第1話 女子より男子
「ふぅ……」
姉貴から借りたゲームをやり終えた。全クリアか。
ってか。これ……面白いか?
姉貴の気持ちがよくわからん。
「乙女ゲームねぇ」
ぼくがやっても、こんなゲームが面白いわけがない。
イケメンしか出てこない。そればっかしかいない。
この世界は、イケメンしか存在しちゃいけないような世界なんだろうなぁ。
いかにも女子たちが好きそうなゲームだし……。
こんなゲームをぼくに貸す姉貴の気が知れない。
それを律儀に最後までクリアする、ぼくもつくづくバカだと思う。
そんでもってこういうゲームは必ず、最後は歯の浮くような、砂だか砂糖だかをげろげろと山のように吐き出させる愛のセリフを聞かないと終わらない。それが堪らず鬱陶しい。
姉貴曰く。「それがいいのぉっ!!特にやっくんがいいの、やっくんがっ!!特に声が!!」
誰、それ?誰得?意味わかんないんだけど。
やっくんなんてキャラ出てこないし。あのキャラだと思うけど、そんな呼び名じゃないし。姉貴の妄想だけで、あだ名がついているらしい。恐ろしい世界だ。
「かっくーん。入るわよぉ」
姉貴の声と一緒に、ドアのノックの音が三回。
壁に掛かっている時計を見ると、もう午後三時になっていた。こんなにかかったんだ。
ぼくはずっと同じ姿勢で座っていたので、立ち上がりうーんと伸びをすると、そのまま部屋のドアを開けた。
「どうぞ」
「あ、ありがとう。優しいね」
こうしていると普通の姉貴なんだけどな。
「勉強は終わったの?」
「お姉ちゃんから借りたゲームをやってた」
「え?あれ、やってくれたのっ!?」
姉貴のやつ、すごく嬉しそう。
ってか。来年高校受験を控えてるぼくにこういうの貸すなよなぁ。と思う。
「どうだった?」
「……どこが面白いかわからない」
「……そう。やっぱ、かっくんには合わなかったかなぁ。面白いと思ったんだけど」
それは姉貴だけだろ?
「これ返すよ」
「え?だって午前中に貸したばっかりよ?まだ全部終わってないでしょ」
「全部クリアした。全員落とした。レアキャラのハッピーエンディングも見た」
「……うそ。はや……」
トレイに乗せて運んできた、紅茶と手作りのマフィンをぼくの部屋の机の上に置くその手が止まって、姉貴はそのままフリーズしていた。
こんなワンパターン展開の攻略に、時間がかかる方が信じられないよ。
「これ食べたら、コンビニに買い物行って来る」
「そ……そう」
そのままゲームをケースごと姉貴に押し付けて、ぼくは紅茶に手を伸ばした。
姉貴は魂を抜かれたような――なんて人は実際に見たこと無いけど。そう言いたくなるような呆然とした様子で、それ以上何も言わずにぼくの部屋を出て行った。
なんか貴重な祝日を、くだらないことで潰した気持ちだ。
気分転換に、チョコでも買ってこよう。
◆◆◆
家からコンビニは離れた距離がある。
体が少しなまっていたので、ぼくはそれを歩いて行くことにした。
どうせ通学路と変わらないし。
「よう、かつみ」
ぼくの通う中学のそばまで来ると、一人の男子に声をかけられた。
高梨久遠。と。そのうしろに、笹井右京までいる。
二人とも休みなのに、部活の練習があったみたいだ。
少し汚れたジャージ姿でぼくに手を振っていた。
「よう……二人とも今日はサッカー部の練習あったんだ。休みの日まで真面目だね」
久遠と右京はそんな話をしたぼくに笑ってみせた。
そういえば、二人は身長も高いし、ルックスもいい。
さっきやっていたゲームに出てくるイケメンたちの中に入っても、やっていけるんじゃないかってレベルだね。
ぼくが見た限りだと、久遠の方が右京よりは少しイケメン度が高いかもしれないな。
「大会が近いからな。俺たちにとって最後の大きな大会になるし」
そっか。この二人はレギュラーだっけ。
中学の最後の年だから、気合も半端じゃないわけだ。
と、学校の門のそばだったせいか。
これから部活に向かう女子たちが立ち話をしていたぼくたちを見つけて、きゃぁーって声をあげていた。
久遠も右京も女子たちには結構人気がある。
この二人では久遠の方が身長が少し高い。
この間の身体検査で、百七十八とか言ってたっけ。それに爽やか系のイケメン。
右京はそれよりニ、三㎝小さい、やんちゃそうなイケメン。二人揃ってると、丁度バランスが良さそう。
そんな二人を見つけて喜んだんだろうな。
「久遠に右京。女子たちが手を振ってるぞ。応えてあげたら?」
ぼくが久遠と右京にそんな話をした。
けど、ふたりは互いの顔を見合わせて、そのまま渋い表情でぼくを見ただけだった。
「……かつみ。おまえ、いい加減自覚しろよ」と、久遠。
「ああ。あれはどう見ても違うだろ?」と、これは右京。
何が違ってんだよ?
「ぼく、コンビニに行くから。それじゃね」
「……またチョコか?好きだな、おまえも。食いすぎるとニキビできんぞ?」
睨みつけるようにぼくを見ている久遠に、ぼくは不機嫌な気持ちになった。
ぼくの大好物を買うのに、どうして怒られないといけないんだよ。
「うるさいな」
「久遠。こいつの体はチョコで出来てるらしいから、言っても無駄だって。
それじゃ明日な」
右京はこういうときに物分りがいい。
クラスの学級委員をしている久遠は頭が固すぎ。
「うん。じゃね」
ぼくはそうしてふたりと別れた。
大好きなチョコの新商品が出ていたので、久遠に言われたせいで不機嫌だったぼくのテンションはすぐに上がった。
これすごく美味しいんだよ。
世界中、このチョコばっかり売ればいいのに。
皆この美味しさがわからないんだよなぁ。
だから五個買った。もう棚にはこのチョコはない。しょうがないよ。ぼくが好きなんだもん。
「よぉ、かつみ!!」
コンビニ出てすぐに、ぼくは幼馴染の岡本修平にあった。
今日はよくクラスメートに会う日だな。
「おまえもコンビニに来たのか。相変わらずあのチョコ買いに?」
修平はぼくの行動パターンをよく知っている。だから余計にウザい。
こいつもよく見ると、久遠や右京には少し負けるけど、何気にイケメン度が高い。
もしあのゲームの中に転生したら、なんやかんやと人気が出そうなキャラっぽいよな。
「……いいじゃん」
「その袋の中、もしかして全部そればっか?」
「うるさいっ」
覗きこもうとする修平を、ぼくは袋を背中に隠すことで阻止した。
「そんなに買い込んだなら、もうそのチョコは売ってないなぁ。ほんっとうに好きだよな、おまえ。毎日それがメシの代わりでもいいんだっけ?」
「そうだよ。世界中のチョコはこれしか売れないようにしちゃえばいいんだよ」
ふて腐れているぼくに、修平が苦笑いをしている。マジにウザい。
ここでも同じ学校の女子たちがきゃーとか声をあげて、ぼくらを見ていた。
修平も意外に女子たちから人気あるんだよなぁ。
中には熱っぽい視線を修平に向けている女子もいる。面倒だ。
「修平、女子たちがおまえを見てるぞ。笑ってやったらどうだ?」
「……かつみ。おまえさぁ……」
「なんだよ?さっきも久遠と右京にそんな顔されたんだ。どう見ても、あの連中はおまえを見てる」
そう言ったぼくを、呆れたように修平が見る。
「マジでおまえは自覚が抜け落ちてるよ」
「うるさい」
ぼくは修平の手を取って、コンビニの前から離れた。
怒るのかと思ってけど、このあとの修平の態度がぼくの予想を外れてた。
「暇してんだったら、メールでもしてくれりゃよかったのに」
「ちょっとクソっぽいゲームをしてたんだ。クリアしたけどね」
「はは。また姉ちゃんに押し付けられたんだ」
「……まぁね」
疲れた様子のぼくに、修平は、はははと笑い声をあげながら。
「だったらこのあと遊ばね?おまえの好きなそのチョコ。俺も買ったんだ」
こいつはこういうことがわかる、ぼくの数少ない親友のひとりかもしれないな。
「いいよ。だったら、ぼくの家でゲームやらないか?おまえのやりたがった新作買ったから」
「マジでっ!?行く行くっ!!」
修平は屈託のない笑顔で答えた。
◆◆◆
修平を伴って、ぼくは家に帰った。
「ただいまぁ」
「お帰りなさい」
姉貴のやつ。わざわざ出迎えに台所から出てこなくてもいいのに。
「あら、修平くんっ!!久しぶりね」
「こんにちは。お久しぶりです」
修平は礼儀正しく頭を下げた。
「修平と部屋でゲームするから」
「そうなの?修平くん。悪いね」
「いいえ。お邪魔します」
どうせこいつの家は近いんだ。そんな恐縮するほどなもんか。
ぼくは姉貴の顔を見ることなく、その脇をすり抜けて玄関に上がった。
「……ウザいかもしれないけど、いい姉ちゃんじゃないのか」
「なら、ノシつけてあげるよ」
「また、そういうことを言う」
ぼくらはそんな会話をしながら階段を上がり、二階のぼくの部屋へと向かう。
ドアを開けて、修平が部屋に入る。
そしてこんなことをつぶやいた。
「あいかわらず……男みたいな部屋だな」
「……うるさい。ゲームするの?しないの?」
「おう、するする」
え?さっきから、ぼくのことが知りたかったって?ぼくのことなんて訊いて楽しい?
ぼくの名前は新里かつみ。十五歳。
ぼくは女だよ……見てわからない?やんなるよな……まったく。
女子はぼくを見るとすぐにきゃーとかつき合ってくださいとか言うんだ。
すごく面倒なんだよな、それ。だから無視してたのに。
男子たちと遊んでた方がずっと気楽なんだ。