2:ラネル孤児院
エルスカ草原を出ると、少し大きめな木の門と、『ラネル村』と書かれた看板に辿り着いた。
門番は、剣を腰にぶら下げた中年のおじさんだった。
「その子は?この村じゃ見たことのねー顔だな」
「はい、草原にいた孤児なので、ウチに連れていこうと思って」
「なるほど、アリシアは優しいな。こんな優しい娘に拾われて運が良かったなァ、坊主」
どうやら優しいおじさんの様だ。
僕らは無事門番の許可を貰い、一緒に門を通りぬけた。
そのまま、僕はアリシアに手を握られ、村の奥に向かって歩いた。
僕の連れられた先は、アリシアの住む孤児院だった。
アリシアの住む孤児院は、なんというか、広くて明るい雰囲気を纏った場所だった。
外見は大きいログハウス。
電灯らしきものは確かにあったけど、この世界の文明ってどれくらい進んでいるのだろうか。
看板に書いてあった文字は、『ラネル孤児院』。
この村の名前に因んだのだろう。
しばらく孤児院の中を歩くと、厨房らしき部屋の入り口まで着いた。
この中に院長がいる筈だと言い、アリシアは僕の手を引っ張って厨房の中に入った。
厨房の中には、眼鏡を掛け、質素なドレスにエプロンを着けた、20代くらいの女性がいた。
「アリシア、おかえり!」
「ただいま、フィーナさん!」
アリシアは後ろに隠れる僕の頭を撫でながらそう言うと、フィーナと呼ばれた女性が僕の顔をまじまじと見た。
「この子、孤児院の子じゃないね。誰?」
「フィーナさん、この子ね、エルスカ草原で空から落ちてきたの」
「空から落ちてきた……?」
今度は、僕の頬を引っ張ったりして、弄り始めた。
「えひょ、ひゃんでふか?」
「え!?あ、ゴメン!いきなり空から落ちるなんて普通じゃないから、本当に人間なのかと思って……君は普通の人間ね」
そう言うと、フィーナさんはすぐに頬を放した。
しかし、それを確認する方法が何故に頬を引っ張ること?
まあ、個人的な問題、なのかな。
「でも、黒髪なんて珍しいね。どこから来たか覚えてないの?」
「はい。名前以外は、何も……」
どうせ、異世界から来たなんて言ったとしても信じる訳がないし、やっぱりこの記憶喪失設定は便利なのかもしれない。
「そう……事情は分かったわ。ウチに住みなさい。ここにいる皆、良い人達だから」
「良いんですか!?」
「孤児院なんだから、当然よ」
「あ、ありがとうございます!」
「良かったね、ハルト君」
そう言ってまた僕の頭を撫でるアリシア。
どうでもいいけど、なんで僕は頻繁に撫でられているんだろう。
「私の名前はフィーナ。この孤児院の院長よ」
「僕の名前は春斗です。よろしくお願いします」
「よろしくね、ハルト君。礼儀正しいのね」
そして、僕は気づいた。
誰も、苗字を名乗っていないことに。
もしこの世界に貴族がいるのなら、苗字を持っているのは貴族だけなのかもしれない。
自分の苗字を名乗っていたらややこしいことになっていた筈。
「歳は覚えてる?」
「いえ……」
「じゃあ、9歳ね。身長や顔からして」
やっぱり12歳以下……
「じゃあ君の誕生日は今日ってことで。よーし、早速お祝いのために豪華な晩御飯を作るわよ~」
「やった!」
フィーナさんがドレスの袖をめくり、やる気そうにしていた。
アリシアの喜び様からして、美味しいのだろう。
「じゃ、今の内に皆に自己紹介しておきなさい。仲良くするのよ」
「分かりました!」
僕とアリシアは厨房を出て、食堂に向かった。
「今の時間帯なら、皆食堂で集まってるはず」
「僕、大丈夫でしょうか…」
僕は死ぬ前、かなりの人見知りで、友達も少なかったため心配になっていた。
「だいじょーぶ!皆良い人達だから!」
アリシアは胸を張ってそう言ってくれた。
胸、無いけど。
「今何か失礼なことを考えなかった?」
「そそそそんな訳ないよ……」
そんなやり取りをしながら、僕らは食堂に辿り着いた。
「あれ、アリシアちゃんお帰り!どこ行ってたの?」
食堂には、かなり大きな長方形のテーブルが置いてあり、八つの椅子が両側に置いてあった。
その八つの内、四つには身長が僕以上の子供達が座っていた。
つまり、僕が一番身長が低い。
「午後の散歩だよ」
今気づいたけど、現在は昼過ぎ、夕方くらいらしい。
「その子はだぁれ?」
四人の内、一番小さい茶髪のサイドテールの女の子が僕を指差した。
「この子はエルスカ草原で見つけた孤児だよ。名前以外の記憶が無いみたいで、この孤児院で引き取ることにしたの。フィーナさんの許可は取ったよ」
「新入りの子!?」
サイドテールの女の子は、椅子から飛び降りる勢いで僕まで走ってきた。
そして、目を輝かせながら僕の頭をクシャクシャと撫でた。
「えと、何で撫でるの?」
「新入りだから、私がお姉さんでしょ?」
もはや理解できない。
「えと、リナ、言い難いんだけど、その子はあなたと同じ9歳だよ」
「え~!?私も妹が欲しい!」
「いや、僕男だから、年下の場合は弟じゃないかと……」
「じゃあ、私が女の子にしてあげる。可愛いお洋服いっぱいあるよ?」
「それだけは勘弁!」
リナと呼ばれた元気いっぱいなこの少女は、僕をどうしても妹扱いしたいみたいだ。
まあ、実際、僕の方が背が小さいからだろうけど。
あれ、目から汗が。おかしいな。
「まあ、とりあえず皆で自己紹介しようよ」
そして、僕らは食堂の椅子に座り、互いに向き合った。
最初に、僕が立ち上がった。
「僕はハルトです。名前以外の記憶がないから、あんまりこの世界のことを知りませんけど、よろしくお願いします」
なるべく失礼の無い様、そして良い印象を与える様、人見知りの僕が出せる全力の自己紹介をした。
皆頷き、次にアリシアが立ち上がった。
「じゃあ、次は私で。私の名前はアリシア。12歳で、この孤児院では二番目に年上の孤児だよ」
金髪も、青い目もとても綺麗で、この子は将来、必ず美人になると見た。
あと、この子は12歳にしては結構しっかりしているのだと思った。
「じゃあ、次はわたしー!私の名前はリナ!9歳で、ハルトが来るまでは一番下の子だったのっ!」
次に、一番下の子だったというリナ。
なんだか微笑ましい少女だと思う。癒される可愛さである。
将来は美人間違い無しだろう。
「じゃあ、次は俺だな。俺はアリシアに次に年上のジャック、11歳だ!よろしくなハルト!」
次に音量の高い自己紹介をしてくれたのは、当然僕より背が高くて見上げてしまう、ジャックという少年だった。
髪はライオンの鬣の様な金髪で、目は緑色だった。
11歳にも関わらず若干筋肉質で、力が強そうだ。
「ボクはリナの次に下の子、アルマだよ。よろしくね、ハルト君」
今度は本を手に持った、大人しそうな男の子が自己紹介をした。
知的なオーラを感じるけど、なんだか気が合いそうな気がする。
今は弟扱いだろうけど。
これで、四人全員自己紹介を終えた。
けど、一つ気になる点がある。
「えと、一番年上の人は?」
「ああ、姉さんなら街にいると思うよ?」
アリシアがそう答えてくれた。
「姉さん?」
それに街って、この村の近くに街があるのだろうか。
「セレカ姉さん。今は冒険者として、街で活動してるんだよ。」
「冒険者、って何ですか?」
そう言うと一瞬驚かれたが、記憶喪失だということを思い出してくれたらしく、アリシアが説明してくれた。
「冒険者っていうのは、人々の依頼を受けて、それをこなすのが仕事の人達なの。依頼内容は採集やら迷子探しから、魔獣討伐まであるの」
つまるところ、この世界はファンタジー系のゲームと同じ様な設定の職業があるみたいだ。
それに「魔獣」という単語が聞き間違いでなければ、ここはまんまファンタジーな世界だと思う。
しばらく前に見たドラゴンの存在も、そんな世界だったら辻褄が合う。
「で、セレカ姉さんは今15歳なんだけど、冒険者として孤児院のお金を稼いでるの」
「そうなんですかぁ。一度会ってみたいですね」
「明日には帰ってくると思うよ?仕事を終えて。その時もまた自己紹介しないとね、ハルト君っ」
「は、はい」
また、子ども扱いをされた気がする。
その日の晩御飯は、僕の世界で言う、シチューの様なものだった。
この世界ではスタルゥと言うらしい。
味はシチューと変わりなかったけど。
僕はこのスタルゥに、新しい家族の暖かさを感じていた。