最終章
「神原の二段目は、いくら友子でも渡せない!」
ジェシカはそう言うと友子の手からハンカチを取り上げた。
「ふふふ、そうですね。これは私ではなく、ジェシカさんの役目でしたね」
とても楽しそうに友子は笑った。
「太志さん、ジェシカさん、私はもう少しみなさんの素敵な『秘められていた思い達』を聞きたいので失礼します」
そう言うと友子は小走りで明かりが灯る会場へと向かって行った。
「……」
沈黙。
突然ジェシカと2人きり。
言葉がでない。
どうしよう、息が詰まりそうだ。
俺が困っていると、
「太志さん、ジェシカさん、大切なのは素直になること。そして、素直な気持ちを素直に言葉にする、ほんの少しの『勇気』ですよ!」
数メートル先で立ち止まり、友子はいつもより少し大きな声で俺とジェシカにアドバイスをくれた。
そして、今度は途中で立ち止まることなく、会場へと消えていった。
「あの……」
先に言葉を発したのはジェシカだった。
「逆上がり……」
暗がりでよくジェシカの顔が見えない。
これは俺にとってとても都合がよかった。
いつもより、少し気が楽だ。
「へたくそ! 何だあれ?あんなの逆上がりなんていえねぇーよ!! このブタが!!」
顔がよく見えないせいか、いつもの悪口もそんなに悪い気はしない。
きっと、この悪口はジェシカじゃなくて、ジェシカの後に広がる暗闇に潜む『何者か』の言葉だろうと思えた。
「……でも、成功してよかった。おめでと」
きっと、ジェシカが言いたかったのは『おめでと』のたった4文字なのだろう。
でも、その4文字を言うために、36文字(!?を含む)もの悪口を付加しないと、ジェシカはその4文字を口にだせないんだ。
俺はそんなジェシカを可愛らしいとさえ思えた。
どうやら、今日の俺は少し変だ。
「ありがとう」
俺は余計な言葉で飾ることなく、素直な5文字を言葉にした。
「…………」
再び沈黙が闇夜に浮かんだ。
でも、今度の沈黙はさっきの沈黙ほど息苦しくない。
むしろ、心地よかった。
「ごめん、ジェシガ」
今度は俺のほうが先に沈黙を破った。
「おで、ジェシガに酷いこど言っだの、ずっど謝りたかったんだ。あのとき、おでが行方不明になっだ時、ジェシカはおでのこと心配しで探しでくれでたのに……そでなのに…………」
『ごめん』の3文字じゃ全然足りない気がして、俺は今の気持ちに当てはまる言葉を必至で探した。
でも、全然見つからない。気持ちはこんなに溢れているのに、言葉が、見つからない。
「もういいよ」
ジェシカの冷ややかな言葉。
俺はジェシカのその言葉にあせった。ま
ただ。またちゃんと俺のこの思いが伝わらないまま、終わってしまう。
だめだ! そんなの嫌だ! どうしよう、言葉が出ない。
どうすれば……。
俺はアタフタした。
自分でも滑稽だと思うような変な動きで、アタフタした。
「もういい、わかったから。ちゃんと、伝わったから。だから……」
ジェシカはさっきとは違う、とてもやわらかい声で、今にも笑い出しそうなやさしい声で、そう言った。
「だから…………アハハハハハ!!! ちょっと、その変な動き、や、やめてよ!! マジうけるんですけどぉ!! アハハハハ!!!」
ジェシカは腹を抱えて笑い出した。
「ムキィー!! おでは真剣に謝ってんだど!! 笑うな!! 笑うなごんぢぐじょう!!」
いつもと同じ、ジェシカと俺のやりとり。
いつもの様にじゃれあう俺とジェシカ。
突然、ジェシカが俺にキスをする。
あまりの衝撃に俺はその後の記憶を失った。
ただ一つ、お互いの思いが、迷うことなくちゃんと伝わったことだけは覚えている。
それが、とても心地よいことだったということだけは、ちゃんと、覚えている。
~完~