52 ヤンデレ属性は多種多様
ラストに向けて、本日三話投稿です。ご注意ください。
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「あなた、どうしてここに」
「ん~そんな陳腐な質疑応答とかいるかの? そんなの、お前さんが怪しかったから見張っていたに決まっとるではないか」
リルスの揺れる爪先を見上げながら、満足げに頷くアイアリス。
「ふっふっふ。お前さんが何者かとか全然知らんかったが、何かあれば場を掻き乱す女を警戒するのは当然じゃろ? ずーっと見張っとった」
「あらぁ? フィストのピンチに現われないから、遠くへ行っていると思っていたわぁ」
「そうじゃろ? 儂が割って入ってこぬから、完全に油断しとったろ?」
アイアリスはニヤニヤと笑う。完全に意表が突けたと嬉しそうだ。
「そうねぇ。どこにも居ないと思っていたわぁ。だってフィストのピンチにも現われなかったんだもの。あなたのフィストがあんなに困っていたのに助けないなんて、あたしが思っているより薄情だったのねぇ」
「ふっふっふ。なんとでも言うが良い。負け惜しみにしか聞こえんからの」
実際負け惜しみだったリルスは笑顔で黙った。相手を怒らせて、隙を作ろうとしたがアイアリスには効かなかった。
リルスは知らないが、アイアリスが姿を現わさなかったのはルミネが居たからだ。
武力ではフィストが。魔力ではルミネがいれば最強の布陣と知っていたアイアリスは、どれ程の窮地でも大丈夫と助けに入らなかった。実はアスターがルミネを家の中に隠したとき、こっそり連れ出したのはアイアリスである。
アイアリスはルミネの魔力が、ヴァーシプより大きいのを知っていた。見ればわかる。
「お前さんこそ、諜報員らしく情報だけ持ってさっさと帰っていれば良かったじゃろ。フィストだって放置で全然問題なかったわ。欲を掻いて手柄を欲しがるから儂に気付かれる」
「――うふふ、どうしても見たくなっちゃったのよねぇ」
宙吊りにされても余裕の表情で、リルスが笑う。
「フィストの死に顔」
「アカン奴じゃ」
リルスの恍惚とした笑顔に、アイアリスはドン引いた。
「見たいじゃない。見たいわよぉ。あたしと一緒に居ると皆、諦めた顔をするのよねぇ。なに言っても変わらないって顔。でもフィストは他の顔も沢山見せてくれたのよぉ。流石皆のフィストよねぇ。見たいじゃないそんなあの子の私だけの顔。皆のフィストの死に顔。それが見られるのはフィストを殺した人だけでしょぉ? 喜んだ顔も怒った顔も泣き顔も絶望した顔も旅の途中で見られたわ。失望する顔も追い詰められた顔も、照れた顔も恥ずかしがる顔も見られたわ。多分だけどときめいた……男に恋する女の顔だって見たわぁ。皆のフィストが見せる沢山の顔、良いわよねぇ。だけどそれ、皆が見ている顔なのよねぇ」
ゆらゆら足を揺らしながら、頬を染めて語り続ける。
「あたしは独り占めしたいのに、できないのよ。あの子の方が強いから監禁できないし。弛緩剤を盛ったけれど、あの子ちょっと動きにくそうにするくらいだったし。意味わからなさすぎて興奮しちゃう」
アイアリスは騎士団への通報を考えたが、リルスは隣国のスパイなのでむしろ通報するしかないと気付いた。悩む方がおかしかった。
「でもやっぱり独占したいじゃない? どうやったらできるかしらって悩んで気付いたの――死に顔は、殺した人しか見られないって」
「こいつ何言っとるんじゃろか」
リルスは独占型のヤンデレだった。
しかも表情を独占したいという、コレクタータイプのヤンデレだ。
「だからついつい、魔王討伐が成功して元気に帰還したら、フィストが国にとっての討伐対象だって気付いて、あたしが殺したくて殺したくて仕方がなくなっちゃったのぉ」
「お前さん、そんな事考えながら戦闘で支援しとったんか」
「大変だったのよぉ。あたし以外にフィストが殺されないようにするのって。その為には魔王討伐が必要だったし、リンジをやる気にさせたり、セーラを焚き付けたり、ヴァーシプをからかったりしたわねぇ~」
「嘘つけ。リンジを煽ってセーラを煽ってヴァーシプを揶揄ってばかりだったじゃろうが」
「え~」
「リンジの間違った思考を肯定ばかりして、彼奴の矯正チャンスを悉く潰しとったのはお前さんじゃろが」
――今では救いようのないリンジだが、一応矯正のチャンスはあった。
フィストからの叱責。怒られた彼は、自分が間違っているかもしれないと何度か考えた。しかしリンジの思想を肯定し続けたのが狂信者のヴァーシプと……床で慰め続けたリルスだ。
「隣国の者として、勇者には魔王を倒して欲しいが……国にとって不利益な人間で居て欲しかったのじゃろ?」
アイアリスの問いかけに、リルスは笑う。
妖艶だが、底知れぬ顔で笑った。
それを答えと判断して、アイアリスも笑う。
「まあ色々言うたが、どうでも良いわ。とにかくお前さんが国に帰るのだけは、都合が悪いのでなしじゃ」
「ならどうするの? ここであたしを殺すのかしら。裏切り者のあなたを受け入れるフィストになんて言うつもり? それとも、秘密を作りたいの?」
「何してもフィストなら受け入れてくれるって信じとるのすごいの」
ちなみにアイアリスも人の事は言えない。
フィストなら、事情を説明すれば苦い顔をしつつ受け入れてくれると信じている。
「大丈夫じゃ。お前さんの証言通り、大陸にある故郷へ帰してやるだけじゃから」
「……は?」
そう言って、アイアリスは自身の魔力を練り上げた。
リルスの足元に、夜の闇より更に濃い、醜悪なほど濁り固まった闇が現われる。
「儂半分魔族じゃから転移魔法が使えるんじゃよ。でも半分じゃからなー。狙った場所に送れぬかもしれぬなー。大陸のどこに送れるかわからんなー。うっかり位置調整をミスって山とか川とか谷とかに落っことすかもしれんなー。大陸って広いから、もしかしたら人の手が入っとらん場所に落としてしまうかもしれんなー。大陸って本当に広いからなー。危険地帯が沢山じゃよなー。でも仕方がないじゃろ半分は人間じゃからなー! あーだというのに仲間を故郷へ帰してやる儂ってば優しいなー! 多分二度と帰ってこられんだろうけど、故郷だから問題ないなー!!」
「なに、何をしているのやめなさい! やめて!」
ここでリルスが慌て出す。
海を挟んだ大陸は、リルスが出身地として語っても、逃げてきたと疑われないほど無法地帯だ。
海路で交易はあるが、本当に限られた数しか出ていない。
「安全な国に送り届けられるかわからんなー! 何せ儂の中での大陸情報は百年前じゃからのー!」
「アイアリス! フィストの死に顔は諦めるから! アイアリス!」
「なーんも聞こえん!」
「仲間をなんてところに送ろうとしているのよぉ!」
リルスを拘束していた力が緩み、リルスが落下する。その下にはアイアリスが展開した魔法が蠢いていた。
怪物の口に飲まれるように、リルスの身体が堕ちていく。
逃げ出そうと必死なリルスに、アイアリスが微笑んだ。
「わしの仲間はフィストだけじゃ」
お前は違う。
その言葉が届いたのかは知らないが、リルスは完全に魔法に飲まれて消えた。
「んー、よし! 後は隣国でちょっと暴れればフィストを構っとる暇もないじゃろ!」
何事もなかったかのように頷いて、アイアリスは踵を返した。優しい灯りの消えた小さな家ではなく、今度こそ本当に隣国へ向かって歩き出す。
三年ほど、顔を出さないと言ったのは嘘じゃない。魔族の残党がいるのも嘘じゃない。
だから隣国で暫く滞在して、大暴れして、ついでに魔族の残党がつれたら万々歳だ。
「いっちょなるかの。指名手配犯とやらに!」
なったら三年と言わずフィスト達に会えない可能性があるので冗談だが、その後アイアリスは宣言通り、隣国で指名手配されて五年ほど追加で逃げ回る事になる。
アイアリスはフィストに対して依存型のヤンデレ発症しています。
多分依存型。もしかしたらストーカー型。
明日で完結です。




