近未来CrossLoop 代償はEfect
―物語は終わりでは無かった・・・。
影響というのは必ずしも存在する。
いろんな場面で・・・。
いろんな時間で・・・。
いろんな瞬間・・・。
□■
A.D.2034
風景が流れていく。一定のスピードで。
ここは関係者からは俗にクロスループ事件からおおよそ20年後。
真実を知る俺、山口正彦は36歳。全てはもう無い。俺がいたループする因果律世界「クロスボックス」(クロスボックス:主人公 山口正彦が彷徨い続けた10年間の因果律のこと。箱:因果律世界。)では別の俺が苦しんでいる。
さて、俺がいるのはある研究機関。CELN。俺はそこで日々因果律の研究を行なっている。パノフ錠(パノフ錠:未来の山口正彦が箱以外の未来で作ったとされる因果律に変動起こさせることが可能な脳に直接干渉させる錠剤型のアプリケーション。)・・・。俺はこれの完成は未だ成功していなかった。因果律の数字を見ることは出来る。
でも、変動させることなど出来なかった。
恐らくFエフェクト(未来影響:変動させた因果律が原因で未来に大小構わず影響を起こすこと。)が原因なのだろう。
しかし、この時俺は何も知らなかった。
□■
―最近記憶が曖昧になる。
「どうかされましたか?主任。」
「あぁ。加藤か・・・。問題ない。」
「あ、主任。これ渡されたんですが。」
それはひとつの封筒。
そして、それが新たな事件の幕開けだった。
一章:20年来のLetter。
封筒の封を切ると中からは何枚かの紙。
『山口正彦様。お元気でしょうか?榊田です。CELNで働いている聞きました。』
そこまでは良かった。
問題は次から・・・。
『最近、記憶が曖昧になることはありませんか?』
―・・・!?
『自分の腕をちゃんと見てください。』
次の文はこうだった。そして、それに沿って腕を見る。
「!?」
「・・・消えかかっている・・・・・・?」
すぅーっと消えかかっている自分の腕。
『パノフ錠を作るのは貴方ではありません。この箱上の10年前の貴方。この箱上にやってきたクロスボックスの貴方。そして、記憶だけでやってくる。』
―・・・。俺が消える!?
それは運命からの警告。10年前のクロスボックスの経験を知ろうとしている俺がいる。今こうして幸せに生きている俺が消される。
この箱を抜け出す必要がある・・・。だが、肝心のパノフ錠は完成しないまま。どうすればいいのだろうか?
□■
私は池田美紀。今はCELNで研究を日々行なっている。クロスループ事件というのをいつまでも脳内を駆け巡っている。だけど、それを全て思い出すことは出来ていない。だけど、そんなことはどうでも良かった。何故なら今は幸せそうに生きている正彦と結婚して一緒に生活している。
つまり、今の私の名前は山口美紀ね。
その日の夜。私は正彦からいとこの榊田さんから手紙が届き、正彦自身が消えそうだということを知らされた。その頃の正彦の腕は手袋がなければ実体がないほど透けていた。
「対策はないの?」
「・・・ない。パノフ錠があれば話は違うだろう。だけど、それはない。」
「じゃぁどうして10年前の正彦がパノフ錠を開発するため、10年後の正彦の体にやってくるわけ?」
「・・・・・・・。おかしいな。」
確かに技術も能力も今のが進歩している。なのに、10年前の俺は10年後の俺に記憶を移せば作ることが出来る?
「だが、今の俺という体は存在しても精神は存在しない。きっと君に迷惑をかける。この事態をなんとか回避しなければ。」
「まずは榊田さんに話を聞くべきよ。」
・・・だが、今の山口正彦という存在が消えたのはおおよそ10時間もしない間だった。
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A.D.2036
あの正彦が消えて、もう2年。今の10年前の正彦は姿を晦ました。
―完成したのかな?
恐らく10年前の正彦には考えがあったのだろう。だが、クロスボックスから出た正彦は考えを知らない。
つまり、山口正彦という存在はもう消え去ったのだ。
私の知っている正彦も私の知らない正彦も再び悪夢のクロスボックスへと行ってしまったのだ。
A.D.2030
直ぐにタイムマシンを使用した。
「俺が消える・・・?」
私は結婚した年に榊田さんからの手紙と共に舞い戻った。
「・・・これが本当なら今の俺の意識は消え、身はまたクロスボックスへと戻る。」
「・・・。」
「恐らく今の俺にパノフ錠を作ることは出来ない。いや、できないんだろう。奴は・・・未来の俺は20年後。つまりこの時代付近で完成させたと話している。」
私の考えでは正彦を救った未来の山口正彦は20年後の世界でパノフ錠を作り、その機能を利用してクロスボックスへと入った。それまではこの箱にいる・・・!?
「ねぇ。戻らない?大学生の頃まで。」
「戻ってどうする?」
「多分・・・・。」
私はそのまま、先程の仮説を話した。
「・・・多分そうだろうな。」
そして、学生の頃からおおよそ10年間の時間旅行をして、過去の山口正彦(後には今の正彦の助けをする山口正彦)と接触しパノフ錠に関しての情報を得る。
私たちは必要最低限の物を持って、過去へ戻った。
□■
A.D.2015
「居たわ。」
私たちの眼前には学食を食している過去の正彦。
「ねぇ。山口君?」
「ふぁい?」
口に物を残し応答する過去の正彦。
「パノフ錠って知ってる?」
「ん?何ですそれ。ていうかお姉さんはどちら様で?」
「え?知らないならいいわ!」
―お姉さんだなんて可愛いこと言うじゃない。
しかし、目的は達成出来なかった。
直ぐに10年後に進めた。
しかし、情報は入らない。
飛んだ。今度は月単位で・・・。
飛び続け・・・。
□■
とある駅。ここは山口正彦がCELNに配属される前に少しだけ通っていた大学の研究所の最寄り駅。
「来るわよ?」
私は壁に沿ってホーム階段の方を見つめていた。
しかし、応答はない。
代わりにするのは人々のざわめき。
ふと後ろを見る。
そこには地面に突っ伏した男の姿。
見覚えは勿論ある。
己の身を救うために時間に翻弄され続けた。
そして、私の愛人。
山口正彦がそこで音もなく倒れていたのだ。
□■
「この病気は・・・難しい病気・・・・ですね。」
大学病院の医者はそう告げた。だが、私にはこの病気が何か分かっていた。
レントゲン写真にくっきりと映る脳の穴。
病名 過圧(O)重力(G)症候群(S)。(OGS:タイムマシンが開発された直後からトラベラーを襲っている病気。原因はタイムマシンが時間を変動させる際に生じる重力による圧力が度重なり臓器などに欠損が起きる。とは言え、一度経験すると大体は問題ない。死因原因の一番は重要な臓器に損傷が出たとき。)
OGSが脳に出る場合、93%の確率で死亡する。
つまり、正彦の命はそう長くない・・・。
―私のせいだ・・・。
彼がいなくなるのが怖いと時間を飛び続けたことが原因・・・。私はそっと左肩の古傷に手を添えた。
OGSによる一生傷・・・。
第二章 出来るのはFly agein
これで決定的になったのは、パノフ錠がない限り正彦の死亡は確実。重力による病気故タイムマシンに乗せて飛ぶわけにもいかない。脳の欠損のため記憶だけ飛ぶわけにもいかない。
私の判断はまず、彼を植物状態の体にすること。
―どんな方法でもいい。彼が助かるなら。
それから私は再びパノフ錠について知っているであろう山口正彦の出待ちをした。
「パノフ錠というのをご存知ですか?」
「ッッ!?」
―この表情・・・まさか・・・。
「し、知らない。」
「待ってください。あくまでシラを切るなら付いてきてください。」
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大学病院。
山口正彦病室前。
「名札。見てください。」
「や、山口正彦・・・!?」
そこで私は経緯を話した。が、彼はこう言い放った。
個室の病室でもう聞く耳すら持てない状況の彼にまで聞こえる様に・・・。
「いいか。箱には箱だけの自分がいる。俺はもうクロスボックスについては知っている。クロスボックスにいたお前は別のお前をクロスボックスに閉じ込めることで今ここにいる。今も取り残されている奴の、今も闘っている人間の身にもなれよ。」
パチーン!
「ッ!何するんだ!」
「見損なったわ!」
私はいつの間にか手を出していた。眼前の正彦の左頬が少し赤らむ。
「だから、どうした!パノフ錠については教えてやらない。自己の利益だけで物事進めるな!」
その言葉を最後に彼はこの世から消え去った。
私たちがこの時間や箱で起こした行動が原因で少しずつ話は複雑化してきたのだ。
消え去ったというのは少し弊害があるが、簡単に言えば彼は殺されたのだ。CELNに。パノフ錠の論文は元々CELNのもの。それを見事完成させるためのプログラムを組んだのは彼。それは独断だった。
そして、それがアダとなった。
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山口正彦の自宅。
行くあてのない私はまずここに来ていた。
プログラムを組める人間はもういない。だが、制作途中のデータならあるはず。
気になるのは、何とか話せる正彦が「1」という言葉を残していたこと。
その言葉を残し、彼も息を引き取った。
それでも時間は無かった。このことが原因でジパングによるアンカープランが発動する可能性もある。
実際発動するのだろう。
アンカープランは山口正彦の死こそが鍵となる。私たち周りの人間が死んでも彼自身が死んでもそれは発動する。
「ど、どうすれば・・・?」
でもそんなことを言っている暇ではないとPCの前に向かう。
パノフ錠と書かれたソフト。ダブルクリックで出現するのは本来パソコンの操作に使うコマンドプロンプト。どうやらプログラム用に改ざんされたものらしい。
さーっと眺めるところ間違いなど無さそうだ。これで完成すると思ったが・・・。
「あれ?最後が抜けてる?」
通常コマンドを入力する際”○○”という感じで””の中に指示を入力する。が、最後の部分だけこの””の中身が抜けていたのだ。
何を入力するのかも分からなければ、どうすればいいのかもわからない。
そこで、プツンと意識が途切れる。
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第三章 再発動するAnkerPlan
そこは間違いなく彼の自宅。だが、外はさっきまでの透き通った青い空はない。
核攻撃による大気汚染。
「アンカープランが・・・・!?」
どうやら廻りまわって私はクロスボックスの中に戻ってきたらしい。
お生憎様、この箱でもパノフ錠の研究は進んでいたらしいがやはり最後だけ抜けている。
―分からない・・・。分からないよ正彦。
「・・・1?」
そこで私は不意に正彦の言葉を思い出す。
最後の""には1が入るのでは!?
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「味は特に変じゃないのね・・・。」
私は完成したパノフ錠を口に率直な意見を述べた。
ゆっくり、右目を閉じる。
「へぇーこんなのが見えるんだ・・・。」
私はちゃんと成功しているのを確認するのと同時に”正彦が見ていた世界”の共有を素直に喜んでいた。
直ぐに紙に数字を書く。最初の数字は0。成功する数値。
ガチャン!
そこで鉄製の扉が荒々しく開けられる。
「ま、正彦・・・?」
そこには普段の姿をした山口正彦の姿。だが、分かる。この男はいつも私に寄り添っていてくれる山口雅彦ではない・・・。
「完成させたのか?」
未来の山口正彦である。
「えぇ完成させたわ。」
「そうか。まぁプログラムは全部完成していたからな。ICと錠剤を調合するだけで完成するわな。」
そこで私は誇らしげに言った。
「残念ね。最後の一文だけ抜けてたわ""の間。」
だが、ここで私は絶望を与えられる。
「は?別にあそこにコマンドなんて入れなくていいだろ?0なんだから。」
―刹那。
「え?」
「飲んだのか!?」
正彦の焦る表情が目に見えて分かる。
「の、飲んだわ・・・。」
「ッ!?遅かったか・・・。」
「どういう意味!?」
私は次の瞬間気を失った。
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私は目を覚ました。とある病院の一室で。
そこには仮面の女?(髪の長さからそう判断。)が椅子に座っている。
「あ、あなたは?」
「私?」
声は女だ。読んでいた雑誌を近くに置き、仮面の向こうの瞳からこちらを見る。
「あれ?アンカープランは?」
「パノフ錠を使ってとめたわ。」
「・・・正彦は?」
そこで彼女は一息つく。
「あなたは勘違いしている。パノフ錠やタイムマシンを使えば何とでもなると。でも、人はいずれ死ぬ。私もあなたも勿論死んだ彼も。私はね、それはあまりにも勝手すぎるのではないかなと。彼はもう死ぬ運命にあった。それを引き止めるのは今の技術なら工夫すればそう難しくもない。でも、彼の命は終わった。ここはあなたは自分の犯した最後のミスによってあなた自身はもうパノフ錠を使えない身になってしまった箱。そして、あなたが全てを忘れた箱。」
パチン!
女は指で音を鳴らす。
―あれは・・・未来の私・・・?
次、目が覚めたとき私はスイスの自宅にいた。
長い夢を見た気がする。そんな気がするのは夢をよく忘れることがあるのと同じだから。
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最終章 帰還のHero
「・・・正彦が死んで、今日で1年か・・・。」
ガチャリ。
「ん?」
インターホンが押されることなく誰かが入ってくる。
―強盗!?
「ただいま。」
「へ?」
そこには一番見たくて1年見れなかった姿。
「おかえり!」