その38
「おでの気持ちだ。もし気が向いたら読んでくれ」
ジェシカは終始無言だった。
ジェシカの隣では友子がそわそわしていた。
俺はジェシカの机にそっと手紙を置いて自分の席に戻った。
「ジェシカさん、来てくれるといいですね。」
昼休み、俺はコッペパンをムシムシ食べた。
コッペパンとはこんなにも不味いものだったろうか?
「太志さんは今ダイエットなさっているんですよね?」
友子はムシムシとコッペパンを食べる俺にたずねてきた。
「そうだよ。それが?」
「ということはその立派なお体が、やせてしまうということですか?」
「まぁ、そうだね。」
「太志さん、お願いがあります」
友子は大きな胸の前で掌を合わせてスリスリしながら、申し訳なさそうに言った。
「その、やわらかくて気持ち良さそうな……お腹、触らせてください!!」
申し訳なさそうに言葉を発する口とは裏腹に、友子の目はとても興奮している様に見えた。
「前々から、ずぅうっと! 触りたかったんです!! でも、失礼かなぁっと思っていて……だめですか?」
「別にいいけど。減るものじゃないし」
俺はエアーズロックの様に盛り上がった腹部を友子に差し出した。
「ありがとうございます!」
友子は指をタランチュラの様にワシャワシャと不気味に動かしながらゆっくりと俺の腹部へ手を伸ばした。
このとき、友子の目はとてもギラギラしていて、口は半開きになっていた。
「あ! そこは……」
俺は思わず後方に身を引いた。
友子は俺の三段腹の二段目を触ろうとしたのだ。
普通の人なら一番触りやすい一段目を触る。
もしくは下から上へ持ち上げるように三段目を触るものだ。
それなのに友子は何故か一番触りづらい二段目を選び、後方に逃げようとした俺を押さえつけるようにして触った。
「あぁ~!!!!!! きもちぃぃぃいいい~!!!」
何故か俺はとても深い罪悪感に襲われた。ジェシカに申し訳ないと思った。
そう、いつの間にか俺の三段腹の二段目はジェシカの場所になっていたのだ。 俺はこの時初めてそれに気付いた。
「太志さん、やせちゃうなんてもったいないですよぉ~。こんなに気持ちいいのに~」
友子はまるでネコの肉球でも触るように執拗に、ねちっこく俺の腹部をもてあそんだ。
完全に俺の腹部の気持ち良さにおぼれている様子だった。
「ちょ、ちょっと、勘弁して」
俺はまるで生肉をむさぼる獣の様に三段腹を攻める友子の異様さに恐怖を覚え、逃げ出そうとした。
「もう少し、もう少しだけ、ね?いいでしょ! 触らせて~」
まるでゾンビの様に迫って来る友子。
俺は後ずさりしながら屋上の階段へと退路を求めた。
「グルルルル……」
友子の口から不気味なうなり声が聞こえる。もはや人間だった頃の面影はない。
「ギャオオオオオ!!!」
肉団子に襲い掛かる猛獣。階段の踊り場まで追い詰められた俺は自らの生存を祈り、強く目を瞑った。
「つ・か・ま・え・た」
とてもやわらかい感触とともに甘い香りが俺を包んだ。
「太志さんって、大きくて、やわらかくて、暖かくて、私、大好きです。」
友子はギュッと俺のことを抱きしめながらそう言い、俺の三段腹の二段目をムギュッとつまんだ。
「ガタン!!」
階段の下方から物音がした。
俺はこの状況を誰かに見られたら不味いと思い、すぐに確認した。
そこには、しりもちをついて、イチゴ柄の、パンツ丸見えの、ジェシカがいた。ジェシカは、俺と、目があうと、すぐに、身を、ひるがえし、クラウチングスタートの構えをとり、イチゴ柄の、パンツを、見せながら、全速力で、走り去った。気のせい、だろうか?走り去る、ジェシカの、瞳に、雫が、見えた、気がした……
「太志さんって、うちで飼っている犬みたいで、大好きです。ゴールデンレトリバーなので太志さんみたいに大きいんですよ。コンっていう名前なんです。今度紹介しますね」
友子は異性として俺のことが好きだと言ったのではなく、犬に対して抱く好意と同じように俺のことが好きだと言ったのだ。
俺は別にそれを残念には思わなかった。
正直、友子に抱きしめられたとき、とてもやわらかくて、いい匂いがして、とても満たされた気持ちになれた。
でも、ドキドキはしなかった。
俺が友子に抱いた感情は『恋』ではなく『やすらぎ』だった。
さて、ここで問題なのは俺が友子をどう思っているかということではなく、ましてや友子が俺を飼っている犬のようだと言ったことでもない。
そう、友子が俺に抱きついて『大好きです』と言ったところをジェシカが目撃したということだ。
ジェシカは俺が犬のようだ、という友子の言葉を聞かずに走り去ってしまった。
つまり、友子は俺のことを異性として好きだ、と言ったのだと誤解しているはずだ。
これは不味い。非常に不味い。俺の額には大量の脂汗が流れた。
……よくよく考えて見ると、別に不味い状況ではないことに読者の皆さんは気付いただろう。
俺が友子と抱き合っているところをジェシカに見られたからといってなんだといのだ? 別にジェシカに断る必用はないし、見られたところでとくに困ることはないはずだ。
なのに、その時の俺はとても不味い状況だと思った。
どうしてだろう? 俺は、ジェシカに誤解されたくないと思った。
俺は友子のことを異性として好いてはいないと、ジェシカにちゃんと知っていて欲しいと思った。
俺は何故そんなことを思ったのだろう? ジェシカを思うと、胸が痛い。何故だろう? ジェシカが今もまだ、泣いているのかと思うと、胸が、暴れる……。
胸の鼓動を感じた時、俺はこの状況があのエロゲー『ワンルームLOVE ~三つ巴の恋模様~』のラストに酷似していることに気付いた。
『トモ子を追いかける』
『このままアリサとキスを続ける』
『トモ子を信じて待つ』
俺は『トモ子を追いかける』を選んで失敗した。
正解は『トモ子を信じて待つ』だった。
この状況、俺はジェシカを追いかけるべきではないのかもしれない……。
俺は脂肪の詰まった小さい頭でそんなことを考えながら、走っていた。
脳とは関係なしに、体がかってにジェシカを追いかけていた。