第5話 かつみと乙女ゲーム
「ねぇ……かっくん、おねが~い」
「……い・や・だっ」
「感想を知りたいの」
木曜日の夜。
ぼくの部屋の前で、姉貴とぼくはまた乙ゲーをやる、やらないで問答の最中だった。
『銀色の翼に乗って君のもとへ 3~これから大人になる君のそばに~』
姉貴がぼくに押し付けようとしている、あの乙ゲーの第3段。ってそんなのあるのかよっ!!
どんだけ売れてんだ、このゲームっ!?
「お姉ちゃんは一番かっくんにやってほしいゲームはこれなのよ。
この間は修平くんもいたから、GL要素の入ったゲームを持ってきたけど、このゲームの主人公がかっくんそっくりなんだから!!」
「だったらますます嫌だよっ!!自分そっくりのゲームなんてやっても楽しくないし、あんなクソ甘いセリフを、ぼくそっくりの主人公が吐かれるのかと思うと、トリハダもんだって!!
絶対ヤダっ!!」
ぼくがそう叫ぶと。
急に姉貴が静かになった。
「……そんなに嫌なんだ……」
俯き加減に、肩を落とした姉貴。
え?でも……これは演技かもしれない。
「ごめんね。そんなに嫌がるなんて思ってもみなかった」
「……わかった。でもひとり落としたら、すぐ返すから。ぼくも勉強があるから、あんまり遊んでもいられないんだ……」
姉貴はイジけると結構長い。そうなるとあとあと面倒だからなぁ。
「えっ!?やってくれるのっ!!?」
ぼくがそう言った途端。
姉貴の表情が激変した。やっぱ演技だったんだ。
「……そういう見え透いたことやめてよ。
言った以上やるけどさぁ」
「だからかっくん大好き」
この人、本当に幾つなんだよ。
ぼくよりずっと年下に思える……。
「あとで感想を聞かせてね」
姉貴はそう言い残し、ぼくのためにおやつを作ってくれるために、一階の台所に向かった。
「……はぁ」
今度はぼくが肩を落とした。
奥谷先生に出された読書感想文が終わったあとでよかったよ。
メールじゃ修平がまだ苦労してるみたい。
でもあいつは一巻だから、まだ楽だと思うんだけどな。
◆◆◆
「銀色の翼に乗って……ねぇ」
銀色の翼。ようは羽根なんだけど、これが人の心を象徴してる。
『2』は知らないけど、『1』は異世界にトリップしちゃった女の子が主人公だった。
イケメン王子やら、イケメン商人やら、イケメン農民やら、イケメン街の人やら……多種多様な異世界のイケメンたちと手当たりしだいに恋をしていく話。と、ぼくは考えているけど。でも隠れキャラ入れて十人はいたから……十股って多すぎだろう。
今度は現代の学園ものか。
……路線変わりすぎ。『2』が相当酷かったんだろうな。
確かに姉貴の言ったとおり。
主人公はぼくみたいな男子みたいな性格の女子。このゲームの中じゃ『イケメン女子』ってされてるけど、そこはぼくと違う。
ぼくのお父さんは大学教授。今、アメリカの大学に招かれてあっちで研究をやってる。
お母さんもそれについて行ってしまった。
ぼくはここを離れたくなかったことと、姉貴の仕事も日本でやりたいってことで姉貴がぼくの面倒を見ながら、ビーズアクセサリー作家としてネットを中心に活躍をしている。
それだけじゃなくて、姉貴のお菓子作りの腕を聞いた出版関係のところから、お菓子作りの本を出さないかって話がくるぐらいすごい人なんだ。
……裏の趣味を知ったらどうなるんだろうと思うけど。
姉貴は「あら。そんなの普通よ?」
と、真顔で答えるし。あ……話が逸れた。
あれ。しかもそんな設定まで、ほとんど一緒じゃん。
ぼくの家庭環境って結構ベタなのか?
面倒だから主人公に『かつみ』と名づけた。
私立の中学に通う中学三年。そこの三年一組。クラスは二クラスしかないのか……。
『おはようかつみっ!!今日も元気にイケメンしてるねっ』
一体どんなあいさつなんだよっ!!
こんなゲームにツッコミを入れても仕方ないんだけど。
これは主人公の数少ない女子の友達で――名前は『須藤鈴那』。
明るいブラウンの髪をツインテールか。目は緑。どっかにいそうなキャラだな。ま、ゲームだからねぇ。
『おはよう鈴那。朝からなに変な挨拶してんだよ』
主人公にも突っ込まれてるよ、鈴那。
『今日も冷静なんだから。ますます好きになっちゃうな』
恥ずかしそうに、笑顔で主人公に話す鈴那。
……そういうゲームなのか。これ?姉貴の趣味が余計にわからなくなってきた。
攻略可能キャラは五人。ずいぶん減ったけど、その分イベントとかが増えているみたいだ。でも攻略キャラが久遠、右京、修平……んでもって奥谷先生に似たキャラまでいるからすごく怖い。『メガネ』は、こっちの方が優しそうだけどね。しかも岬のようなキャラが転校してきたり。
なんかぼくの周りの出来事とよく似てるのが気持ち悪いな。
ついこのゲームがいつ発売されているのかが気になって調べた。
このゲームは三年前に売り出されている。
ぼくの考えすぎか。
「ふぅ……」
イベントが増えた分、変なことで時間が取られるから、余計にメンドくさくなった。
「かっくん。おやつ持って来たよ」
姉貴の声。
時間は……もう九時近い。
ぼくは立ち上がって伸びをして。部屋のドアを開ける……こんなこと何日か前にあったよな?
「どうぞ」
「あ、ありがとう」
姉貴が……わっ。チョコのケーキだっ!!
「今回はちょっと頑張って作ったんだよ」
「ありがとうっ」
これはぼくの大好物なんだ。
「私もここでケーキを一緒に食べていい?」
「うん。どうぞ、どうぞ」
折りたたみの小さいテーブを出して、姉貴はそこにチョコのケーキと紅茶を置いた。
「どう?」
ケーキをひとくち食べたぼくに、姉貴は心配そうに尋ねてきた。
「うん、おいしい」
「よかった」
ぼくの答えを聞いて、姉貴は嬉しそうに笑う。
心配しなくても、姉貴の作るお菓子は本当においしいから問題ないと思うんだけどな。
『それ』が起こったのは――そんなときだった。
大きな地震だったと思う。
本棚の本が何冊か落ちたし。
「私一階を見てくるわ」
「ぼくは二階の他の部屋を見てくるよ」
ぼくと姉貴は、手分けして他の部屋を見て回った。でも異常はなく。
どのぐらい大きな地震だったのか、テレビをつけて確認しようと、ぼくも一階の居間へと行く。
「……」
そんな姉貴がテレビの前で呆然としていた。
「どうしたのお姉ちゃん」
「……かっくん。さっきの揺れ。結構大きかったよね?」
「うん。だからぼくもテレビを見に来たんだよ」
「……それがやってないの」
「え?」
「どのチャンネルも、そんな地震のことなんてやってないのよ」
そんなバカなっ!?
ぼくは慌ててスマホを取り出して、あらゆる情報を調べてみる。
「……本当だ。どこも地震のことなんて情報がない……」
ぼくと姉貴は顔を見合わせた。
一体あれはなんだったのか?
ぼくはわらをも掴む思いで修平にメールを出す。
『今、地震なかった?』
でも一晩経っても、修平からの返事はなかった。
◆◆◆
釈然としないまま。
ぼくは朝を迎えた。
夜もあまり寝ていない。あのゲームも結局、続きをする気持ちになれなかった。
「あれはなんだったのかしら……」
姉貴も不安そうだ。
「本当にぼくの家の周りだけに起こった地震だったのかな?」
ぼくも答えようがない。
ピンポーン。
こんなときに玄関のチャイムの音が鳴る。
こんな時間だと――修平かもしれない。
あいつ。結局メールの返事をくれなかった。
何かあったのかもしれないけど……今までそんなことなかったのに。
「おはよう」
玄関にはやっぱり修平がいた。
「おはよう……おまえ、昨日の夜は忙しいかったのか?」
「……ん?『メガネ』に出された感想文をやってたけど」
「メール出したんだぞ?」
「は?そんなの届いてねぇよ」
「……そんなはず」
ぼくは修平の返事に不安を感じて、自分のスマホを見る。
別の相手にメールを送ってしまったのだろうか?
「……あれ」
修平に出したはずのメールがない。
そんなメール自体、影も形もない。
「そんな……」
「それはあとにしようぜ。学校に遅刻するぞ」
「え……ああ」
修平にそう言われて。
ぼくは仕方なく家を出た。
少し不安そうな姉貴に、後ろ髪をひかれる思いだったけど。
◆◆◆
学校のくつ箱の前。
ぼくは自分の上履きに履き替えていた。
「おっはよーかつみっ!!」
ぼくはいきなり後ろから抱きつかれて、驚いて振り返った。
「……え……」
そこには見慣れない女子。いや。知ってる。知ってるけど、本当なら『ここには』いない人物。
「ひっどーい。私の顔見忘れたのっ!?」
「……須藤鈴那……」
「何?どうしたの、かつみ。なんか今日は変だよ?」
『銀色の翼に乗って君のもとへ』のキャラだった須藤鈴那。
そのキャラが今――ぼくの前に立っている。三次元の人間として。
「おはよう、須藤」
まるで何事もないかのように、修平が須藤鈴那に挨拶をしている。
「おはよう岡本くん。なんかかつみ……今日変じゃない?」
「……変と言うか。メールがとか言ってたけど……普通じゃね?」
「そうかぁ。ならいいけど」
須藤が修平と普通に会話してる……どういうこと?
「まぁ、かつみはイケメンだから許そう!!今日も元気にイケメンしてるっ!?」
これは……あのゲームの中のセリフだっ。
ぼくはひとつのことに思いつき、その場から全速力で駆け出した。
「おい、かつみっ!!」
後ろで修平の声が聞こえたけど、ぼくはそんなことにかまっていられなかった。
三階の三年の教室がある階につく。
階段を駆け上がって、呼吸が苦しかったけど。かまわずぼくは本当ならあるはずのクラスを探す。
三年一組――二組。そして……ない。三組が、ない。
どこを探しても『三組』なんてクラスはない。
それは――あのゲームの中と同じ。
ゲームの中では二組までしかなかったんだから。
「どうしたんだよ、かつみ」
ぼくと同じように肩を大きく上下させながら、修平がぼくを見つけて駆け寄ってきた。
「ねぇ……『三組』はどこにいった?」
「……おまえ、本当に大丈夫か?もともと三組なんてあるわけないだろう?
俺とおまえは一組だろうが……」
いつもと変わらない修平。でもぼくの知る『修平』とは違うように思える。
ぼくは……今、ゲームの中にいるようだった。