第2話 修平と転校生
「かっくん、これぇっ!!」
晩御飯が済んで。結局家が近いことをいいことに、修平は今もぼくの部屋でゲームをしてる。時間はまだ八時前ぐらいかな。
そんなときに姉貴がおやつとして、出来たてのドーナツを持ってきてくれた。
ぼくより十一歳年上の姉、奈菜実はまだ結婚はしていない。
でも外見は結構な美人だし、面倒見もいい。それにお菓子や料理をつくるのが大好きな姉は、それだけで普通ならポイントは高いと思うんだ。普通なら。
た・だ・し。これ、がなかったらである。
ぼくの部屋にドーナツとハーブティを持ってきた姉貴は、修平の必死にゲームをしていた姿を見て笑っていたぼくの隣に座り。
にこにことひとつのゲームを手にしていた。
「はぁぁぁっ!?またぁっ!!?」
「あのゲームの続きなんだぁ、これ!!」
このときはさすがに修平もゲームの手を止めて――ぼくと姉貴のやり取りを呆然と眺めていた。
『銀色の翼に乗って君のもとへ 2』
なんだこりゃ。というタイトルの乙女ゲー。え……2。2?これ『2』が出てるのっ!?
そんなに売れてんの、これがぁっ!?
「……もうやだよっ!!」
こんなくそ面白くもないゲームに、貴重な時間を費やしたくないっ!!だったらひたすら寝てるっ!!
「そんなことないってっ!!隠れキャラが五人も追加されてるの。
それも難易度高い連中ばっかなんだなぁ、これが」
にやりと笑う姉貴。……くそ。負けず嫌いのぼくの性格をよく知っていやがるっ。
でも隠れキャラ五人って。多すぎないか!?
「……でもかつみにそういうゲームはどうかと?」
ナイス修平っ!!苦笑いが気に入らないけど、さすがぼくの幼馴染。ナイスなフォローを入れてくれる。
「あら。かつみは女の子よ。修平くんもそれはよく知ってるでしょう?
小学三年ぐらいまでは、一緒におふろも入ってたじゃない?」
突然の姉貴の爆弾発言。一瞬ぼくと修平はすべての動きが停止した。
「う……い、いや……それは、あのっ!!それはですねっ!!」
修平のやつ。言葉がしどろもどろになってる。
まぁ、入ってたことは嘘じゃないんだし。ここは焦っても仕方ないと思うんだけど。
耳まで真っ赤になった修平と、頬は熱いけど、比較的冷静なぼく。
「へぇ。修平はぼくのこと、女として見てたんだ」
「あ……ああっ!?そ、そりゃ。ま……そりゃ」
何言っているかわからん。全然言葉になってないよ、修平。
「まぁ、その辺のことは二人が大人になってから、家も交えて話せばいいことよ」
どういう意味だっ!!それはっ!!
修平をパニくらせても、姉貴は一向ににこにこにこ。
「ぼくはやらないよ。それは面白くないっ!!」
ぼくは断言する。
「……なんだぁ。残念だなぁ……。これ、修平くんにもお勧めなのよ。
少しGL要素も入ってたりするんだから……」
「俺、ノーマルなんで。GLは興味ないっす」
姉貴のお願いするような上目使いを、修平は今だ顔は赤いままでもなんとかやり過ごす。
「くだらない話をするんだったら出て行ってよ」
「あ、ひどーい。久しぶりに私も修平くんとお話したいのにぃ」
ぼくが怒って姉貴を追い出しにかかる。
それに何が修平くんとお話したいだ。いじって遊んでるだけだろうが。
「修平はおもちゃじゃないっ」
「そんなこと考えてないわよぉ」
「とにかく。出て行って」
食い下がる姉貴をなんとか部屋から排除した。
「ごめん、修平。
でもあんな姉貴、欲しいと思う?」
「いや……遠慮するわ」
一気に疲れきった様子の修平は、ため息まじりにつぶやいていた。
「だろ?でも修平がぼくのこと女として見てたなんて驚きだったな」
それは収穫だったかもね。
「……女だとは思うけど。あんまり関係ないな、仲のいいダチって感じだし」
「そうそう。ぼくもそう思う」
やっぱ、修平とは気が合うね。
でも少し修平の顔が寂しそうに……そんなわけないか。
「ドーナツもらっていい?奈菜実さんの作るお菓子はうまいよな」
「……それぐらいかね。評価できるの」
「それもどうかと思うけど」
肩を竦める修平。ぼくも苦笑してそれに応えた。
◆◆◆
<nanami side>
うーん。若い、若いなぁ。青いなぁ。いいねぇ。
私は追い出されたけど、ドアの前でそんなことをつい考えてしまう。
若さだねぇ。あの真っ赤な顔。かーわいいなぁ。
これで修平くんは、かつみに気があるのは確かね。
かつみはああ見えて無自覚女子だから。周りをどう振り回しているか楽しみだったんだけど。
これは相当脈があるわね。
もっと家にお友達連れてこないかなぁ。
私ももっとお菓子作りの腕を磨いて、それを目当てに来てくれるように頑張らないと。
ここにリアル乙ゲー要素がいるのにさ。
ただ傍観してるだけじゃ面白くないもの。さてと。次はどうしてやろうかなぁ。
すっごい楽しみ。
そうして私は台所の片付けの残りを済ませるために、階段を上機嫌で降りた。
◆◆◆
翌日。
久しぶりに修平がぼくの家まで迎えに来た。
え?ぼくがどんな制服着てるのかって?
セーラー服だよ。男子の制服がよかったんだけど、学校から許可が出なかったんだ。
何、期待してんだって。
これ嫌いなんだ、ぼく。
だって「男子が女子の制服着てる」って、騒ぐやつもいるんだ。
そんなの余計なお世話だろうって思う。いちいち騒がないと、そういうやつは気に入らないんだろうな。迷惑だけど。
「昨日は遅くまで失礼したからって、母さんが田舎から送ってきた野菜なんですけど……お裾分けに」
ビニール袋一杯に、にんじんやとうもろこしやじゃがいもや……それを重そうに持ってきてくれた。
「ありがとうね、修平くん。重かったでしょう?」
「いや、こんなのたいした事ないっす」
「そう?すごく男らしいんだけどな。もう安心してかつみのこと任せられるわね」
「お姉ちゃんっ」
ぼくが玄関に行くまでに、なんて会話をしてんだよ。全部聞こえてるんだからなっ!!
で、修平まで。なんで顔が赤くなってんのさ。
「これ運べばいいんでしょ?」
ぼくがビニール袋を抱えようとする。とにかく修平から、姉貴を引き離さないと。
そのとき。急にビニール袋が軽くなった。
「……俺が持つから」
あれ?ぼくが両手で持とうとした袋を、修平が片手でひょいと持ち上げる。
「お邪魔します」
そのまま修平はビニール袋を持って、台所へと向かっていった。
ぼくと姉貴はそれを思わず眺めてしまった。
「修平くん。さすが男の子ねぇ」
「……悪かったよ。ぼくが非力で」
「そんなことないわよ。二人で運べばいいと思っていたから」
姉貴がそんなことをぼくに言った。
「すいませーんっ。これ、テーブルの上に置いといていいですか?」
台所から修平の声が響いた。
「あ、そうね。ごめんなさい、ありがとうね」
姉貴がそれに答える。
その直後に修平が出てきた。
「野菜テーブルに置いときましたので。じゃ、行こうぜかつみ」
「あ、うん。じゃ、行ってきます」
「はい、ありがとう修平くん。二人とも気をつけて行ってらっしゃい」
姉貴が笑顔で手を振る中。
ぼくと修平は玄関を出た。
◆◆◆
五色市立鹿林中学校、三年三組。
ぼくと修平が学校について、教室に入ると。
教室内が妙にざわついている。
「おはよう」
ぼくたちは先にきていた久遠と右京のところへと足を向けた。
「何かあったのか?」
そう尋ねたのは修平。
「朝、先生に急に言われたんだけど、今日転校生が来るらしいんだ」
学級委員の久遠がぼくたちに教えてくれた。
「え?こんなときに?」
今は五月。こんな時期に転校生も大変だなと思う。
「あ、来た」
誰の声ともわからないけど。教室内の騒ぎは一瞬で収まり、皆がそれぞれの席に着く。
「今日は突然だが、転校生を紹介する」
鈴原先生が隣に立っていた転校生を紹介した。
皆、その転校生に釘つけになっている。
なんでかって?
「はじめまして。
神奈川県からこの鹿林中学に転校することになりました藍森岬です」
可愛らしい高めの声音。
栗色の短い髪。大きくてぱちりとしたブラウンの瞳。
どう見ても女子。でも着ている制服は男子――これは男の娘ってやつ?
それは、まったくぼくとは逆のやつが転校してきたみたいだった。