第12話 香音とファンクラブ
「香音は久遠先輩の従姉妹なんだよね?」
え?唯の話に、ぼくと修平の動きが止まる。
「……恥ずかしいよ」
照れる顔も可愛い香音だけど、ぼくたちはそんなことに構っていられない。
これは間違いなく久遠がその役割を補っている、『一本槍蒼麻』と『二色野香音』の設定のままだ。
「それで、わたしたち。先輩たちのファンクラブ作ることにしたんです!!」
は?驚いているぼくたちへ、更なる追い討ちをかけるような唯の笑顔。
「三年一組のかつみ先輩、修平先輩、久遠先輩、右京先輩、岬先輩の五人のファンクラブです。まだ名前は付けていないんですけど」
そう言えば、昨日修平や久遠たちに名前で呼んでいいかと許可もらってたっけ。
唯のやつ。こいつ本当はちゃっかりしてるんだろうなぁ。油断出来ないやつかもしれない。
「で、私が会長で、香音が副会長。瑞羽が会計なんです」
ここでぼくと修平の体の力が抜けそうになる。
会計の意味がわからないんだけど……。
「ぼくはそういうの嫌いだっていったじゃんっ」
そんな話は昨日も出た。でもぼくは嫌だって言っていたはずなんだ。
ファンクラブとかなんとかって面倒なんだよ。昨日、唯にはきつく言ったはずなのに。
「でも……」
唯の態度が拗ねたように不機嫌になる。可愛くないっ!!
「新里先輩」
『二色野香音』――香音がぼくに一歩近づいた。
ぼくなんかより、ずっと可愛いじゃん。こっちをヒロインにすればいいんだよっ!!
「唯たちの気持ちもわかってあげてください。
本当に私たちは本当に先輩に憧れています。別にファンクラブを作ったからって、先輩たちにご迷惑をかけるわけではありません。
先輩は女子たちの態度があからさまで苦手のようですから、私たちがしっかりと監視します!!任せてくださいっ!!」
「はい。頑張ります」
唯も香音のあとに続く。本当にちゃっかりしてるよなぁ。
「……別にそんなことされなくても、俺たちは自分たちでなんとかする。
かつみが嫌がってる。それに俺もそういうのは苦手だな。ちょっと考えて貰えないか?憧れてる人の嫌がることしてもやだろ?」
修平が三人の後輩に説得した。
三人はそれぞれの顔を見合わせた。
「……わかりました。考えてみます」
「ああ、そうしてくれ」
修平の話に、三人は「これで」とぼくたちの前を寂しそうに去っていく。
一体なんだったんだよ――。
◆◆◆
「驚いたな。久遠に歳の近い従姉妹がいるなんで俺は聞いてないぞ……」
「……これがそうだよ」
いつもより低いぼくの声に、修平が驚いてぼくを見た。
「お前が自分を『違うかつみ』って、これに関係したことなのか?」
「うん。大アリだ」
突然修平がぼくの右手を握ると、廊下の奥まった、人から見えにくい位置にぐいっと引っ張っていく。
ちょっと。修平、強引だよっ。
「……二年に『二色野香音』なんてやつがいるなんて、俺は知らなかった。あんだけ可愛かったら普通は絶対に知っていると思う」
「修平はああいう子が好みなんだ?」
声を潜めながら、修平はぼくに話し掛ける。ぼくは修平の意外な態度に冷静に答えてしまった。
「違うっ。ただ、他のやつが黙ってないだろ?人気出ると思うってことっ」
「そんなに怒んなくても」
「怒ってない……どういう意味で関係あるのか教えてくれ」
すごく真剣な修平。ぼくの方がその迫力に驚いてしまう。
「……あの子は……あるゲームのヒロインなんだ。って言ったら信じる?」
ぼくも真剣に答える。もう修平にはばらしてるし、隠しても仕方ないから。
「……。これがそうなんだな?」
修平。今の方がもしかして疑ってるだろう?
「本当だよ。ぼくからしたら、鈴那も唯も瑞羽も、あるゲームの登場人物たちなんだ。
それが今、こうしてぼくの目の前にいるから……気持ち悪いんだよ」
「ゲームってなんだよ?」
「姉貴が持ってたゲーム。『銀色の翼に乗って君のもとへ3』だ……」
「この間、おまえが押し付けられたやつだよな?俺も奈菜実さんに、それの『2』もやらされそうになったやつだったっけ?」
……修平が『銀君』を知ってるっ!!
「修平はそれを覚えてるんだね?」
「覚えてるだろ。ついこの間の話じゃないか」
「……修平に話してよかったっ!!」
ぼくは感激で修平の手を握ってしまった。
「あ、ああ。まぁ……それはいいんだけど……」
修平が恥ずかしそうに、ぼくが握った両手をじっと見つめている。
「ご、ごめん」
「……いいよ」
ぼくは慌てて修平から手を離した。
なにやってんだよ、ぼくたち……。
「でも、ここがそのゲームの世界の中だとかって言うのか?」
「ぼくが前にいた世界は、鹿林中の三年は、本当は三組まであるんだよ。
ここは二組までしかない……それは覚えてる?ぼくたちは、本当は三組だったんだから」
「……三組……」
ぼくの顔を見ながら。でもその視線はぼくを見ていないような気がした。
その事実に驚いている?それともそれを信じられないのか?
「なんだか……おまえの言っていることがそうなのか、違うのかが……」
「いいよ、無理しなくても。『銀色の翼に乗って君のもとへ』を知っていてくれただけでも嬉しいから」
「……おう。でも思い出してみる……」
「無理しなくていい。でも、このことは黙ってて」
「ああ。みんなに言っても信じないだろうからな」
「おいっ!!」
ぼくたちの後ろから、久遠が息を切らせて声をかけてきた。
「あ、いたいた」
久遠のさらに後ろに右京もいる。
「なかなか来ないから。そこで水田たちに会って、靴箱であったって言うから。
久遠がまたかつみになんかあったんじゃないかって、心配してさぁ……」
呆れた様子で右京は久遠を見ていた。
「ごめん……ちょっと」
「水田たちにファンクラブ作るとか言われて、これからどうするか話してたんだ。
二色野は久遠の従姉妹なんだろ?久遠にどう相談しようかってさ」
ぼくが言いよどむと、修平が代わりに答えてくれる。
姉貴もそうだけど。修平もどうしてこういう状況で、すぐにこんな言うことを思い浮かぶんだろうと思う。
「……あいつら。かつみが嫌がってるからやめろって話したのに」
香音の話をしたら、久遠の勢いが突然収まった。
やっぱり、久遠には香音が『従姉妹』なんだ。
「そういえば、おまえにあんな可愛い『従姉妹』がいたんだな」
「ああ。話してなかったか?ごめん」
修平の質問に、久遠は呼吸を整えながら答えていた。
やっぱり……『そういうこと』になっているんだな。
ぼくと修平は横目でお互いをちらりと一瞥する。
「香音がすごく可愛いから驚いた」
ぼくが久遠に笑ってみせる。
久遠は少し安心したように笑った。
「香音は俺とそんなに似てないから……でも『可愛い』なら、おまえも十分可愛いよ」
「ぼくは……可愛くないよ」
「そうか……」
久遠がため息をつく。
「なんだよぉ」
ぼくがふくれると、右京と修平も同じようにため息をついたり、肩を竦めたり。
だからっ、なんなんだよっ!!
◆◆◆
教室に行くと、鈴那が一番先にぼくへと駆け寄ってきた。
「おはよ。聞いた?ファンクラブの話」
「……鈴那も関わったのか?断ったよ……」
「なんだ……やっぱなぁ」
さも残念そうに、鈴那は大げさなため息をついた。もういいよ。
「やっぱって……」
ぼくが鈴那を睨む。
「私はあの子たちに昨日の帰りに訊かれたの。どうしても作りたいから、どうすればいいだろうってさ。
だから久遠くんの従姉妹の香音を巻き込んだら、いいんじゃないって」
「……余計なことすんなよ、鈴那」
「ごめん、ごめん。こんなに早くやるとは思わなかったの。
でも可愛いもんじゃない」
鈴那は軽めのノリでぼくの怒りを受け流す。
「今度はこんなこと、一切受け付けないっ」
「そんなに怒らないでよぉ」
鈴那に背中を向けたぼくの後ろから、鈴那が突然抱き付いてきた。
「ちょっ……」
「そんなに怒ってばっかだと、そういう顔になっちゃうぞ」
鈴那のやつ、こんなやつだったんだっ!!
「えへへ。かつみ、かっわいいっ!!」
耳に息吹きかけるなぁぁぁっ!!
ぼくは無言で鈴那を振り払う。苦手なんだよー。こういうのっ!!
「なんだよぉ」
鈴那が不機嫌そうに言っている。
ぼくはこんな攻略対象嫌だってっ!!
「須藤。かつみが嫌がってるから、やめろって」
修平がぼくと鈴那の間に入って、ぼくの代わりに鈴那を止めてくれる。
「ごめーん。でもかつみ可愛いんだもん。
でもファンクラブ作られて、かつみを取られるより断ってもらった方がいいかなぁ」
嬉しそうな笑顔の鈴那に、ぼくはなんだか身の危険を感じるんだけどっ!!
もう嫌だ、こんな世界っ!!




