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第7話 奥谷先生と早退

 あと二十分ぐらいで一時間目が終わる。



 結局、須藤鈴那はぼくを見張るために、こんな時間まで授業に出ることなく。ぼくが寝ていると思って、ずっとスマホをいじったまま――隣に座っている。

「……す……鈴那」

 たぶんゲームの中ではこんな呼び方をしていたと思い出し。

 ぼくは緊張気味に須藤鈴那――鈴那を呼ぶ。

「どう?少しは寝た?」

 ぼくの声に気がついて、鈴那は笑顔を浮かべた。

「うん……ありがとう」

「朝から少し調子がおかしかったから。

 疲れてたんだね……三年生になったばかりだからって無理しちゃダメだよ」

「うん、そうだね」

「なんかかつみがそうしてると、本当に女子なんだなぁって思っちゃう」

 鈴那の苦笑いに、ぼくは違和感を抱かないわかにいかない。

 ぼくはもともと女子だよ。みんなどう考えてるんだ。まったく。



 ここでガラっと、保健室の扉が開いた。

 その音に反応して、鈴那が椅子から立ち上がった。

「あ、奥谷先生」

 ……『メガネ』が来たんだ。

「新里さんは大丈夫ですか?」

「今起きたみたいです。でも、まだ少し調子は戻っていないみたいです」

「そうですか」

 


 鈴那と奥谷先生との間でそんな会話が、ぼくの見えないところで交わされたあと。

「大丈夫ですか、新里さん」

 奥谷先生がベッドを囲むカーテンの間から顔を覗かせた。

「……はい。すみませんでした」

 ぼくは上半身を起こした。

「無理はしないでいいですよ。顔色はさほど悪くはないようですが、ここは大事をとった方がいいですね。

 今日はこのまま家に帰りなさい」

「え?はい」

 この人もぼくの知っている奥谷先生。特に大きな違いはない。

「あなたはよく頑張っています。今ここで無理することはありません。

 歩けないようなら、家まで車で送りますが?」

 年下のぼくたちにまで敬語を使う几帳面さ。うん。やっぱ奥谷先生なんだけど。

 なんだか妙に優しいのが気持ち悪い――それはあのゲームの奥谷先生に似ていたキャラの性格だったな。

「いいえ。大丈夫です、歩いて帰れます」

「そうですか。たぶんそう言うだろうと思ったんですよ。

 岡本くん……新里さんを家まで送ってあげてください」

「はい」

 え?修平!?

 奥谷先生の後ろにいたのか……修平がとなりのベッドを仕切る白いカーテンの影で見えなかったところに立っていたようで、先生に呼ばれてぼくと自分のカバンを抱えた姿を見せた。

「でも……岡本くんはこのあとの授業は?」

 ぼくは奥谷先生と修平の顔を交互に見比べて、そんな質問をしてしまう。

「本人がどうしてもと言うので。家も隣同士ということですし。

 二人はいつも真面目に授業を受けていますから、支障はないと思いますからね」

 笑顔の奥谷先生。それって、どれだけご都合主義なんだ?

 普通はそうにはならんでしょう?さすがはゲームってことか?

 え?それに修平とぼくの家が隣同士?近いと言ってもぼくたちの家は、歩いて数分はかかる距離はあるはず。これも変わっているってことなのか?

「甘えちゃいなよ。今日は帰ってゆっくり休んで……。

 私もここでずっとかつみを見張っているわけにいかないから」

 鈴那も奥谷先生の提案の後押しをする。

「帰ろうぜ、かつみ」

「……うん」

 流されるのは嫌だけど。ここは様子を見るためにも、とぼくは自分に言い聞かせて従うことにした。

 でも相変わらず、修平は『らしく』ない――。



 ぼくたちの学校の指定のカバンは、革カバンじゃない。肩にかけるだけじゃないく、手で持つことも出来るし、背負う形にも出来るタイプのもの。

 修平は自分のカバンはいつものように背負い、ぼくのカバンを肩からかけて、ぼくに持たせようとしない。

「大丈夫だよ……修平」

「……おう、そうだな」

 こんなやりとりは修平らしい。

「ごめん。ぼくにつき合わせて」

「……何があったんだ、かつみ?」

 急に前を歩いていた修平が振り返った。

「へ?」

「誰にも言ってない。

 須藤にもかつみは勉強を頑張っているから疲れてると言ってある。

 ……今日のおまえは朝から様子が変だ」

 


 ぼくたちの家に近づいたとき。

 住宅地の間にある小さなスペースが、ベンチだけがある小さな公園になっている場所がある。

 修平は家に着く前に、ぼくに真剣な顔で尋ねてきた。

 ぼくが修平がらしくないと感じていたように。修平もぼくの変化に気がついていた――ということなのか?


 

 

 喉まで出かかる真実――。

 この世界はあるゲームの世界なんだって。




 でも。この世界にいる修平たちには、この世界が当たり前ということなのかな。

 修平がぼくを変と思うなら、ここにはぼくとは違う『かつみ』がいたということになる。

 ここにいた『かつみ』は、どんな感じだったんだろう?

 ――ぼくはこのまま真実を修平に話していいのか?

 

 

「……昨日姉貴から押し付けられたゲームをやっていたんだ。

 それがぼくとよく似ていたから、ごっちゃになったのかもしれない。 

 困ったもんだね……」

 結局、ぼくは誤魔化した。

 今、ここにいる修平に話してもわかってもらえるとは思えなかったから。

 


「……そんなに俺、頼りないか?」

 悲しそうに、ぼくを見つめる修平。

 こんな修平は初めて見るかもしれない。いや、一度……ダメだ。思い出せない。



「そんなことない。ここまでしてもらって感謝してる。

 本当にありがとう……」

「やっぱ、俺じゃダメなんだな」

 ぼくの答えに肩を落として落胆する修平。

 おいおい。そんなに落ち込むことか?

「もしかしたら……いつか相談するかもしれない。

 でも……ぼくも恥ずかしくて言いにくいんだ」

 修平の落ち込みっぷりがかわいそうで、ぼくもどう話していいか困ってしまう。

 でもさ。「この世界はゲームの世界なんだ」なんて言っても、すぐに信じてもらえるとは思えないし。

 これで察してほしいんだけど……。



「そ、そうだったんだ。ごめん……」

 ――あれ?ぼくの答えを聞いた修平の顔が、耳まで真っ赤になってる。

 おまえはどういう意味でとったんだよ、修平!?

 ま。誤解しているなら、そのままにしておこう。それの方が都合がいい。



「行こうぜ」

 沈黙に耐えられなくなった修平が歩き出す。

「うん」

 まだ、顔は赤いけど。噴出しそうになりながら、ぼくは小さく頷いた。



◆◆◆



「かっくんっ!!」

 家の前で姉貴がぼくの帰りを待っていた。

 どうも奥谷先生から家に連絡があったらしい。



「じゃ、俺はこれで。

 あとでメールするよ、かつみ。調子が悪いと思ったら、すぐに病院に行けよ」

「うん、本当にありがとう。ぼくもメールするから」

「……用があったら窓たたけ。すぐ隣なんだから」

 


 修平に言われて思い出した。

 確かに。見慣れた修平の家が、見事にぼくの家の隣に建っている。

 ……その風景が激しく違和感。

「わかったよ」

「じゃな」

 そう言ってから修平はぼくのカバンを姉貴に渡して、自分の家に帰っていった。





 それを見届けて、姉貴はぼくに振り返った。

「かっくん……これって」

 真剣な表情でぼくを見つめる姉貴に、ぼくは無言で頷いた。

 よかった。たぶん姉貴は――ぼくの知っている姉貴のままだ。

「話したいことがたくさんあるんだ、お姉ちゃん」

「うん、私も。とんでもないことになっているみたい」

「……うん」

 ぼくと姉貴は、足早に家の中に入った。

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