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1:最底辺の転入生

太平洋の真ん中を吹き抜ける潮風は、どこか鉄と油の匂いが混じっていた。

海面を割るようにそびえ立つ巨大な防壁。その内側に広がるのは、人類の科学と進化の最先端が集約された人工島――《アストラリウム学園特区》。

通称、「アストラム」。

国連直轄のこの島は、世界中から集められた「異能核コア」を持つ少年少女たちが暮らす、巨大な実験場であり、学び舎だ。

「……ここが、今日からの監獄か」

巨大な港湾ゲートをくぐりながら、俺――天海あまみ じんは、溜め息交じりに呟いた。

手にあるのは型落ちした安物のスマートフォンデバイス。そして、着古したパーカーのポケットに突っ込んだ両手。

荷物はない。文字通り、手ぶらだ。

「おい見ろよあれ、新入生か?」

「荷物なしかよ。やる気あんのか?」

「いや、あいつの腕章……見ろよ。『F』だぞ」

周囲を行き交う生徒たちの視線が突き刺さる。彼らの制服や装備は洗練されており、腕にはClass AやBを示す輝く腕章、そして高性能なデバイスが装着されていた。

対して俺の腕に巻かれているのは、泥のような鈍色にびいろの腕章。

Class F。

それはこの学園における最底辺。能力評価において「戦闘・作業において価値が極めて低い」と判断された者に与えられる烙印だ。

(……ま、望み通りだけどな)

俺は視線を逸らし、あくびを噛み殺した。

俺の能力は《無限倉庫インフィニティ・ストレージ》。

判定官の前で俺が見せたのは、「自分のペンケースを異空間にしまって、また取り出す」という芸当だけ。

判定は即決だった。『戦闘能力なし。運搬・雑務要員としてClass Fに配属』。

それでいい。

過去のあんな事故はもう懲りごりだ。俺はこの島で、目立たず、騒がず、平穏な高校生活を送る。それが唯一の目的だった。


_________________________________________________


「よぉ! お前が噂のFクラス転入生か!」

教室に入り、一番後ろの席で寝たふりをしようとしていた俺の肩を、暑苦しい声が叩いた。

顔を上げると、逆立った赤い髪の男がニカっと笑っている。

「俺は黒瀬くろせ 光牙こうが! Class Cだ。よろしくな!」

「……どうも。天海迅だ」

「迅だな! いやー、転入初日に手ぶらで来るなんざ大物だと思ったぜ! お前の能力、なんかすごいのか?」

光牙の声がデカいせいで、教室中の視線が集まる。

俺は頭を抱えたくなった。

「すごくないよ。ただ物を出し入れするだけだ」

「マジか? まあ気にするな! 昇格戦ランカーズデュエルで勝ちゃあいいんだよ!」

光牙は悪い奴ではなさそうだ。ただ、熱血すぎて俺の「平穏プラン」とは相性が最悪に近い。

「あ、あの……黒瀬くん、声が大きいよ……」

その時、鈴を転がすような声が割って入った。

光牙の後ろからひょっこりと顔を出したのは、華奢な少女だった。

栗色の髪をサイドテールにまとめ、少し困ったように眉を下げている。制服の着こなしは清楚そのものだが、左腕には銀色に輝くブレスレット型のデバイス。

そして、その腕章は『B』。

「あ、悪い悪い。こいつは白鷺しらさぎ 雛乃ひなの。俺と同じ中学からの腐れ縁でな、Class Bの優等生様だ」

「もう、優等生とか言わないでよ。……初めまして、天海くん。仲良くしてね」

雛乃は屈託のない笑顔を俺に向けた。

Class Bといえば、学園でも上位の実力者だ。Fの俺に偏見なく接してくるあたり、育ちが良いのだろう。

「ああ、よろしく」

俺が無難に返事を返したその時、校内放送のアラートが鳴り響いた。

『――訓練区画Dにて、自律兵器の制御エラー発生。付近の生徒は直ちに退避してください。繰り返します――』

「マジか! エラー事故なんて珍しいぜ、見に行こうぜ迅!」

「は? なんでだよ。退避しろって言ってるだろ」

「大丈夫だって! 遠くから見るだけだ!」

光牙に首根っこを掴まれ、俺は抗う間もなく教室を引きずり出された。

隣では雛乃が「もう、危ないよぉ」と言いつつも、光牙を放っておけないのか付いてくる。

(……前言撤回。平穏な生活、初日で終了のお知らせかよ)


_________________________________________________


放課後の訓練区画、通称「実験区」。

そこは瓦礫の山だった。

本来は生徒が能力訓練を行うためのフィールドだが、今は黒煙が上がり、異様な緊張感に包まれている。

「おい、あれヤバくないか……?」

物陰から覗き込んだ光牙の声が震えた。

暴走しているのは、ただの訓練用ドローンではない。全長3メートルはある多脚戦車型の重機動兵器だ。整備不良かハッキングか、暴走したAIが周囲の障害物を無差別に破壊している。

「治安部隊はまだなの!?」

雛乃が叫ぶ。

その時だった。

逃げ遅れた女子生徒が、瓦礫に足を挟まれて動けなくなっているのが見えた。

暴走戦車のセンサーが赤く光り、巨大なマニュピレーターがその生徒へと振り下ろされようとしている。

「くそっ!」

光牙が飛び出した。「《炎獣化フレイムビースト》ッ!」

彼の全身が炎に包まれ、獣のような姿へと変わる。加速して戦車へ突っ込むが――

ガギィン!

「ぐあっ!?」

戦車の装甲は厚い。光牙の爪は弾かれ、逆に裏拳のような一撃で吹き飛ばされた。

「光牙くん!」

雛乃が前に出る。手元のブレスレットが輝き、光の粒子が糸となって展開される。

「《光糸操術ライトスレッド》!」

光の糸が戦車の脚部に絡みつき、動きを封じようとする。だが、出力差がありすぎる。重機動戦車のパワーは、Class Bの拘束さえも引きちぎろうとしていた。

「きゃぁっ!?」

糸の反動で雛乃が体勢を崩す。

戦車の砲塔が、無防備な彼女へと向いた。

充填音が響く。エネルギー弾の発射まで、コンマ数秒。

「――はぁ」

俺は、物陰で深く溜め息をついた。

ここで見過ごせば、彼女は死ぬ。

だが、助ければ俺の「Class F」という隠れ蓑に傷がつく。

(……姉さんたちにバレたら説教コースだな)

迷いは一瞬。

俺はポケットからスマホを取り出し、画面を見ずにスワイプ操作を行った。

《Access: Arsenal / Storage No.044》

《Select: Neo-Titanium Shield / Instant Deploy》

俺の思考とデバイスがリンクする。

俺の能力は、単に物を出し入れするだけじゃない。

「いつ」「どこに」「どのような速度で」取り出すかを、ミリ単位で制御できる。

雛乃と砲塔の間の空間、その座標へ。

俺は倉庫ストレージに眠らせていた『対戦車用複合装甲板ネオチタン・シールド』を――出した。

ドォォォォン!!

爆音と共に、虚空から突如出現した厚さ30センチの巨大な金属板が、地面に突き刺さる。

直後、戦車から放たれたエネルギー弾が装甲板に着弾し、拡散した。

雛乃には傷一つ届かない。

「え……?」

雛乃が呆然と目を見開く。

目の前には、どこからともなく現れた鋼鉄の壁。

俺は即座に次の操作を行う。

戦車の頭上、高度10メートル。

《Select: Construction Steel Beam / Weight: 2t》

「落ちろ」

ドォォン!!

虚空から出現した数トンのH鋼(鉄骨)が、重力加速度を乗せて戦車の脳天を直撃した。

装甲がひしゃげ、火花を散らして沈黙する暴走兵器。

一瞬の出来事だった。

砂煙が舞う中、俺は素早く操作し、装甲板と鉄骨を再び《無限倉庫》へと回収する。

証拠隠滅完了。

「い、今の……何?」

砂煙が晴れた時には、そこには破壊された戦車だけが残っていた。

俺は何事もなかったような顔で、少し離れた柱の陰から「遅れてやってきた」演技をして駆け寄った。

「おい大丈夫か!?」

「あ、天海くん……? 今、すごい音がして……」

「治安部隊が遠距離から狙撃したんじゃないか? とにかく無事でよかった」

俺は白々しい嘘をついた。

だが、立ち上がろうとした雛乃が、俺の顔をじっと見つめる。

その視線は、恐怖ではなく探究心に満ちていた。

「……ねえ、天海くん」

「なんだ?」

「さっき、戦車の砲撃が当たる直前……あなたのスマホ、光ってなかった?」

(……勘が良すぎるだろ、この女)

俺は冷や汗を隠しながら、ただの通知ランプだと誤魔化した。

だが、彼女の瞳の奥にある光は消えていない。

これが、俺のアストラムでの波乱に満ちた日々の始まりだった。


アストラリウム学園の裏側。Class F専用の寮は、防衛区画の片隅にある、錆びついた旧式の倉庫を改造したものだった。

窓は少なく、夏は蒸し暑く、冬は冷気が容赦なく侵入する。隣の Class Eの生徒でさえ、「家畜小屋」と揶揄するレベルだ。

だが、俺の部屋だけは例外だ。

「……ふう。やっぱり低反発マットレスは最高だな」

俺は広々としたキングサイズのベッドの上で仰向けになり、天井から吊り下げられた高性能プロジェクター(もちろん倉庫から出したもの)で映画を鑑賞していた。

《無限倉庫》は、このClass Fの生活環境を逆手に取った最高の隠れ蓑だった。

Class F寮の古いエアコン? → 倉庫から出した『最新式静音クーラー』を起動。排気は換気扇へ。

固い床? → 倉庫から出した『高級ラグ』を敷き詰める。

食事? → 倉庫には、姉たちがこっそり運び込んだ『高級レトルト食材』や『旬のフルーツ』が満載だ。

「これなら、あと三年、誰にも気づかれずに平穏に過ごせるな」

俺の能力は、誰にも見抜けない完璧な「快適空間」を提供してくれた。外はゴミ溜めのClass Fだが、この部屋は別世界だ。

その時、スマホ型デバイスが騒々しい音を立てて鳴った。着信画面には『朱里』の文字。

(げ、よりにもよって姉さんか)

俺は諦めて通話ボタンを押した。

「もしもし、朱里姉さん」

「迅! 無事なのね!」

スピーカー越しでも伝わる、過剰な安堵と重圧感。朱里姉さんは、学園でも五指に入るClass Aの実力者《重力操術グラビティ》の使い手で、俺を溺愛している。

「Class Fなんて聞いて、私は心配で夜も眠れなかったわ! いじめられてない? もしあれなら寮ごと太平洋に沈めようか?」

「待って待って! 姉さん、俺は大丈夫だよ。ほら、友達もできたし、クラスは静かで快適だよ」

電話の向こうでゴツン、と何かにぶつかる音がした。

「アカリ姉! いきなり訓練区画の物ペシャンコにしないでよ!」

今度は次女・咲耶さくや姉さんの声だ。彼女はClass Bで《風断ウインドカット》の能力を持つ。朱里姉ほどではないが、彼女もまた過保護だ。

「迅! 咲耶よ。あんた、変な奴らに絡まれてない? Fはカーストの下だからって、ゴミを見るような目で見てくる奴がいたら、細切れにしてやるからすぐに言いなさい!」

「いや、誰も俺のことなんて気にしてないって。ほら、今から自習だから切るね!」

俺は一方的に電話を切り、安堵の息を吐いた。

彼女たちが全力で「守ろう」としてくれるのはありがたいが、彼女たちの『全力』は、俺の「平穏」を粉砕しかねないのだ。

5. 衝突の火花

平穏な日々は、結局三日と持たなかった。

学園の学生食堂。俺は光牙、そして雛乃と昼食を取っていた。

「くそっ、やっぱりCじゃ、Bの奴らに遠征区画の順番を横取りされるんだよな!」

光牙がテーブルを叩く。彼の熱血さと能力(炎獣化)は評価されているものの、カーストの壁は厚い。

「Class B以上じゃないと、貴重な訓練場や物資が使えないのよね……」

雛乃は優しいながらも、この学園の非情な現実を憂いている。

俺は黙って倉庫から出した高級紅茶を飲んでいたが、その時、食堂の空気が一変した。

「なんだ? Class Cの猿が騒がしいな」

高圧的な声と共に、三人の生徒が俺たちのテーブルに近づいてきた。その中心にいたのが、先日デュエルを挑んできた堂島 剛だった。Class Bの腕章が嫌に輝いている。

「おい、黒瀬。お前が使っている訓練区画、俺らが使うから。」

「はぁ!? お前ら、先週使っただろ!」

光牙が立ち上がりそうになるが、堂島は余裕の笑みを浮かべる。

「黙ってろよ。低クラスに拒否権はない。――ああ、それと」

堂島の視線が、俺、天海迅に向けられた。

彼は、先日の暴走事故の報告書で俺の顔を知っていた。Fクラスなのに、なぜか被害を最小限に抑えた現場に居合わせた「幸運な生徒」として。

「お前か。あの事故で運良く生き残ったFのゴミは」

堂島は鼻で笑うと、テーブルにあった光牙の昼食のトレイに指を向けた。

「邪魔だ。消えろ」

念動力サイコキネシス

無言の能力行使。光牙のトレイが宙に浮き、床へと叩きつけられようとした。

「っ!」

光牙は避けられない。雛乃が思わず光糸を出す準備をしかけた。

俺は、動かなかった。ただ、手元のスマホを片手で握りしめた。

《Access: Utility / Select: Air Cushion (Thin)》

カチッ。

トレイが床に激突する、その一瞬前。

トレイの真下に、俺の倉庫から取り出した『極薄の空気緩衝材』が展開された。

緩衝材は音もなくトレイを受け止め、衝撃を吸収。トレイは床に叩きつけられた直後に、ポン、と音を立ててバウンドし、光牙の足元へ戻った。

「……え?」

トレイを落とそうとした堂島も、その場にいた全員も、何が起きたのか理解できなかった。

トレイは床に落ちた。だが、音もなく、中身は零れていない。

俺は平然と立ち上がり、トレイを拾い上げた。

「……ごめんね、堂島先輩。トレイは学園のものだから、あまり傷つけないでくれる?」

堂島の顔が、屈辱で歪む。能力を使ったのに、Fの雑魚に、意味不明な現象で邪魔をされた。

「テメェ……ふざけてんのか?」

「いいえ。ただの偶然だよ。たまたま、滑りやすい床だったみたいで」

(先日のデュエルのように、ラッキーで誤魔化すぞ)

だが、堂島はもう冷静ではなかった。

彼は、自分を侮辱したこのClass Fの生徒を、衆目の前で叩きのめす必要があると判断した。

「いいだろう。貴様を正式に《ランカーズデュエル》に招待してやる。今日の放課後、闘技場に来い」

「は? 俺、Class Fですよ。ルール的に……」

「自分より上級Classの生徒からのデュエル要請は、拒否できない。これはルールだ。」

堂島は笑みを浮かべた。カースト最底辺の生徒を、ルールを盾に公開処刑できるのだから。

「せいぜい、泣き叫んで俺に命乞いをする準備をしておけ、雑魚が」

堂島たちは去っていく。

残された俺は、天井を見上げ、深くため息をついた。

「……最悪だ。俺の平穏が、一瞬で終わった」

こうして、俺は強制的に、全校生徒が見守るランカーズデュエルへと駆り出されることになったのだ。

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