9 辺鄙だろうと推しは居る
それからフィストと男の共同生活は、思いのほか上手くかみ合った。
山へ見回りに行くフィストと川へ洗濯に行く男。フィストが外で仕事をして、男が家の仕事を熟す。フィストはルミネの様子を見に小まめに帰って来るので、交流も多かった。そのおかげで、お互いの為人もなんとなくわかってきた。
まず、男はフィストが考えたとおり、常識的で善人だった。
身元のわからぬ男の傍にルミネを置いていく事を、自分から苦言する程度には。
「本当に危ない。俺が危険人物だったらルミネちゃんが危ない。本当に危ない! もっと考えて!」
「今までの方が危なかったんだよ。子連れで魔物退治していたからな。それと比べたら記憶がないだけの男に子守をお願いするくらい安全だろ」
「危険の種類が違うけどどっちも危険だな!」
頭を抱える男に、フィストは本当に常識あるなと感心していた。
そんな彼は、乳児の抱き方もしっかり覚えた。今ではぐずるルミネの寝かし付けも問題なくできる。
「君のお母さんは豪胆すぎると思うよ」
「ああぁーう」
ルミネもすっかり男に懐き、元気に相手を引っ掻いている。
男がフィストの家に居着いて一週間。
特に問題なく時間は過ぎていた。
ただし、男の記憶は一向に戻っていない。
常識的で善人だとは思っていたが、更に無害だと思えるまでは時間を置いていた。
善人だから悪い奴じゃない。これは希望的観測であって、現実的な回答にはならない。
良い奴でも、悪い事をしなければならないときはある。
なので一週間様子を見ていたのだが、問題なさそうだ。
(一応、無害と確信できるまで外に出さなかったわけだが……大丈夫だろ)
そろそろ、村人達に男の事を紹介しなくてはいけない。
村の端とは言え、他所者が長らく居着くなら、顔合わせは必須だ。
(記憶を失う前までどこに所属していたのかは気になるけど、調べようもないからな)
下流を下ってみたが荷物は見付からなかった。本格的に諦めた方がいい。
何はともあれ、フィストは退治した魔物の肉と皮を担ぎながら、村へとやって来ていた。
いつものように肉と皮を売った後、フィストはまっすぐ帰るのではなく一つの民家に立ち寄った。
窓辺に花の並んだ、可愛らしい一軒家。煙突から登る白い煙。ジャムでも煮ているのか、甘い香りが外まで漂ってきている。
「スートさん、います?」
「まあフィストちゃん! 久しぶりねぇ」
フィストが尋ねた家の中で、椅子に座った女性がぱっと表情を明るくして玄関を見た。
黒髪に黒い目をした若い女は、安楽椅子で揺れながら編み物をしていた。竈の前に立っているのは男性で、同じく黒い髪に黒い目をしている。
ただ身綺麗にしている女と違い、男はボサボサの髪に無精髭と少々小汚い。そんな彼は木べらを持って、大きな鍋をかき回していた。外まで香る甘い匂いの正体は、やはり果物を煮る香りだった。
「あ、丁度いいやネクさんもいたんですね。こんにちは」
「……こんにちは」
チラリと視線を向けられて、すぐ反らされる。
「もう兄さんってば。相変わらず愛想のない」
「気にしてないから大丈夫ですよ」
消極的な態度であるが、フィストは気にしなかった。彼は元々フィストに対してそういう態度だ。
気にせずに、フィストは小さな袋に詰めた貨幣を女に差し出した。
「まずはこれ、今月分です」
「もう、それこそ気にしなくて良いって言っているのに」
「気にしますって。大変お世話になったんだから。せめて返させてくださいよ」
兄のネクと、妹のスート。
ここは妹のスートが家族と暮す一軒家。
フィストがルミネを出産するにあたりお世話になったのは、この家だった。
そもそもスートの夫、木こりのウッドが村の外で蹲るフィストを発見し、村まで連れて来てくれたのが始まりだ。フィストはとにかく人里離れた場所へ避難していたのだが、進みながら問題が発生して動けなくなって居たところを助けられた。
ぶっちゃけ破水していた。
アイアリスに臨月だと告げられてはいたが、まさかガチで出産間近だとは思っていなかった。フィスト最大のやらかしである。
腹が出ていないのに妊婦だと知って仰天したウッドは、大慌てでフィストを村まで運んでくれた。てんやわんやしながら出産まで手助けしてくれたのが、ウッドとスートの夫妻である。
行き場のないフィストに宿として我が家を提供し、出産からルミネの首が据わるまで、大変お世話になった。彼らにも幼い子が居たというのに、献身的に介護をしてくれた。
「ジョーイとエンの養育費にでもしてください」
村に来ては興味津々に纏わり付く子供達の内二人はこの家の子で、産まれたときからルミネを可愛がってくれている。
貧しいとは言わないが裕福とはとても言えない。そんな中で妊婦を助けてくれた一家に、フィストはとても感謝している。
だから生活基盤が整った後は、一ヶ月ごとにお礼金を渡していた。遠慮されるが、かけた分の費用は返すのが礼儀だ。そりゃもう余裕ができたら金を払わないと気持ちが収まらない。金銭的にも確実に、余分な負担をかけたのだから。
しかしこの夫妻は毎回、困ったように笑う。
「それを言ったら、ルミネちゃんの養育費にあてて欲しいわね」
「その分は抜かりなく貯めていますから。今の私、村きっての稼ぎ頭で金持ちですよ」
「そうなのよねぇ」
魔物を一撃で倒す戦闘力を持つフィスト(魔王を倒した英雄の一人)は、自警団の強化を目的に指導者の真似事もしていた。
弱くはないが、人が少ないので指導者もいない。武道は技術だ。身体の動かし方を学べば、自然と質が向上する。フィストは格闘家だが、武器の使い方も知っていた。
「フィストさんが魔物を狩ってくれるから、怪我人も出ないし素材が稼ぎにもなるし……確かに一番の稼ぎ頭なのよね」
そう言って、鍋をかき回している兄を見るスート。
ネクは、無言で木べらを回し続けている。
今でこそ木べらを持っているネクだが、彼こそが自警団の長。フィストが唯一指導を行っていない、この村で一番強い男だ。
本来ならば、こんな昼間から妹の家でジャムを煮ている暇はないはずなのだが……。
「よっこいちょ」
可愛いかけ声で椅子から立ち上がるスート。
ふらつきながらゆっくり歩き、仕方なさそうにフィストから受け取った貨幣を壺にしまった。歩む脚は、不格好に引きずられている。
この村は魔王が討伐される前。活発化した魔物に襲われた。
魔王の存在で活発化した魔物は、平時と比べて凶暴で強い。この村はフィストの故郷と違って壊滅を免れたが、甚大な被害を受けた。
家は壊されたし、村人も沢山亡くなった。怪我人も出た。その怪我人の一人がスートだ。
魔物に襲われたスートは、足の健を傷つけてしまい、足が不自由になってしまった。
そんな妹を心配する兄は、夫が仕事でいない昼間。ちょくちょく様子を見に来ては家の手伝いをしている。
(そんな不自由した状態で、他所者の私と乳児を甲斐甲斐しく世話してくれた人達だ。マジで頭が上がらねぇ)
定期的に課金させてくれ。頼む。
ちょっとずつ渡す貨幣を増やして居るのは内緒だ。毎回バレて後日返金されそうになるが、気にしない。課金させろ。
辺鄙な村の、フィストの推し一家。
課金は惜しまないタイプの格闘家。
1/13から一日一回更新になります。




