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デブ、宙を舞う  作者: たこき
51/66

その51

 気がつくと朝だった。

 どうやら眠ってしまったらしい。

 隣で転校生もすやすやと気持ち良さそうに眠っている。

 マシュ子は私たちを誘拐した当日に、転校生の父親に金を要求した。

 金額は1億円だそうだ。

 転校生の父親はすぐに準備できないので1日猶予をくれと言い、マシュ子はそれを了解した。

 金の受け渡しは今日の夕刻になった。今日は日曜日。

 ……そう、文化祭の日だ。

 このままだと、神原の逆上がり、見れないなぁ。

 私はとても、とても残念に思った。

「ジェシカさん、大丈夫ですか?」

 突然転校生が話しかけてきた。

「あぁ、うん。大丈夫。へっちゃらさ!」

 私はこの時、この転校生が神原のことをどう思っているのか知りたいと思った。

 間違った見解や偏見を抜きにして、純粋に状況を整理して、自分の本当の気持ちを知りたいと思った。

「あんた……」

 私が転校生に話しかけようとすると

「ジェシカさん、私のこと友子って呼んでください。私、もっとジェシカさんと仲良くなりたいんです。ダメ……ですか?」

 転校生はとても愛くるしい表情で、私の顔を下から覗き込むようにそう言った。

「うん、いいよ。ずっと、『あんた』なんて汚い言葉を使って……御免ね♡」

 私は友子の表情があまりにもキュートだったので、まるで子犬に話しかけるように友子の要求を承諾した。

「うれしい! ありがとう、ジェシカさん。ところで何か私にお話があったのではないですか? 聞かせてください」

 友子はとてもキラキラした目で私の話の続きを待った。

 私は、少し話づらいと思ったが、自分の気持ちをしっかりと整理するために、口を開いた。

「友子は、友子は……神原のこと、どう思ってるの? 好き……なの?」

 何度も言葉が詰まった。

 やっとの思いで、この言葉を私は吐いた。

 本当の自分の言葉を口に出すということは、こんなにも辛く、大変なことなのだと改めて知った。

 本当の自分が思いもしない言葉を発する方が100倍簡単だと思った。

「大好きですよ」

 友子はためらうことなくハッキリとした口調で言った。

 私はこんなにも素直に、すんなりと自分の気持ちを言葉にできる友子を、とてもうらやましく思った。

「本当に!? だって、神原チビだし、デブだし、見た目最悪だよ!何で!?」

 また、どこから来たのかもわからない汚い言葉が、かってに口から飛び出した。

「人を好きになるのに、外見は関係ありません」

 友子は、『そんな汚い言葉使っちゃあ、ダメですよ』というような感じで首を横にフリフリしながらそう言った。

「じゃあ、なに? 神原の内面に惚れたってぇの? あいつ、すぐに逃げ出すし、嫌なこと後回しにするし、カッコつけだし、諦め早いし、オタクだし……」

 私は次々と神原の悪口を口に出した。

 そんな私を見て、なぜか友子は笑っていた。

 私は、不思議に思い、不思議な顔をした。

 すると、友子は不思議な事を言った。

「ジェシカさんも、太志さんのこと、好きなんですね」

 私は、意味がわからなかった。

 何故友子は神原の悪口を言っている私が、神原のことを好きだと思ったのだろうか? 私が神原のことを嫌っているというのであればわかるが、何故? 不思議そうな顔をする私をよそに友子は話を続けた。

「ジェシカさん、人を好きになるのに内面も関係ありませんよ。正直、性格なんてどうでもいいんです。当然外見も。人は人の存在に恋心を抱くんですよ。その人の顔が好みだから好きとか、性格がやさしいから好き、なんていうのはただの後付けです。仮にそれが理由で付き合っている人がいるとすれば、それは本当に好きということではないと思うんです。その人の顔を見て、その人と話をして、その人に触れて、その人の存在を感じて、気がついたら自分の心の中にその人が存在していて、その人が自分の心の、居心地の悪い所に居れば嫌いで、居心地の良い所に居たら、それは好きということなんです」

 私はこの言葉を聞いて、神原が私の心のどこに居るのか探してみた。

 暗い心の奥の奥。

 神原は金色のソファーの上、とてもデカイ態度でのけぞっていた。

 その金色のソファーは遠目で見ても高級そうな皮の素材でできていて、とても、とても、とても、座り心地が良さそうだった。

 神原の隣には、普通の人では座れないような僅かなスペースがあった。

 普通の人なら無理だけど、とってもスリムでスタイルの良いジェシカ様なら、ギリギリ座れるくらいのスペースが。

 私は、そこに、座りたいと、思った。

「どうですか? ジェシカさんの心の中に太志さん、いましたか?」

 ちょうど良いタイミングで友子は話しかけてきた。

「うん、いた」

 私は、神原のことが好き? これが私の本心? 本当に間違いない? 私は何度も自問自答した。

 でも、なかなかこの思いが『確かなこと』であるという断定ができずにいた。

 神原のことを無理やり好きになろうとはしてないだろうか? それに、心のどこかで神原みたいなヤツをこのジェシカ様が好きになるはずがないと思う自分もいる。

 とにかく、本当の自分の思いが知りたくて、知りたくて、不安だった。

「神原、すっごい豪華で居心地の良さそうなソファーに座っていた。私、神原のこと好きなのかな? これって本当かな? 私の、この思いは『確かなこと』なのかな?」

 私は、この思いが『確かなこと』であるという確信が、最後の後押しが欲しくて、詰め寄るように友子に尋ねた。

「ジェシカさん、この世界に『確かなこと』なんて一つもないんですよ。この世界は『不確かなこと』でできているんです。その、不確かなことの中から、『これはきっと確かなことだ』と思えるものを選ぶことしか人間はできないんです。最も『確かなこと』に近い『不確かなこと』を信じてあげることしか人間はできないんです」

 ……友子はキビシイなぁ。

 たった一言、「ジェシカさんのその気持ちは正しいです」と言ってくれたら、私は決心できたのに。

 それを友子は許してくれなかった。

 友子は、すごい子だなぁ。

 神原の付き合う相手が友子なら、それもいいかなぁ。

 私は素直にそう思った。

 それから数時間、私は考えた。

 一生懸命考えて、不確かな答えを出した。


『私は神原のことが好きか嫌いかでいえば好き。でも、これが恋かどうかはわからない。それに少なからず神原のことを憎く思う自分もいる。神原が他の女と付き合うのは嫌だ。でも、友子とならいいと思える。でも……神原の三段腹の二段目はたとえ友子でも触らせたくない!!』


 結局、的を得ないあいまいな答えだった。

 でも、これが本心だと私は思う。

 この不確かな思いを、私は全力で信じてあげたいと思う。




 ついに身代金を受け取る時間が目前に迫って来た。

「友子ちゃんごめんね。今日お金を貰ったら開放してあげるからね。でも、友子ちゃんとお別れするの寂しいわ~。外人かぶれ、お前も解放してやるよ。よかったな」

 私と友子に対するマシュ子の態度はあからさまに違っていた。コンチクショウ。

「さぁお前達、身代金の受け渡し場所まで移動するよ」

「ラジャー!!」

 手下の一人(Fカップ)が倉庫の重い扉を開けたとき、

「お嬢様大丈夫ですか!!」

 突如、友子の運転手をしていた老紳士が倉庫に飛び込んできた。

「なんだまたお前か! お前達、やっちまいな!!」

 老紳士は瞬く間におっぱいに囲まれた。

「う、うわぁ~……む、むねん……」

 老紳士は先日と同じようにおっぱいに屈した。

 何やってんだ! あんたもういい年だろ? まだ性欲があるのか! 卑しいジジイだな。

 私は二度もおっぱいに負けた老紳士に悪態を吐いた。

「大丈夫か!! 波風!助けに来たぞ!」

 老紳士に次いで、黒いジャージに鉢巻姿の高橋先生が薄暗い倉庫に飛び込んできた。

「何!? この気持ち悪いオッサンは!! お前達、やっちまいな!!」

「ラジャー!!」

 おっぱい盗賊団のFカップ、Gカップ、Hカップが高橋先生を取り囲んだ。

「うわぁーー!! や、やられたー!!」

 高橋先生はセリフと裏腹に幸福そうな顔でおっぱいの餌食になり、倒れた。

 ったく、頼りにならないやつだ。

「波風さんー。大丈夫ですかー?」

 高橋先生を踏みつけてガリノッポが倉庫に突入してきた。

 ガリノッポならおっぱいの誘惑に負けることなく私たちを助け出してくれるかもしれない。

 私は少し期待した。

「な、なんだこの恐ろしくでかいやつは!? と、とにかくやっちまいな!!」

「ラジャー!!」

 ガリノッポはおっぱいで揉みくちゃにされた。

「うわぁー……や、やられ……だぁー」

 健闘むなしく、ガリノッポもおっぱいの餌食となった。

 やはり、ガリノッポも男だったか……

「大丈夫が!! 友子!! 助げにきだぞ……あで? なんでジェシカがいるんだ?」

 老紳士、高橋先生、ガリノッポに続いて神原が倉庫に突入してきた。

 神原なら、きっとおっぱいの誘惑に打ち勝ってくれるはずだ! 私は非常に期待した。

「なに!? なんなの!? 今度はデブ!? なんでこんなに気持ち悪いやつらばっかり出てくるの!? お前達、やっちまえ!!」

「ラジャー!!」

 神原はおっぱいで揉みくちゃにされた。

 頼む、神原、おっぱいなんかに負けないで! 私を救い出して。

 友子のついででもいいから……

「お、おぱ……おぱい、いっぱい、おぱいい、いぱい……」

 私の願いはむなしく、神原もおっぱいの絶対的な力の前にひれ伏した。

「オホホホ! ざまーみなさい。さぁお前達、予定通り取引場所へ行くわよ」

 マシュ子の足元には鼻から血を流し、幸せそうな顔で気を失っている男どもが倒れていた。

 私は、倒れている男どもに唾を吐き、一瞥した。

 この役立たずどもが!! おっぱいのハレンチな誘惑に負けるなんて、ケダモノ! 死んでしまえ!! コンチクショウ!!! 私は幸せそうな顔で倒れている神原の三段腹の二段目に蹴りを入れた。

「ブヒィ!!」

 神原は苦しそうに腹を抱えた。

 しかし、顔はニヤケたままだった。

「いい加減にしなさい!! あんた達!誘拐なんかして、自分達の過ちを恥じなさい!!」

 突如、薄暗い倉庫に唐沢先生の金切り声が響いた。

 マシュ子を含めたおっぱい盗賊団の面々は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、静まり返った。

「な、なんだよ、このババア。私たちの邪魔すんじゃねえよ。や、やっちまいな」

 オドオドしながらもマシュ子は手下のFカップ、Gカップ、Hカップに指示を出した。

「ラ、ラジャー」

 Fカップ、Gカップ、Hカップが唐沢先生に飛びついた。

「うわ!」

「きゃ!」

「いやん!」

 Fカップ、Gカップ、Hカップはまるで仙術をかけられた様に投げ飛ばされ、地面に転がった。

「く、くそー! オリャーーー!!!」

 マシュ子は自ら唐沢先生に向かって突進した。

「コラ!!! いい加減にしなさい!!!」

 そう言うと、唐沢先生はパンパンに張っているブラウスの胸のボタンを外した。

「で、でかい……」

 唐沢先生の胸が開放された。

 その大きさは優にIカップを越えていて、迫力だけでなく、どこか神々しさを誇っていた。

「ひぃひいい!! ごめんなさい」

 マシュ子、Fカップ、Gカップ、Hカップは自分達よりも大きなおっぱいの唐沢先生に全面的に敗北した。

「もう大丈夫よ。怖かったでしょ?」

 こうして、無事に私と友子は解放された。正直、唐沢先生の大きなおっぱいが一番怖かった。


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