Episode.01 竜と歌姫の邂逅
日が上ると同時に始まった儀式が神官の言葉でしめくくられる。
太陽が地平線に黄金の煌めきを投げかけながら沈み、世界は色彩を失っていった。
……だるい。竜だかなんだか知らないが、人外未確認生物の為に十時間以上も割いてごたごたしたガラス玉がついた衣装や、無駄に重量のある金属の装飾品を身に着けて退屈な儀式を寝ずに堪えるなんて苦痛すぎる。わたしが竜のいる洞窟に入る。それだけだというのに何故得体のしれないうさんくさい儀式をやらなければならないのだろうか。もったいぶらずに全ての過程をすっとばす方が合理的だろうに。お財布にもやさしいはずだ。
そんなことを考えながら長い無機質な透明の上をひたすら進んでいく。黒い入口だったゆえ洞窟の中はさぞ暗いのだろうと予想してしたが、脇を通る澄んだ水と氷のような水晶が残光を反射し、内部はほのかに明るかった。
しばらく歩いていくと大きな広間のような場所に辿り着く。広間に入るとどこからか鉄の格子が出現し、閉じ込められた。これでもう外には出られなくなったようだ。そう思ったのは一瞬だけだった。新たな問いにぶつかり、その感情は脳内から抹消されたためだ。
今頃、外の世界はもう闇に包まれているであろう。
それにもかかわらず、広間は昼間のように明るい白銀の光で満ちていた。
これはいったいどういう仕組みなのだろうか。
蝋燭のような暖かい金色ではなく銀色っぽく、その上それよりずっと明るいとは……。
天井を見上げ、あれこれ思案していると。
『おーいっ』
ん、空耳だろか?なにやら人っぽい声が聞こえた気がする。
『おねえさんっ!こっちだよ~』
声がした方を振り返ると、そこには蒼い竜がいた。
自分の背丈と同じくらい大きな頭とその倍の大きさの身体を持つ生物がこちらをみつめている。
「なななな何だ、貴様は?!」
『怖がらなくていいよ。ぼくはアクナリーデ。
君たちが水竜と呼んでいるものだよ』
「む。そうなのか」
『そうだよ』
「…………」
たしかに資料でみた、鮮やかな青い鱗、もう見ることはないであろう美しい空の色の瞳を持つ蛇とも蜥蜴とも似て非なる生物が目の前にいる。しかし、これが本当に竜なのだろうか。資料の絵はもっと禍々(まがまが)しかったような気がする。もしかして偽物なのだろうか。
『そんな目でみないでよ。まあ色々と信じたくない気持ちはわからないでもないけど。とりあえず二時間に一回三十分くらい歌を歌ってくれればいいだけだから』
三十分……。長い。長すぎる。ということは、一日六時間も歌っていなければならないのか。交渉してせめてあと一時間は減らしたい。
「そんなに歌わないといかんのか」
むう、と不満げに眉をひそめながら問う。
『水をキレイにしたり送り出したりするのにはたくさんの力が必要なんだ。君もごはんを食べないとお腹がすいてなにもできなくなっちゃうでしょ?』
たしかに生命活動にはエネルギー補給が欠かせないが。
「知らないのか、アクアリウムよ」
『ぼくはアクナリーデだよ!』
「人間は酸素なるものがなくなると一分ともたずに昇天するが、水がなくとも三日、食料がなくとも七日は生きられるのだぞ」
というのを何かの本で読んだ気がする。
実践しようと思ったら付き人の少女に全力で止められたが。
『あ、そ。でもぼくは君たちより大きいし早くお腹もすくんだよ。だから歌を……』
だからといってエネルギーを補給しすぎるとトウニョウビョウなる病につながると聞いた。
なにやら手足が腐り落ちる恐ろしい病だとか。人外とはいえそれは嘆かわしい。
目の前でこやつの翼がもげるのを見たくはない。
「たべすぎはいかんぞ、アクロバット」
『だからアクナリーデだってば』
「しかたない。わたしも疲れているが歌ってやろう」
『なんでそんなに上から目線なのさ』
「わたしの美声の酔いしれるがよい!」
すううっと息を大きく吸う。
『ちょっ、人の話ちゃんと聞いてよ……』
「そなたは人ではなく竜であろう?」
『そーゆー細かいつっこみはいらないから』
「細かいのはそなたであろう? 名などささいなものだ」
『 ……………… 』
諦めたようにため息を吐き、目を伏せる。
なぜそのような失望したため息を吐かれなければいけないのだろう。
首をかしげていると、竜が口を開いた。
『歌って。君の歌がないとぼくは』
―――――――――――死んでしまうのだから。
【用語集】
◇神官……水竜の管理を担う役人。
フィルネージュ正教の司祭の中から選出される。
◆水晶……大きく結晶した石英をさす。
主成分は二酸化ケイ素という動物の歯と同じ成分。
不純物がまざると黒、紫など色を変えるなかなか興味深い鉱物。
水晶玉をのぞくと未来が見えると嘯く輩がいるが
まったくの紛い物。そんなもので未来が視えるか、この戯け!
◇昇天……天国へ引きずり込まれること。
◆トウニョウビョウ……貴族で流行しはじめたという新種の病。




