7:たすけるんだ
後半はネウルの考察です。
僕が両手に抱えるのは、リスグマと呼んでもいい気がする外見の魔物。
前の世界でいうリスと子熊が合体した様な魔物だ。
確かに、皆の言う様に可愛げのあるヤツだ。
目とかクリクリしているし、ちょっと尖っている耳もぴょこぴょこと動いて可愛い。
勿論、僕は遠慮せずにぎゅっと抱いている。
グリスの毛皮がもふもふして気持ち良い。
当の子グリスは特に気にする様子もなく、ぽけーっと空を眺めている。
しかし、緊張を解いてはならない。
近くに親グリスを感知したとネウルに知らされたのだ。
彼女の魔力感知の成せる技だが、他の子達は全く気づいた様子はない。
ここは早めに子グリスを離して帰るべきか。
「もう帰らない?」
「だめ、この子のお母さんを探さないと」
リナが譲らない。
ネウルの魔力感知のことを聞かれて、それがフィーナさんにも知られたらアウトだし。
魔力感知は長年修行を積んだ魔法師や魔術師のみが使える技らしい。
9歳の姿をした女の子がそんな技術を身に付けているのが知られれば、精霊だということに辿り着くのにそんなに時間が掛からない。
精霊は通常は周りの人からは見えないが、姿を見せるときは稀にあるのは知られている。
面倒事は避けたいため、ネウルの正体がバレるのは都合が悪い。
ご都合主義なんてそうあるものではないな、と思ったその時。
「あれがお母さんかなあ?それにしては結構大きいけど」
リナのそんな一言を聞き、すぐに彼女が見ている方向へ振り向いた。
「「「えっ」」」
アリシア、ジャック、アルマの三人がポカンと口を開けて同じ方向へ向いていた。
僕とネウルは、ただ事態に呆然とするしかなかった。
「グルルル………」
僕って、ひょっとしたら『不幸体質』ってやつなのだろうか。
リナへの威嚇とでもいう様に唸っていたのは、尻尾のデカイ、2mくらいはあった熊の様な獣だった。
毛皮は茶色く、眼は黒い。
間違いなく、親グマならぬ親グリスだ。
四足を地に着け、その眼はリナへ向いていた。
流石のリナも身の危険に気づいたのか、涙目で尻餅を着いている。
一瞬親グリスがハッと何かに気づいた様に顔を歪ませると、僕を睨んだ。
正確には、僕の抱きかかえる子グリス。
間違いない。
この子グリスはあのグリスの子だ。
「どうするんだい?」
ネウルが僕を試す様な口調で聞いた。
「望むのなら偶然に見せかけて殺せるけど、これでもしばらく森に住んでいた精霊だからね。それはしたくない」
「うん。僕も殺したくはないし、誰も殺されたくない」
しばらく森に住んでいたというのは初耳だけど。
「リナ!落ち着いて、ゆっくりこっちに戻ってきて!」
僕はそう言いながら、子グリスを抱きかかえて親グリスに近づいてヤツの気を引いた。
僕は四つん這いで戻ってきたリナを庇う様に立ち塞がり、子グリスを下ろした。
しかし、子グリスは離れようとしない。
『グオオオオオオオオーーーッ!!』
グリスの咆哮が僕の耳に力強く響き、一瞬ひるんでしまった。
そして、その隙を狙われた。
「「「「ハルト(君)っ!」」」」
周囲の叫びに反応し、僕は後ろに跳んだ。
それでも、右足首に鋭い痛みが走る。
「痛ッ!」
親グリスの爪が掠り、血が出ていた。
「だ、だいじょうぶ!?早く孤児院に戻らないと!」
アリシアが潤んだ目で僕に小走りで寄って来た。
「まだだ。このグリスの親子を森の奥に誘導しないと・・・」
「なんで!?それよりもハルト君を手当てしないと!」
この傷なら浅いので、我慢すれば問題無い。
それよりも、このまま熊――もとい、グリスの親子を放っておけば、村の人達が魔物退治という名目上の狩りをするかもしれない。
幾ら魔物だからとはいえ、そんなのは嫌だ。
そんな理由で命が駆られるなんて、嫌だ。
「みんな、たすけてやる!」
振り下ろされる爪を、頬に掠めながらも右に避ける。
少し視線を下ろせば、そこには母の元で座っている、状況を理解してなさそうな子グリスが見える。
どうすれば、森に誘導できるか。
やはり僕が囮として引き付けた方がいいのだろうか?
「ハルト君、左!!」
ネウルの声に反応し、左を見ると、すぐそこにグリスの腕が横薙ぎに振られ迫っていた。
「げぇっ」
毛皮の分厚い、丸太の様な腕を左の脇腹に叩き込まれる。
9歳児の身体には流石に威力が高すぎる。
「―――――――ッッ!!」
脇腹から全身に痛みが広がり、何かが砕ける音が耳の奥で響く。
口の中は金属の味がした。
血を吐き出しながら、僕は全身の感覚を空気中の魔子に集中した。
それらを取り込むイメージを脳裏に浮かべると、光の粒子はみるみる皮膚に取り込まれていく。
といっても、視界は血で滲んでいるのでそこまで綺麗に見えないが。
『魔法はイメージだ』
その言葉に習い、僕は自分の意識を全て一つのイメージに集中させた。
金属の味と血の臭いが口の中で蔓延しつつも、僕は静かに呟いた。
「グリスの親子を、その故郷まで送るんだ―――転送」
視界にイメージを重ねる様に、脳裏と現実の両方に意識を集中する。
すると、正面で爪を再び振り下ろそうとしていた巨体と、その後ろに座っていた子グリスが次第に光に包まれる。
一瞬の内に、二匹は光の粒子と化し、その粒子も森の奥へと高速で飛んでいった。
彼らが故郷と認知する位置まで、転送する様にイメージを作り、魔法として放ったのだ。
名前を呼ぶ声が背後からするけど、既に視界は眩んでいた。
「あ……れ……っ」
急激な疲労と脱力感に襲われ、僕は重力に逆らえず、身体が前に傾いた。
そして僕の意識は闇に沈んだ。
ボクの名前はネウル。
ここ最近森に住み着き、ハルト君と出会って同行することにした精霊なんだ。
生まれた時の記憶なんてなく、ただただこの地をうろつくだけの浪人ならぬ浪『精霊』だ。
そんな過去は、今はどうでもいいとして。
ハルト君は、何か懐かしい様な、どこかで会ったことのある様な感じのする不思議な少年だ。
その正体は元・15歳の異世界に住む少年で、この世界に来て9歳に退化した可哀想な子でもあるんだ。
でも不思議なのは、彼は低レベル中の低レベルの魔力量だということと、空気中の魔力を自在に操ることのできるその能力だ。
そして最も恐ろしいのは、常人を軽く凌駕するイメージ力、もしくは想像力なんだ。
物を思い浮かべればすぐにその感触や映像、音声や臭いまでも脳内で再現されるかもしれないレベルだ。
どうやら、何かきっかけがないと覚醒しない潜在的な能力みたいだけど。
魔法や魔術にとって、魔力量に並ぶ最も重要な要素でもある想像力。
それをほぼ無限の魔力量と合わせれば、かなり恐ろしい存在だ。
彼の性格からして、悪に染まるとか生物を自ら駆るとかは99%不可能だけど。食事以外ね、勿論。
そんな彼が、グリス親子を逃がしつつ、皆を助けるために使った魔法が、
―――転移魔法。
これは、流石に隠さないとマズイね。
とりあえず、子供たちの魔獣と遭遇した記憶を消して、ハルト君の傷が完治するまで回復魔法を掛けた。
帰りが遅い理由ならまだ誤魔化せるから問題はない。
でも、問題はハルト君だ。
君は、この世界でどう生きていくつもりなんだい?




