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ディリアスの部屋から出ると、ユティシアは体に大きな衝撃を受け、後によろめく。
「ユティシアちゃん!!うちの息子にいじめられたのですって?ゼイルはユティシアちゃんのきれいな肌に傷をつけたようだし、二人とも許せないわ!」
ユティシアの華奢な体をぎゅっと抱きしめたシャラに一気にまくし立てられ、ユティシアは目を白黒させた。
「大丈夫!何があっても私はユティシアちゃんの味方よ。さあ、私の部屋へいらっしゃい」
シャラはユティシアの腕を掴むと、嵐の如く去って行った。
状況が理解できぬまま一人残されたディリアスは、呆然と廊下に立っていた。慌ててユティシアを取り返そうとシャラの後を追うべく走り出す。
だが……………………。
「へーか、ユティシアちゃんと何があったのー?」
「そろそろ話を聞かせて貰いますよ」
突然現れたゼイルとローウェに両肩を掴まれ、引きずられ、もといた部屋に押し戻された。
「何なんだ、一体……」
そう呟いたディリアスの声は、誰にも届くことなく扉の向こうに消えて行った。
「ところで、うちの愚息となにがあったの、ユティシアちゃん?」
シャラの部屋に入ると、フィーナがアル、シルフィ、アルヴィンと遊んでいた。ユティシアが来たことを悟ると、一気に悲しそうな顔に変わった。
フィーナにも気を遣わせていたなんて、と自分のしていたことが一気に恥ずかしく感じた。
「離婚するなら協力するわよ。どうせあの子が悪いに決まっているんだから!」
がしっと手を握られ、シャラはユティシアを見つめる。
なぜ、手元に離婚の手続き書類が準備されているのでしょうか。ユティシアは恐ろしさから追及することを止めた。
「ただし、離婚しても私の娘だからね、ユティシアちゃん!!」
「俺もここの仕事辞めて、師匠に付いて行くぞ!」
いきなり話に割り込んできたアルも、反逆になるのではないかと思うが、そう叫んだ。
意気込む二人にユティシアは慌てるばかりだったが…。
「―――――――――――――――あ、あの、違うのです!」
ユティシアは誤解を解くべくやっと声を張り上げる。
「…私が、私が離婚を切り出したのです」
部屋には沈黙が生まれた。
「へえ~、おーひ様が、ねえ…」
「自ら離縁を言い出した、と?」
二人に疑いの視線を向けられながら、ディリアスは必死に説明していた。いや、釈明していた。
これでは、尋問と変わらないではないか…!
内心そう思うが声には出さない。ディリアスの言葉には耳を貸さず、脳内で良いように理解している二人を止める術はなかった。
「ところで、離婚に応じるつもりですか?」
「かわいそーだし、応じてあげれば?へーか有責だから、味方はしなけどね」
「応じる訳がないだろう、俺はユティシアを愛しているし、守りたい。手放せるはずがないんだ」
「それをきちんと伝えたのですか?早くしないとシャラ様が離縁状の書類作成始めていますよ」
ディリアスは今度こそユティシアの後を追った。
「ユティシア、俺は…」
シャラの部屋の扉を開けようとすると、中からすすり泣く声が聞こえた。
「私は、陛下や、皆さんに迷惑が、かかると思って…離縁しようとしました。でも、本当は、とても自分勝手な…理由です」
扉の隙間からは、ユティシアが涙を拭う姿が見えた。
「王妃を続けていく自信がなくなったのです…今の、私では、王妃としての仕事に…集中できません。そんな、勝手な理由でやめようとした、私は…王妃失格です」
「それをあの子に話したの?そんなに頼りない?」
「いえ…。こんなに良くして頂いているのに、これ以上、お手を煩わせるわけには…」
もう、我慢の限界だった。ディリアスは勢いよく扉を開ける。
ユティシアにとって、一人でこなすのは当然。だからといって、一人で何でも抱えて、辛くないはずがなかったのだ。
「ユティシア、俺は…迷惑なんて思ってないから、だから傍にいてくれ…」
ディリアスはユティシアを抱きしめる。
「離婚の話は無しだ。王妃に集中できないなら休めばいいし、悩みがあるなら俺に話してくれ。お願いだから、一人で抱えて心配させるな…」
こうして、国王夫妻の離婚騒動は幕を閉じた。
ユティシアの心情としては何も解決していないのだが、ディリアスは何とかユティシアをを丸め込み、何とか離婚を踏みとどまったのだった。
「それにしても、へーかダメだね。あんなんじゃ、離婚されても仕方なかったよ、ぶっちゃけ。おーひ様のこと、分かってなさすぎ」
「結婚すらできていない人が言うものではありませんよ」
「そんなの、ローウェだって一緒じゃんか」
「あなたと一緒にしないで下さい、私はあなたとは違います」
「俺だって、猫被って女の子にちやほやされてるローウェなんかと、一緒にされたくないもんねー」