その55
「おめぇ、最低だな。追いかけてそんしたよ」
俺はそう言い放ち、ジェシカをおいて帰路についた。
ムカついた。
腹がたった。
ジェシカにじゃない、俺自身に。
ジェシカの言葉が本心ではないことをわかっているのにそれを許せなかった自分自身に、無性に腹がたった。
「ブオオオ!!」
車が通る音が聞こえ、俺は大きな体を道端に寄せた。俺の視線を通り過ぎたのは真っ赤な車だった。
「友子? ……人違いかぁ」
俺には何故かその車の後部座席に乗っている人が友子に見えた。
友子のことを思い出した俺は同時に屋上で友子に言われた言葉を思い出した。
『大切だから怖いんです。ちゃんと気持ちが伝わるのかなぁ? もしかしたらもっと傷つけてしまうんじゃないだろうか? もしちゃんと自分の気持ちが伝わらなかったら、この大切な気持ちは行き場を失って迷子になっちゃう。それが怖いんです』
この言葉を思い出したとき俺はあることに気付いた。
そう、俺は自分の気持ちを一つもジェシカに伝えることができなかったことに。
このままでは、俺のこの気持ちはきっと迷子になってしまう。
それは嫌だ! それに俺はジェシカの本当の気持ちをちゃんと聞いてない。
いままで俺はジェシカのうわべだけの言葉に一々反応してその裏に隠されている本心を聞こうとしていなかった。
このままではジェシカの気持ちも迷子になってしまう。
お互いの本当に伝えたい気持ちが相手に届くことなく迷子になり、その代わりに本心とは違う言葉が、気持ちが相手に届いてしまう。
そしてお互いがそれを相手の本心だと誤解してしまう。
こんな悲劇ほかにあるだろうか? このままじゃだめだ。
“後でいいや”じゃだめなんだ。
今すぐ、“今すぐ”じゃなくちゃだめなんだ! 俺は自分の心との葛藤に決着をつけ、ジェシカがまだいるであろう川原へと急いで向かうことにした。