その63
「うぉおおおおぉぉおおおおお!!!!」
俺は勢いを付けて逆上がり始めた。
俺の重い体が一瞬宙に浮く。
地球の重力に対するデブのささやかな抵抗。
放り投げた足が頭の高さを超えた。
いける! いけるでぇ!! 足がもう少しで鉄の棒を超えると思った時、急に両の腕に俺の100キロ近い体の重みがのしかかる。
「はぐぅあぁ!! フガ!!」
思わず鼻から空気が漏れ、豚が鳴いた。
「ブタぁ!!! がんばれ!!」
「丸焼きにされるブタの様だ。」
「デブに希望を!!」
罵声と応援の両方が聞こえた。
「ビキィ!?」
気味の悪い音が両の腕から聞こえた。
もう、だめだ。精神的にも身体的にも、もう限界だ。
俺は、ひっしでこらえたが重力には勝てなかった。
俺は、すべてを諦め、手から力を抜いた。
みんな、ごめん。もうだめだ。ジェシカごめん。俺、約束はたせなかった。俺は本物のうそつき最低ブタ野郎だ。
俺はすべてを諦め、自分のことを責めた。
「あぁ……ダメだ!! 三段腹の手が離れた!!」
「いやー!! 豚が落ちるぅ!!!」
「ブターーー!!!」
俺だけでなく開場にいる全員が諦めた。
「…………」
会場が静まり返った。無理もない、みんなあれだけ期待していたのに、無様に失敗してしまったのだから……。
俺は深く目をつむり、目に涙を浮かべた。その時、
「いでででででぇえええええぇえ!!!!」
激痛が俺の腹部を襲った。
「おい、見てみろよ!! 手はもう鉄棒から離れてるけど、おなかの肉が食いこんでいて、まだ落ちてないぞ!!」
「ほんとだ、まだ失敗してない!! がんばれ!! がんばれ三段腹!!」
再び開場に活気が戻った。
「いでででででぇえええええぇえ!!!!」
俺はあまりにお腹が痛かったので、すぐに鉄棒から降りようとした。
その時、ジェシカの顔が見えた。
そのとき心に浮かんだ感情を言葉でうまく表すことはできないが、なぜかものすごいやる気が出た。
なんでもできる気がした。
世界すら征服できる気がした。
「いでで、やって、いで!! や、やろうじゃ……いだぁ!! ……ないがぁ!!!」
俺は痛む腹部のぜい肉を少しずつ、少しずつ鉄の棒に巻きつけるように手繰り寄せて重い体を回転させた。
「いでだぢだだでぇ!!」
少しずつ、体が動くたびに指数関数的に痛みが増える。
「がんばれー!!」
「負けるなぁ!!」
開場の声援が聞こえた。
やってやろうじゃないの!! 少しずつ、本当に少しずつ、俺の体は回転した。
気がつくと5分ほどたっていた。
まだ、体は半分くらいしか進んでいない。
「まだぁ~?」
「ちょっと……醜いな」
「痛々しくてみてらんないよ」
さすがに開場の雰囲気もだれてきた。
会場にいる人々のほとんどが携帯をかまい始めた。
誰も俺の逆上がりに対して注目していなかった。
「いででででえっででええ!!!」
痛みをこらえながら群衆に目をやる。
暗がりの中、チカチカと光る携帯の画面から放たれる無数の光はとてもきれいだった。
右目の端に携帯をかまう高志の姿が見えた。
これは幻だ、俺はそう思うことにした。そのとき、
「スルン、ポテ」
とても滑稽な音とともに俺の体は地面に落ちた。
「……え? うそ、どうなったの?」
「……成功? したの?」
「っていうか見てなかった! タイミング悪!!」
会場も俺も、成功したのかどうかよくわからなくて、数分の間ポカーンとしていた。
「神原!! 成功だよ!! 成功したんだよ!! やったじゃん!!!」
ジェシカが静寂を破るように俺に向かって叫んだ。
そのジェシカの叫びを皮きりに会場が沸いた。
「よくやった三段腹!!」
「よくわからんかったが成功に違いない!! よっしゃー!! 告白するぞ!!」
「ブタぁー!! ブタブタブタブタブタブタブタ!!!!」
開場は本日一番のにぎわいを見せた。
こうして、俺の逆上がりの挑戦は、見事に成功で幕を閉じた。