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「その様子だと、知っていたようだな」
ユティシアはその言葉に押し黙った。
その通りだったからだ。兄が生きていたことを、あえて話さなかった。
「なぜ、隠していた。これは国に関わることでもあるんだぞ」
ティシャールは国民の反乱によって王族を追放した国家だ。今ユティシアの兄が生きているとなれば、ティシャールとしては排除せざるを得ない。
ディスタールの王妃ユティシアがティシャールの王位継承権を持つ王太子を匿っていたと騒がれれば、ディスタールは不信感を持たれてしまう。
「正直、ユティがそんな軽率なことをするとは思わなかった」
ディリアスは失望したとばかりにユティシアを見つめる。
「最近のユティはおかしい。なぜかいきなり離婚を言いだすし、こうやって大事なことをいくつも隠している」
先日はあんなことを言ったものの、ディリアスが心の底から愛するユティシアを、信じていないはずがなかった。
「ユティシアは責任感のある王妃だ。いくら離婚を望んでいるとは言え、ディスタール国民に不利益となる事を理由もなしにするはずがない。何か、俺に話せない事情があるのだろう?」
ユティシアは黙り込んでしまった。
「その、話すと陛下にご迷惑がかかるので、出来れば言いたくなかったのです。兄は、生きています。ただ、そのことが露見すると混乱を招くので、黙っていました」
事実上、ユティシアを除くティシャールの王族はいなくなったことになっている。
ユティシアは国を追われた立場であるし、ディスタールの王妃となっていることで今のティシャールから守られている部分もある。しかし、兄は何も身を守る術がないのだ。故郷を失い、地位を失った。
ユティシアは、兄のためにも言うべきでないと思っていた。
しかし、その決断は間違っていた。
間違っていたことが分かっているにもかかわらず、言えなかったのは…。
「ユティ、俺は何も聞かないことにする。俺が、それだけ頼れない男だってことだよな?」
「そんな…陛下は」
「良いんだ、分かっている。魔物の件に顔を突っ込んでも、足手まといにしかならなかったことは事実だ。俺が弱いのは百も承知だ」
「そうではありません。魔物の討伐は、”狩人”の仕事ですから。私がやるべきなのです」
ユティシアにとっては、ディリアスも含めた全大陸の人が守る対象なのだろう。
ディリアスは”守られる存在”であり、”ユティシアを助ける存在”にすらなれない…その事実に、悔しさを滲ませる。
ディリアスはユティシアを抱きしめた。
「待っててくれ。絶対に強くなって見せるから。ユティに頼られる男になって見せるから」
悔しさをにじませたその声にユティシアは思わず顔をあげた。
「陛下は………私に良くして下さっています。闘うことしか能のない私に、こんな幸せを与えて下さったのは、陛下だけです。だから、そんなに悩まないで下さい」
今の、もどかしい想いが彼女に伝わるはずがない。
ディリアスは政治に従事し、ユティシアは戦闘に貢献する。…それは、一見釣り合いが取れているようで、そうではない。
ディリアスの政務を支える者は、たくさんいる。宰相のローウェに、母のサラ。彼らはディリアスとも引けを取らない政治の知識を持ち、最大限サポートしてくれる。ユティシアも徐々にではあるが政治に力を貸してくれている。失敗の許されない仕事ではあるものの、何かあれば助けてくれるという安心と信頼がある。
その一方、ユティシアが魔物と戦うことに関して、手を貸せる者はいない。しいて言えば、同じ“狩人”の称号を持つアストゥールのみだろう。
最強ランクの魔物を狩るのが“狩人”のみとされているのには理由がある。彼らしか、魔物に対抗できないからだ。
下級の者が中級の魔物と戦うのとも中級の者が上級の魔物と戦うのとも訳が違う。称号持ち以外が手を出せば、即座に落命してしまう。もしくは生き残ったとしても、魔物に手傷を負わせることはできないだろう。
彼女は一人で戦場に立つことしかないのだ。
ミスを犯しても誰もそれを補う者はいない。失敗を許されない状況で、全世界の運命を託され、戦うのだ。
その違いに、彼女は気づいていない。きっと、それが当たり前の生活だった彼女にとって、ディリアスの助けなど考えたとこもないのだろう。
だから、今回も隠し事をしようとした。
献身的でどこまでも健気なユティシアであるが、自分の身をもっと大切にして欲しい。闘うことは彼女にしかできない仕事ではあるが、ディリアスにとっても彼女は何ものにも代えがたい存在である。
もう、彼女を一人にしないと決めたから。
…だから、彼女を手放すことはきっと無理だ。
必ず強くなろうと心に決めたディリアスは、ユティシアを抱きしめたまま離そうとしなかった。
お久しぶりです。
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