1:異世界に落ちる
VRMMOを書いていました僕ですが、今回はファンタジーに挑戦してみました。
僕、久崎春斗は、死んだ。
死んだ記憶は全く無いのだけど、自分が死んだことはなんとなく認識できた。
ただ、死んだ原因やその数時間前の出来事が思い出せないだけ、つまり、死因を知らない。
死んだことを知っているのと、受け入れるのとは違うが。
「そうか、僕、死んだんだ…………」
長い沈黙。
それは、僕が「自分の死」を受け入れようとしている時間でもあった。
自分は死んだ。
でも認めたくない。
まだまだ生きたい。
中学を卒業し、名門高校に進学して、アメリカの大学に留学して、医者か何か良い職に付き、勝ち組な人生を歩むのが夢だった筈。
自分は、真面目に勉強に取り組み、努力のみでここまで来た筈であり、なんでこんな末路を辿らなければいけなかったのか分からない。
そもそもまだ自分は15歳、死ぬには早すぎるはず。
まだ生きたい。
まだ逝きたくはない。
まだ、自分の人生を歩み続けたい。
僕は、暗闇の空間の中で既に薄れていく意識を感じながら、仮想の目を閉じた。
そして身体を動かそうとした。
だけど何も動かない。
今の僕は、死んだ久崎春斗の身体の中の思念体の様なものみたいで、外の様子は全くわからない。
そして直後、僕は身体から遠ざかっているのが分かった。
何故なら、僕は透明な身体、いや、幽体で浮上しながらも、自分の死体が見えたからだ。
所謂、幽体離脱というやつだろうか。
死体の場所は、自分の部屋だった。
その死体の傍にはナイフと、大量の血。
カーペットに血が久崎春斗の身から溢れ出し、水溜りの様にその場に溜まった。
「死因は、ナイフ、なのか?」
それが殺人なのか、それともまさかの自殺なのか、僕には分からなかった。
推理モノが好きだった僕は、自分の死体で分析しようとしたけど、その前に天井をすうっと何もなかったかの様に通り抜け、そのまま大空へと引き寄せられた。
次の瞬間、僕は空から落ちていた。
「はああああああああああ!?」
死んだ事実を半分くらい受け入れていた僕は、突然のパラシュート無しのスカイダイビングに驚き、空中で手足をじたばたと動かしていた。
いや、普通誰だって驚くだろう。
死んだと思って浮上する自分を身(というか幽体)に任せていたら、突然落下しはじめるのだから。
しかも、何時の間にか幽体じゃなくなって、肉体になっているし。
つまり、このまま落ちればーーーー
「一日で二回も死にたくないよぉぉぉぉ!!」
人間の命は果たしてここまで軽いものだろうか。
否、一つの意識で二回も死ぬ人なんて聞いたことがない。
二回も死に掛けた、ならあるかもしれないが、実際に二回死ぬとか普通有り得ない。
だって人は一回死んだら終わりだもの。
「一回目の死が刺殺で、二回目がパラシュート無しでスカイダイビングしたからとか、笑えない……」
三回目があるとは限らないし。
しかも風がビュオオオオって耳に響いてるところを考えると、今かなりの速度で落ちている筈。
「いやだあああああああ!!墜落死いやだああああ!!痛いのはいぃぃぃやぁぁぁぁ―――――!!!」
女みたいな悲鳴を上げ、必死に空を泳ごうと空中でかえる泳ぎをする僕。
下から見れば、さぞシュールで墜落にはテンプレな光景だろうと思う。
実際にした人は見たことがないけど。
「ん……?う、浮いてる……?」
恐怖で閉じていた目を恐る恐る開けると、僕の身体は、地上に近い高さで文字通り、浮いていた。
何か、見えない足場の上で、ゆっくりとその足場が降りていく様な、そんな感じ。
遅いエレベーターみたいだ。
ただし、壁はなく地面がどれほど遠いか見えるため、高所恐怖症の僕には涙の溢れ出る光景だが。
しかもゆっくり降りるとか、恐怖のあまり心臓が破裂しそうで怖い。
天空のお城の登場する某名作映画のヒロインは、こんな感じで空から落ちたのだろうか。
落下する僕を受け止めてくれる人はいないのかな。
どれくらい経ったのだろうか。
数分、もしかしたら数十分経つ頃に、僕はやっと地面に足を着いた。
疲労と脱力感のあまり、すぐに尻餅を着いて座り込んでしまったが。
「いててて……痛いけど、僕、生きてる……」
まさか生きてることにここまで感動するとは、思ってもみなかった。
一回死んだからこそ、味わえる感情なのだろうか。
ともかく、一回目の死が夢ではないのは事実だ。
「で、今問題となっていることは…………ここ、どこなんだろう」
先ほどから気にはなっていたが、ここは建物が全く無い。
何の特徴も、目立つ物体もない、ただの草原だ。
そして、さっき空から落ちていた時、奇妙な生物が飛んでいたのを僕は確かに見た。
紅い鱗に包まれ、巨大な翼を持った巨大なトカゲ。
あれは、僕の知識で言うならば――
――竜、ドラゴンである。
それは、神話や伝説、妄想や空想の中でしか存在しない筈の生物。
もし僕の気の迷いや、見間違いでなければ、この世界は、僕の知る地球ではないのかもしれない。
だとすれば、僕はどうしてここにいるのだろうか。
そもそも何で僕は生きているのか。
どうやって帰れば良いのか。
「ねぇ」
そんな、迷える僕をまた救ってくれたのは女神だった。
太陽の様な輝きを持った柔らかそうな金髪を揺らめかせ、空の様な青い目の、雪の様に白く綺麗な肌を持った、小柄な少女。
「あなた、さっき空から落ちてきたのを見たけど、大丈夫?」
「え、あ、はい。……って、日本語?」
最初はその容姿に驚き、見惚れていたが、僕の耳が日本語を認識し、更に驚いた。
「ニホンゴ?なぁに、それ」
「へ?今しゃべってる言語では……あれ?」
「ど、どうしたの?」
「あ、いえ……なんでもありません。えっと、ここ、どこなんですか?」
何か身体に違和感に感じたけど、それよりもこの場所が気になる。
少なくとも、こんなに広い草原が日本にあるなんて知らない。
「ここはエルスカ草原だけど……あなたは誰?」
「エルスカ草原…………?聞いたことない」
「え?」
「え?」
やっぱり、ここは僕の知る世界とは違う世界なのだろうか。
「ええっと、とりあえず、あなたの名前を教えてくれる?」
「あ、はい、僕は春斗です」
「じゃあハルト君、あなたはどこから来たの?」
妙に子供扱いみたいなのを受けている気がするが、とりあえずどう答えよう?
日本の東京都、自分の家の、自分の部屋にある自分の死体から幽体離脱して、気づいたら上空にいたなんて言える訳がない。
何か言わないといけない。
とりあえずうーんと唸り、設定を繰り出すことにした。
「僕、記憶が無いみたいで、良く分からないんです。知ってるのは自分の名前だけで、ここがどこなのか、自分の家族とかは何も……」
漫画とかで見たことのある、「記憶喪失」設定である。
この世界が本当に僕のいた地球と違うのなら、情報収集は大事だ。
それには、この設定は便利、だと思う。
「え、記憶を……?こんなに小さいのに、可哀想に……」
小さい?
この子は何を言っているのだろう。
確かにクラスの中では小さい方だったけど、それでも150cm以上はあった。
失礼にもほどがある。
というか、僕の方が大きいだろうに。
「あれ?」
講義しようと立ち上がったら、僕は違和感に気づいた。
彼女の身長は、顔の幼さから判断して僕より小さいと確信していた。
だけど、僕は彼女を見上げていた。
それと、なんだか背丈がいつもより短い様な気がして、僕は恐る恐る下を見た。
結果、
僕は、縮んでいることが判明した。
(なんじゃこりゃああああああああああ!?)
なんとか声に出すのを堪え、僕は必死に状況を整理した。
先ず一つ、今は日本ではない、恐らく地球でもない異世界にいる。
二つ、僕は死んだはずだけど、何故かこの世界の空に現れて落ちた。
三つ、墜落死は謎の浮上現象によって免れた。
四つ、背が縮んでる。
五つ、服は自分の死体と同じ、部屋着を着ている。ただし、サイズは変わっていないのでダボダボ。
六つ、目の前にいるこの少女は、体形や顔の幼さから12歳くらいだと思う。それより少し背の低い僕は…………12歳以下ということになる。
駄目だ、訳が分からない。
「えっと、さっきからなんなの?悩んだ顔をしたり、唸ったり、急に驚いた顔をしたり」
「え!?いや、その、なんでもありません!」
「そう……えと、記憶が無いのなら、戻るまで家に来ない?私、孤児院に住んでるから」
その言葉を聞き、僕は彼女の優しさを感じた。
そして、疑問を抱いた。
「孤児院ってことは、あなたは孤児ですか?」
「うん。私の名前はアリシア。よろしくね」
アリシアはそう言って、僕に手を差し伸べた。
そして、迷える僕はその手を握った。
僕が彼女の手を取ると、アリシアは笑顔を浮かべ、歩き始めた。
僕は手を離さない様に、彼女に着いて行った。
この世界での、最初の一歩を踏み出した。