。
『おーい、きみ~……?』
竜が湿った瞳でわたしの顔をのぞきこんでくる。
「…………ない」
『へ?』
きょとんとしたように目をまるくする。
「無理ではない」
きっぱりと言い切る。確信など全くないが。
『え、でもそんなのないっていったばっかじゃん』
「いつ、誰が無理といった?」
『えっと』
「存在はしていないだろう。しかし、存在していない=不可能という等式は必ずしも成り立つとは限らない」
『……というと?』
「わたしがつくりだせばいいのだ」
『はあぁぁぁぁぁ?!』
「失礼な。わたしの辞書には不可能などないのだぞ?もし不可能だと記されていても
無理矢理にでも可能だと書き換えるのがエフィルカティーナ・クオリティーだ」
『なにさエフィルカティーナ・クオリティーって』
「しばし待たれよ、アクノポリス!」
そう言って近くに何か書く物がないか探しはじめる。
『だからアクナリーデだってば!!』
竜の叫びはもう耳に入っていなかった。
かりかりかりかりっと数式を水晶の床の上にかきなぐる。
「ふむ、こんなものか」
『なんだい?この何か得体の知れない式』
「生きとし生ける者のすべては【遺伝子】なるものをもっていて、
それをすこしいじれば異なる性質を持つ生物をうみだすことも可能なのだ」
『えっと……よくわからないんだけど、花は咲かせられるかもってこと?』
「かも、ではない。咲くのだ」
材料さえそろえばなんとかなるだろう。
曖昧だった考えがまとまり、さきほどとは異なり自信をもって答える。
『本当かい?! でも、花を咲かせるにはタネっていうものが必要なんでしょう?タネはココにはないよ』
目をきらきらとさせながらたずねる。
「種は必要ない。花があれば事足りる」
たしか花びらから遺伝子を抽出できると本にかいてあった。
『へっ、そうなのかい? あ、でも花もココにないよ?』
それについても心配はない。
「毎日衣食が届けられるであろう?」
『そうだね。君は食べないといけないんだもんね』
「その時に花をもってきてもらえばよい」
ぴん、と人差し指をたてて得意げに言う。
『でも、持ってきてくれるのかな……』
「本、武器、なんらかの薬の材料などは規制されているが花はよかったはずだ」
『ホントに?生のお花がみれるなんて夢みたいだよ!』
嬉しそうに尾をぱたぱたと振る。
「ああ。わたしは嘘をつかぬからな」
ゆびきりをするかわりに、竜の頬をなでた。
【用語集】
◇アマリリス……ヒガンバナ科の花。百合に似た美しい赤い花をつける。
花言葉は【おしゃべり】【誇り】など。
◆アクノポリス……丘のこと。くわしくは古代ギリシャ史をみてくれ。




