その34
「よう!三段腹元気だったか?」
「おいデブ!お前どこに行ってたんだよ」
「チビ!!お前一週間も学校サボりやがって。いいご身分だな」
久し振りの学校。正直俺は憂鬱だった。
ジェシカや高志にどんな顔で会えばいいのやら……
「ガラガラ」
扉の開く音がした。
ジェシカが教室に入ってきたのだ。
俺はジェシカに謝罪しようと思っていた。
しかし、ジェシカは一度も俺と目を合わせることなく席にいた。
俺は萎縮してしまい、ジェシカに話しかけることができなかった。
昼休みにでも謝りにいこう。そう思いながら俺はジェシカを見つめた。
「みんな席に着きなさい。ホームルーム始めるわよ」
担任の唐沢先生が教室に入ってきた。
今日はいつもにましてきっちりとした髪型であった。
「今日からみんなと同じクラスになる転校生を紹介します。波風さん、入りなさい」
唐沢先生がそう言うと教室に友子が入ってきた。
「みなさんこんにちは。波風友子といいます。よろしくお願いします」
友子はとても品のある滑らかな動きでお辞儀をした。
その所作はとても美しく、俺は思わず見惚れた。
「おぉー!!」
男子のドス黒い歓声が沸いた。
「転校生かわいくね?」
「ジェシカといい勝負だな」
「俺は友子ちゃんの方がいいなぁー。なんか品があるよな」
「そうか?ジェシカの方がスタイルいいだろ」
「でも胸が大きい」
「確かに」
「チッ!」
男子のヒソヒソ話がちらほらと聞こえてくる。
気のせいだろうか? ジェシカが舌打ちしているように見えた。
「あ!太志さん。同じクラスだったんですね。嬉しいな」
俺のことを見つけた友子は嬉しそうに俺に向かって手を振った。
「三段腹!!お前あの転校生とどういう関係なんだ!!」
「てめぇ!ずるいぞ。デブの癖にずるい!!」
「おい、俺にも紹介しろ!!」
周りの男子が俺に詰め寄ってきた。
「静かにしなさい!!!」
唐沢先生の一喝でクラスは静まり返った。
「波風さん、とりあえずそこの空いている席に座ってください」
友子は一番後ろに空いていた、ジェシカの隣の席に座った。
「こんにちは。よろしくお願いします」
友子はとても友好的なあいさつをジェシカにした。
「ども」
ジェシカはとても非友好的なあいさつを友子にした。
「さぁ、授業始めますよ。あ、そうだ。神原くんと波風さん、あとでお昼休みに職員室に来てください」
そう言うと、唐沢先生は数学の授業を始めた。
「キーンコーンカーンコーン」
4時限目の終わりを告げるチャイムが鳴った。
俺はジェシカに謝罪しようと席を立ち、後の席へと向かった。
ジェシカはとても怖い顔で俺のことを睨んで「こっちにくるな!!」と俺に合図を送っていた。
俺はそれにめげずにジェシカに話しかけようとした。
「太志さん、一緒に職員室に行きましょう」
俺がジェシカに話しかける前に、ジェシカのとなりに座っていた友子に話しかけられた。
「え……あ、うん」
俺は友子の誘いを断ることができず、頷いて一緒に職員室へと向かった。
「チッ!」
気のせいだろうか? 背後でジェシカが舌打ちをしているように聞こえた。
「神原、大変だったみたいね。細山から事情は聞いたわ。高橋先生には私からきつーく言っておいたから。あの馬鹿教師はほんとに困った人だわ……」
馬鹿教師、と言ったときの唐沢先生の顔は、鬼のようだった。
「でも、神原も悪いんだからね。わかっている?あのね……」
突如先生の怒りの矛先が俺に変わった。
それから30分、俺はありがたいお説教を頂いた。
お説教を受ける俺の隣で友子はクスクスと品のある仕草で笑っていた。
「とにかく、もっとしっかりなさい」
とてもすっきりとした顔で唐沢先生はそう言うと、俺の胸を軽く叩いた。
俺の胸のぜい肉が波打った。
「ところで神原、お前に頼みがある。今日の放課後にでも波風に学校を案内してやってくれないか? お前波風と知り合いみたいだし。頼んだぞ」
「あ、はい。わがりまじだ」
俺の返答を聞くと先生は手を前後に振って「もう行っていいぞ」と合図をした。
俺と友子は一礼して職員室を退室しようとした。
「あ、そうだ。神原これ」
唐沢先生は退室しようとする俺を呼び止めると、一冊の黒いノートを手渡した。
「……ごれは?」
まさかこれは世に言うデスノートというやつではないのか!? ここに俺の名前がびっしり書かれているのか……
「先週分の授業ノートだ。お前あんまり成績よくないんだからこれ見てちゃんと勉強しなさい」
普段は冷徹で恐ろしいイメージのある唐沢先生が俺のためにノートを……なんとありがたいことだ。
「先生、おでなんかのためにありがどうございまず」
「私? 違う違う。ジェシカだよ。私がそんなことするわけないだろ。お前に渡して欲しいと頼まれたんだよ。ほら次の授業始まるぞ。さっさと行け」
ジェシカが? 俺のために? はて、不思議なこともあるもんだ。
あのジェシカが……。
俺はジェシカが本当に俺のことを心配してくれていたのだと改めて感じた。
それと同時に、自分はほんとうに最低なことをした、すぐにジェシカに謝りたいと思った。
「お昼ご飯、食べそこなっちゃいましたね」
ジェシカのことを考えてうなだれていた俺の顔を覗き込こみ、友子は言った。
「ぞうだね。友子は大丈夫? おでのぜいでごめんね」
「私は大丈夫です」
友子は大きな胸の前で手をグーにして笑って見せた。
ほんとに大丈夫だろうか? お腹が空きすぎて倒れたりしないだろうか? 俺は小さくて華奢な友子を見て、不安に思った。
6時限目、その不安は的中した。