4話:魔素と魔力と魔法
「燃えろぉ~、燃えろぉ~、ファイアァ~!」
「うん、取り敢えずその手の動き止めようか」
僕がラネル孤児院に引き取られてから三日目の朝。
僕は手を波の様にうにょうにょと動かして「炎」を強く念じていた。
絶賛、魔法の修行中である。
教えてくれているのはセレカさんだ。
「あのねぇ、さっきの話聞いてた?」
「はい、魔法はイメージが大事なんですよね?」
「そう。それが何でそんな手の動きになるの?」
「なんとなくです」
セレカさんも一応冒険者なので、ある程度の魔法が使えるらしく、僕は使い方を教わるために昨日お願いしてみたのだった。
で、今日の朝起きたら孤児院の庭に連れられ、今に至る。
「魔法は呼吸や食事によって体内に取り込んだ『魔素』を凝縮し、自身の魔力に変え、その魔力を自身の想像によって現象に変える術。基本魔法ならイメージだけで十分。そんな手の動きや呪文、いらないわよ」
「でも、イメージしやすいと思うんですけど……」
「確かに、イメージしやすいなら単語を口にするとか身体を動かすとかは言ったけど……手の動きがスライムを連想させるからなんかイヤなのよ」
どうやら、この世界でもスライムはいるみたいだ。
嫌がられてるらしいけど。
セレカさんが深く溜め息を吐き、僕の頭にぽんと手を置いた。
「そもそも、何で魔法を使いたいと思ったの?」
「もっと知りたいからです。それに、面白そうだから」
別に嘘は言ってない。
この世界の文明を知るためには、先ず基盤となる魔法を知らなければいけないからだ。
それに、魔法を知り、使いたがるのは元・地球生まれの中学生男子としての本能でもある。
「じゃあ、魔法の名前だけ聞いて説明も聞かずに、薪を燃やそうとしないで」
「はい……」
「じゃあ、先ずは魔力量と、魔力操作を覚えようか」
「はい!」
魔法が使えるならプライドだって捨てる、という思いで、僕は子ども扱いに何の問題も無く順応した。
頭がくしゃくしゃだけど。
まあどっちにしろ、この世界にしばらくいるのなら、この姿で受ける扱いに慣れないといけないけど。
「先ずは、魔力量の測り方ね。この魔素結晶を上げるから、魔力を込めて」
セレカさんがそう言いながら、青色の結晶を僕の手の平に置いた。
「あの、どうやって魔力を込めるんですか?」
「この魔素結晶は吸収性が強いから、強く握れば良いだけだよ。そうしたら、光の強さで大まかな魔力量が分かるから」
そう言われたので、僕は思いっきり結晶を握り締めてみた。
すると、フッと腕から結晶に何かが流れていくのを感じた。
ポッと結晶が僅かに光った。
いや、表現に間違いは無い。
本当に、結晶が注視しないと見えないくらい薄暗い光を灯しただけだ。
「……セレカさん?」
「……何?」
「……どうですか、魔力量」
「……基本魔法で空っぽになるわね」
「………そうですか」
こうして、セレカさんの魔法授業は初日で終わりを迎えた。
「なんとか工夫して使えないかな、魔法……」
セレカさんが僕を慰めてから孤児院の中に戻って行った後、僕は庭に残って考えていた。
魔力の量を節約する才能が異常な人もいるらしいけど、基本魔法くらいで力尽きてしまう僕の場合は節約しても基本魔法しか使えなさそうだ。
「さっきの、魔力っぽいのを何とか制御できたらなぁ」
魔素結晶を握った時に感じた、腕から流れ出た何か。
量は少なくとも、恐らくあれが魔力だったんじゃないかと思う。
もしそうなら、なんとかして魔力を操作することも可能かもしれない。
魔力を操作できれば、節約とかもできるかもしれない。
「よしっ」
目を閉じて意識を腕に集中し、さっき感じた「流れ出る何か」の感覚を思い出す。
鮮明に、正確に。
何か、熱い液体みたいなものが身体中から腕に集中しているのが分かる。
腕も、さっきの魔素結晶みたいに僅かに光を灯している。
でも、やっぱり自分でも中途半端な量だと分かる。
水道管にチョロチョロと、空いている空間と比べて少ない量の水が流れてるみたいな。
目を開けると光の粒子みたいなのも、腕から流出しているのが見える。
これが『魔力』なのだろうか。
「あれ、空気中にも?」
魔力を集中させた腕の回りの空気にも、湯気の様な熱を感じ、薄く発光していた。
これは空気中の魔素だろうか。
だとしたら『魔素』と呼ばれるものが気体で、『魔力』は人間の体内に取り込まれることによって魔素が液体になったものではないだろうか。
科学の知識があまり無いこの世界の人達には、まだ分かってなさそうだけど。
気体と液体。
それが魔素と魔力の違いなのだろうか。
魔力(液体)の方が高密度だから少ない量で魔法に使えるけど、魔素も大量にあれば魔法に使えるのではないだろうか。
僕は駄目元で、周囲の魔素を身体に取り込むイメージを脳裏に浮かべてみた。
すると、激しい風の音が耳に響くと同時に、薄く発光する、透明感のある光の粒子が全身を覆っていた。
「えっと……《飛べ》?」
そのまま恐る恐る、自分の足から魔力を噴出するイメージを浮かべ、僕はそう呟いた。
瞬間、
ドォン、と轟音が響くと同時に、地面が足元から消えたと思ったら、空中を舞っていた。
「あれ?」
なんか、デジャヴだ。
そうして、人生二回目のパラシュート無しでのスカイダイビングが開始した。
流石にあの謎の浮上現象も二回も起きる筈が無いので、僕は魔法で着地することにした。
今度は空気中の魔素を前より少なめに纏い、手足から魔力を少しずつ噴出してゆっくり高度を下げていった。
40秒くらいしてやっと地面に降りると、さっき僕がいた位置にはクレーターができていた。
すぐに土で埋めたけど。
そして、自分でもすぐに分かった。
自分と、今の自分の魔法は、異常なのだと。
多分魔力を取り込めるのは体質か、科学の知識があってこそのイメージか。
とにかく、僕本人に魔力が無くても、周りの無尽蔵の魔素を幾らでも取り込み、そのまま使えるのだ。
幸い、孤児院の庭には誰もいなかったので、僕の魔法(というかただ足から魔力を噴射しただけ)を見た者は誰もいない、と思う。
少なくとも、孤児院の中に戻ってもフィーナさんに慰められただけなので、孤児院の皆は知らない筈。
「ハルト君、ごめんね?」
干した洗濯物を運んでいると、セレカさんに謝られた。
どうやら、僕が魔力が殆ど無いことに落ち込んでいると思っていたらしい。
大丈夫です、と言って僕は作業に戻った。
前の世界では、僕は勝ち組を目指して努力していた。
でも、この世界でも勝ち組になれない訳ではない。
地球に未練が無い訳じゃないけど、もしかしたら異世界転移とかそういう魔法があるのかもしれない。
だったらそれに辿り着くまで、夢見たファンタジーな異世界を堪能すればいい。
「さて、これで最後、と」
この世界でするべきことを考えながら、孤児院の庭で干した洗濯物の内、残った最後の分を纏めて手に取る。
そのまま孤児院の中に向かったが――
『君、さっき何をしたんだい?』
そんな声が頭に響いてきた。
辺りを見回しても、誰もいない。
いや、いた。
僕の真後ろに、小さな光が。
一瞬、蛍なのかと思ったけど、違う。
『へえ、ボクが見えるのかい?』
小さな光が揺らぎ、僕を囲む様に飛び回った。
「……誰?」
『ボクかい?ボクは――』
――精霊さ。
これが、僕と精霊『ネウル』の、出会いだった。