8 助けたいけど助けて欲しい
「う、美味い……!」
「口に合ってよかった」
とにかく温かい内に食事でも、と席に着いたフィストは、じんわり内側から温まるようなスープの美味さに感激していた。
ちなみに「ここで働いてください!」しか言わなくなったフィストに根負けした男は、ドギマギしながら対面に座っている。自分が作ったスープを飲みながら、もりもり食べているフィストに及び腰だ。
「……作った俺が言うのもなんだけど、変な物を入れられているとか考えないの?」
「お前何も持ってなかったじゃん」
「そうだけど……!」
身元を証明する物どころか、必要最低限の持ち物すら持たない男。
そんな男が、この短時間で家捜しをして毒になる物を調合し、食事に混ぜられるとは思っていない。塩と砂糖を間違える事はあるかもしれないが、ちゃんと美味しいスープだった。
「掃除して、片付けをして、料理して? どれだけ時間が掛かると思っているんだ。一日が終わるぞ」
「言うほど時間は掛からないよ……」
フィストは家事が苦手なので、どうしても時間が掛かる。だからこそ、家事がどれだけ大変な事なのかもわかっていた。
「目的や下心があったとしても、ここまでしてくれたんだ。ヘタな疑いなんかしない」
そう言って、柔らかなパンをかじる。
ふわっふわだ。同じ材料で作っているのに、何故ここまで焼き上がりが違うのか。
しかしフィストの言葉に、男は居心地が悪そうだ。
「やっぱり下心はバレるか……」
「名前も思い出せないなら、心配になるのは居場所だろ」
「仰るとおりです……」
何故かシュンとしてしまったが、男の行動は当然だと思う。
いくら考えても何も思い出せず、自分の名前すらわからない。自分が何者なのかも、これからどうしたらいいのかもわからない。
その不安感は、水に溺れるような息苦しさを伴うだろう。それこそ、藁にも縋るような焦燥感を持つはずだ。
とくれば、なんとかして拾ってくれた人……フィストに放り出されないよう、自分の有用性を示すしかない。
「まあ、普通はまず『ココに置いてください』から入るもんだと思ったけどな」
そこまでは予想していたが、まさかいきなり家事能力で殴ってくるとは思わなかった。
「俺も普通は『どこの馬の骨ともしれない奴を子供に近付けてたまるか』って言われるかと思っていた」
遠ざけるどころか、不審者の作った離乳食をそのまま我が子に与えるとは思っていなかった。
ちなみに男が作った離乳食は茹でたにんじんを裏ごして、山羊の乳を加えた物だ。
味見をしたフィストは、ルミネにあっさり与えていた。今も抱っこしながら、小さな匙でルミネの口元に持って行っている。もちゃもちゃ食べている小さい口が可愛い。
「もう少し警戒した方が良いと思う。俺が言うのもなんだけど。俺が言うのもなんだけど」
「私が作ったのより美味かったから大丈夫だ!」
「茹でて潰すだけなのに!?」
それができないから料理下手なのだ。舐めてはいけない。
「お前は確かに不審者だ。だけど言動はまともだ。更に言えば家事が完璧だ。料理した後の台所も見たが、適度に片付けて汚れ一つない。私が料理した後と明らかに違う」
「ああ、うん。出しっぱなしだった」
「作りながら洗える奴はプロだ!」
「ぶぶぶぶぶ!」
「ぶ!」
「うお!?」
力説するフィストの膝で、大人しく咀嚼していたルミネが口の中の物を噴き出した。勢いよく飛散した咀嚼物が対面の男まで飛んでいく。
「ごめんごめんごめん!」
「大丈夫、子供のする事だから」
「ほらな言動が善人だ」
「これで!?」
男は目を剥いたが、フィストは確信していた。こいつは善人。身元不明だが、善人だ。
旅をする中で、他者を気遣える人間とそうではない人間をよく見てきた。
人は余裕がなくなればなくなるほど、他者へ気遣えなくなる。仕方がない事だ。自分で手一杯で、他者へ目を向ける事ができないのは、本人にも辛い事だ。
それは、悪い事ではない。間違いでもない。仕方のない事だ。
人間は、誰もがそうなる可能性を持っている。
それでも、どんな状態でも、他者を気遣える者はいる。
(そういう奴ほど早く死んでいく)
だから、守りたいと思うのだ。
その為に、フィストは我が身を鋼に鍛え上げたのだ。
だけど今は――むしろ、助けて欲しいと思っている。
「とにかくだ。お互いの利害が一致しているんだから、安心して滞在してくれ。お前が自分の事を思い出せるまで、私は家と仕事を提供する。お前は私の代わりに家事をする。つまり家政夫だ。マジで頼む。ルミネの安全な食生活の為に!」
「俺は助かるけど、なんだこの釈然としない気持ち」
「更に私に家事を教える事で賃金アップするから!」
「なんだこの、釈然としない気持ち……!」
真面目な顔で頭を下げるフィストを、男はしわくちゃの顔でみていた。まるで彫刻家が己の作品に納得がいかず、自らぶん殴ったみたいな顔。二度見したくなるくらい整った顔だというのに、台無しだ。
「俺が、俺が頼む立場だと思っていたのに」
「うっかり自分の有効性を証明しすぎたな」
「うっかりの所為か」
――それなら、仕方がないかな。
そう小さく零した男は、何故か嬉しそうだった。ほんのり口元が上がっている。
「……じゃあ、受けてくれるか?」
「うん。よろしくお願いします」
「よしきた!」
頷いて、勢いよく右手を差し出した。突きつけられた手の平に、男が面食らう。
「私はフィスト。この村では魔物討伐兼素材収集担当だ。でもってこの可愛い子が娘のルミネ。この子の健やかな成長の為、今後よろしく頼む」
「いきなり情報が増えた……俺はその、名前はまだわからないけど……料理とか掃除はわりとできるっぽいから任せてくれ」
男はそろりと、差し出された手を握る。握り返す力強い手の平に、何故か安心した。
「よろしくな、土左衛門」
「それはあんまりだ!!」
容赦なく命名するフィストに、握手は早まったかもしれないと男が泣き言を上げた。
お前は今日から土左衛門だよ! にはならない。
安心してください。ちゃんと命名します。(するのか)




