53 中身はパンドラ開けてはならぬ
本日更新、二話同時投稿です。
二話目は人物設定とネタバレもです。
話数にお気を付けください。
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アスターがその存在に気付いたのは必然だった。
と言うかうっかり忘れていたのを思い出した。
「俺の荷物……」
中身の確認をすっかり忘れていた。
フィストがアスターを受け入れて、隣に居る事を許してくれた夜から更に数日後。
あれから生活に変わりはない。
一緒に寝起きして食事をとり、ルミネの機嫌に振り回され、思った以上に早い成長にワクワクどきどきハラハラが止まらない毎日だ。
行ってきますの抱擁も変わらず、ギクシャクしていた期間を忘れて笑いながら抱擁を交わせるようになった。時々うっかりときめいて挙動不審になるが、フィストに笑い飛ばされて終わる。
それでもお互いの距離は縮まったし、気付けば肩を寄せ合っている事も増えたので、アスターは穏やかな日々に幸福を感じていた。
で、すっかり忘れていたのだ。
この、荷物の存在を。
(うっかりしていた。絶対フィスト、俺がこれを確認したと思っているよな……)
当たり前に確認して、中身を把握したと思われているはずだ。
全くしていなかったと言えば呆れられるだろうか。呆れられるだろうが、同時に仕方がないなーっと笑われる気がする。本当に仕方のない奴なので、なんの言い訳もできない。
ルミネを抱えて村に向かった(推し活日らしい)フィストを見送り、掃除をしようと寝室に入って、隅に追いやった鞄を見付けたアスターは頭を抱えた。
(濡れていたから乾かそうと思って、でもそれよりフィストの手当てがしたくて放置していたんだった。中身どうなってるかな……)
中身も出さず放置したので、物によっては錆びたり悪くなったりしているかもしれない。
食料品が入っていない事を願い、アスターは居間に戻り、革の鞄をテーブルにひっくり返した。
出てきたのは、そう多くない荷物だった。
少ない路銀。旅に必要な小さなナイフ。必要最低限の生活用品……。
(路銀、本当に少ない。街で食事をしたらなくなりそうだ。ナイフは料理用かな? 戦える装備ではないな。携帯食料は、腐っているから処分するとして……野営できそうな荷物がないな……?)
ナイフ一つでどうしていたんだろう。
我が事ながら首を傾げてしまう。
(……やっぱり、荷物を確認しても記憶に引っかかる物はないな。どれも普通に、どこにでもある物ばかりだし。何か身元が分かる物……なんでないんだ……?)
むしろないと関所が通れない……はずなのに、何もない。
アスターは首を傾げて、もう一度鞄をひっくり返した。すると、コロリと小さい物がテーブルに落っこちて、跳ねて、床を転がって部屋の隅へ消えていった。
「ちょっと!?」
物に怒鳴っても仕方がないが、慌ててそれを追いかける。
すぐさまテーブルに引っかかって転んだ。転んですぐ慣れた動作で受け身をとって転がる。
(ふっ……何度も転ぶから、フィストが受け身を教えてくれたのが役立った。これで転んでも痛い思いをする事もない!)
とか思っていたら、受け身をとった姿勢で転がった何かを踏んづけた。
とても痛かった。
身悶えながらなんとか拾い上げたのは、指輪だった。
「指輪……? 俺の……?」
黒い指輪に、小さく赤い宝石が飾られた変哲のない指輪だ。なんとなく内側を確認するが、何も彫られていない。
「なんだこれ、小さいな。俺のじゃなさそうだ」
一応小指にも当ててみたが入らない。恐らく、女性物だろう。
……女性物の指輪が、アスターの荷物から出てくる……?
(まさか俺には、意中の女性が……?)
いないと思っていた存在が居るかもしれないと不安になるが、その場合、もっと大切に保管すると頭の中で否定する。
(大切な女性に渡す指輪をそのまま革の鞄に放り込むなんて、うっかり物の俺でもしないだろ。うっかり箱から落とす事はしそうだけど箱もないし……あと趣味が悪い)
なんだ黒に赤の宝石って。厨二病が喜ぶこのデザインを女性に渡すとかないだろ。
そう、誰かにこれを渡すなんてない。
渡せるわけがない。
彼女にはこれ以上――……。
「あれ?」
一瞬過った思考に瞬く。
今何か、大切な事を考えた気が……。
やけに鼓動が速くなる。
アスターはじっと、赤い宝石を見下ろした。
――頭の中で、声が反響する。
『ドジばかりで役に立たない』男の声だ。
『お前なんか勇者じゃなければ』別の男の声。
『役立たず』沢山の声が反響する。
『魔王を倒した後は――』媚びる女の声。
『倒したところで帰る方法なんか』嘲り笑ったのは誰だった。
まるで、水面に石を投げ入れるように、暴力的な言葉が次々と落とされる。
笑い声と怒鳴り声、知らない声が頭の中で反響して――すっと何も聞こえなくなった。
『――うさま』『我らが象徴』
そしてまた、知らない声が湧き水のように湧いてくる。
『あなたはそこにいてくれるだけで』
『烏滸がましい人間め』
『――になる前の全ての事は些事です』
『忘れてよいのです』
『忘れてください』
『忘れてください』
『忘れてください』
『我々だけを』
『私だけを覚えて』
『忘れて』
『忘れて』
『忘れて』
『忘れて』
『忘れて』
『忘れて』
『忘れて』
『忘れて』
『忘れて』
『忘れて』
『忘れて』
『忘れてください』
ぼごぼごと耳の横を通り過ぎていく気泡のように、ひたすらに湧き上がる声が煩い。
耳を塞いでも続く声。平衡感覚がなくなって、アスターは底で蹲った。
自分がどこに居るのかわからない。
何が聞こえているのかもわからない。
自分が誰で、何をすべきかも――――。
『私に全部寄こせ』
水底から。
胸倉を掴まれて、乱暴に引きずり出されたような衝撃。
そこで見たのは、痛いほど真っ直ぐ見詰めてくる琥珀色。
『私の全部、お前にやるから』
くれるのか。
求めるばかりで誰も何もくれなかった俺に。
傷つけてばかりの俺に。
それでも俺にくれるのか―――……!
求めて、手を握り返された。
男は酸素を求めるように、女の唇に齧り付いて。
奪い合うようなキスを。
「――――ぎゃ――――っ!」
アスターは咄嗟に、自分の頬を張り飛ばした。
加減ができず、大袈裟に揺れた頭が壁にぶつかる。壁にかけられて居たルミネの玩具が落下して、アスターの頭部に当たった。
ぷるぷる震えながら、早まる鼓動を押さえ込むように胸を押さえる。
「お、おお、俺……今の俺ぇ……??」
記憶のような感情のような物があふれ出ては過ぎ去った。
寂しさ、孤独感。苦しさ、悔しさ。諦観に絶望。恐怖から何も感じない静寂を経て、最後に湧き上がった暴力的な熱。
なんだあれ。
「なんかすごい事した気がするけど知りたくない……!」
だって最後のすごいの、女性像がフィストだった。
記憶の中で俺がフィストにすごいことしようとしていた。
(盛りの付いた青少年か俺は!! 妄想で好きな人にそういう事しちゃう年頃は過ぎてるだろ!!)
年とか関係ないと一瞬頭を過ったが知らない。そういう事じゃない。
あれが本当にあった過去の出来事で、アスターの記憶だとは思えない。
(だって、フィストとあんな事していたら、フィストが俺に何か言うだろ)
アスターとフィストは初対面だ。
忘れた過去で出会った事はない。はずなのだ。
だからあれは完全に妄想で、うっかりアスターが好きな人で大人な妄想をしてしまったと言う事で。
「……これはヤバイ指輪だ。封印しよう」
アスターは腐った食料以外を荷物に詰め直し、きゅっと蓋をして、うっかりルミネが開けないように引き出しの奥にしまった。
封印して、ほっと息をつく。
「結局、既視感なしで記憶も戻らず……か。まあ、いいけど」
記憶がなくても、忘れていても、フィストが居る。ルミネが居る。今のアスターを受け入れてくれる二人がいる。
それだけで、アスターは幸せだ。
(あの妄想みたいに、あわよくばとか思わない日はないけどそれは追々。追々だから……!)
うっかり精密な妄想で感触などを思い起こしてしまったアスターは、邪念を追い払う為に壁に頭を打ち付けた。がつんっと大きな音がして、星が散って。
当たり所が悪く、アスターはうっかり気絶した。
帰ってきたフィストが驚愕の悲鳴を上げるまでその場で目を回し、目が覚めたときには……前後の記憶が吹っ飛んだ。
「気軽にうっかり記憶を無くすな!」
「なぁー!」
「はい……」
などとフィストに怒られ、ルミネに笑われるのは、当然だった。
うっかりアスターは、封印した指輪の事もうっかり忘れて。
その指輪は、秘密を抱えたまま、引き出しの奥で長い眠りについたのだった。
これにて完結です。
次回、人物紹介とネタバレなので、注意です。




