第13話 久遠と意識
昼休み。
久遠に話があるからって、ぼくだけ校舎の非常階段まで呼び出された。
この辺りは北側で、いつも日が当たらなくて薄暗いからぼくはあまり好きな場所じゃない。だから普段から、あんまり生徒の姿も見えない。
「……香音のことなんだけど」
「うん?」
久遠は階段前まで来ると、ぼくに振り返って、前置きなしに話し出した。
なんか切羽詰ってるというか。焦っているようにも見える。
別にわざわざこんなところに連れてこなくても、みんなの前でも話せることだと思うけど……。
「気にしなくていいから……」
「うん。してないよ。すごく可愛い子だと思うけどね」
「……そうか」
何をぼくが気にしてたと思ったんだろう?
ぼくは百合でもない!断じて違う!!それを心配してたのかなぁ、久遠。
「あのさ……」
なんだかいつもの久遠の様子と違う。言葉の歯切れも悪い……。
「久遠が大丈夫?」
何か悩みごとがあるのかな?
久遠はクラスの学級委員もやってるし、結構面倒見がいいから、みんなに頼られてるし。
今は部活も忙しいときだと思う。悩みは尽きないだろうな。
「……うん、少し変かもしれねぇ」
ますます久遠らしくない返事。一体どうしたの?
「体調悪いの?」
「……かつみ」
急に真顔になる久遠。やっぱ変だ。
「保健室に行こうか?」
「いや、今それやったら……うん、俺、止まらないかもな」
「マジやばくない、それ?何かわからないけど。誰かと喧嘩したの?」
ぼくが久遠に一歩近づいて、顔を見上げた。
久遠は相変わらずのイケメン。鈴那が「学校で一番のイケメン」って言い切るだけはあるかも。
そんな顔が今、目の前にある。
で――久遠の顔がどんどんぼくに近づいて。
「……ん」
その距離は0(ゼロ)。久遠の顔が――ううん。口が、ぼくの唇に重なってる……。
そう気がついた時。
久遠の顔はぼくから離れて、頬を真っ赤にさせて笑ってた。
え?これ……。
「好きだから……かつみ」
これ……コクりだったの?
「お前、俺のこと男として見てないと思うから。
ちょっと意識して欲しくてやった。これやったの、相手がかつみだから」
「……」
久遠は何言ってるの?ぼくはただ呆然と久遠を見上げてた。
「今は返事は期待してない。ただ、俺は男。かつみは女の子。それを少しずつ意識してこう。だって今のかつみ見てれば、そんなこと考えてなかったって顔してるから。
……これからキスもしてこう。慣れれば嫌じゃなくなるらしいから……」
久遠はすごく恥ずかしそうに。ぼくを見ることも恥ずかしそうにしてる。
「かつみに断られても……何度でもコクるから。それを言いたかった……」
何、久遠ばっか話してるんだよ……。
でもぼくは言葉が出てこない。何を話していいかわからない……。
「明日から、かつみの家まで迎えに行くよ」
何か吹っ切れたように、久遠は優しく笑う。
「だからかつみ……いつもより五分早く出ないか?二人で学校行こう」
「……な、なんだよ……。修平がいるのに……」
やっと言えた言葉がそれ。かなり情けない。
「うん……やっぱ修平か」
寂しそうに肩を竦めた久遠。何を勘違いしてるんだって!!
「修平は幼馴染なんだよ。家も隣同士だし……。いきなり二人で学校に行ったりしたら、変に思うじゃん」
「いいよ。変に思わせとけば。俺はかつみが好きなんだから……」
「そ……そういう……」
「嘘。俺がかつみのこと好きなのはマジだけど。三人で行けばいいだろ?
俺と修平は友達なんだし。おまえと修平は幼馴染なんだし。
ただ、二人でいる時間を増やしたい。そう思ってるだけ」
「……だから」
ぼくは何か言おうと、まるで鯉のように口をパクパクさせてる。
「だから?何?」
久遠はさっきとはまるで違う余裕モードでぼくの次の言葉を待っていた。
ああ。そうだ、これ『告白モード』だ!!久遠に「友達でいよう」って言えば、久遠とはもう『恋愛モード』にはならない!!
「久遠とは……とも……友達だから。これからも……」
なんとかぼくは言葉を搾り出す。よし、言えた。
「うん、そうだな。でも言っただろ?何度断られても諦めないって。
そんだけかつみのこと好きだし、修平にも渡したくない。
かつみがいいんだったら、毎日でもおまえん家に行く。
かつみが俺を男として意識して、俺を好きになるまで……俺のこと好きになってくれたら、もっと二人の時間を増やしたいって思う。
今は、少しずつかつみが意識出来るようにしようって話だよ」
……なんだよ、これ。全然ダメじゃん。これ。
「戻ろ……ほら」
久遠が歩き出せないぼくの右手を握って、非常階段の前から歩き出す。
「だ、誰かに見られたらっ!!」
「構わない、言わせとけ。でもその方が、かつみも意識しやすくなるだろ?」
久遠の笑顔がムカつくっ。こいつ、腹黒かもしれない。いや、腹黒。絶対、腹黒っ!!
でもぼくは頭の中が真っ白で――上手く考えが纏まらないよ。
「明日から迎えに行く。帰りは難しいけど……おまえが待っててくれたら、すげぇ嬉しいけど。まだダメだろ、それ?」
「あた……あたり前」
「前にサッカー部のマネージャーって話をおまえにしたじゃん。あれ、無理でもやらせるべきだったよなぁ」
久遠はどんどん話を進めてく。これもいつもの久遠じゃないっ。
「長続きしないよっ」
「するよ。おまえ、人の面倒見るの得意だから。困ってるやつ放っておけないだろ?そういうおまえも大好きだ、俺」
「……」
だんだん話すのも辛くなってきた。
もう少しで、校舎の影から出ちゃうよ。
そうすれば、いやでも他の連中にぼくと久遠のことが見えちゃう。
ぼくは久遠から手を離そうと力を込めた。
あ。でも久遠の力が強くて解けない……。
「かつみ、これが男の力。かつみは女の子だから、俺の方が強いよ。
意識して。俺はお前のことが好き。友達じゃない、おまえの彼氏になりたい。
おまえを彼女にしたいから。今は友達と考えてるかもしれないけど、俺はおまえの一番になりたい。だから手は離さない……」
なんだよ、それ……。どうして突然、そうなるんだよ。
「離せ。ぼくは違う。久遠を嫌いになりたくないから……離して」
もう頭がぐちゃぐちゃで。ぼくは久遠の顔をまともに見られなくなってた。
そうしたら、久遠の手があっさり離れた。
「よかった。かつみは俺のこと好きなんだ……」
「わからないよ。ぼくはみんなが好きだから。でもこんなことばっかされたら、嫌いになる」
「……わかった。じゃ、やらない」
これもあっさり。久遠は何をしたいんだよ……。
「でも朝は迎えに行く」
「……別に。でも修平も一緒だから」
「わかってる……」
ぼくはもうそれ以上、久遠とは話せなくて。一緒にいてもどうすればいいかわからないから。
久遠を置いて、校舎の中に駆け込んでた。
意識しろってなんだよ。そんなこと急に出来るわけないじゃんっ!!
ちゃんと久遠を男子って意識してるよ。
友達だっていいじゃんっ。ずっと友達でも……。
そんなことがずっと頭の中をぐるぐるしてた。
久遠から離れて、教室に戻ったぼくの様子を見て。
みんながぼくを心配してた。
少し遅れて久遠が教室に戻って来た。
四時間目の始める本当にギリギリの時間。
そんな授業中。ぼくの携帯に久遠からのメールが届いてた。
『ごめん。でも俺は本気』
本気と書いて「マジ」と読むってか?
ぼくは返事をすることなく、その日は久遠と目を合わせないまま、下校時間になるとすぐに教室を飛び出した。
誰に何を訊かれても、どう話していいかわからないから。
「かつみっ!!」
息を切らせて追いかけてきたのは修平。
帰り道一緒だもん。仕方ないけど。
「……久遠と何があったんだよっ!?あいつも何、訊いても答えねぇし……」
はぁ、はぁと肩を上下させてまで、走ってきた修平を見て。
ぼくはなんだか、こんなことを考えてる自分がバカらしくなってきた。
「……好きって言われた」
「え?」
「久遠に好きって言われた」
「……おまえはなんて答えたんだよ?」
「友達のままでいたいって……」
「あいつは?」
「ぼくが久遠を意識できるようにするって。何回断っても、何度でもコクるって……」
ぼくがそこまで言うと、修平は黙ってしまった。
お願いだから、何か話してよ――修平。
「おまえは友達でいたいんだよな?」
「うん……」
「わかった」
「何を?」
「俺からも久遠に話す。こんな時期にかつみを困らせるなって。あいつも大会近いのに、こんなことやってる場合じゃないだろ?」
なんか修平が怖い。なんで修平が怒ってるの?
「そこまでしなくていいよ。ぼくからちゃんと断るよ。
それに久遠、なんかぼくと修平のこと、変に誤解してるみたいだから」
「あいつが?……そうなんだ」
「たぶん一緒に学校行ったり、帰ったり……家も隣同士だからだと思う。
ちゃんとぼくたちは幼馴染だって言ったんだけど……」
「……そうか……」
なんか修平までおかしいよ?
でもキスをしたことまで言ったら――修平はどう思うんだろう?
って、どうしてぼくはそんなことまで気にしてるのか。
「なぁ。それより今日、おまえの部屋に行っていいか?」
「え!?」
ぼくは心臓が跳ねたんじゃないかっぐらい驚いた。
「ゲームのこと、もっと詳しく教えてくれ。
そうしたら、俺ももっと思い出せるかもしれない。
今は久遠に構ってもいられないからな」
「……そうだよね。忘れてた」
「頼むよ。これ結構大事だと思うけど……」
「うん。一番重要だった」
修平に言われて思い出す。そうだよ、今はこんなことに気をとられている場合じゃないんだった。
「だったら決まりだ。久遠は俺からも言うよ。喧嘩になんかならないから。
こんな大事な時期だから、かつみが大事なら見守ってやれって」
「……ごめん。ありがとう、修平。でもやっぱぼくが言う。
ぼくが言われたんだもん。修平が言われたら別だけど……」
「はっ?俺が久遠に好きだって言われるのか!?」
自分で言っといて、その内容にぼくは――噴出した。
「そ、そうだよね。それ、おかしいよ」
「おまえが言ったんだろうが。気持ちわりぃこと言うな」
「ごめん、ごめん。でもぼくが久遠から言う……ありがと、修平」
「……それならいいけど……」
修平は心配そうにしながら、ぼくを見て微笑んだ。
「うん、大丈夫。ちゃんと言う。決めた」
「なら……いいわ」
ぼくの様子で、修平も少し安心してくれたらしい。
ぼくにはやらないといけないことがある。
久遠はそれに振り回されてるだけかもしれないから。
早くこの世界から出る方法を探さないと、本当に大変なことになるかもしれない。
迷ってる場合じゃないことを――修平が教えてくれたと思う。
これだけですむとは思えんが……;